第242話 ある少女①
彼女は、周囲から見て、ごくありふれた一般の女子生徒だった。
優秀なクラスメイトが揃った中で、中の下から中の上の間を行ったり来たりする成績。
運動も普通。
友達の数も数人程度。
容姿だけは上の下くらい。
容姿について一部の男子が囁く程度で、良くも悪くも大きく目立たない生徒。
ただ、世渡りは上手く、クラスの女子から疎まれることはなかった。
自分に関して不穏な話や誤解が生じそうになると、すぐさま察知し手を打った。
周囲に溶け込み、日々を安穏と過ごすのには長けている。
それが彼女だった。
しかし、そんな彼女に突然転機が訪れる。
異世界の女神によるクラス転移。
魔王を倒せばどんな願いも叶えるし、元の世界にも戻してやるという女神の言葉に、彼女も初めは期待を寄せた。
だが……。
ーーブシュッ!ーー
「さやかちゃん!」
首から血を噴き出させながら、ゆっくりと地に伏す親友。
ーーグチャッーー
「井上くん!」
頭部を潰され、地面のシミとなる初恋の相手。
死。
死。
死。
異世界に訪れた彼女の周りには、死が溢れていた。
魔王の配下である魔族たち。
恐ろしい力を持った魔物たち。
野蛮で言葉の通じない獣人たち。
平和な日本で暮らし、戦いとは無縁だった彼女たちにとって、異世界は地獄だった。
それなりの魔力と、称号という名の特別な力を与えられはしたものの、ベースが一般人に過ぎない彼女たち。
日々を戦いの中で過ごす異世界の住人たちと相対するには、彼女たちは戦いを知らな過ぎた。
魔王を恐れ、逃げながら隠れながら過ごす日々。
人間の生活圏にいると、食事のために人間を襲う魔族に遭遇してしまう。
だが、人間の生活圏から離れると、待っているのは魔物や獣人たち。
どこにいても安息の日々は訪れない。
四十人いたはずのクラスメイトの数が、半分を割ったところで、彼女は単独行動を取ることを決意する。
数が集まればどうしても目につく。
一人ならば、そうそう見つかることもない。
ただ、もし見つかった時には、一人でどうにかしなければならない。
どちらのリスクを取るか。
元の世界での彼女なら、クラスメイトたちと共にいることを選んだだろう。
良くも悪くも他人に頼るのが彼女だった。
でも、今の彼女は違う。
彼女は平凡であったが馬鹿ではない。
元の世界では、特別優れた点はなかったが目立った欠点もなかった。
そして、容姿が良かった割に、女子生徒の中に敵もいない。
世渡りがうまいこと。
リスクを正しく見抜き、上手に対策を考えること。
それが彼女の優れた点だった。
「このままだと全滅するのも時間の問題だよね。私、皆んなの役に立つ手段がないか探すために、少しここを離れるね」
仲間たちとの接点は持ちながらも、自分だけ抜け出すための方便。
安全地帯に逃げるためなのに、むしろ危険に飛び込んでいこうと思わせる巧みな言葉。
仲間たちに、感謝され、心配されながら上手く一人になった彼女は、安全に魔王を倒す方法を模索する。
だが、いくら考えても方法は思いつかない。
魔王はあまりに強力で、多少魔力があるだけの彼女ではどうしても敵わない。
それどころか、配下に過ぎない魔族や、野蛮な獣人に対しても彼女では勝てなかった。
ただ、戦闘では勝てなくても、彼女が一人になることを選んだのには、もちろん理由がある。
称号という名の特別な力だ。
圧倒的な実力差さえひっくり返しうる強力な力。
それが称号の力だ。
彼女の称号は、魔王を倒すのには全く使えないが、彼女が生き延びるのには使えた。
「お嬢ちゃん、こんな山奥に、一人でどうしたんだい?」
山菜を取りに来た老婆に声をかけられた彼女は、内心で微笑む。
「仲間に追い出されて一人になってしまったのです」
そんな彼女を不憫に思った老婆は、哀れなものを見る目になる。
「それは可哀想に。田舎の村の何もない家だが、良かったらうちに来るかい?」
こうして彼女は住処を手に入れた。
「ばあさん。最近は獣人の盗賊も多くて、うちにも村にも蓄えはない。可哀想なのは分かるが、赤の他人を助けて、一家が餓死するわけにも行かねえ。その子には出て行ってもらえ」
老婆の息子である家主にそう言われたが、彼女にとってはピンチでも何でもなかった。
「旦那様のいうことはごもっともです。ただ、私は魔力が使えますので、少しはお役に立てると思います。それに」
彼女は自らの体を艶かしく手でなぞる。
「他のことでも何でもお役に立てると思うので」
老婆の息子が彼女の胸から下腹部あたりに目線を送るのを確認した彼女は、にっこりと微笑む。
こちらの世界に来てから、もともと悪くはなかった容姿が、元の世界なら並のアイドルやモデルに負けないくらいに整っていた。
その容姿を最大限活かしながら、彼女は老婆の息子に取り入った。
もちろん体を許すつもりなどなかったが、彼女の巧みな誘導と称号の力で、彼女は家に滞在することができたのだ。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。
「じ、獣人だ!」
獣人の盗賊たちが村を襲ったのだ。
獣人たちは村人を殺しては食べ物を奪っていく。
彼女が暮らす家にも押し入り、老婆と息子をその爪で切り裂いた。
彼女のこともすぐに切り裂こうとするが、彼女は称号の力を発動しながら、声を上げる。
「待ってください。私のこと、殺すよりも連れ帰った方が役に立ちますよ」
言葉が通じないはずの人間からの言葉が理解できたことに疑問すら持たずに、爪を振り上げていた獣人は、彼女を連れて帰ることにする。
「お頭に相談しよう」
連れ帰られた彼女は、屈強な熊の獣人の前に連れて行かれる。
その場には、異世界人である彼女ですらその存在を知っている、この辺りで悪名高い獣人たちが揃っていた。
想像を超える規模だった盗賊団に彼女は内心緊張しつつも、平静を装う。
「で、お前は何の役に立つんだ?」
睨みつけられるようにそう言われた彼女は、ここに来るまでの間も色々と頭を巡らせていたが、一つしか思いつかなかった結論を口にする。
「私は、容姿には自信があります。私に貴方の夜のお相手をさせてください。まだ未経験なので、貴方好みに育てていただければと思います」
薄汚い獣人の慰み物になるのなんてごめんだったが、彼女の称号は優秀ではあるが万能ではない。
命には代えられないと判断した彼女の苦渋の選択だった。
「いいだろう。ちょうど前の女が壊れたところだ。俺の夜は激しいが、すぐに壊れるなよ」
盗賊団の頭の情婦として獣人の盗賊団に落ち着いた彼女。
毎夜、まさしく獣のように求められることが、吐くほど嫌だったが、それ以外は順調に馴染んでいく。
元の世界で培った、卒なく人と付き合う能力。
頭の情婦という立場。
そして、称号の力。
それらを駆使して、彼女は獣人の盗賊団に溶け込んでいく。
生き残るために処女を散らしたその日から、彼女は覚悟を決めていた。
ただでさえ激痛が走る初体験。
熊の獣人という、自分より遥かに巨大な獣を相手にした彼女の痛みは、身体中が引き裂かれるように感じられる程のもので、それは彼女の全身に刻まれた。
彼女は、その痛みと共に誓った。
魔王を倒し、自らの願いを絶対に叶えると。
自分にこの痛みを刻んだこの世界を変えてやると。
毎日の夜の生活は、頭自信が宣言した通り激しいものだったが、魔力で強化した体で、体の方は何とか耐えられた。
好きでもない男に毎日犯される気持ち悪さと屈辱感で涙する日々だったが、それは自分で決めた選択だから耐えるしかなかった。
盗賊団の頭は夜だけではなく、普段の戦闘も強かった。
人間の騎士団や魔獣と遭遇することもしばしばだったが、彼が敗れることはなく、かすり傷すら負ったところを彼女は見たことがない。
特に、獣化した際の頭の強さは鬼神のようで、彼女が知る限り、彼より強い者を知らなかった。
彼女は、彼の強さを知るにつれ、心の中で微笑むようになる。
ーーこいつは使える
そう考えた彼女は次の行動に出る。
「ねえ、お頭。実は少し離れたところに、私のお友達がいるの。私ほどじゃないにしろ、可愛い女の子たちが揃ってるから、ここにつれてきてもいいかな?」
彼女の言葉に、頭は少しだけ考える。
頭は有力な獣人たちを束ねているだけあって、強さだけではなく、頭も決して悪くはない。
彼女が何かしらの思惑があってこの場にいるのは薄々感じていた。
それでもそばに置いていたのは、その姿形や体の相性はもちろん、なぜか話していて気持ちのいい、その人となりによるものだった。
「分かった。だが、一人じゃ危ないからこいつも連れて行け」
そう言って、部下の一人を連れて行くことを条件に、彼女はその場を離れることを許される。
護衛も兼ねた監視だということは分かっていたが、断れるわけはないので、彼女は頷く。
「ありがとうございます。すぐに戻ってきますので、それまで浮気はしないでくださいね」
彼女が微笑むと、頭はその毛むくじゃらの頬を赤らめてそっぽを向く。
「うるさい。さっさと行け」
頭の許しを得た彼女は、久しぶりにクラスメイトたちの隠れ家に着くと、まだ十人以上の仲間が生き残っていることを確認し、大声で叫ぶ。
「助けて! 獣人に襲われる!」
突然の言葉に驚く、頭の配下の獣人。
だが、その獣人が真意を問いただすより早く、無数の魔法が獣人を襲った。
「ぐはっ……」
その魔法に対処しようとしたところを、いつの間にか後ろにきていた人間に、後ろから刺されて息耐える配下の獣人。
魔力も高く、身体能力の優れた獣人は脅威ではあったが、たった一人の一般的な強さの獣人であれば、十人以上いる彼女のクラスメイトたちの敵ではなかった。
「大丈夫か?」
心配するクラスメイトたちに、彼女は微笑む。
「うん。久しぶりに皆んなの顔を見ようと思ったら、急に襲われて……。それより聞いて。私、魔王を倒す方法を思いついたの」
彼女の言葉に、歓喜の表現を見せるクラスメイトたち。
「何だって! 俺たち、仲間もどんどん減っちゃって、もうどうしようもないと思ってたんだ。本当にありがとう!」
その言葉に笑顔で返す彼女。
「ただ、そのためにはもう一回ここを離れないといけないの。もし外にいる仲間がいたら、ここに集めておいて。その間に、私は最後の準備をしてくるから」
彼女の言葉に首を傾げるクラスメイトたち。
「離れるのは仕方ないにしても、どうやって魔王を倒すかは教えてもらえないか?」
ごく当たり前の問いかけに彼女は下を向く。
「皆んなにも伝えたいんだけど、この策は相手に漏れたらおしまいなの。皆んなのことを信用してないわけじゃないんだけど、絶対に漏らさないために誰にも言えない。本当にごめんね」
納得はいかないようだが、仕方なく頷くクラスメイトたち。
「ありがとう。絶対に魔王を倒してみせるから」
彼女はそう言い残すと、その場を後にした。
彼女が向かった先は、魔王の城。
人間を餌とする魔族のもとへ、彼女はたった一人で赴く。
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