羅梅鳳、城壁に挑む。

 滑車を用いて二倍の縄の長さで半分の重さを上げことわりを説け。


 陳粋華ちんすいかの答え。

 

 動滑車を持ちいらんとすれば、滑車が動かんが為に、縄を二倍の距離要す。

 これ、仏、同、授、三教に関係なき万物の理にて、汎華はんかすべての井戸にて用いられんとす。


 羅梅鳳らばいおうの答え。


 只、強く力を入れれば済むことのみ


************************************


 会談は決裂し、戦になることは決まった。

 その夜、禁軍の総司令部の幕内ではすべての司軍があつまり簡単な軍議が開かれた。もちろん最末席で陳粋華ちんすいかも、参加させてもらったが、軍事用語がちんぷんかんぷんだった。

 即背そくせ?。機動防御きどうぼうぎょ。車懸かりの陣に対する双防の陣?。

 おおよそわかったのは、全軍のそつ、武官の校尉こうい校佐こうさで掘った掘りに相手の騎馬隊を落とし込むってことらしいってことだけ。

 あとあつまった全司軍たちにお茶を出していた李鐸りたくのお弟子さん徐謐じょひつが忙しそうで可愛そうだった。

 お茶を出す順番でパニクってた。


 全司軍たちが三々五々退席し、最後に軍師、尉遅維うっちいが一礼し


「明日は、よしなに」


 と言うと、退席した。

 すると、李鐸はふーっと。大きなため息を吐いた。普通の汎服を着ている限りちょっとガタイのいいどこのむらにでも居る力自慢の普通のおじさんだ。

 徐謐にちょっと訊いたところ、酒も煙草も嗜まないそうだ。ほんの少しのお茶だけだとか。

 こんな真面目なおじさんも世の中には居るんだなぁというのが、陳粋華の正直な印象。

 世の中を斜めからみて、その悪いところばかりに罵詈雑言を投げかけそこを散々に打ち負かしている羅梅鳳らばいおうに自分は毒されすぎているのだろうか?。

 記録用の雑布を握りしめ立ち尽くしてた陳粋華に李鐸が声をかけた。


「陳氏も、早く休まれよ」

「ハイ、上司軍様も、お休みを」

「うむ」


 陳粋華も李鐸の天幕から下がった。


 三本木の門構えには、またもや見たことのあるあやしき人影。


「いやぁ、御同輩」


 またもや、羅梅鳳である。身構える陳粋華。先日はここで大喧嘩になった。溜飲を下げるために来たか、このくさ女将にょしょうめ。


「喧嘩じゃない。別れだ。別れを言いに来た。軍師殿のところかと思えば、あのなよなよした軍師殿のお弟子さんがここだと言ってたので」

「うん、参加させてもらったけど、よくわかんなかった。右筆ゆうひつ失格だね」

「どんなやつ?北陽王ほくようおうって?今日昼間、会ったんだろ」

「でかいね」

「誰より」

「うーん、基本みんな私より白くてでかいからね」

陵慶王りょうけいおうより」

「ちょい、かな。緊張しててあんましわかんなかったわ」

「ふーん、六千か七千で十万に挑むだけでも、胆力たんりょくはあるよね」

「そこ?」

「まぁ、汎華はんかの英傑としてはココ最近居なかったんじゃない?」

「お別れ、ってなに?」

「ああ、忘れてた。どうやら、俺のほうが先に死にそうなんだよね」


 二人、少し沈黙。


「なんで?」

「変な命を受けた」

「戦って明日でしょ」

「いやうちらは今晩行くんだわ、詳しくは言えないけど」


 又、二人沈黙。


「荒縄持ってるけど、寅か猪か熊でも捕まえて縛んの?」

「まぁ、似てるね。ああ、これ貰っといて」


 羅梅鳳が、羊乳酒の酒瓶を差し出した。


「普通、餞別渡すの私でしょ」

「あぁそうなの?」

「これ、臭いやつでしょ」

「そうか?味はともかく、すげー効くぜ。それにちゃんと蓋してっから」

「まぁまぁ悲惨そうっぽいので、もらっとくわ。すぐに戻ってきてね、ウッチーらってこういうの嫌いそうだから」

「おれも、そうしたいよ。じゃあな」

「もう、行っちゃうの」

「おう、夜のお仕事だから」


 羅梅鳳が振り向かず駆けていった。

 よくわかっていない、おめでたい陳粋華はあまり長いこと羅梅鳳の後ろ姿を見てなかった。

 悲惨っぽいのは戦の前に狩りをさせられて可愛そうだってぐらい。それよりめっちゃ眠い。昨晩のほうが北陽王に逢うってことで寝られなかったから。


 

 それから、一刻いっこく後(二時間のち)、羅梅鳳と約二、三十人の仲間は軽装で棄明きめいの東側の城壁の手前の空堀に居た。

 掘り一体に溜まった、肉の腐敗臭がひどい。人肉が腐っているのだ。

 羅梅鳳を含んだ、一隊は夜陰をついて、棄明の手前で陣を張る北陽王の陣を少し迂回し棄明の城壁にまでたどり着いた。


「これ、夜襲かけるには明るすぎるんじゃないの?誰かこよみ調べたの?」


 と羅梅鳳。 

 しかし、月齢がよくないのか、半月で赤々と堀下に潜む羅梅鳳らを照らしていた。

 

「しかし、よくこの面子が揃ったもんだな、武芸、甲種のやつばかり選抜したってきいてたけど、色んな部隊の嫌われ者ばっかじゃん」


 その中に羅梅鳳も入るからしょうがない。 卒二十人程度、武官の校尉こういは十人程度。さすがに、三十代や四十代が主の校佐こうさたちは入っていない。

 みんな目だけギロギロさせ、あたりを伺う。


「しかし、斬兎娘ざんとにゃんの姉御、黒豆の皇后様に完璧にボコられたってホントですかい?」


 一人の卒が訊いた。今集まっているのはこういう向こう見ずな連中ばかりだ。

 羅梅鳳がものすごい鋭い目で質問の主を睨みつけたら、その卒はひるんだ。

 なにかいい訳めいた強がりをいうかと全員が思ったら、


「この羅梅鳳、一生の不覚なり」


 と羅梅鳳。嘘や虚飾、虚栄を嫌うのも羅梅鳳である。

 逆に認められると、全員、へんな空気になり、全員沈黙する。


「それより、さっき北陽王の陣の脇でみた、大量の替え馬の囲いを本隊に報告しなくていいのか?」


 と校尉の馮桓ふうかんが尋ねた。


「いきたかったら、あんたがいけよ、そんな本隊のことより自分らの心配したほうがいいんじゃないのか?俺ら、捨てられたようなもんだぞ、たった三十人で棄明を落とすんだぞ」


 と羅梅鳳。

 馮桓ふうかんも、致し方なしと黙った。


「しかし、姉御、臭いですね」

「ああ、鼻が曲がりそうだ。しかし、これ暗いし寒いから、まだなんとかなっているんじゃないのか?」

「ああ、昼間みたら恐らく、みんなゲーゲーだぞ」


 と馮桓ふうかん

 棄明の城壁の掘りは空堀である。大手門である南文の跳ね橋はたかだかと挙げられたまま。堀には、腐りかかった死体の山なのだ。

 

「たぶん蜂起したときに城壁の上から、反北陽王派の連中を投げ落としたか、死体だけ投げ落としたか?」

「どっちも一緒だ。それより、思ったより、城壁が低くて助かったな」

「よく言いますね、姉御」


 掘りの深さは二丈半(5メートル)ほど、その底から、棄明の城壁が七丈(21メートル)程度。


「そう思おう、とするんだよ、でさ、この中で一番目方めかたの軽いのは、誰かというと、、、」 


 三十人がキョロキョロ目をあわせるが、


「俺らしいな、、」


 と羅梅鳳。これは、誰も否定できない紛うことなき事実。それを無理に曲げる羅梅鳳ではない。

 羅梅鳳、腰の剣帯を外しだした。そして、荒縄を纏めたもの二組ををばってんに肩に掛ける。

 そして、長剣の剣帯を馮桓ふうかんに渡し、


「おまえらは縄を使って登るんだ。おい、おまえ、おれの長剣を持ってこい。持ってこなかったり、途中で落としたら、上から突き落とす。覚えとけ。もうお前の顔は覚えたぞ」


 馮桓ふうかんも真顔だ。


「姉御は丸腰で登るんで?城壁には見張りが絶対、、」

「心配すんな寸刀ぐらいは、持ってるよ」


 しかし、登るのは、素手と胡靴だけでである。

 羅梅鳳が片足を城壁の石組みの割れ目にかけた。


「しかし、まぁ、こんな北のはてに来てまで、おまえらぼんくらの面倒をみてやらなきゃいけないとは、ほとほと俺もついてないわ」

「上に着いたら、なにか合図を」

「ああ、目立つ適当な合図を送ってやるよ」


 そう言って、二足めを石の組み目に掛けた瞬間、ずるっと羅梅鳳が落ちた。二三人の卒が思わず駆け寄り羅梅鳳を支える。

 さすがの嫌われ者達も羅梅鳳の大変さはわかっている。

 腐りかけた死体の山の掘りの底に居る全員に動揺が走る。


「手を使うの忘れてたわ」

「冗談は無しですぜ、姉御」


 羅梅鳳が微笑んだ。

 そして、羅梅鳳の登攀が始まった。

 両手両足を石組みの裂け目に入れて指先、つま先だけ登っていく。素足のほうが足の指を使えるかと思ったがもう途中で履きすてるのは無理である。それにこの初冬と夜の寒さではすぐに感覚を失うだろう。

 

 下から、羅梅鳳の登攀を見ている連中も祈りながら、羅梅鳳の運動神経に呆れながら見ている。

 両肩にばってんにかけた荒縄の束のほうが羅梅鳳の躰より目立つぐらいである。


「すげーな、ほんとに登っていくぜ」

「これなら、城壁の意味ねぇーじゃん」

「これなら昇壁娘しょうへきにゃんじゃん」

「どんな育ち方してんだよ」


 下で見ているほど、らくして羅梅鳳は登っているわけではなかった。足が先に駄目に成るかなぁぐらいに思っていたが、先に手の指先のほうが限界に達してきた。

 しかも、羅梅鳳が閉口したのは、上に行くほど月に近づくので明るくなるかと思ったら、下のほうが壁や掘りを使った照り返しで明るかったこと。登れば、登るほど、暗くなり次の石の組み目が見えない。

 手探りで組み目をさぐる時間が無駄に体力を奪う。

 右手で抑え支え左手で組み目をさぐったとき、ぐにょっとした感触を得た。

 あれっと思ったら、燕の巣の一部だった。

 燕の巣は右端が欠けた。

 支点が三つになり負担が大きくなる。


「ぐぬぬ、、、、」


 つばめの巣は相当出張っているがあてにならない。左手で必死に組み目を探す、探す、探す。

探っていた左手の甲に激痛がはしった。

 巣を壊された親燕おやつばめが報復に出たのである。

 くちばしで酷く左手の甲を刺された。


「痛てててて、家を壊したのは悪かったけど、ここは仲良くしようぜ、”燕雀安えんじゃくいずくんんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや”ということで、燕殿、鴻鵠こうこくの志を教えてやろう」


 そして、親燕をめつけた。燕がその気迫に押されてか、ここまで登ってきた始めての人だからか、おとなしくなった。

 羅梅鳳はどうにか、左手で支点を見つけたが、それを捨てた。

 そして、その左手で、ぱっと親燕を掴んだ。

 握り殺してやろうかと思ったが、つがいが必ずいるはずである。ここは妥協した。


「もっと上に登り、高く高く飛べ、それが鴻鵠こうこくの志ぞ」


 そう言うと、燕を放した。燕の攻撃はなくなった。羅梅鳳は燕との和睦に敬意を少しはらいそこからかなり右にれつつ登攀し直した。

 燕と和睦した結果、右手が限界である。

 しかし少し先を見るともう城壁は終わりである。

 爪先つまさきも限界である。手足の先っぽだけの力で登っているようで、実は躰中のすべての体幹の力で登っている。

 今まで城壁に抱きつく形で登攀してきたのだが、背中が辛くなってきた。姿勢を変えたい。

 羅梅鳳は寝返りを打つように右向きに足を揃え正座のような感じで左足の外側に体重を乗せた。

 右足の筋肉の回復を待つ。下は見ない。上を見る。

 城壁の上は矢のような飛び道具を避けたり遮蔽物しゃへいぶつにするため、整えられた石が凸凹に組まれている。

 他の凸より、更によりおおきな凸があるんだなぁ、とぼんやり思っていると。

 胡族の卒である。

 なんと、もうちょっとところまで登ってきていたのか、、。ひやぁあ、。

 より、城壁にへばりつく。下を見られたら一貫の終わりである。

 と、いっても隠れるなんて無理だ。

 上を見ると、卒は夜に飛ぶ珍しい燕を見ている。

<おお、燕殿。謝謝シェイシェイ

 しばらくすると、あくびをするふぁーという声というか音が聴こえた。

 首をすくめ上を見ると、胡族の卒が胡服の股引きを下にずらし、陰毛に囲まれた一物を出しだした。

 <ぎぇえ、、>

 尿が、羅梅鳳の肩ギリギリを通って落ちていく。

 羅梅鳳も親父の小便が最後どうなるか知っている。概ね尿は勢いがなくなって止まる。

 勢いがなくなると、放物線が小さくなり、、、。

 これをきっかけに、羅梅鳳はだらんと空いている右足を下に降ろし、一瞬でぐっとひきあげる。刹那その反動を利用して躰を上下に屈め、一気にバネや布が弾けるように指にかかっていた石の組み目を指で押し躰を持ち上げた。

 懐中の寸刀を同時に抜くと、右手に持ち、胡族の卒の羊の皮の故靴に思いっきりさしてそこを支点に右肘をつき、右足をばっと躰の真横まで振り上げ、右足を城壁の上まで掛けた。

 そして、寸刀を卒の足の甲から抜くや、立ち上がると同時に、左手で卒の口を押さえ、鎧の脇に深々と刺した。

 胡族の卒はゆっくり崩れ落ちた。

 足の甲を刺したとき、叫ばれなくて、助かった。

 しかし、小便は少しかけられた、、、。

 羅梅鳳の本日一番の大きなため息。

 手でぱぱっと軽く払うしぐさだけしてみる。

 そのとき、声がかかった。


「おい、」


 もう一人居たのか、と思って声の方を見るのと、腰を屈め、腰だめで駆け出すのと同時だった。

 卒が長い戈の鞘を外そうとまごまごしている。

 羅梅鳳はあっという間に間合いを詰める。卒が鞘を外した。

 が、瞬発力に勝る、羅梅鳳が一瞬早かった。見えにくい低い姿勢のまま近くまで迫ると、手前で右肩を下にして前回り受け身。

 回転しその勢いでまた、左手で卒の口を抑え、鎧の脇に寸刀を深々と差し込む。

 実戦では、距離を詰めないといけないが、斬るより刺すほうが、断然相手を確実に殺せる。

 だが、胆力は居る。

 胡服の綿入れの服が血を吸ってくれて、羅梅鳳は手が汚れなくて済んだ。 

 

 

 掘りの下で待っていた、馮桓ふうかんと卒たちのところに、

まず、一体の胡族の卒の死体が落ちてきた。


 どさっ。


「うわぁ、、」


 卒達が慌てる。


「おい、危ない!」


 校尉の孫灼そんしゃくがバラバラといた卒の一人の腕を引っ張り寄せる。

 

 どさっ。

 もう一体の胡族の卒の死体が降ってきた。

 その後、間を置かず、荒縄が二本間隔を開けて落ちてきた。


「もう登りきって、二人もやったんですかね?」


 孫灼そんしゃくが答えた。


「そうみたいだな。おい、縄を使って登るぞ」



 卒や、校尉たちが二本の荒縄を使い、ふぅーふぅー言いながら三々五々登ってきた。


「いい眺めだぜ、皆の衆。おれは煙草をやらんがちょっと夜風は冷たすぎるが北陽王の陣振れを見ながら一服するには、最高だったぞ。しかし、一つ尋ねていいか?なんで縄を使っててそんなに時間がかかるんだよ、お前たち、くくくくす」

 

 とドヤ顔の羅梅鳳。

 孫灼そんしゃくが一瞬ムッとするが、


「やめとけ」


 と馮桓ふうかん孫灼そんしゃくを抑える。

 そして、馮桓ふうかんが羅梅鳳の長剣を剣帯ごと羅梅鳳に渡す。


「おお、てっきり、持って上がっては来てくれないと思っていたが、なんと義理堅い」

「剣に名前でもつけてるのか?」

「そんなの臆病者がすることだね、大概、そいつが死んで剣だけ残る。でも、これ、鍛冶屋に頼んだ特注なんだよ、重さの比率がちょうどよくなってる。それより剣を持って上がってくれたお礼に校尉殿の名前を是非に伺いたい」

馮桓ふうかん

「良ければ、あざなも伺いたい」

恣憬しけい

「おい、みんな、この義理堅い、馮恣憬ふうしけい殿を長にして、たった三十人で棄明城を攻め落とそうぜ」

トイ(はい)」

トイ(はい)」

トイ(はい)」


 羅梅鳳の言葉で一気に隊の士気は上がる。城壁を内部にぞろぞろ下っていく。


「北陽王が城の外に陣を張っているとはいえ城内に千人ぐらい居たらどうなるんだ」


 と馮桓ふうかん


「全滅だな」


**************************************


 今日は、羅梅鳳のイケメンレポート。


                イケメン度        在、不在。


 

 そんなやつ、いるわけないじゃん。バーカ。

 でも、燕は可愛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る