⑩「黄昏の図書室」 作:芝樹 享

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885188227


 「あらすじ」

宇留美学園という中等部、高等部を一貫とする教育学園にて、学生たちの間である噂話が持ちきりになる。その噂話とは黄昏の時間に入室できるという図書室の噂だった。

その図書室に入った者は、司書に導かれ自分の過去へと誘われるという。


噂話から持ち上がった学園内で起こるタイムスリップファンタジー。

1話完結の日常から非日常を描く。一人称視点の小説。



 「読んだエピソード」

「第1話---記憶のかけら」と「第2話---悠久のかがみ」。 



 「表現」

 一人称小説ということで、極端に難しい言葉だったり難解な言い回しが無く、素直に読み進めることが出来ました。それは決してレベルの低い文章というわけではなく、例えば――


・蛭のように引っ付いてくる彼の体をなんとかよじって身をかわした。(以下、第1話---記憶のかけら より)

・秋風が心地よく、林に冬の到来を知らせているようだった。

・眩しい照明が、俺の身体を優しく包んでいく。


 など、比喩表現を用いていたり、情景だけでなく感覚も描写する上、さらにそれを主人公の推察に関連付けたりと、作者様の工夫が見て取れました。そして三つ目の文ですが、“眩しい”という否定的な言葉と“優しい”という肯定的な言葉の双方を一文に登場させることにより、対比効果が生じています。

 表面上は読みやすく、さらに注意深く読みこんでいくとこうした技巧が光る文章というものは、かなりの文章を書いてこないと書くことが出来ないでしょう。

 ただ、一つ目の比喩についてなのですが、こちらは読んでいて少し多いと感じました。前半部を読んでいても、


・サルが反省するように寄りかかって答えた。

・歯をむき出し、子供が悪戯いたずらを企たくらんでいるような目つきで彼は笑った。

・彼女の抱える姿が、西洋の絵画を連想させるようだったからだ。

 

 といったように、ヴァラエティ豊かな比喩描写を目の当たりにすることになります。確かに比喩は、読者に物事を説明する時には非常に有用ですし、何より文章の質が上がります。しかし多発・濫用してしまうと、途端にありがたみが損なわれてしまいます。

 頻度に関しては人によって感じ方も違うでしょうし、第二話ではそこまで比喩が多いとも感じませんでした。もうすでに改善されたのかと思いますが、報告だけでも、と思いまして。



 全体的には読みやすい文章ではあったものの、一方で気になる点も見受けられました。一つ目は読点の位置です。


・貸し出しカードとは、思えない会員証の類たぐいに似た長方形のカードだった。(第1話---記憶のかけら  より)

・学園専用のタブレット端末に表示された数学の方程式を私は、集中し考えていると、近くの席で気になる話し声が耳に入ってきた。(第2話---悠久のかがみ より)


 二つの文は、読点の位置がずれていると思われます。一つ目は「思えない」という語句がなければこの読点の位置で良いのですが、挿入されている場合は「会員証」の前に付けると自然です。

 二つ目は「私は」の後の読点が不自然です。倒置法を用いた場合、読点は主語の前に付く方が読みやすいです。また、「集中し」と、連用中止法が使われているため、こちらも読点をつけた方が良いでしょう。つまり……、

例:

・貸し出しカードとは思えない、会員証の類たぐいに似た長方形のカードだった。

・学園専用のタブレット端末に表示された数学の方程式を、私は集中し、考えていると、近くの席で気になる話し声が耳に入ってきた。

 となります。


 次に気になったのは、重複した表現です。


・彼はふたたびねめ回す。用心深く男は睨みつけた

・私の想像したイケメンの男の人が笑顔で近寄ってくる。


 最初の文には「ねめ回す」という言葉が見受けられますが、これは「にらみまわす」という意味ですね。でもその後に男はまたもや「睨みつけた」のです。

同じような意味の言葉を書き連ねる技法も存在しますが、この場合はどちらかを別の言い方にした方が洗練されると考えます。

 二つ目の文の重複は、言うまでもなく「イケメン」と「男」です。

しかし、調べてみると、このイケメンなる言葉には「イケてるメン(男)」ともう一つ、「イケてる面」という語源、意味があります。そう考えると重複とは言いにくいのですが、どちらにせよ、その後は「イケメン」か「男」の一語で統一されているので、同文だけ二つ書かれているのもどうかなと思いました。



「批評希望:読みづらい点・疑問点・その他」

 ⑴読みづらい点 

 先述した通り、「黄昏の図書室」は“素直に読み進められる”作品です。その中でも、私が「読みづらい」と思った部分は一か所のみです。それは「第2話---悠久のかがみ」の後半部、秋葉と郁(その他)による1日デート権をかけたバスケ試合です。

 この場面、おそらく第2話の要となるシーンであると認識しております。主人公秋葉の初恋の人、槇瀬をめぐる郁との対立が、恋敵の誕生を促していきますし、何より個人的には、秋葉がバスケを始めた多くのきっかけが、この経験によるものだと考えられたからです。

 だからこそ、もっとも物語の核心に近いからこそ、この場面はより簡潔明瞭であるのがベストだと思います。一人称視点による緊迫した雰囲気の描写は技術的に申し分なく、約2300文字の間、読者も緊張がやむことはないでしょう。しかしながらバスケットボールに関しては門外漢であり、尚かつ古臭い本ばかり読んでいた私にとって、横文字と数字によって描写される場面は決して読みやすいものではありませんでした。

数字によって状況を直接的に報告するために、実況を聞いているような感覚になりはしますが、私のようなごてごての文系には、例えば――


・10投目のシュートを終え→最後のシュートを終え

・2、3、4投目とカゴの上部にも届かず→続く三投はカゴの上部にも届かず

・バスケットゴールのカゴの中へと吸い込まれる。→カゴの中へと吸い込まれる。


 というように、数字による直接的な表現を言いかえるか、もしくは冗長な部分を削るなどといった処理があるほうが助かります。作者様のこだわりに闖入してしまっていたら申し訳ありませんが、特にこだわりがなければ「こういった意見もある」と参考にしていただければ嬉しいです。



 ⑵疑問点・その他 

 第1話では犯罪(放火)事件によって家族を失った人物が主人公となっていることもあり、また過去に戻って原因や様々な因果関係を探るという点から、ミステリー要素もあるのかなと思い、疑問点もいくつか出てくるかもしれないと思っていました。

 でも、丁寧な伏線回収や過去の叙述により、疑問は読み進めることによってすべて解消しました。

 強いて言うのならば一つありますが、こちらに関しては本当に些細なものです。

 第1話にて、カズトが字出操に出会う場面がありますが、そこではこんな会話があります。


・「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

「なにかしら?」

「俺の前に飛騨山癒馬という男子生徒が来な……、いや、来ませんでしたか?」

「ええ、もちろん来たわ! 貴方のお友達かしら?」


 癒馬が来たか来なかったかという質問に、操は「もちろん」という、必然性を表す副詞を用いています。これはつまり、癒馬が来たことによってカズトが黄昏の図書室に来ることが確定するという、事象の連鎖を表しているものなのでしょうか? そうなると癒馬とカズトの関係も気になる点ではありますが、こちらについて触れられていなかったので、疑問に思いました。

 

 さて、そのほか「気になった部分」に関しては上にある「表現」に含まれていると思いますので、これにて批評すべきことはすべてで尽くしたはず……、です。短編小説であるので、どうしても設定に関しては踏み込めなかったのですが、そちらはご理解いただけますと幸いです。



 「個人的感想」

 タイムスリッフ゜要素のあるファンタジーやSFを見ると、いつも作者様を尊敬してしまいます。時間というわけのわからない抽象的な概念を解釈して、さらにそれを作品に組み込まなければならないのですから。少なくとも私は絶対に手を出したくない分野ではあります。

 その点を考えると、同作品は(おそらくですが)パラレルワールドの考えを用いて、過去に変化を加えても現在には干渉しないようになっております。一番安全だと思います。たぶん。だって、過去と未来を繋げてしまったら、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に代表されるように未来の自分がいなくなってしまう可能性がありますし、また存在の輪というパラドックシカルな状況が発生してしまうかもしれませんもの。


 第二話で、主人公が女子生徒になったことにも驚きました。しかも相変わらず一人称視点なので、時間SF的要素があって、しかも男性、女性双方の心理を描写していく芝樹 様の多才さには目を瞠るものがあります! その最たる例は次の文でしょう。


・乱れる髪を整えながら、雨上がりの坂道を少しずつ上る。


 なるほど。髪が長いかどうかはともかく、人目がつかないような場所でも常に整った姿でいたいという心理が、見事に書き込まれています。私には到底出来っこありません。

 また、黄昏の図書室はヴィジュアル的にも優れていると思います。


・金属音が部屋全体に木霊こだましてくる。するとゆっくりと壇上の巨大な本が捲めくれあがる。


 大規模なカラクリか何かでようやく開けるほど巨大な本。いやー、これこそファンタジーです。こうでなくては! 大体、黄昏って単語自体、相当パワーワードですよね。


 締めの言葉の前に、(恒例になりつつある!?)この作品にあうBGM、考えてみました。黄昏というもの寂しげなワードと図書館という静謐の場、さらに過去と現在を行き来するアクティブさを鑑みて、フォルクローレである「滅びゆくインディオの哀歌」を選曲いたしました。曲名と歌のやるせなさは置いといて(置いておけない)……、旋律だけに耳を傾ければ、きっとなぜこの選曲なのかがわかるかと。ちなみに私は歌無しの方が好きで、そちらはビクターが販売していたCD「フォルクローレMUSICS」にあるので、お時間がありましたら、youtubeなどで検索してみてください。あるのかないのかは、調べてないので分かりません......。

 

 さて、普段は現代ファンタジーを読まない分、「黄昏の図書室」はいつも以上に新鮮な気持ちで読むことが出来ました。また、女性の一人称もカクヨムでは片手で数えられるくらいしか読んでいなかったので新たな発見も沢山ありました。この企画を始めてから、読んで損した作品は一作もありませんでしたし、今作も同様で、読んでよかったと思える小説でした!

 それでは、これにて筆を置きます。お読み下さりありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る