第240話 戦場の奴隷③

ーーガキンッーー


 その剣を受ける、細い剣。

 煌めく閃光と共に飛んできた細身の女性がその剣を受ける。


 魔力量も剣の技量も上の相手に対し、細剣の持ち主ローザは、うまく攻撃を受け流す。


 思わぬ伏兵の登場に、一瞬驚くヨミの姿をした十二貴族。


 その背後から、ローザと同じように閃光を残して飛んで来る少女。

 その剣に膨大な魔力を乗せて、振り下ろす。


ーーブォンーー


 しかし、後ろに目がついているかのようにその攻撃をかわすヨミの姿をした十二貴族。


 二人がかりの不意打ちでも倒せない相手の技量は認めざるを得ない。

 それがこの相手自身の努力によるものではないとしても。


 攻撃が空振りに終わった後も、飛んできた少女レナは、その瞳から闘志を消さない。


「ローザ! 私がメインで相手をするから、隙を見て攻撃をお願い」


「分かりました!」


 俺の母親を殺し、愛する人をも殺そうとしたレナではあるが、その成長には目を見張るものがある。

 甘くて優柔不断な俺ではあるが、この少女を生かしたことだけは失敗ではなかったと思えるほどに、頼りになる姿がそこにはあった。


「……お前らか」


 ヨミの姿をした十二貴族はそう言うと、その怜悧だが整った顔でニヤリと笑う。


「お前らにはこっちの方がいいだろ?」


 再び歪む眼鏡の十二貴族の顔。


 ……そしてそこには、俺たちのよく見知った顔があった。


「……お父様?」

「アレス……様?」


 姿の変わった眼鏡の十二貴族を前に、固まる二人。


「ほらな」


 そう言って、隙だらけになってしまった二人を斬ろうとする、アレスの姿をした眼鏡の十二貴族。


 ヨミといい、アレスといい、恐らくこの男の称号は、直接殺した相手の姿と能力を己のものにするものだろう。


 どこまでも悪虐で許し難い男を相手に、俺の反応は一歩遅れてしまった。


 二人が殺されてしまう!


 そう焦るが何もできない俺。


 だが、次の瞬間、白い流星が飛んできた。


ーードガッーー


 白い流星が放った蹴りを、なんとか受け止めるアレスの姿をした眼鏡の十二貴族。


「皆さん、今です!」


 長い耳の生えた白い少女の号令に、四匹の獣が咆哮で応える。


 獣化した獣人たちが、獲物に群がる肉食獣のようにアレスの姿をした眼鏡の十二貴族へ襲いかかった。


 すぐ様ヨミの姿へと変わり応戦する眼鏡の十二貴族。


 ……だが。


「ぐっ……」


 明らかに押されている眼鏡の十二貴族。


 獣化してなお、魔力量は眼鏡の十二貴族には及ばない。

 ローとルーの連携はともかく、リオとミーチャの攻撃は力によったものが大きく、洗練されているとはとても言い難い。


 それでも、眼鏡の十二貴族は攻めあぐねている。


 その様子に驚く俺の横に、いつの間にか『軍師』がきていた。


「彼……いや、彼女と言った方がいいのかな。先程までの戦いを見るに、彼女の剣は人型の相手と戦うことに特化していた」


 爪や牙による攻撃を受けるだけで精一杯のヨミの姿をした眼鏡の十二貴族。

 ダイン師匠や『剣聖』と戦っていた際の完成された動きとは明らかに異なるその動き。

 リカとの戦いの時もそう感じたが、ヨミの求めていた強さは、人と戦う剣士の強さで、獣や龍との戦いに対しては、それほど力を注いでいなかったのだろう。


「そして、敵の要はこの相手と、聖女を名乗る女の二人。ここが勝負どころだと思い、勝手ながら私の判断で、私が動かせる戦力の全力を注がせてもらった」


 俺は自分の戦いに精一杯で、対応の遅れた自分の代わりに動いてくれた『軍師』へ頭を下げる。


「その判断は正しい。俺に代わって動いてくれたこと、本当に感謝する」


 俺の言葉に笑みを浮かべる。


「礼は勝ってからだ。それに、それくらいは役に立たなければ、私がここにきた意味はないからな」


 これでこの場は任せられる。


 そう判断した俺は、『軍師』の目を見た。


「ここはあんたと獣人たちに任せる。レナとローザも上手く使ってやってくれ。俺はもう一人の要を倒す」


 俺の言葉に『軍師』が頷く。


「心得た。だが、あの女は底が知れない。くれぐれも油断しないように」


 俺は無言で頷くと、聖女を装った悪魔の方を向き、宣言する。


「……あいつがやられるのは時間の問題だ。あとはあんたを俺が倒せば、それでおしまいだ」


 俺の言葉に無言で視線だけを返す聖女を装った悪魔。


 だが、その表情には、先程までと異なり、明らかな苛立ちが浮かんでいた。


「……どいつもこいつも役立たずね。やっぱり信じられるのは自分と女神様だけなのかしら」


 そう呟く聖女を装った悪魔。


 この女自身の戦闘力は未知数だが、バッファーとヒーラーを両方こなせる上に、自身の戦闘力が高いキャラなんてのは、ゲームの中ですらいない。


 それなりには戦えるのだろうが、四魔貴族やヨミ以上だとは思えなかった。

 魔力の高さは油断ならないが、絶対に勝てないことはないに違いない。


 そう考えた俺が、残る魔力を総動員してこの女を倒そうとしたその時だった。


「聖女様。ここにも信用できる者はいますよ」


 聞き慣れた声がした。


「……貴女は確か、商人さんだったかしら?」


 聖女を装った悪魔の質問に、妖艶な女商人が艶かしい笑みで応える。


「はい。いつでもお客様が求めるものを提供できるよう努めております。もちろん今も」


 女商人はそう言うと、右手を後ろへ向けた。


「お代は、聖女様たちが世界を手にした暁に頂ければ結構です」


 そこには、首を鎖で繋がれた大勢の獣人の姿があった。


「この獣人たちは、あそこで戦っている獣人たちの大切な仲間であり、家族のような存在です。この獣人たちを使えば、あそこで戦う獣人たちを無力化でき、場合によってはこちらへ引き込むことも可能でしょう」


 俺はそう言って笑顔を浮かべる女商人を怒鳴りつけた。


「アマンダ!」


 俺の言葉に、笑顔を浮かべたままこちらを向く女商人アマンダ。


「おやまあ。最底辺の奴隷が数ヶ月でよくここまで出世したわね。もしあんたが、聖女様より高値で買い取ってくれるなら、あんたにこの獣人どもを売ってやってもいいよ」


 俺がそんなアマンダへ、怒りの言葉をぶつけよとするより早く、聖女を装った悪魔が口を開く。


「国をさしあげます。王国でも商国でも帝国でも魔族の国でも。神国以外の好きな国を、丸ごと貴女へさしあげましょう」


 その答えを聞いたアマンダはニヤッと笑う。


「さすがは聖女様。心だけでなく懐も広くていらっしゃる」


 アマンダはそう言ったあと、俺の方を向く。


「ちなみに私はあくまで商人。お前が聖女様以上のものを提供できるなら、後ろの獣人どもを、本当にお前へ売ってやってもいい」


 俺はそんなアマンダを睨みつける。


「お前のことは信用していない。きっと難癖つけてあの悪魔の味方をするであろうやつと取引なんてしない」


 俺の言葉を聞いたアマンダは肩をすくめる。


「商人として、顧客の信頼を得られなかったのは残念。まあ、お客様にならない奴のことなどどうでもいいけと。それはそうと……」


 アマンダはそう言うと、後ろを振り返る。


「貴族様。このガキの言葉に少しムカついた。一匹見せしめにしていいよ」


 アマンダの言葉に、これまた聞き慣れた声で男が答える。


「私はこんな短絡的な殺戮は好まない。ゆっくり時間をかけ、恐怖を感じる過程を楽しみたいのだ」


 見慣れない拷問器具と、大きな肉切り包丁をそれぞれ右手と左手に持つ中年の紳士風の男がそう告げた。


「貴族様のイカれた趣味は分かってる。私が国を手にした暁には、何十人でも何百人でも、あとで好きなだけ楽しませてあげるから、今は言うことを聞きな」


 アマンダの言葉を聞いた男……、かつて俺を拷問責めにした拷問貴族は、渋々と言った様子で、左手の大きな肉切り包丁を振り上げる。


「おい、獣人ども!」


 アマンダの大きな声に、ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族と戦っていた獣人たちの手が止まる。


「お前は!」


 アマンダの顔を見ただけで、何故か怒りの声をあげるミーチャ。


 そんなことはお構いなしに言葉を続けるアマンダ。


「お前たちの大事なお仲間は私が見つけ出した。仲間を殺されたくなければ、こちらへ寝返れ」


 アマンダの言葉に動揺する獣人たち。


 その視線は、アマンダではなく『軍師』へ向けられる。


「なぜ仲間たちが捕まっている? お前の話では、私の仲間たちのことは、ちゃんと守るんじゃなかったのか? ……まさかお前、本当はあいつらの仲間なのか?」


 ミーチャの言葉に、『軍師』自身も動揺していた。


「私は断じて彼らの仲間などではない。……だが、なぜ君たちの仲間が捕まっているのかは、正直分からない。万全の隠し場所に、精鋭をつけて匿っていた。信頼できる仲間に預けた者も多くいるが、この短時間にあれだけ多くの獣人たちが連れてこられるわけがない」


 その様子を見ていたアマンダが声をあげて笑う。


「ああ、ミーチャ。その男は裏切っていない。聖女様とはビジネスパートナーでね。人を見つけるのが得意な能力者と、魔族の将軍並の精鋭を何人か貸してもらったのさ」


 アマンダの言葉に絶望の表情を見せる『軍師』。


「あんたの敗因は、敵を人間に想定していたことさ。神様を相手にする前提で戦略を立てるべきだったね」


 ガックリとする『軍師』から目を離し、拷問貴族の方へ再び目を向けるアマンダ。


「それじゃあやっちまいな」


 アマンダがそう言った瞬間、肉切り包丁を振るう拷問貴族。


ーーブシャッーー


 首を鎖で繋がれた犬の獣人の首の途中で止まった肉切り包丁。

 その包丁で斬られたところから、大量の血を噴き出して倒れる犬の獣人。


「貴様ぁっ!」


 声をあげるミーチャには目もくれず、拷問貴族は首を傾げる。


「やはり獣人は丈夫だな。首を跳ね飛ばすつもりだったのに、途中で止まってしまった。アマンダよ。国を手に入れた暁には、獣人も何十人か融通してくれたまえ。商国でもいろいろ実験してきたが、まだまだ研究せねばならない」


 その言葉を聞いたアマンダが苦笑する。


「あれだけ殺してまだ足りないなんて、あんたも相当だね、貴族様。でも、そのイカれ具合、嫌いじゃないし、あんたは金払いもいい。喜んで提供しようじゃないか」


 金のためならなんでもやるアマンダ。

 人の命をおもちゃとしか思っていない拷問貴族。


 この二人の登場で、戦局は大きく動こうとしていた。


「……ご主人。私たちにこのまま戦うよう命じてくれ。私は自分の意思ではあの敵と戦えない。自らの判断で、自分たちの命を捧げてでも助けたかった仲間を殺すような真似、できない」


 そう懇願するミーチャ。


「私もだ。私はご主人の奴隷。ご主人の命令であればどんな命令でも従う。獅子としての誇りに賭けて誓おう。……だが、仲間を犠牲にしてこの敵を倒しても、そんな私に生きる価値はない。その後に死ぬ自由だけいただきたい」


 語尾をつけるのも忘れ、深刻な顔でそう告げるリオ。


 後ろに立つ二人の兄妹ローとルーも、自分たちも同じだと目で語っていた。


 ようやく掴んだ勝利への糸口。


 人質となった大勢の獣人たちを見捨て、奴隷契約魔法の力で四人を縛れば、勝てるかもしれない戦い。


 見ず知らずの大勢の獣人たちと、今日会ったばかりの四人の獣人の仲間。

 その命と願いを無視するだけでいい。


 それだけで俺たちの勝利は大きく近づき、ミホも世界も両方救える。


 判断を求め、俺の目を見るヒナ。


 すぐに答えを出せない俺を見て、揃ってニヤケけた笑みを浮かべる聖女を装った悪魔と、ヨミの姿をした十二貴族。

 俺のことを興味深く見つめるアマンダに、早く何かをやりたくてウズウズしている拷問貴族。


 その状況が、俺に焦りを生ませる。


ーーどすればいい?


 思考回路が麻痺した俺が、それでもなんとか答えを出そうとしたその時だった。


「……私の最愛の人にこんな顔をさせてるのは誰?」


 その場に、史上最強の魔王の声が響いた。

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