第3話 松澤怜香
「あのさ、オレこれから彼女と付き合うことにしたから」
「はあ……」
大八木くんを挟んで私と反対側に真奈美ちゃんが座ったのを確認して、大八木くんが切り出した。
一瞬、目を大きく見開いた真奈美ちゃんが私の方に目を向けた。
しばらく無言で視線を交わし合う私たち。
「そうかあ。おめでとう、お兄ちゃん、
やがて真奈美ちゃんがにっこりと笑顔を浮かべてお祝いの言葉を言ってくれた。
「真奈美ちゃん……」
「えっ? 真奈美、怜香のこと知ってるのか?」
「うん。怜香さんとはちょっと前から知り合いだったし、今日はいつもと雰囲気が違ってるけどこうして近くにいれば分かるよ」
「そうなんだ……」
反対にちょっと落ち込んでしまったのは大八木くんの方だった。
もしかして真奈美ちゃんを驚かそうとしてたのかしら。さっきも急に『膝枕してくれ』なんて言い出すし。でもそこが可愛い感じがして好きなんだけどね。
「でも怜香さん、その姿はイメチェンですか?」
真奈美ちゃんの疑問に少し苦笑してしまった。
この姿を見せるのは初めてだから仕方ないけど、何て言うかギャルっぽくしてると思ってるのかも。
「ううん。これはね元々なの」
「そうなんですか!?」
「うん。さっき大八木くんにも話したんだけど、私の祖父がロシア人だからクォーターっていうらしいのよ。だからこの髪も瞳の色もそのせいなの」
「じゃあ、今まではどうして……」
目立ちたくなかったから。
今朝、クラスのみんなに囲まれたときはそう言ったけど、それが全てじゃない。出来れば言いたくないけど、大好きな大八木くんと真奈美ちゃんには分かって欲しい。
「実は私、小学生の頃にこの髪と瞳のせいで
「「ええっ?」」
「これは生まれつきだし、学校の先生たちも生徒にいろいろ言ってくれてたけど、結局、小学校を卒業するまで
当時の記憶が蘇ってきて、思わず泣きそうになる。
そこへ右手が温かいものに包まれた感覚がした。
それは大八木くんが私の手を握ってくれたからと気付いた。
目からこぼれそうになった涙はいつの間にか消えて、心の中が暖かくなっていった。
「おかげですっかり虐められるようなことはなくなったわ。でもきっとやり過ぎたんでしょうね、結局、見た目を変えただけじゃ済まなくて、いつの間にか心まで変わってしまって誰も私に構わなくなっていった」
「……」
「これじゃいけない、と高校生になってから学級委員に立候補したりして、なるべく人と関わろうとしたけど、中々うまくいかなかった」
不意に右手が強く握られたのを感じた。
大八木くんは辛そうな顔をしていた。まるで私の代わりに怒ってくれているように。
私は彼に笑顔を返しながら話を続ける。
「でも、大八木くんだけは違った。私がつっけんどんな物言いをしても大八木くんだけは真剣に言い返してくれた。きっと傍目から見れば言い合いしていると思われただろうけど、私はとても嬉しかった」
「いや、そんなことはないよ。オレは怜香の気持ちなんて知らずに……」
「大八木くんは気にしないで。私が自分で招いたことだから、あなたに自分を責めてほしくないの」
「……でも」
「大八木くん。やっぱり優しいね」
甘えるように彼の肩に頭を預けてると、大八木くんの体温を感じて思わず顔がニヤけちゃう。
「……コホン。あの、私もいるんですけど」
「「ご、ごめん(なさい)」」
あちゃあ、やっちゃった-。
大八木くんと付き合えるようになったことが嬉しすぎて真奈美ちゃんの存在を忘れかけてた。
でも、私には大八木くんに謝らなければならないことがある。
「それで、私大八木くんに
「うん? 何?」
「真奈美ちゃんとはたまたま図書館で知り合ったんだけど、最初は大八木くんの妹さんだって知らなかった。でも偶然に真奈美ちゃんが妹だって聞いて、いろいろと教えてもらったの」
「ふーん。別にいいけど」
「例えば、好きな女の子のタイプとか……その、趣味嗜好といいますか……」
「ええっ?」
驚愕する大八木くんの横で真奈美ちゃんが口を開く。
「私はちゃんと伝えたよ。『今は彼女なし。っていうか今までいたことなし。好きなタイプは派手な見た目でちょっとギャルっぽい人がいいみたい。きっといつも読んでるラノベの影響かも』とか」
「お、お前なあ……」
「いいじゃん。こうやってドストライクな彼女が出来たんだから」
そういうことじゃねーよ、と頭を抱える大八木くんの様子がまた可愛くてどきどきするけど、まだ最後に謝らなければいけないことが。
「あとね、今日忘れたっていうプリントなんだけど……それは忘れたんじゃなくて見つからなかったんでしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
「それは……私が真奈美ちゃんにお願いしたからなの。『プリントを隠して』って」
「ええっ!?」
もしかしたら大八木くんは必死で探したのかもしれない。それを考えると本当に申し訳なく思うけど、私はそれでもやるしかなかった。
「……どうしてそんなことを」
「それはね、昨日大八木くんが言ってくれたから。『明日忘れたら何でも言うことを聞いてやるよ』って」
「まさか……」
「うん。本当にごめんなさい! でもこれはチャンスだと思ったの。元の姿に戻れば大八木くん好みのギャルっぽくなるし、私のいうことを何でも聞いてくれるって。だから……」
いくら彼のことが好きでも許されないことかもしれない。今までは自分の気持ちだけを考えて行動したけど、大八木くんを騙したことには変わりない。
彼から罵倒されるかもしれないという恐れの感情が溢れてきて身体が震えてしまった。
大八木くんは真剣な面持ちで、しばらく無言で自分の足下を見ていた。
「……怜香は高校卒業したらどうするんだ?」
突然、大八木くんは思いついたように私の顔を真剣な表情で見つめてきた。
「あ、あの、○○大学に進学しようかと思ってるけど……」
「そうか……。真奈美、そのプリントは今どこにある?」
「えっ? 今持ってるけど」
「じゃ、オレに渡してくれ」
「うん」
プリントを受け取った大八木くんはそれを
「ほい、委員長。約束のプリントを渡すよ」
「えっ? うん……」
「ちょっと直したから確認してくれ」
渡されたプリントを見ると、『今後の進路』欄は『就職』に○が付けられていたが、それに二重線が引かれ、『進学』に大きな○が。そして志望校には『○○大学』と書かれていた。
「やっぱり、彼女なら出来るだけ一緒にいたいよな」
そう言った大八木くんの笑顔をきっと私は一生忘れないだろう。
(完)
地味子な委員長がオレ好みのギャル風JKになって告白してきた件 魔仁阿苦 @kof
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