第235話 賢者と奴隷
眩い光を放つ壁が、俺たちだけでなく、何万人もの敵の兵士たちをも覆う。
ーードドドドッーー
雨のように降り注ぐ無数の隕石は、地面に触れることすらなく、全て光の壁に吸い込まれていく。
全ての隕石が衝突し終えたところで、光の壁がスーッと消えていった。
攻撃が不発に終わった眼鏡の十二貴族は、その姿を再び歪め、元の姿へと戻る。
……その表情を怒りに歪めながら。
眼鏡の十二貴族は俺たちの後ろへ向かって問いかける。
「……お前たちには後ろで待機を命じたはずだ。なぜここにいて、そして俺たちの邪魔をする?」
振り返った先にいたのは、白い聖職者の服を着た少女と、魔法使い風のローブを着た少女。
「いえ、その、大勢の人たちを殺すのは良くないかとおもいまして……」
聖職者風の少女が弱々しく答える。
そんな聖職者風の少女の前に立つ魔法使い風の少女は、頭を覆っていたフードを外し、美しい黒髪を晒すと、毅然とした表情で、眼鏡の十二貴族を見据えた。
「この子は私にお願いされただけ。私が貴方たちのやり方に我慢できなくなっただけです」
リカと俺を一日前に戻してくれた少女。
彼女がまたもや俺たちを助けてくれた。
「……俺たちの邪魔をするってことは、願いを叶えるつもりも元の世界に戻るつもりもないってことだな」
魔法使い風の少女マナは、眼鏡の十二貴族を真っ直ぐ見つめて答える。
「はい。貴方は今、敵であるこの人たちだけでなく、味方である兵士さんたちも殺そうとしました。他人を犠牲にして得られる幸せなんて、私はいりません」
マナの言葉に、眉間に皺を寄せる眼鏡の十二貴族。
「……お前、何か変わったか?」
眼鏡の十二貴族の言葉に、真っ直ぐ答えるマナ。
「分かりません。でも、今の私は、以前までの周りに流される自分ではなく、自分の考えに殉じる程度には、想いを持ってここに立っています」
マナの言葉に対し、右手を前に向ける眼鏡の十二貴族。
「この兵士たちは元から捨て駒だ。捨て駒のために命を賭けるのか?」
脅すように、右手に魔力を込めながらそう尋ねる眼鏡の十二貴族。
「はい。命を賭けます」
そんな眼鏡の十二貴族に対し、毅然と答えるマナ。
「マナさん……」
不安そうにそう呟く聖職者風の少女へ、マナは微笑みかける。
「貴女は私にお願いされただけ。謝って向こうへ戻れば殺されはしないよ」
そんなマナに対し、聖職者風の少女は首を横に振った。
「ま、マナさんが命を賭けるなら、私も賭けますわ! 私だって、たくさんの方をこのまま見殺しにし続けて、自分だけ生きるなんていやですから」
共に命を賭けると言ってくれた友を見て、嬉しそうに微笑むマナ。
俺とマナが会うのはこれで二回目だ。
そして、その二回とも、マナは俺を助けてくれた。
だが、今回マナを待ち受けるのは茨の道だ。
時を操る能力は確かに厄介極まりないが、それは共に戦う強力な仲間がいて初めて、その本当の恐ろしさが発揮される。
マナは恩人だ。
黙っていれば願いを叶えて元の世界に戻れたかもしれないのに、そんな未来をねじ曲げて、俺にチャンスをくれた。
マナがいなければ、俺にはミホを救う、チャンスすらなかった。
そんなマナを、見殺しになどできるわけがない。
俺はマナと眼鏡の十二貴族の間に立つ。
「何だ? やっぱりグルだったのか?」
そんな俺を見た眼鏡の十二貴族の言葉に、俺は首を横に振る。
「この子とは、今日ここで初めて会った」
この時間軸では、と言う言葉は飲み込む。
「だったらどけ。俺はこれから、裏切り者の始末をさせてもらう。お前たちの相手はその後だ」
眼鏡の十二貴族だけでなく、マナ本人も言葉を重ねる。
「そうです。どこのどなたかは知りませんが、見ず知らずの私なんかのために戦ってもらう理由なんてありません」
俺はそんなマナへ微笑みかける。
「俺にはあるんだ。君のために命を賭けてでも戦う理由が」
「……えっ?」
俺の言葉に、驚いた様子を見せるマナ。
二度も大きなピンチを救ってもらっておいて、この子を見殺しになんてすれば、例え無事にミホを守れたとしても、俺は笑って生きることなんてできない。
そんな理由を知らないマナに背を向け、俺は眼鏡の十二貴族を睨む。
「この子を殺すなら俺を殺してからだ。もちろん、殺されるつもりなんかさらさらないが」
そう言って魔力を高める俺の右横に、カレンが立つ。
「そしてまあ、エディを殺すって言うんなら、先に俺を殺してもらう必要があるがな」
今度は俺の左横にリン先生も立つ。
「抜け駆けはズルいです、カレンさん。私だってエディさんのためならいつでも死ぬ覚悟ですから」
そして、そのさらに横を囲うように、レナ、ヒナ、ローザが立っていく。
「本当に一度死んだリン先生が言う説得力には敵わないけど、私も同じよ」
「私はもとよりエディ様のもの。全てをエディ様に捧げています」
「私の剣もエディへ捧げた。私の全てをもってエディを守ると誓っている」
レナ、ヒナ、ローザが順にそう告げる。
そんな様子を見て眼鏡の十二貴族が俺を睨みつけた。
「ミホなんていう最高の女がいながら、これだけの女を囲ってハーレム王気取りか。虫唾が走る」
眼鏡の十二貴族の言葉を聞いて、俺は反論の余地がない。
「俺という男がダメだという自覚はあるが、だからといってお前たちを見逃がす理由にはならない。お前たちは命に代えても止めさせてもらう」
そう言って剣を構える俺を見て、眼鏡の十二貴族が嘲るように笑う。
「さっきの戦いを見ていなかったのか? 頼りの『刀神』は死んで『剣聖』は魔力切れ。それに、そこの女の称号の力による防御も、魔力に限りがあって連発はできない。一方でこちらは俺とその死体の二人がかりだ。さらには数多くの称号使いに、万を超える戦力もある。どう考えても勝ち目はないだろ?」
眼鏡の十二貴族の言葉はもっともではある。
一人でも厄介だったヨミが二人になったようなものだ。
信頼できる仲間が横に並んでくれてはいても、確かにこちらの不利は否めない。
だが、そんな状況を打ち破るかのように、口を開く者がいた。
「ああ、それなら我が戦うので問題ないのである」
漆黒の龍が、ふわりと俺の前に舞い降りてそう言った。
「大丈夫なのか、リカ? 戦えるのならさっき出てきて欲しかったんだが」
そうすればダイン師匠が死なずに済んだのに、というのは流石に言わなかったが、それでも、そう思わずにはいられない。
「先程は相手の実力が分からなかったのである。もし相手が、魔力の込められた鋼をものともせず、我の鱗すら容易く切り裂く実力者なら、我でも敵わない。だが、そうではなかった。それはこの者と後ろで横たわる老人が証明してくれた」
龍の姿のままのリカの表情は読み取りづらい。
だが、今のリカが余裕の笑みを浮かべているのは俺にも分かった。
先程の戦いを見ての反応が今のものなら、信じてみてもいいのかもしれない。
「分かった。リカに任せる」
俺の言葉を聞いたリカが咆哮をあげる。
ーーゴォオツーー
咆哮が空気をビリビリと震わせた。
龍の女王といって過言でない威容を備えたリカの咆哮だが、それで怯む相手ではない。
眼鏡の十二貴族が、その姿をぐにゃりと歪ませ、ヨミの姿になる。
魔法なのか称号の力なのかも分からないその能力の正体は未だ不明だが、その魔力と姿はヨミそのものだった。
ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族が剣を構えるのと同時に、ナミに操られたヨミの遺体が刀を構える。
四魔貴族並の魔力を持った二人を相手に、龍の姿のままのリカは、悠然と構えていた。
「……トカゲが。爬虫類の分際で人間様に楯突いたことを後悔するがいい」
眼鏡の十二貴族がそう言うと、先ほどと同じく、空間の空気が変わり、魔法が使えなくなったのが分かる。
「たかが数十年しか生きておらぬ童が。我を愚弄したこと、死んで後悔するがいい」
そして、二人の剣士と一匹の龍の戦いが始まった。
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