③「One night magic」 作:ハティ
作品はこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054885464695
「あらすじ」
ウィリアム・ローレンスはロンドンに住んでいる悪戯好きな妖精。毎日遊び惚けては酔っぱらう自堕落な毎日を過ごしている。お祭り時の夜ともなれば仲間と一緒に大騒ぎをして、人間にちょっかいを出しては役所から怒られてばかり。
そんな彼が特に楽しみにしているのは10月31日のハロウィンと、その直後のガイ・フォークスデイ。イベントが続くこの季節は、人間には人間の、妖精には妖精それぞれの楽しみ方があるのだ。
しかしその年はいつになく妖精を監視する妖精管理局の取り締まりが厳しく、ウィリアムは運悪く自宅謹慎を言い渡されてしまう。それは、ウィリアムの生きがいともいえる祭りへの参加を禁じるものだった。
「読んだエピソード」
すべて読了。
「冗長に感じる部分 分析」
応募作品「One night magic」は、作者様の仰る通りウィルの語りや会話が軽快で、設定がしっかりとしている作品の中では読みやすい部類に入ります。
・「さて、何か申し開きのできる言い訳はあるかね」
ねちっこいトーンに実に厭味ったらしい言い方。一体何回このセリフを聞かされたことか、そのたびに僕が言えるのはたったこれだけ――
「ゴメンナサイ、もうしません」(1-2 より)
という具合に、不自然な会話など無く、また一人称視点の特権、地の文との連携がうまくなされています。
全体的な印象はこうなりますが、一方で「凡長だ」と感じた部分もないわけではありません。原因は説明的文章です。
とは言え、それはどんな作品にも必要です。また、この作品は妖精たちの世界を舞台としているのですから、説明文が増えてしまうのは仕方のないことだと思います。そういった状況で「飽きさせない」ようにするには、やはり極限まで説明文を減らしていくしかないでしょう。
・その原因は様々な状況であろうとも大体一つに集約される――人間にばれたこと。いかに人間が宗教あるいは科学に盲信的で《超自然》を否定しようとも、記録と証拠への執着心は地球上のあらゆる生物に置いて他の追随を許さない……要するに、監視カメラにばっちり映っていたのだ。世界屈指の監視社会たるロンドンには、最早死角というものが失われつつあるらしい。(同上)
後半に、「要するに」というワードがあります。前半が少し冗長だったり、複雑な場合にまとめを作る働きをしたりする言葉です。ということはつまり、「要するに」以前の文章は、後半の文章と同義なのですから、極端なことを言えば前半部は削ってしまってもいいのではないでしょうか?
省略したことによる情報は、必要ならば結局他で補うことになりますが、地の文が分散すれば、それだけですっきりすると考えます。体裁も読みやすさを決めているので。
ここまでの話は、「説明的文章は読みにくい」という印象が強いですが、しかしながら実際は、ハティ様の高い文章力が読みにくさをだいぶ和らげていると思います。
上の文章もそうですが、それ以外にも
・ドアを開けて真っ先に目へ飛び込んできたのは、ミラーボールのスパンコールに飾り付けられたステージ。全て木製で統一された落ち着きのある空間の中央、両サイドにある二つのカウンターと八台のテーブルに囲まれて、ウェアウルフの歌姫がバンドと共に粋なスウィングジャズを演奏していた。(2-2 より)
この文章などは、中止法や体言止めが適度に使われており、読者が自分のリズムに合わせてスラスラと読むことが出来ると思われます。
現に私も、作品を読んでいる中で「読みにくい」とはほとんど感じませんでした。またある程度世界観を説明できれば、そういった冗長になりがちな文もなくなりますので、全体を通して評価すれば「読みやすい作品」です!
「表現 分析」
次は表現についてです。個人的な意見にはなりますが、それぞれがとても的確、なおかつ遊び心がある、洒落た文体だと思いましまた。例えば次の文――
・足元のタップシューズも今にも鳴りたくて疼々している。(1-3 より)
ウィルの心を説明的に表現したり、また彼自身の心を一人称的に、そのまま表現にしたりするのではなく、物を主語にしているところ、考え抜かれていると思います(インスピレーションであれば、天才!?)。
面白いなと思った表現は、まだあります。
・ルークが魔法で取り出したるは、突如空中に出現した一六トンの重り。(1-2 より)
ここではこの重りが16トンだと書かれていますが、果たしてウィリアムはどのようにして具体的な重さを知ったのでしょうか。もしかして、側面にマンガやアニメのように白い文字で書かれていたのでしょうか!? 「16t」と。
それなら、納得です。そのあとの文章で、「漫画ならペラペラに……」とあるように、コミカルな表現も多いですものね。
ならば、ハティ様はやはり、読者を楽しませるのがかなり上手だと思います。読み手を意地でも飽きさせない、そういった精神が伝わってきました!
[この点について作者から返答:16tの重りはイギリスの鉄板ギャグである、と]
ただ、読んでいて指摘しておくべきだと感じた部分が二つあります。
一つ目は、ウィルの姿についての描写が、序盤にあまり書かれていないということです。
・僕はぶるぶると身を震わせて水をはじき飛ばす。完全にばてた僕はついに力尽きて四足でさえ立っていられなくなってしまった。(1-3 より)
もしかしたら見過ごしていたのかもしれませんが、私はこの文を見て、そういえばウィリアムは猫の姿なのだと思い出しました。登場キャラクターが妖精なものですから、ルークやアマルシアのように人外であるということを主張していかないと、せっかくの個性が埋没しかねません。こちらも回を重ねるごとに改善されているのですが、どちらかというと序盤にキャラを理解させていく方が好ましいでしょう。
もう一つ指摘したい点は、次の文章にあります。
・中央に石敷の広場を据えて、その周囲を円形に生い茂った草木が取り囲む、昼下がりを過ごすにはぴったりの庭園。バラにクレマチス、サルビア、ベゴニア。秋に咲く色とりどりの花が、今まさに散らさんとする最後の盛りを迎えていた。秋咲きのラベンダーが、あの甘くとろける芳香を放っている。間隔をあけて配置された石の大鉢には、今は真っ赤な花を咲かせているきれいなフクシアが植えられている。(1-4 より)
これは、ウィリアムが黒いローブを来た連中に追いかけられている最中の地の文です。この場面の少し前、彼は妖精ならではの力で男を倒しており、手に汗握る場面なのですが……。庭園に咲き乱れる花の種類など、追われている状況では認識している暇もないでしょうし、「甘くとろける芳香」などという言葉は、やはり場違いであるかと。
非常に描写が丁寧で、こだわりの見え隠れする地の文であるからこそ、スピード感や緊迫した状況を壊してしまっているように感じられます。
以上の点は、私が読んでいて気付いた箇所です。私自身、結構偏った趣味、性格をしているので、全てが正しいとは当然言い切れません。参考程度にとどめていただくのが最善です。
「個人的感想」
現代ファンタジーは全くといっていい程読んでこなかったので、最初はどんなものかと不安でした。でも、私が懸念していた「現代の事情(政治とか、国際問題とか)」が作中に絡んでいるなどといったことが一切なく、最後まで楽しいファンタジーでした!
特にですね、
・妖精の故郷ティルナノーグを離れて都会で暮らす僕たちは、人間達の文化を『借りて』暮らしている。(1-3 より)
この文を見たら、ケルト神話の知識がある方は笑みを浮かべるのではないでしょうか? 同神話はあまり知名度が高くないですし……。また、
・妖精はめったに約束を交わさない。それは一種の呪いのようなもので、破ればその身に大変な災いが訪れる。だから一度交わした約束は必ず守らなきゃならないんだ。
この設定は、ケルトの"ゲッシュ"をモデルとしたものでしょうか? クー・フーリンの最期を思い出します……。
色々ほかにも言いたいことがあるんです! バーナード・ショーの「ピグマリオン」に関する記述があったとか、「ラ・メール」でドビュッシーの音楽が流れているということは、きっと曲は「海」なんだろうなとか……。
とにかく、ジャンルを問わない、森羅万象の知識を散りばめていることが、西洋の雰囲気を醸し出しているのだと思われます。またそれには博い知識が必要ですから、多くの人にはまねできない技術だと思います。
Act 2はウィルが日本に来てくれていましたが、丑の刻参りについてだとか、やっぱりすこしマニアックなことについても言及されているのですね。
さて、最後に、私が個人的に思った「作品にあう曲」を紹介します(誰も得しない)。
一部を除いて、終始明るい雰囲気に包まれていたことと、タップダンスの得意なウィリアム・ローレンスというキャラを混ぜ合わせて考えていると、一つの楽曲が頭の中に思い浮かびました。
その曲とは、xi氏の「Double Helix」! 軽快な旋律が楽しい一曲です。興味がありましたら、是非聞いてみてくださいね。
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