エピローグ
もう城内の木々もすっかり木の葉を落としている。もう冬である。
空っ風が吹いている。
この
許されるべきことではない。
とはいえ、棄明から、天京まで幾千里、もしくは幾万里。現実感は一切ない。いつもと変わらぬ課挙に登第した官吏たちの平々凡々たる毎日が今日も続く。
「これは、これは伯文さん、誰かをお待ちかな」
見知った官吏の
「まぁ、そういったところかのう、、」
「外で待つには寒くはありませぬか」
「寒いのぅ、じゃが、夕日がつとに美しゅうて」
官吏のだれもが、棄明での大敗北など話題にはしない
「はぁ、これですかな」
「まぁ、そういったところかのぅ、、、」
「わしなら、いつでも相手をしますに、」
「わしはヘボじゃからのぅ、恥かき碁ですわぁ」
「
「ついつい、上へ、上へとのぅ」
「では、さようなら、伯文さん、又明日」
「はい、又明日」
劉甫は粗茶を一杯ずるずると
もう夕日はとっぷり暮れた。冬の日暮れは誠に早い。
そこへ、三人の男が
二人は大股。
人は小股で。
三人の男たちは迷うことなく、礼部本堂でなく司史所を目指している。
暗闇が迫る中、劉甫も気付いた様子である。
「遅かったな、この寒空の下、三日も待ったわ」
第一声は劉甫だった。
三人の中央は、時の丞相の
「十万の軍勢が大敗北だったらしいではないか、丞相殿よ」
許適は黙っている。
劉甫からは許適の表情までは夕闇のせいで見えないが、表情が硬いのは肩の力の入り具合で分かる。
「
許適の声はしっかりとしていた、口調から何度も練習してきたことまで伺える。
「
「き、貴様こそ、字で呼んどるではないか、丞相閣下と敬称をつけんか!劉伯文!」
「お前は誰だ?安寧五年から右丞相など何人も見てきて名など覚えられんわっ」
「わしの名は
「勝手に名乗るな!許適の腰巾着のこの
「なにっ!」
「
「なんと、、、」
右丞相の
「が、この伯文は、とある儀礼で吠え続ける皇后陛下の
「犬とは吠えるもの、誠に愚かな」
「誰もせんことするのが、わしの流儀でな。
「うぐっ」
「そっちのずーっと押し黙っておる、物騒なやつは誰じゃ。いやいや知っておるぞ、
劉甫はまだ続ける。老人とは思えない。
「安寧五年以来、
「
許適が諌めにかかったが、
「ついでに、
これには、さすがの
が、遂に言葉を発した。
「師匠への侮辱は弟子が雪がねば誰が雪ぐというのです。わが
許適が一歩前に出た。
「これが二度目だ、三度目はない。聖骨を渡さば、今までの暴言も含め、全てなかったことにしてやろう。そして、己が建てたあばら家とともに古い木簡、竹簡とともに惚けた頭で読み続け朽ち果てろ、それが貴様の望みであろう」
沈黙があった。
「わしとて士大夫として先帝に誓った身ぞ、そんなこと出来るかバカモン、断る」
一拍置いて、許適が大きく息を吐いた。
「
劉甫も言った。それは小さい、小さい声だった。
「やむを得んな、やれっ」
その声と同時に赤く光る目を持った大男が司史所の脇から屈んでいたのであろう、立ち上がった。
「ひーっ」
右丞相の
大男は戈を持っていた。そして大きかった。とてつもなく大きかった。そして匂いも強烈だった。
許適ですら、半歩下がった。それくらいの大男だった。
「ご安心を、丞相殿、こいつは武官の試験で見たことがございます。真っ二つに切り捨ててご覧に見せましょう」
振りかぶってからの振り下ろしはもっと早かった。汎華一とはこの事をいうのである。誰も刃の動きすら見えなかった。青禁城の不寝番の灯りが
異臭を放つ赤い目をもつ大男は
しかし、動じなかった。
しかし、赤い目をした大男は全く動じず、戈を持ち直しその廻いを縮め変えた。
さすがの
大男を切り上げたまま剣舞ような美しいまでの姿勢でしばらくいたが、自身の胴ががら空きなことに気付いた。
今度は大男の番である。戈で切りかかってきた。
大男の戈の振りは鈍い。
しかし、大男のものすごい膂力である。
それほどの大男の膂力なのである。
「嘘だ、嘘だ、斬ったぞ、手応えもあった。俺は、ちゃんと斬ったぞっ」
ゆっくりと、ゆっくりと。
受けている
「俺は、斬ったぞ、こんなことがあるのか、、。おぃ」
呼びかけは小さなささやきだった。
大男は囁きには無関心だった。
「ぐえぇえええええええええええ」
寸とも悲鳴も挙げず脱兎の如く右丞相の
許適は逃げなかった。逃げることすらできなかったのかもしれない。
「ちょっと待て」
劉甫が大男に言った。
赤い目をした大男はしゃがみ込み耿慧の遺体にのも興味がある様子だった。
「亡者の術を会得しているのか?」
許適が言った。
「そう呼びたければ呼べ」
「もしや、皇后陛下の
「当たり前だろう。死んだ
許適は黙っていた。
劉甫は穏やかに言った。
「
「やめてくれ、おれはあんたから破門を言い渡された身だ。それにおれは天下を治める丞相だ。もうあんたを越えた」
「言葉を介し記すのが文人たる汎華民族だ。記せなかったり、わかりあえないほど辛いものはない」
「なんとでも言え」
許適は踵を返しトボトボと真っ暗闇の中、来たみちを引き返していった。
「はて、この術は後始末が大変じゃ。安らか眠れ、
そう言うと、
次に
「
そう言うと、劉甫は司史所と呼ばれるあばら家から鋤を持ち出し、あばら家の奥に大きな穴を掘り出した。
戦魔伝演技 第一部 北陽王の謀反 完。
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