第234話 簒奪者と奴隷

 ヨミに敗れて命を散らしたダイン師匠。


 俺に剣を教えてくれたかけがえのない人の死に、まともな思考ができなくなっていた俺。

 ダイン師匠の死を見ても、何ら躊躇することなく、ヨミへ戦いを挑んだ『剣聖』。


 俺から見た『剣聖』は、自殺をしようとしているようにしか見えなかった。


 だが、結果として『剣聖』は、剣ではヨミを圧倒した。

 何百年も腕を磨いてきた、四魔貴族並の魔力を持った格上を相手に。


 相手に魔法を使われてしまったことで、最終的には負けてしまったのかもしれないが、剣の可能性を見せてくれた『剣聖』へ、賞賛を送りたい気持ちでいっぱいだった。


 だが、その気持ちは思わぬ形で霧散させられる。





「ゴフッ……」


 その胸を後ろから剣で貫かれ、口から血を吹くヨミ。

 仲間であるはずの眼鏡の十二貴族は、ヨミの体から剣を引き抜く。


 血を撒き散らしながら倒れるヨミを、冷徹な目で見下しながら、眼鏡の十二貴族は『剣聖』に目を向けた。


 ヨミが胸を刺されたことで、ヨミの魔法から完全に解放された『剣聖』が立ち上がり、剣を構える。


「やめておけ。俺たちにとって、お前ごとき殺す必要もない。せっかく拾った命、無駄に捨てることもないだろう」


 そんな眼鏡の十二貴族の言葉には答えず、『剣聖』は構えを崩さない。


「もともとお前を斬りに来たんだ。仲間割れで強敵を一人削ってくれたのは感謝するが、だからと言ってお前を見逃す理由にはならない」


 『剣聖』の言葉を聞いた眼鏡の十二貴族は、何が面白いのか、大声で笑う。


「クククッ、ハッハッハッハ」


 そんな眼鏡の十二貴族の様子に、『剣聖』は怪訝な顔をする。


 そんな『剣聖』のことなど無視するように、眼鏡の十二貴族は、横たわるヨミのすぐ側に一歩歩み寄った。


 何らかの回復手段があるのかと思い焦る俺。


 ……だが、その焦りは無駄だった。


ーーグサッーー


 トドメを刺すように、ヨミの喉元を剣で突き刺す眼鏡の十二貴族。


「俺は家庭環境の都合で、こう見えても環境問題やSDGsについて敏感なんだ」


 話の意図が分からない俺。

 言葉の意味すら分からないこちらの世界の人たちは尚更だろう。


「だから、再利用できるものは何でも再利用したいと考えている」


 眼鏡の十二貴族はそう言うと、急にナミの方を向く。


「ナミ。こいつを使え」


 眼鏡の十二貴族の言葉に肩をすくめるナミ。


「その子、一応こちらの世界では私の娘なんだけど」


 ナミの言葉を聞いて呆れたように笑う眼鏡の十二貴族。


「でも、愛はないんだろ?」


 眼鏡の十二貴族の言葉に、ナミも笑う。


「まあ、ないけどね」


 そんなやりとりの後、右手をヨミへ向けるナミ。


 俺は思い出す。

 時間を超える前に見た同じような光景を。


 マズい!


 そう思うより先に、さっき眼鏡の十二貴族に殺されたはずのヨミがゆっくりと起き上がる。


 以前より強くなった今なら見えた。


 ナミの手から伸びる細い魔力の線が。


「ああ、私の可愛い娘。今度こそこいつらを殺し尽くしなさい」


 ナミの言葉に応えるように、刀を構えるヨミ。


「ちなみに、これだけじゃない」


 そう言うなり、眼鏡の十二貴族の姿が歪んでいく。


 ……そして。


 その姿は、凛々しく美しい女性の姿となる。


 いや。

 もっと正確に言うなら、ナミに操られて立つ、ヨミと瓜二つの姿となる。


 何が起きたか分からない俺たち。


「残念だったな。むしろこっちの戦力が増えて」


 ニヤリと笑う眼鏡の十二貴族に、俺たちは何も言い返せない。


「そして、俺にはあの女のように剣へのこだわりもなければ、お前たちに対する侮りもない」


 そう言って右手を宙へ向ける、ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族。


「最初から全力でお前たちを排除する」


 ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族が、何をしようとしているのかは分からない。


 だが、決定的にマズイことが起きようとしているのは分かる。


 横を見ると、テラとスサも同じことを感じているようだった。


「ちっ。もう発動した時点で、あいつにも止められない。ヨミと同じ威力なのか?」


 スサが舌打ちしながら呟く。


「全力で魔法障壁を張れ! ……それでも何人生き残れるか分からないが」


 テラが大きな声で指示を出し、そして悔しそうに呟く。


 兄妹であるという、テラとスサには、これから何が起こるか分かっているのだろう。


 そして、四魔貴族であるこの二人が顔を曇らせるこの攻撃は、きっと恐ろしいものであるに違いない。


「跡形もなく消えるがいい。『月詠』!」


 ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族が、ヨミの声でそう叫ぶ。


 恐らく、何かしらの魔法を発動したのだろう。

 四魔貴族の二人の様子を見るに、相当に強力で大規模なものだと思われる。


 俺は後ろを振り返った。


 この場にいるのは、四魔貴族並の魔力を持つ強力な仲間ばかりじゃない。

 だからといって、全員を守るように魔法障壁を張ってしまうと、その分強度が下がり、四魔貴族が警戒する程の強力な魔法を防げるとは思えない。


 俺には打つ手が思い浮かばず、それぞれの魔法障壁の強度に賭けるしかなかった。


 ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族が魔法を発動して数秒経ったが、何かが起きる様子はない。


 魔法が不発だったのかとも考えたが、緊張した様子で空を見上げる二人の四魔貴族を見て、そうではないことを悟る。


 ……そして、俺にもその魔法の正体が分かった。


 輝く尾を引き、天を駆ける光体。


 流星。

 隕石。


 そう呼ばれるものだ。


 規模によっては星中の生物を絶滅に追い込むような存在。

 それが隕石だ。


 自然に干渉するこの世界の魔法。

 まさか隕石にまで干渉できるとは考えてもいなかった。


 みるみるうちに近づいてくる隕石。


 四魔貴族の二人に、リカと俺。


 四人で協力して魔法を放ち、少しでも威力を弱められないかと考える。


 だが、上空で無数に分裂し、流星群と化した隕石を見て、その考えを捨てる。

 一つ一つが最上級魔法を超える威力を持った流星群。


 あまりにも強力で絶望的な魔法を前に、打つ手のない俺たち。

 一方で、ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族は、自らの仲間たちだけを光の膜で覆い、余裕の笑みを浮かべる。


「聖女様。何人生き残れるか賭けようか」


 そう提案するヨミの姿をした眼鏡の十二貴族。


「人の命を賭け事になどできません。でもまあ、四、五人といったところでしょうか」


 そんなやりとりをする二人を睨みつけつつも、何もできない自分に歯軋りする。


 そうしている間にも近づいてくる流星群。

 真っ赤に燃える巨大な隕石を前に、俺は仕方なく自分を守るための魔法障壁を張った。

 みんなも何とか生き残って欲しいと祈りながら。


 ……そしてまさに流星群が衝突しようかというその時、小さな声が聞こえた。


「さ、聖域(サンクチュアリ)」

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