李鐸、袁拓と会談す。

 先帝、おくりな 烈帝れっていについて説け。

 

 陳粋華ちんすいかの答え。


 袁家、三代目。才、能、胆、ともに十二分あり。貞遂じょうすいは言うに及ばず。長壁以北への親征はその才能ともに十二分に発揮す。ただし、袁恭の廃嫡は大いに疑問。


 羅梅鳳らばいおうの答え。


 功は東夷北狄西戎を侵し九族にいたるまで尽く滅したるの親征、以外に語るべきものなし。晩年は許家に政治を任し、専横を許す。文武百官を持って此れ大いに改むるべき。


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 会談の場所は、相対あいたいする両軍の中間地点が選ばれた。両軍の陣地からはどちらも矢が届く距離である。であれば、射殺せるかもしれない。

 陳粋華は生まれて始めて身震いがした。

 陳白ちんはくがいた虐殺の村を訪れたときにもこんなことはなかった。しかし、今回だけは、恐怖と緊張で身震いがした。夏侯禄かこうろくが着いてきていたらこんなこと決して認めなかったであろう。

 会談には、両軍五名づつ。午の刻(午前11時から午後1時ぐらい)。という矢文が届いただけ。

 汎民族からすれば、文字をもたない胡族はすべて口約束になり度々その約、違すること甚だしく、おびただしいことこの上ない。

 胡族こぞくからすれば、壁を築かれ牧羊の草でさえ育ちが悪いその以北へおいやった最大多数でありながら何世代にもわたる仇敵だ。


 北伐軍からは、総大将、李鐸りたく上司軍じょうしぐん

 に軍師にして、二年前の課挙状元の尉遅維うっちい

 そして、なんと記録するためとはいえ、臨時兵部右筆の陳粋華ちんすいか

 残り二名は武芸甲種の護衛の校尉、張盈ちょうえい崔岱さいたいともに槍の使い手である。

 李鐸は栗毛の牝馬。軍馬らしくしっかりした体躯である。李鐸ともども堂々としている。

 尉遅維は葦毛の牡馬。灰色というより青みがかった白色でとても美しい。まるで尉遅維自身のようだ。

 で、陳粋華は小柄でおとなしい牝馬。おばあちゃん。だいたい言うことを聞いてくれる。まだ二日か三日だが、日によって機嫌の変化ほぼ無し。陳粋華は登第し秋王朝に出仕して以来年功のものにどうやら縁があるらしい。


 先についたのは、禁軍の面々。

 尉遅維の葦毛の牝馬はいきり立っている。


「どうどう、」


 尉遅維が諌める。陳粋華は遅いですねと声をかけたいが緊張して声がかけられない。視線すらまっすぐ敵陣を見たまま変えられない。


 やや遅れて、なんて呼べばいいのだろう。北陽王は北伐軍、出征の直前に廃王になったという。しかし、多くの禁軍卒も校尉、校佐の武官も北陽王と呼んでいる。

 胡族を連れて、北陽王、袁拓えんたくが現れた。

 連れてきた胡族の数が多い。十名程度。陳粋華は戦闘状態で数に入らないので、今ここで、北陽王に襲いかかられては、十一対四である。張盈ちょうえい崔岱さいたいの二人で守りきれるか。

 当然、張盈ちょうえい崔岱さいたいは槍の切っ先をやや伸ばす。 

 遅れるわ、人数は守らないわ、これも胡族のやり方か。しかし、尉遅維は能面のような穏やかな顔をしている。

 が碁の時以来、李鐸は感情が表情に出やすいことが陳粋華にもわかってきた。

 いま、かなり苛ついている。

 

 そして、北陽王側は人数が多い割に若干距離を取って駒を止める。汎民族が使う弩を警戒しているのか。


 陳粋華はもちろん、北陽王に逢うのは始めてである。

 とにかく、でかい。こんな大男だとは、知らなかった。身の丈、七尺といってもいい。丞相の許適が北の果てまで飛ばそうと思うはずである。えらは大きく張り出し、鼻は鷲鼻。無精髭でよくわからないが、烈帝に肖像だけしか知らないが似ている気がする。

 胡族の馬は小さいと聞いていたが、袁拓の馬は特別である。これまた、黒く大きい。まさに汗血馬。軍馬ここにありといったところか。

 それに比べると、連れてきた胡族のたちの馬はまちまちもいいところ。典型的な小型の胡馬もいれば、汎華の農耕馬みたいな太い馬もいる。


 最初に、声を発したのは、北陽王、袁拓だった。


「それにしても、遅い行軍だったなぁ、文人の上陸以来、汎華史上もっとも遅い行軍だったのではないか?。待ちくたびれたわ」


 躰も出かければ、声もでかい。


「卒か、輜重に合わせたのか?おれも舐められたもんだ、そうだろう完顔狽朮かんがんばいじゅう


 カンガンバイジュウ!?当てる汎字はんじが全然思い当たらない。

 李鐸上司軍の顔を見てはいけないと思いつつ、そう思うとついつい見てしまう。ちらっと見ると当然、激おこプンプン丸である。


「そっちの小さい黒い、見てくれの悪いやつはなんだ?」


 続けざまに袁拓が喋る。


『そっちって、もしかして、わたすぃ??、、(・_・;)』


 陳粋華がどきまぎしていると、李鐸が言った。


「わが禁軍の右筆なり、臨時兵部右筆、士大婦したいふ、陳粋華だ」

「シタイフ?ユーヒツ?、あれか、今年から採りだしたという女性、官吏か?」

「然り」


 李鐸の重厚な声。


「ちょっと授教の知識のある朝廷用娼妓であろう?もっと見てくれのいいやつはいなかったのか?」


 授教の定番の切り返し。<非礼に値する礼儀なし>と言いたいところだが。見てくれに関しては、当たっているからちょっとまごまごもじもじなってしまう。しかし、思い起こせ、羅梅鳳らばいおうの頭にたんこぶ三つ創ってまでやってきた大業なのだ。言い返して何が悪い。それに非礼を正すのは坑子こうし様も提唱しておられる。


「臨時兵部右筆、陳粋華、なり


 ”ゆうひつ”が、”ううひつ”になってしまった、が言えた。


「ほう、記録係か、ならば問おう!、この俺とこの蜂起をなんと記す」

「我、いざ、答えん。北陽王、袁拓、袁家三男にして身の丈七尺の偉丈夫なり。境州きょうしゅう棄明きめいにて賊として謀反を起こすもそれに飽き足らずまたたく間に周囲六郡を定るも、棄明の南で李鐸上司軍率いると相対す」


 こんなに言葉がスラスラ出てくるのはなぜだ。


「陳粋華、その方今ひとつ文才なし。その程度の文章で正史に記されたら、俺も災難だ。そうだろう、恥顔兀勃ちがんうぼつ

 

 恥顔兀勃ちがんうぼつらしき毛皮だらけを着た大男がゲラゲラ笑う。


『名文でないのは認めるけど、頑張ったんだけどね、、、、(-_-;)』


「こちらにも文才のものは居る。変な節がついた、汎華はんかの価値観で測れぬ、才だがな。で、そこの脇に控えている、ひょろっとしているのが、尉遅維うっちいだろ。お前程度が軍師とはおれも許適きょてきに舐められたもんだ。そうだろう、怒顔兇卵どがんきょうらん


 怒顔兇卵どがんきょうらんらしき、今度は小男がくすくす笑う。なんだ、これは一連の胡族の修辞法になっているのか。


「尉遅維より、阿望あぼうと呼ぶべきかな?」


 北陽王、袁拓が言った。

 アボウ?。陳粋華と李鐸が二人揃って、尉遅維を見た。いつも飄々としている尉遅維の顔が硬直し手綱を持つ手が震えている。


「その名で私を呼んで良いのは、父上と母上だけだ」

「よく言う。登第してしばらくは、同僚、みなに阿望あぼうと呼ばれ虐められていたではないか。阿望、阿望、あれが、欲しい、あれが欲しい、ああなりたい、ああなりたいの阿望か、、」


 今度は、胡族の連中は笑わなかった。単純に汎華でのの使い方をしらないらしい。


「そして、相変わらず、許適は状元が大好きらしいな、、。自分は状元でもないのになぁ。阿望、貴様、許適のあそこでもしゃぶったか?それともケツの穴を貸し軍師になったか?」

たくっ!」


 叫んだのは尉遅維でなく、李鐸だった。


「貴様にも阿が付いておった時期があるだろう」


 李鐸が続ける。


「ああぁ、あったさ、そのころは、無闇矢鱈に我ら、きょうたくじゅんの兄弟を木剣で殴り続けてくれたな、我が剣術師範殿よ」


『ええええ、李鐸さんって袁家の剣術師範だったの!!、、(*_*)』


 なんつー。それで、北伐軍の総大将に、、なの。きょ丞相閣下。


「我が、兄、きょうの腕の骨を折った時を覚えているか?剣術師範殿?」

「忘れるわけなかろう。稽古中、巫山戯ふざけ続けておる者を打擲するのが師範の役目だからな」

「しかし、廃嫡なる前の兄、皇子の腕の骨を折ってはまずかろう」

坑子こうし様の教えどおりだ」

「しかし、まげを落とされ剃髪刑になったにも関わらず、堂々と朝廷に出仕し剣術師範を続けたあっぱれな剣術師範殿だよ」

「これも、坑子こうし様の教えどおりだ。お前らは、ワシが教えた中で最低の武芸者だ。弟子とすら思っておらぬ、あの時、恭の腕だけでなく、貴様の首の骨を折っておけばよかったのだ。一寸でも授教に触れたことがあるならば、、恥を知れ、この不忠者め」

「こっちも師範とすらおもっておらんよ」


 袁拓が答えた。


「もう充分積年の恨みを互いにののしりあったであろう?。そっちから先に戦を避けられる条件を言え」


 北陽王、袁拓が言った。

 李鐸が落ち着きを取り戻し、喋りだした。


「われら、賊討伐の禁軍のは簡単だ。まず最初に言っておく。どうせふみを受けとっておらんのだろうが、袁拓その方は、もう北陽王を廃王されておる」

「知っている」

「そして、袁家の人間ですらない」

「誰が決めたんだ、順か?許適か」

「誰が決めようと関係ない。もう決まってしまったことだ」

「李鐸、相変わらず、お硬いなあんたは、で?」

「軍を解散し、武具をすべて捨て下馬し、ここで、天京てんきんに向かい、五拝十五詭を行ってもらう。たったそれだけだ。それで、袁拓、貴様に付き従った胡族の面々は全員許す。そして、袁拓貴様はワシといっしょに天京に帰る。姓は好きに名乗れ命も保証する。妻を娶り子を成しても良い。一汎民族として生きるのだ」

「五拝十五詭など、口裏を後で合わせれば、しなくても済むだろう」

「いや、やってもらう」

「お硬いな、あんたは、軍や剣を捨てて俺が無事に天京まで辿り着ける保障はあるのか」

「わしが保障しよう」

「あんたのことは信じられるが、許適きょてきは信じられんな」

「丞相閣下はワシの遙に上だ、そこまではどうにもならん」


 双方にしばらくの間があった。

 剣を捨て、五拝十五詭さえすれば、普通に暮らせるのだ。ごく普通に。


「こっちの条件を言っていいか?」


 と、元北陽王、袁拓。


「構わん、それを訊くためにここまで来たようなものだからな」

「こっちのは、もっと簡単だ」

「ほう?なんだ」

「先帝、烈帝れっていの遺稿の廃止並びに停止だ」

「それには、ものすごく多くの条項が含まれるが、どう解釈すれば良い?」

「どう解釈しようと、あんたらの自由だ」

「烈帝が亡くなられて何年になると思う?」

「関係ないね」

「今の天子様、袁順まで退位させる気か?」

「どう取ろうと、あんたらの自由だ。ただし早馬を送って許適に問い合わせる猶予は与えない」

「上司軍」


 と、一瞬、軍師尉遅維が言葉を挟もうとしたが、


「問題ない、全てワシに全権が一任されておる」


 今度は、袁拓が左手を軽く上げはばんだ。


「李鐸の旦那、袁順と俺の生まれの言い伝えを知っているのか?」

「当たり前だ、何年に登第したと思っている」

「じゃあ、袁順の母親の名前を言ってみろ」

黄才人こうさいじん黄桃娥こうとうが

「俺の母親の名前は?」

彭貴妃ほうきひ彭紫娟ほうしけん

「授教でガチガチのあんたでも、後宮内での女性の順位ぐらい知っているだろう」

「──────────」

「黙っているってことは知っているんだろ」

「才人なんて、九人もいて中の中か下だ」

「貴妃は上の上だ。上には、もう皇后しかいない」

「しかし、皇位継承の順番は、、、、、、」

「あんたは、よくいる許適の言うこと丸々信じているおめでたいやつらしいなぁ」

「疑いだしたら、始まらんだろう」

 

 李鐸の声が小さくなった。


「お硬い、あんたですら、声が小さくなったなぁ、疑念があるんだろう」

「ない」

「ウソつけ、袁順が生まれた日が、同教の兆凶ちょうきょうにあたるから、生まれた赤子の順を青円寺しょうえんじに隠したのは、許適だぞ、青円寺しょうえんじのうらは許適の屋敷。その三日後に俺は貴妃の母親から生まれた。ちゃんと複数の宦官に確認されてな」


『ガビーン、知らなかった。生まれた日にちめっちゃ近いことは知ってたけど、』


「おい、そこの小さい黒いのちゃんと覚えといて、書いとけよ」


 袁拓が吠えた。陳粋華は何度も頷いた。

 

『絶対、書く。しかし、なんで伯文師匠はくぶんししょうはこんなこと教えてくれなかったのだろう』


 李鐸が、駒を数歩進めた。

 袁拓の周囲の胡族が前に出て、丸まった短い刀を李鐸に更に鋭く向けた。

 李鐸が静かに言った。


「ワシは、いい師範ではなかったかもしれんが、仮にも弟子だったものに一つだけ言っておく。世の中、すべて思ったとおりに行くものではない。仮にも坑子様の一生も左遷と周囲の不理解の連続で、、」

「やめろ、同情されたくてした話じゃない」

「まだ、終わっとらん。丞相閣下に話しがあるなら、この李鐸が責任を持って我が弟子の言葉をつたえよう。しかし、こちらとて条件を譲歩する気は一切ない。袁拓、よく考えろ、こちらは十万、そちらは地の利がある故にどこぞに伏兵を隠しているとはいえ、数は六千か七千。棄明きめいには妻と子も成していると訊く、そこらへんをよく考えろ」


 陳粋華には、袁拓の目が赤く光った気がした。

 

「我が師匠よ、こちらとて、勝算がなければ、十倍以上の敵に立ち向かわん。そこらへんをよく考えろ。あんたは硬すぎる。そして優しすぎる。耕しても麦も育たぬこの境州では違う価値観が必要だぞ」


**************************************

 

  陳粋華の男性レポ。




         イケメン度     在 不在(男として、ありかなしか)


北陽王、袁拓     八十二       在、謀反はだめだけど可愛そう。


張盈ちょうえい   六十九       在、真面目そう。


一人の胡族       七十五   不在、臭かった。羅梅鳳飲む羊乳酒の匂い

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