③「グリムハンズ」 作:なはこ
作品はこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054883788890
※あくまで私個人の感じた批評でございます。個人的な見解が盛り込まれているので、参考程度に捉えていただければ、幸いです。
「グリムハンズ」 (作:なはこ以下、作者さん) 全エピソード読了
文章は必要最低限の情報だけにしている為、読みやすく、それでいて会話文との比率を考えてかテンポの良いものになっています。特に、キャラクターそれぞれに個性がはっきりとありながらも会話の掛け合いは楽しく、時にはシンミリと切なく感じれて良い。会話文に関してセンスのある方だと思いました。
しかし如何せん、個人的には「凄い惜しい作品だ」という面が否めません。それは、文章的にも、設定的にも、キャラクター的にも、という幾つかの要素についてですね。特に設定に関しては、おとぎ話(に類いする力)をファンタジー要素の核として据えてはいるのですが、それが十分な効力を発揮できていないところです。以下、項目を分けて批評させていただきます。
(1)文章について
おそらくですが、作者さんは敢えて文章量を削減しているのだと思います。各頁の冒頭の文章は作品の雰囲気(ファンタジー的、そしておとぎ話的)を出すように言葉を選んで綺麗に演出して描写されていますし、対して全体的に地の文は必要最低限の描写で纏めているので、強弱を付けているのだろうと感じました。
ただ、ここはもっと肉付けしてもいいんじゃないかなあ、と思うところがあったりします。言うなれば、ストーリーの盛り上がりですね。以下、例としてピックアップします。
第一章;グリムハンズ 五頁:午前0時の死闘
「これが最後の仕上げなんだ」
正太郎が本の最初のページを向けると、光は吸い寄せられ、白紙に溶けていった。
光が完全に溶け込むと、白紙だったはずのページに、真新しいインクで描いたような青黒い字で一文が追加されていた。
『灰かぶり猫のゼゾッラ』
第八章:ネクストページ 第四頁:硝子(ガラス)
エリカの中に、新たな二つの疑問が生じた。
何故現場には、ガラスが残っているのだろうか?
シンデレラを灰以上に象徴するガラスが、火災現場に必ず落ちていたのなら、偶然とは思えない。
さらに、もう一つ。
何故エリカは、火災現場でいつも無傷だったのか?
グリムハンズとして覚醒してから分かったのは、自分の起こした爆発に巻き込まれれば自分も怪我をする事。
可燃性の灰を出すのが能力であり、防火体質になるという事はない。
それなら何故、今までは無事だったのか?
上記の部分の描写(他にもありましたが、特にこれらが顕著)はもっと盛り込んでも良いと思います。というのも、上記の場面は、エリカという主人公が【グリムハンズ】に関わってしまった経緯あるいは核心に近い部分であるからですね。
三人称視点の地の文ではありますが、ここでエリカへの心情をある程度描写しないと、エリカが淡々とした人格となってしまいます。過去に対してエリカが罪の意識などと抱いているのにも関わらず、ここで淡々としているのは些か勿体無い。
たとえば、1つ目の例では、エリカにとっての復讐が完全に果たされた瞬間です。復讐への思いがありながらも、ここの場面が淡々と描かれるのは勿体無い。ここでエリカの感情をはっきりと濃厚に描くことによって、過去との決別が明確になって、後のエリカの人格が明るくなるというのが映えてきます。
2つ目の例では、エリカがどうして今までの大火で無事だったのか、という疑問を払拭する場面です。ここで、エリカが自分の身のことだけを考えるのは、人間味に欠けます。そもそも、今までの描写ではエリカが殺してしまった人物たちへの心情や記憶があまりに足りていないですね。後悔している、罪を意識している、そう描写しながらもそれ以外の部分が足りていないので、後悔の念や罪悪感へのシリアスな面が足りていないです。それらを描いた上で、ここの場面で【大火でもエリカを守ろうとしてきた人たちの姿、そしてエリカが無事であるという事への安堵と愛情】などを、記憶の想起として描けばキレイに仕上がる、と思ったりしました。幼い頃に自分の力で大火を起こしてしまった、という前提を生かしきれていないように感じました。
(2)設定について
現代ファンタジーは実は、通常のファンタジー、異世界転生・転移よりも設定における基礎作りが困難だったりします。というのも、中世・近世よりも、現代の方が政治やら経済やら法律やら技術やら外交やらが複雑で高度だからです。特に、監視カメラが色んなところに設置され、人口も多く、ましてやSNSが日常となってしまった現代では、異能バトルというのが社会に認識されないという状況への説明や理屈などを、それなりのレベルで構築しないといけないからですね。
そういった問題を抱えるこのジャンルでは、大きくパターンが3つに別れます(というか、それ以外に分類することは不可能)。
【1】:そもそも社会が異能に対しての完全な認知をしているパターン。
【2】:社会が異能に対して全く認知していないパターン。
【3】:社会が異能に対して認知していないあるいは噂話や都市伝説程度に認知されているものの、いわゆる裏社会(あるいは政府の超偉い人とか)では認知されているパターン。
【1】の場合は、価値観やら社会形態などを一から練り直す大変さというデメリットはありますが、構築できればそれ以降の文章に矛盾は生じづらいというメリットがあります。
【2】の場合は、現代の地続きでそのまま描写出来る手軽さというメリットはありますが、リアリティを保つ為の詳細な設定の説得力と矛盾を生じさせない為の大変さというデメリットがあります。
【3】の場合は、そもそもリアリティを保つことが何よりも困難というデメリットがありますが、裏世界では自由な価値観を盛り込めるという自由度がメリットになります。
それぞれにメリットデメリットがあり、言うなれば労力が必要ですね。特に現代、と謳っている為、リアリティを保つというのには細心の注意が必要です。
作者さんの作品は【3】の分類に入りますが、リアリティがやや欠けていると思いました。
①グリムハンズの認識の立ち位置
作者さんの作品では【グリムハンズは政府上層部でははっきりと認知されている】とされています。しかしながら、認知しておきながら、グリムハンズへの対処がかなり雑、というのがありました。
主人公のエリカが、その最たる例です。
幼い頃に3度の大火を引き起こし死傷者も出している。おまけに、本人はコントロールは出来ないがグリムハンズの発現は可能。そういった、言うなれば【いつ人を殺して、グリムハンズという異能が世間に知られてもおかしくはない爆弾】であるにも関わらず、高校生になって如月が接触する以前まで、政府側からのアクションが一切ない、というのは【グリムハンズという異能は意外と大したものではない】という世界観への誤解に繋がってしまい、よろしくないです。
②グリムハンズの歴史や現象が、描かれた世界観と分離してしまっていること
現代ファンタジーが抱える問題の1つとして【別に、魔法の設定でも成立するよね?】という批判を避ける手段が挙げられます。言うなれば【ファンタジー要素がストーリーや世界観の核心ではなく、ただ単に現代にファンタジー感を出すための装飾品】にならないための工夫が必要なわけですね。
そのためには、私たちの歴史上との関連が必要になる場合があります。
作者さんの作品では最初の方で、
「百年程前からワード(生体単語)と呼ばれる存在が現れ始めた。こいつは特定の物語を象徴する単語が現実に顕現したもんでな」
と如月が簡単に説明し、その後は力や現象の説明に移ります。この一文だけで「私たちの現代と地続きである」という間接的な説明とするのはあまりにも乱暴です。これでは【グリムハンズという《魔法》が百年前に出てきた】と言っているようなもので、言うなれば、グリムハンズという設定がチープに見えてしまいます。折角、現代ファンタジーの核とも言うべき設定をお披露目する場ですので、もっと現代とつながりのある演出にしてリアリティを持たせないといけません。
たとえば20世紀にグリムハンズが発見されたのならば、
【20世紀の信じがたい技術の発展はワードの探求が背景にあった(アインシュタインやらアラン・ケイやらが実はその研究をしていた)】
【世界大戦でグリムハンズ(あるいは、ワード)が猛威を振るい、特に日本はグリムハンズが多かったために、世界の軍事力のトップに君臨するアメリカが日本を管理している。そして、社会が混乱しないように政府上層部だけがグリムハンズを認知し管理している】
といった、グリムハンズの歴史や現象を現代社会の歴史に織り交ぜて語らなければいけません。そうしなければ、グリムハンズという設定が、ただの装飾になってしまいます。
現代ファンタジーは、決して現代的な雰囲気を持つファンタジー作品ではなく、現代と延長線上のファンタジーです。おとぎ話という面白い設定を使っているのですから、ただの装飾にはしてはいけません。特にグリムハンズの最初の説明なので、リアリティはある一定のレベルが必要になります。
かなり極端な暴論を言ってしまえば、現代ファンタジーがよりリアリティであればあるほど、それだけで評価の対象になったりしますので。
(3)キャラクターについて
①冒頭のエリカの発言
キャラクターは皆、非常に個性があり魅力的です。だからこそ、冒頭のエリカが勿体なく感じました。
第一章の1頁でエリカは【他人に興味無い】スタンスを取っています。しかし次の2頁では、端的に言えば【殺してください】というスタンスを取りますね。これは、正直、悪い方向に働いてしまっています。
単に自殺したい、というのであればまだ理解は及びますが、殺してくださいと他人に求めるのは、前者の【他人に興味無い】とは真逆の感情です。
【普段、他人には興味ないけど、自分の欲求を満たしてくれる他人にはすぐに積極的になる】というのは、良く言えば自己中心的、悪く言えば厨二病的な思想です。
エリカの境遇と事件に関連性がある、というだけで、
「ねぇ先生。童話が好きなら化け物退治に興味ない?」
だって、もしもそうなら、こんな自分を終わらせてくれるから。
自分一人ではどうやっても出来なかった、エリカがすべき事。
「別にいいよ。あげる」
他人がやってくれて、その人を愉しませる事が出来る。そんな命の使い方も悪くはない。
「お前が怪物か?」
「そうだよ」
は、無理があるように思えます。せめて如月がグリムハンズを発現させてからではないと、上記の発言はまず出てきません(エリカ自身も一般的な考えを持てるキャラクターであることが読み進めていく内に分かってくるので、だからこそ、この最初の部分は不自然です)。
冒頭の部分で主人公に不自然な部分があると、何も知らない読者は【こういう主人公なのかぁ】と、作品の見切りを付けてしまいます。同好会メンバーとのやり取りが読み進めていく内に面白くなっていくのに、最初の方で損してしまうのは勿体無いです。
②エリカの過去の描写が足りない
先にも書いたかもしれませんが、エリカの過去について描写が足りていないように思います。主人公の過去描写は、主人公の魅力を引き立てる要因の1つです。もう少し多く付け加えた方が良いかもしれません。
総評
ストーリーの流れは大きく捻って分かり辛い、といった部分は無く至ってシンプル。だからこそ王道的なワクワク感を期待でき、読み終わった読了感もシンプルで気持ちが良いです。文章面では会話文の面白さと、地の文の軽さは良い方向に働いていると思います。しかし、それ以外の部分では非常に勿体無い部分があり、プラスマイナスゼロとなってしまっている、という感じですね。
特に設定と世界観の摺り合わせは必要になってくるかと思います。
そのためには作者側もある程度の知識が要求されます。それは、全てのジャンルにおいてです。
コメディならパロディやギャグの知識を。
SFなら科学や技術などの知識を。
恋愛なら恋愛観や一般的な青春の知識を。
ミステリーなら、ミステリーの作法(ノックル、ヴァンダインなど)や建築物の知識を。
そして現代ファンタジーなら、歴史や経済や政治などの知識を。
それぞれのジャンルにあった知識や作法を、ある程度、作者は持っていなければいけません。そしてそれらを読者へと明記する義務もあります。
勿論、完璧な知識というのは困難ですが、ある程度、読者を納得させられるものは必要です。面白い設定であるので、世界観との摺り合わせがあれば、更に良い作品へと昇華できるのではないでしょうか。
論評URLはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054883788890/episodes/1177354054884371647
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