②「殆ど何も考えていないTS聖女さんのお話」 作:茶蕎麦

 作品はこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054885488165


 「あらすじ」

 なるべくして善人な、異世界転生TS聖女さんがほぼ考えずに動くので、それを三人称で語らざるを得なくなるようなお話の予定です。

 タグのような話にそのうちになっていくつもりですので、注意して下さい。



 「読んだエピソード」

 一話から二十二話まで(つまり一章)と、二十三話及び三十話。



 「設定 分析」

 まず、私の大好きな魔法の設定についてです。

・火色、水色、風色、土色の四色を尊い色とする四塔教(第2話 聖女と魔物 より)

 作中には魔法の説明としてこうあります。エンペドクレスの四大元素説を基にした、お馴染みの設定と思われます。また、

・「パール、お前ひょっとして、自分がどれだけ価値のある存在だって未だ分かってないのか?」(第1話 素直が聖女 より)

・だが、パールの手を組み合わせて望むだけで人を癒す、この世にも奇妙な魔法は存外体力消費が激しいもので。(第2話 聖女と魔物 より)

 などとあるように、例外が存在するようですね。それとも、パールだけが例外なのでしょうか? 

 私のファンタジー創作論では、このような魔法体系を「組み立て型」と定義しており、短所を「思った通りの魔法を作成することが出来ない」ということだと考えています。火や土だけでは「治癒」もできないでしょうし、そもそも「治癒魔法」って、仕組みを考えてみると非常に厄介なんですよね……。

 真面目に考えれば、患部の細胞を活性化させて、時間を早送りにするとか、時間を逆戻りさせて、傷そのものをなかったことにするとか、とても高度な設定が必要になってきます。ということで、組み立て型を導入するのであれば、色(魔素)の種類をもう少し多い方が融通が利くのではないかと思われます。あ、ですが、これはあくまでも私が設定を練る際の考えですから、万人に当てはまるということはありませんので参考までに。


 次に、同作品の魔法体系を語るに欠かせない「マナ」について考察していきます。

・たとえ比較対象が同じ大気のマナを奪い合う魔法使いの天敵である魔物であろうとも、相手ではなかった。(第3話 聖女と盾たる彼 より)

・マナに届き得るその指の先から魔素を引っ張り込んで、掴め得る染指と同色にてこの世の道理を染め変えていく、それが魔法。(第14話 魔物と親心 より)

・「そりゃ、魔物だしな。マナに刺激されてるから、バカにはなれない。トールは多分、パールよりは賢いんだろうな……」(同上)

 以上の描写から、どうやらマナは、この世界に於ける魔法の原動力のようですね。空気中やモノの中に存在し、生物の体内に入ると魔物化させる、あらかたそのような定義かと思われます。こちらの設定については、文句ありません。しいて言えば、マナとはどこから生まれたのか? や、マナは魔法の媒体にすぎないのか、もしくは消費物質なのかという疑問があるわけですが、神話を引用すれば何とかなることが多いです(笑)。

 最後に、同作品の魔法体系における最大の特徴について言わせてください。それは「染指」についてです。この世界では、先述した四つの色が属性を表しており、指に色がついていることで魔法が使えるか否かが区別されているようです。序盤に初めて目にした時は、何だこの設定は! と、嫌悪感も少しありました。でも、読み進めていくにつれ、なかなか奥が深い上、融通の利く設定であることに気が付きました。なにより斬新!

 同色の染指があれば、効力が重ね掛けされて強力になりますし、異なる色の染指を持てば、複数の属性を司ることができる……。茶蕎麦 様の発想力を、私も是非とも見習いたいものです。


 次に、世界観についてですが、こちらもよくできていると思います。国名や地名などがきちんと決められていますし、また次の文には相当こだわっているなという印象を受けます。

・ヒーター産だという古いキャロブ(いなご豆)パウダーを隠し味に入れたのだと言うカーボ手製の甘めの野菜スープは、彼女の舌にことよく合った。 (第2話 聖女と魔物 より)

「○○産」とわざわざ書いているということは、ヒーターという地域がキャロブの名産地という設定なのでしょう。またいなご豆やニラネギといった和名を捨て、その国の言語(英語)で表記しています。「当り前」を排除して世界観を作り上げようという姿勢が、ひしひしと伝わってきます。

 そして極めつけはこちら。

・「分かった。だが家三つ分は探知出来るとはいえ、オレだけじゃあ、先に見つけるのは少し厳しいな。(第23話 聖女と魔従 より)

 範囲を表すために、家“何個分”と、物を使って表現しており、現実世界のメートルや、自作の単位を使ってはいません。常識を排除し、「異世界」を徹底して創り上げる。一途な姿勢には驚かされます。


 その他、個人的な意見としましては、

・ライス地区はハイグロ山脈の山裾からポート川に至るまでをその範ちゅうとした、タアル伯が治めている土地の中でもそれなりに人口の多い地区である。高低差の激しいその広い土地は豊富な自然に恵まれていた。(第12話 聖女と告白 より)

こちらの文のように、自作した固有名詞を連続させることによって、読者がより世界へ深く潜り込んでいけることは確かです。しかし、いたずらにカタカナを羅列してしまっては、(私のような設定厨を除き)一般の読者は読み飛ばすか、読んでも数秒で忘れていきます。

では、どうすれば固有名詞を、書く価値のある=覚える価値のあるものにできるのでしょうか? 次の文を見てください。

・そうして、己の魔法に助けられながらハイグロ山脈の、目に入る山の殆どを単独登頂成功させた恐るべき少年は、無謀にも名峰タケノコに挑んだ。(第16話 バジルとしろくま より)

「ハイグロ山脈」はこのように、私が確認した中では四回使用されており、「ライス」は八つ、「ポート」は家名も含めれば三つの使用が確認されました。繰り返し地の文に出てくれば、読者も必要な情報として認識してくれるでしょう。ゆえに、創作単語は随所に配置していくか、主人公や周辺地域にゆかりのある人物、土地を粘り強く物語に入れ込むしかないと思います。

 そう考えると、「タアル伯」という人名はその後一切出てこないため、読者には忘れられていることでしょう。つまりこの人名は世界観を作成するためにしか使われていないことになります。これでは少々もったいない気もしますし、そもそも支配者が自分の治めている土地に介入してこないのは不自然と感じます。後々登場させてみてはどうでしょうか? 



「表現」

・彼が彼女に至るその間に思いになるほど浮かばせた考えはこの程度だった。(第1話 素直が聖女 より)

 開くとまず出てくる文です。読点が無いので、読みにくさを感じます。考えられる理由とすれば、この文は特別な思い(ノンストップで、一気に読み進めてほしいなどといった要望)などがあったのでしょうか? 

 また、こちらの文も同様です。

・そしてなんとか、黄色い包帯の向こうにあるはずの無い怪我を治そうと魔法まで使い騒いだ彼女の迷惑料として件の男性に幾らかの金銭を渡し、引き連れ人だかりから逃げ出したバジルは大いにくたびれる。(同上)

 “迷惑料として”の後に読点を入れても良いのではないでしょうか? もしくは一文が長くなってしまっているので、途中で文を二つに区切ることはできないか、などを考慮していただければ改善できるのではと思います。

例:そしてなんとか、バジルは彼女が黄色い包帯の向こうにあるはずの無い怪我を治そうと魔法まで使い騒いだことに対する迷惑料として、件の男性に幾らかの金銭を渡す。引き連れ人だかりから逃げ出した彼は大いにくたびれる。


 二つ目に、登場人物について指摘します。

「あり得ない、そんな全てがここに集まっている……果たして、これからどんな特別な何が起きようとしているのかしらね」(第12話 聖女と告白 より)

とは、アンナの言葉ですが、まさにその通り、パールとバジルのまわりには様々な人物が集まってきます。それぞれキャラが立っていて絡みも楽しいのですが、反面登場人物のキャラや情報の押しが弱い部分もあり、「この人は前回出てきたような気もするけれど、誰だったかな?」と記憶を辿っていかないといけないこともあります。ですから、人物一人一人の情報をもう少し印象づけていかないと、折角のキャラ設定が存分に活きていきません。

また、再び登場しないであろうモブキャラの名前は、わざわざ地の文に書く必要もないと思います。

・奇跡は、この世にあると示され、そして先程まで折れた腕に涙を零していた駆け出しの漁師、キャスケットはパールを仰ぐ。(第15話 聖女と異端 より)

この文では、パールの元を訪ねたキャスケットの名前が地の文で示されています。彼は後ろの文で度々名前が登場するのでまだ許容範囲です。でも、彼をパールに紹介した!ベレー!という脇役は、わざわざ名前を書かなくても良いと思います。記憶の負担と違和感を無くすなら、せめて会話文中で登場させるくらいが丁度よいでしょう。

読み進めていけば、否が応でもある程度の人物の特徴を覚えていけます。でも、その状態に到達するまで、読者はささやかな苦痛を受けることになります。作者が未然に防ぐことが出来れば、これ以上好ましいものはありません。


 次に、上手いと感じた表現です。

・素直は、ぬいぐるみのような男である。見た目ほど中身が無いが、ハリボテ、というにはふかふかしていて優しい。(同上)

 人間の素性を、“ぬいぐるみ”と“ハリボテ”という二つの無機物を引き合いに出して表現する才能は、非凡なものだと感じました。また、

・妖しげに、アンナは微笑んで。彼女を【王】の候補に上げるのもいいかもしれない、と心の中の碑に赤色で書き留めた。(第6話 聖女と魔法 より)

同文章の表現にも非凡さを感じます。“赤色”ということから相当重要なことだ、と読み手に伝わりますし、なにより洗練された表現で、かっこいいですね。

 この二つの文章以外にも、かっこいい表現が多く見受けられました。特に第一章の後半部には、レベルの高いものが所々に出て来て、読者を飽きさせないでしょう。


 以下、疑問に思った点です。

・自分の下心を純真の前で晒すのは気が引け、更には護衛なのに視界が閉ざされたことも問題だと思い。(同上)

・覚悟していた分、痛みは僅か。むしろ、どうしてだか顔に確かな柔らかさを感じ。(第13話 聖女と苦労人 より)

 これらの文末は、“思い。”や“感じ。”となっていますが、誤字でしょうか? それともタイプミスで読点が句点になってしまったのでしょうか? 連用中止法の後には読点を置くのが常だとばかり思っていましたから、気になりました。私の知らない表現だったらば、お許し下さい。


 

 「地の文」

 題名とタグにある“日常”という単語も表す通り、同作品は主人公の性格もあいまってか、ほんわかとした印象です。ですから、シリアスな部分以外はサクサクと読み進められて楽しいのですが、稀にルビの無い読みにくい漢字がありました。「方や、眸、寿がれる」などは、読者が全員すっと読めるかと言われたら、そんなことはありません。これが原因でブラウザバックする読者はまずいないと思われますが、ふりがながあると読みやすいのは確かです。


 次は指示語についてです。

・そんな心を毒々しく、歪めたい。アンナはそう思ってしまう。それは、歪んだ性根に寄るもの。だが、それをアンナは呑み込んで。(第11話 マイナスと熊の手 より)

 ここで問題なのは、「それ」が多用されているという点です。同じ単語を繰り返さないで、適宜言葉を省略表示するということは、文章の洗練に必要です。でも一方で、指示語をみだりに濫用した文章ほどややこしいものはありません。この"こそあど言葉"は何を指しているのかなどと、読者はいちいち文意を読み取っていく必要があるので、あたかもパズルを解いているように思うでしょう。

そして代名詞も同様です。

・彼女が彼女に合うまで、分からなかった。(第13話 聖女と苦労人 より)

この文は、「彼女」という単語を二つ含んでおり、前後の関係から双方に合致する人物を探し出さなければなりません。固有名詞が連続するのを嫌ってこのようにされたのかもしれませんが、個人的には複雑な文の方が疎まれると思います。


 変わって、作中にはこのような文章がありました。

・恋慕を思い出したのかくねくねする妹分に、彼はドン引きする。(第13話 聖女と苦労人 より)

 固い言葉を使っていると思ったら、くだけた表現が登場していて、とらえどころのない、独特の雰囲気を提供しています。個性ある文体は、注目される作品に欠かせないと私は考えているので、この点は高く評価いたします。

 ここでは最後に、作品全体を通して思ったことを伝えます。同作品は、シリアスな部分をしっかりとした文章に、対して和気あいあいたる場面では気楽な文章にとなっており、そのギャップが楽しい作品であります。ですから、場面のムードでいえば中性的な =“シリアスでもなく、軽い雰囲気でもない”通常文がどっちつかずとなっていることに改善の余地があると考えます。先程「個性ある文体」と表現しましたが、まさに個性を現出するためには、中途半端な文は好ましくありません。そのために、通常文も相当固い言葉を多く使っていくか、もしくはくだけた表現を多く使っていくかすれば、それとは逆の雰囲気の地の文がより際立つに違いありません。



 「改善点」

 前半に多く見受けられる、中止法を用いた極端に長い文章をまずは直すべきです。また、出来ればそれぞれのキャラクターの説明をもう少し増やしていただければ、その後の展開や絡みもわかりやすくなるかと思われます。

 


 「個人的感想」

 茶蕎麦 様、分析・批評が遅くなって申し訳ありません。あと、なかなか批評をまとめられず、少々見苦しいところもあるとは思いますが、お許しください……。時間があまりとれなかったので、疑問に思った点や、ここはどうなの? といった追加質問がありましたら、遠慮なく申し付けください。


 タイトルの「TS」というパワーワード、そしてタグに見受けられるBL、GLの文字。私はこういった作品を見つけたならば、それだけで食いついていたと考えますが、読んでいくともう一つ、大きなセールスポイントがあるじゃありませんか! それは斬新な魔法のアイデア(染指)です。でも、タグの魔法だけでは何のことかイマイチ伝わりません。これはもったいないです。染指はアピールしていった方が良いですよ。

 また、この作品はエピソードの最初に、ヒロインであるパールの記憶が語られますが、タイトルにある通り、彼女は「殆ど何も考えていない」ので、毎回そのことに対するうんざりコメントが書かれます。私はこの部分、地味にすごいなと感動しています。全てのエピソードごとに「これではなんだか良く分からない→補足しよう」というながれの二段論法が含まれているのですから。計三十以上のアイデアを考え出したことには驚きです。


 あと、これはほんと趣味の話になりますが、私はもしこの作品に合う音楽を選んだら、どういったものになるか、ということを密かに考えていました。その結果、パールの能天気さ、もしくはグミの自由奔放さと、数多くのキャラクターが織り成す明るい物語から鑑みて、この作品には、ゲームCytusⅡの「Nostalgia Sonatina」という楽曲が適合するという結論を弾き出しました。興味があったら一度聞いてみてください。

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