⑪「Over Dose」 作:阿僧祇 遍
作品URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885438255
※言うまでもないことですが、こちらの批評にはネタバレがあります。もしこれから「Over Dose」を読む予定の方はそれを考慮した後お読みください。
「あらすじ」
高度医療化社会として生まれ変わった未来の東京――否、《東都》。
名を、九重公龍とアルビス・アーベント。
まるで犬猿、水と油の二人の男は声を失った少女を巡り、《東都》を揺るがす巨大な陰謀、過去の因縁に巻き込まれていく。
「読んだエピソード」
「1 – IN THE RATIONAL JUNGLE《01》」から「14-FOR THE FUTURE《02》」まで。
「指摘点」
まず、最初に申し上げておきたいことがあります。
この作品は、高い語彙力、そして文章力を有し、おまけに魅力的なストーリーを持ち合わせているという、批評など不要なのではないかと思う程の完成度です。今までも批評してきた作品の中にも私が批評に手こずったものはありましたが、今回はもう一つ、困難さを感じさせる理由があります。それは、「私がもっとも崇拝する小説と同じ雰囲気を、所どころに垣間見たから」です(もっと言うと、私はその作品の世界観に“恋”をしました)。
さてどうしましょう。応募してくださった以上、また私が対象作品としてロックオンしてしまった以上、批評しない訳には行きません。今回はそういった理由もあるので、少々禁断の域に足を踏み入れようかと思います。すなわち、主観から客観的意見を生み出すという方法です。
ここで“主観的”に指摘するのは、以下の四つの点です。
・冒頭部は心惹かれなかった。
・徐々に面白くなっていく。
・黒幕の正体と伏線
・体言止め
今のままで満足ではありますが、指摘したい点が二か所あります。
⑴冒頭が弱い
違和感のない導入としてみるなら理想的ではあるのですが、冒頭部は中盤から後半と比べるとパンチが弱い気がします。読んでいる時は「飛鳥澪の容姿」や「解薬師が守るべきルール」についての描写が気になりましたが、今はそういった個々の部分ではなく(少々きつい言い方となりますが)、冒頭自体があまり興味を惹かないものとなってしまっていると感じます。
そうは言っても、準備が入念であればあるほど本番は良いものとなりますし、空気がたくさん入った風船の方がより遠くまで飛びます。導入そのものは、良い作品には欠かせません。
その一方で、当然準備のし過ぎで本番をしくじれば本末転倒ですし、風船も空気の入れすぎでは破裂してしまいます。
この作品の冒頭と終盤の関係は、そのどちらにも傾いていない、絶妙なバランスにあります。それゆえ具体的にどうすれば良いかという問いは、指摘をした私にとっても難解です。一応考えられるのは、最初にプロローグのようなものを挿入して、「《東都》を揺るがす巨大な陰謀」に関する情報をチラ見させるなどでしょうか。しかしこれは、同時にネタバレの危険性も孕んでいるために、なかなか難しいところです。これ以降の指摘点でも同じようなことを書くので、他の例はそちらでお伝えします。
⑵徐々に面白くなっていく。
冒頭が弱いということは、中盤より少し前か以降に面白みが増していくということです。私が惹かれ始めた部分は、①「桜華と公龍の過去に何かあると暗示されたエピソード(2 – VOICELESS SHOUT《02》)」・②「赤帽子の登場(5 – THE RAID OF CARDINAL《02》)」そして③「“人類の叡智” 天常汐の登場6-RESTART《02》」の三つです。これ以降はさまざまな事象が絡み合って物語が紡がれていくので、ページをめくる手が止まりませんでした。
①は主人公が抱える闇を、②では強烈な戦闘の臭いを感じさせ、③にてトリックスター的な登場人物が出現します。どれも読み手の興味をひく要素ですから、これらが一つでも冒頭に出てくると効果的なのではないでしょうか?
調べると、こちらの作品は新人賞用に書き下ろされたものだそうですね。なるほど。その場合、読み手が途中で離れてしまうという懸念は不要ですが、残念ながら小説投稿サイトではかなり大きな問題です。PVを見るに、第四話目で一気に落ちてしまっています。それはおそらく、書かれた目的が、そして目指したものが異なったということもあるでしょう。(おそらくご存知でしょうけれども)ネット小説ではやはり序盤のつかみもストーリーの出来と同じくらい重要ですから、二,三話ぐらいまでに上記のような興味をひく要素やパワーワードがあるとPVの大幅な減少に歯止めがかかるかと思われます。もしくはあらすじに陰謀のもう少し詳しい内容を載せるなどという案もございます。
これほどの小説を、最初の数話だけで判断してしまうのはあまりにも軽率です。そういった方を少なくするためにも、序盤の面白さを中盤のそれに少しでも近づけてほしいと思います!
⑶黒幕の正体と伏線
脳男の正体が桜華というまさかの結末には、「やられた!」と心の中で叫んでしまいましたよ。そして、そこから彼女の壮大な計画の全貌が語られるわけですが……。
ここで一つ、私にはある“悔しさ”が生じました。それは他でもない、「脳男の正体を明かされる前に暴きたかった」というものです。「13–TRAGIC TRUTH《01》」にて、公龍はそれより少し前から脳男=桜華という可能性に気付き始めていたと理由付きで書かれています。が、その理由が合理的であるかどうかに関わらず、私にはどれもほぼ予測できそうにないものでした。100人の人質に関してはその場で納得してしまいましたし、よく考えれば赤帽子の二人をあれほどまでに強化する薬を生成できる人物と言えば、天常汐と桜華くらいですものね。
そうは言ってもやはり、もう少しヒントが欲しかったので、例えば「8-DEPARTURE《03》」にて脳男が「公龍」と呼び捨てしたことに対して、彼が違和感を覚えたというような描写があってもいいのではないでしょうか? なかなかミステリーチックでどんでん返しなラストであるゆえに、読み手がそれを予測出来たらもっと世界観に引き込まれるのだろうなと思ったので、こういった提案をしました。 あ、でももし読者に黒幕の正体を絶対に知られたくないというのでしたら……、このままがベストです。
⑷体言止め
先述した通り、こちらの作品の文章は語彙力と文章力がとても高く、私から言うべきことは無いように思えました。唯一、項の名にもあるように、体言止めが気になりました。
・銃口がアルビスを追い駆け、次々と銃弾が迫った。何発目かの銃弾がアルビスの太腿を貫き、派手に転倒。同時に巨銃が弾を撃ち尽くしホールドアップ。(5 – THE RAID OF CARDINAL《03》 より)
・背表紙には〝ブリタニカ国際大百科事典〟と金色の刺繍。(9-DAWN OF CRISIS《01》 より)
一つ目の文は戦闘シーンでの体言止めです。切羽詰まった状況をより現実味溢れるものにするためには、体言止めが有効ですから、こちらはかなり有効的といえます。
二つ目の文は前文とは打って変わってやすらぎの場面です。こういったシーンでの体言止めは、臨場感などとは関係なく、文末の画一化を防ぐためにあると考えます。このいわば「文章の為の体言止め」は、適度に使えば読者も飽きがこなくてよろしいのですが、私は些か使い過ぎと感じました。
上の文以外にも
・澪が告げたテロ計画の実態。それはまさに今、皮肉にも第二次都市計画の熱気を利用して成し遂げられようとしている。
テロリズム発動のトリガーは音。(9-DAWN OF CRISIS《01》 より)
・背後で、観念したように地面を擦る靴の音。(11–FRAGMENT OF THE ANSER《02》 より)
など、おそらくエピソード二つにつき一つほどの頻度で「文章の為の体言止め」が確認できます。そうなると、状況はまた変わってきます。読者が体言止めになれてしまうのです。この場合、文末画一化による“飽き”の防止という目的が達せられないばかりか、戦闘時での体言止めもそれほど効果が無くなってしまいます。もちろんそれでもスピード感はありますが、目新しさが損なわれるとインパクトも損なわれてしまうのです。
意図的にせよ、若干の癖にせよ、私には多く感じられましたので、指摘しました。
「ストーリー構成・キャラクター」
SF(そして異世界ファンタジー)初心者にありがちな、(冒頭を世界観の説明だけで埋め尽くす)といった禁忌には抵触しておりませんし、主人公たちがクロエに端を発する事件の真相を暴くべく、都市を奔走する展開はとてもナチュラルです。その上、時がさかのぼることはあっても未来を先に見せることはなく、読者だけに物語の真相を掴ませることもない展開は、読者がより主人公たちに感情移入しやすくなっています。
そして……、後半の展開には度肝を抜かれました! 人気アーティストの曲を利用して、ラスティキック常用者を錆びつかせるとは!&粟国桜華=脳男だったとは!
まさにたたみかけるように明かされていく衝撃の陰謀とテロ、加えてその目的と黒幕。練りに練られた設定と伏線とが、一斉に火を吹くので、私は嬉しくてたまりませんでした。
……ええ、どうしても感想文になってしまいます。しょうがないですね! だって欠点があまりにも少ないですし、その僅かな欠点でさえ既に指摘してしまいましたもの。
キャラクターにしても、主人公である公龍やアルビスが魅力的なのはもちろんのこと、ミステリアスなキーパーソンである桜華や公龍と澪の掛け合いなどは見ていて楽しかったです。また忘れてはいけないのがアイアンスキナーとキティ・ザ・スウェッティ、そして天常汐の三人。それぞれ強烈な個性の持ち主で、それゆえなのかは定かではありませんが、口調も特徴的です。その上赤帽子の二人はそれぞれが悲しい過去を持つことが明らかになりましたし、天常汐もなんだかんだで公龍との仲が良い(こういうと公龍が起こるかもしれませんが……)。
結論を言いますと、私からすればストーリーやキャラについては申し分ありません。これが批評であるなんて、自分でもつゆほども思いません。その点は深くお詫びしたいです。でも、それはつまり、阿僧祇様の作品がかなり高いレベルであるということです! 保証するのが私なので、なかなか喜びづらいことかとは思いますが、一応事実は事実ですので、自慢出来ると思います(笑)。
「個人的感想」
最初はあまり乗り気ではありませんでした。SFとは言え、私は刑事モノがあまり好きではなかったので、最初の二三話くらいのエピソードはかなり苦痛でした。しかしそのデッドポイントを乗り越えれば、まるでセカンドウィングに入ったかのようにスラスラと読み進めることが出来ました。だって、本当に面白いんですよ、この作品。もちろん、私の最も好きな小説に似ているということも少なからず影響しているとは思いますけれども。
そうそう、描写もかなり生々しいです。冒頭で怪物に変貌した山賀や、チートマルによって変貌した患者の方の描写が、とてもリアルで、勝手に想像してぞくぞくしてしまいました。イメージ的にはゴットオブウォーのハデスが脳裏に浮かんだのですが、合っていますでしょうか?
生々しいと言えば、赤帽子と主人公たちとの戦闘シーンは本当に激しい。公龍が血自体を武器にするときもある為に、よりグロテスクさを際立っているように思えます。ただ、物語終盤の公龍vsキティ・ザ・スウェッティ最終決戦は、かなりハードな残酷描写の連続なので、冷や汗をかいてしまいました!
その他、脳男あらため粟国桜華の陰謀や真の黒幕である屋船有胤などに関しては、もうただただ設定の巨大さに飲み込まれるしかありませんでした。私は今「cytusⅡ」というゲームをプレイしているのですが、ラスティキックの“副作用”をもたらすために人気アーティストを用いたことがそのゲームの雰囲気に少し似ていて素直に驚きました。……が、驚きがそれだけにとどまらなかったということにも二重で驚きました。だってこの大規模な殺戮が、陰謀のプロセスに過ぎない上、さらにその陰謀を裏で操る人物もいたのですから! 殊に印象深かったのは、次の一文です。
・「桜華の計画は、桜華の死によって完結する。(13–TRAGIC TRUTH《02》 より)」
ここで感極まったのですが……、私って、変ですかね?
まだまだ言いたいことはありますが、それを説明下手な私がすべて書くと膨大な文量になってしまうので、最後に一つだけお伝えしたいんです。もうお判りかもしれませんが――そうです。作品にあうBGMのお時間です。
さて、今回の「Over Dose」はかなりの骨太で、なかなか全体を捉えるのは難しいと言えます(部分的には例えば、エンディングはAlan Walker氏の「Spectre」が良いかなとか、戦闘シーンはNIVIRO氏の「Apocalypse」が良いかなとかなどと比較的すぐ決まります)。
長々とその難易度を解説しても意味がありませんね……。最終候補は「Rise」か「Exist」(どちらも作曲者はOVERWERK氏)だったのですが、ストーリーの壮大さをも考慮すると、後者の「Exist」が相応しいと思います。こちらの曲はエレクトロには珍しく、かなりオーケストラチックな部分があります。結構感動的なので、かなりオススメです!
余談ですが、私はSF作品に似合うBGMはEDM系統のものと信じております。ですが、どちらかというと曲に「のる」ことが大切なダンスミュージックに感動的な要素は不要なので、その点でも「Exist」は他の曲とは一線を画しています。
ということで、決して批評ではない今回の「感想文」はどうでしたでしょうか。参考にはならないとは思いますが、一読者として読み手がどこを好くのかそして嫌うのかが書かれているので、少なくとも無価値ではないと考えております。
では、長くなりましたが、これにて今回の批評・感想は終了となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。「Over Dose 2nd Act」、楽しみに待っていますね!
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