劉甫、陳粋華に兜を与ふ。

 護元ごげんで定められた、敗将はいしょうに対する処遇を説け。


 陳粋華ちんすいかの解答。


 軍法に定め、裁かるるも、例外なく、国家に損害与えし罪に因りて、死罪。もしくは、減罪さるるとしても宮刑は必至。

 但し、親族家族までは類、及ばず、戦死扱いとなり俸禄は定めどおり。



 羅梅鳳らばいおうの解答。


 九族に至るまで、火刑もしくは焚刑。焼けしのちむくろも朽ちるまで青禁城せいきんじょう南大門なんだいもんにさらす。


************************************


 青禁城せいきんじょう内は、にわかにかまびすしくなってきた。

特に、武官が多い、兵部房あたりは、近衛卒までは、参加していないが、やたら陣形の変換の演習が多く、怒号、掛け声、進軍撤退を伝える大太鼓の音が日中やむことは、少ない。

 各房の塀で囲まれた大路にはやたら牛馬のフンが落ちている。

 天京てんきん内宮の青禁城せいきんじょう内に、牛、馬が運びこまれている証左しょうさである。

 それとその鳴き声がモーとか、ヒヒーンとか、結構、かまびすしい。


 礼部でも、本館は忙しくなっているが、陳粋華ちんすいか劉甫りゅうほが務める司史所ししじょは、どういうわけか、逆に暇に成ってきた。

 本館との仕事の割合も反比例しているようだ。重要な仕事は本館へ、雑務は、司史所へとなっているらしい。

 雑布を畳んでいた、陳粋華が尋ねた。


「師匠、今週の官報は如何あい成っておるのでしょうか?」

北陽王ほくようおう、謀反とは言え、万事、変わりなく、滞りなく、取ってくるように」

「ハイ師匠」


 相変わらず、劉甫はほとんど、司史所から動かない。陳粋華が、てくてく歩いて、礼部本館れいぶほんかんの”風文書受け”へ取りに行く。

 司史所みたいな、閑職の職場、逆に情報をもらいにいかないと、上部や中央かた忘れ去られている可能性が非常に高い。官報だけが頼りだ。

 上級官吏とはいえ、平民市民並である。


 この同じ左礼房されいぼうの本館本堂の立派な門前に行くだけで、陳粋華は辛い。

 あんな戦場で見聞きしてこいとか、いう薄情な爺ぃを師匠に持つことなく、もしかすると、礼部本館、本堂で理解ある優しいイケメンの上司の下、過去の汎華帝国はんかていこくの儀礼を遡れるまでさかのぼって、調べまくっていたかもしれない。

 そして、調べに調べあげた、きちんとした、儀礼の方法を汎華はんかにたった一人の天子様、袁順えんじゅん様に指南して差し上げるのだ。

 なんという幸せ、なんという神々しさ、、。これぞ、官吏。天子様にお教えするなんて、、、、。

 と思ったら、、、。


「やぁ、ご同輩」

 

 どっかで、訊いた声だと思えば、羅梅鳳らばいおうではないか!?。

なんで、クルクル・パーの武官が左礼房の入り口まで来ているのだ。

 

「なにか御用でしょうか?羅氏殿?。上役ともめてクビにでも成りましたか?」

「言うじゃないか、模擬用兵で、徐叔唐じょしゅくとうのやつを簡単にやりこめたら暇になった。俺ってどうやら武芸だけでなく、用兵でも才があるらしいんだな」


『おまえなんか、自信過剰に成って、戦場で死んでしまえ』


 と本気で思う、陳粋華。


「こんなところで働いているのかおまえ?」

「いや、、違ぃ」


 一瞬、見栄を切ってそうだと嘘をつこうか思ったが、やめた。こいつならウジウジほじくり訊いて恥ずべき真実をそれこそいぬのような嗅覚で暴くだろう。

 こいつは、人に見えるけど、いぬたぬきぐらいに思っておいたほうが無難だ。


「いいえ、あっちのあばら小屋です」

「ふーん」


 そんなに左礼房に深く足を踏み入れず、首を伸ばし覗き込む羅梅鳳。思ったほど陳粋華の職場に興味もないらしい。

 少し、心情を吐露してしまい、損した気分である。


『こいつにだけは、恥かしい部分をなぜか、あんまり見せたくないんだなぁ』


「武官はここんところ、忙しんじゃないんですか、この左礼房までうるさいぐらい色々聴こえてきますよ。ああうるさいと仕事になりませんね」

「今日は、やけに突っかかるじゃないか?ご同輩」

「北陽王が謀反を起こしてからなぜか、ついていないんでね」 

「北陽王、討伐軍の総大将、誰か、知ってるか?」

「知るわけないじゃないですか」と陳粋華。

「ご同輩、そこに、載ってるぞ」


 と羅梅鳳が指さしたのは、陳粋華が持っている、劉甫りゅうほに用立てられた雑布に木版の簡字かんじの活字で荒く刷られた官報である。

 大路の反対側で、独りの武官が演習用のほこを振った。


「呼ばれてるらしい、また一人、ぶちのめしてくるわ、じゃあな」


 と羅梅鳳。

 あっという間に、演習場に駆けていった。陳粋華はなになにと、官報を読みながら、司史所に戻った。

 討伐軍、総大将、上司軍じょうしぐん李鐸りたくとある。上将軍といえば武官だし、陳粋華が知っているわけがない。

 司史所の薄暗い奥まで入り込んで、劉甫に官報を渡す。

 劉甫は、木簡に微細刀びさいとうで文字を丹念に刻み込んでいる。


「師匠、李鐸上司軍とは、どんな方なのでしょうか?」

「うん!?」


 あきらかな、生返事。訊いて失敗だったか?。


小成こなりや、良かったな。これで、その方の貞操ていそうと命はどうにか守ることあたふやもしれん」

 

『テイソウ!?』


「秋朝始まって以来の負けしらずの常勝司軍じょうしょうしぐんですか?」と陳粋華。

「さぁ、戦そのものには、あんまり興味がないから、知らぬが、年の頃は、六十の腐授ふじゅと呼んでもよい授教じゅきょうに凝り固まったコチコチの頑固者じゃ。軍法兵法は遵守するであろう」


『六十って、また、おじいちゃんか、、。だけど、戦に興味ないのに、弟子に従軍させんの?』


 陳粋華はイケメンの先の都督ととく美姜郎びきょうろう姜傕きょうかくのような人物を思い描いていただけに、ちょっとショックが大きい。

 劉甫は、簡字かんじで刷られた官報を熟読している。


「しかも、卒符そつふ、ならびにそつ(兵のこと)は十万とな、李鐸なら、輜重しちょうもきちっと率いて行軍するゆえ、略奪もないじゃろう。これ、小成こなりや、わぬしなら、長壁に一番近い最北の都市、棄明きめいの人口をどれくらいと見積もる」

「二万か、三万ですかね、、」


 陳粋華、他の女性と同じく、地理にはかなりうとい。


「まぁ、そんなもんじゃろう。半分は女で、老人と子供を割り引くと賊軍の袁拓えんたくの軍は一万がやっと、もっと少ないであろう、住民のすべてが袁拓えんたくに従うとは思えん。何割かは流民るみんとなり、城外ヘ出ておろう。とすれば、、、」

「七千に六千」

「まぁ、万に一つも李鐸りたくが負けることなどあるまいて」


『なんだ、うちら、楽勝なんだちょっと安心、、(^o^)』


「そうじゃ、あれを用意しておいた」


 と思い出したように劉甫。


「この劉伯文りゅうはくぶんより我が弟子、陳粋華に贈り物がある」

「なんでしょう?ご師範様」

「兜じゃ」

「カブト!?」

「戦場にいくのじゃ、矢玉が飛んで来ようて、防がねばなるまい」


『それも、そうだ、、・ω・』


「今朝、これに用意しておいた。しかも、昨晩、小用(おしっこ)の後、眠れんで、暇で磨いておいたので、心して受け取るように」

「ははぁー」


 劉甫は、自身の席の横の桐の箱を開けると、布に包まった髑髏のようなものを差し出した。

 陳粋華、かしこまって手を差し出し受け取る。

 重い。しかも金色に光っている。


『あれー、これ、龍!!』


「わしが、右丞相うじょうしょうであったときに、遵寧帝じゅんねいていより、賜ったものである」


 劉甫、が言った。

 それは、兜の頭立ずだてが龍であるというより、龍の頭をそのまま被り龍の口の中からその兜を被ったものの顔が現れるといった意匠である。龍のたてがみは本物の馬の毛が植え込んであり、龍の髭には、孔雀の細く長い羽が二本、意匠として植えられている。

 すっぱり頭が金の龍によって、守られるのだ。


「こ、これは、天子様しか被っちゃいけないものではないでしょうか、、」


 面くらってしまい、陳粋華は声がない。


「まぁ、構わんじゃろう、前の王朝のだから、袁家えんけに対し不敬に当たることはない」


 劉甫は平然と言い放ったが、それは、劉甫がそう思っているだけであろう。


「それと、お師範様、貴方様は右丞相であられたのですか、、、、?」


 右丞相といえば、丞相、左丞相、右丞相ときて、この汎華はんかで三番目の高位である。

 一体、なにをすれば、右丞相からこんな、司史所みたいな下書きの文章整理の閑職に飛ばされるのであろう。


汪淮帝おうわいてい諫言かんげんしたところ、まぁ、それだけではないがな、封青微星ほうせいびせいのおり汪淮皇后おうわいこうごうちんをまぁ、なんじゃ、あまりにもうるさかったから、口を抑えとったら、静かになってええわい、と思うておったら、ちんが窒息して死んどったんじゃな」


 ドテっ。


『それじゃ、あの人殺しの羅梅鳳といっしょじゃん』


「まぁ、わしも、若かったもんじゃ」

「師匠、師匠の左遷のお話は、いつか、ゆっくり伺うとして、申し訳ありませんが、普通の禁軍のそつ(兵隊)の兜を頂けないでしょうか?」

「そんなもん、いつでも、もらえるじゃろう、しかし、こっちのほうが、矢避けにはなろう、一応、推参しなさい」

「しかし、目立って、逆に射られませんか?」

「そうなっても、大丈夫なように、頭をすっぽりかこんでおるんだわ、よっく見い」

「はい、、、。あの、師匠もう一つ懸念があるのですが」

「なんじゃ」

「この陳粋華めが、棄明きめいまで乗っていく、驢馬車ろばしゃですが、もしかして、この司史所と同じ様に、師匠ご自身がお作るに成るのでしょうか?」

「当たり前じゃないか、、、。」


ガクっ。


********************************


陳粋華の男性レポ。




                イケメン度     在 不在(男として、ありかなしか)



羅梅鳳の後ろ遠くに見えた武官   四十        不在、羅梅鳳と知り合い

                              そうだから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る