第236話 称号持ちと奴隷
剣に魔力を纏う、ヨミの姿をした眼鏡の十二貴族と、ナミに操られたヨミの遺体。
その二人が疾風のような速さで巨大な黒龍であるリカへ斬りかかる。
四魔貴族並の魔力を持った二人の攻撃は、普通に考えて脅威だ。
魔王であるミホですら、ノーガードでは受けられないだろう。
対するリカは、魔力量こそ四魔貴族以上なものの、その大きな体が俊敏に動くとは思えず、二人の攻撃を回避できるとは思えなかった。
案の定、二人の攻撃は直撃し、リカの胴体と首へ、剣と刀がそれぞれ見舞われる。
ーーガキンッ、ガキンッ!ーー
甲高い金属音が周りへ響く。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、冷静に考えればすぐに分かる。
リカを切り裂いたかに見えたその剣と刀は、血の一滴すら流させることなく、リカの身を纏う黒金のような鱗に弾かれたのだ。
「なっ……」
呟く俺のことなど気にもせず、眼鏡の十二貴族とヨミの遺体は、リカへの斬撃を繰り返す。
ーーガキンッ!ーー
ーーキ、キンッ!ーー
ーーガキンッ!ーー
しかし、その剣と刀は、リカの鱗を一枚として破ることはできない。
しばらく黙っていた斬られるがままだったリカの魔力が急速に高まる。
そして……。
ーーゴォオツ!ーー
俺の最上級魔法『劫火』を遥かに凌ぐ熱量の炎が、眼鏡の十二貴族とヨミの遺体を襲う。
「くっ……」
何とか魔法障壁を張り、その攻撃を防ぐ二人。
だが、自身を凌ぐ魔力の持ち主の攻撃に、二人の魔力障壁は、たったの一撃でガラスのように砕け散った。
「格上の龍相手に魔法なしで挑むとは愚の極みである。それでは、先程貴様に殺された、その技の持ち主も報われないのである」
今度は、リカの言葉に何も言い返せない眼鏡の十二貴族。
そんな眼鏡の十二貴族に、優しく語りかける声があった。
「まあまあ。冷静さを欠きすぎですよ。まともに戦って勝つ必要なんてないでしょう? せっかくこちらにはまだまだたくさん称号持ちがいるんですから」
そう告げるのは、聖女。
聖女の言葉に、少しだけ冷静さを取り戻した眼鏡の十二貴族。
元の姿に戻って後ろを振り返ると、大声で誰かを呼ぶ。
「あいつらを前に出せ!」
そう呼ばれて出てきたのは、華奢な見た目の男だった。
どう見ても、強そうには見えない。
「ふふふっ。こんなに女性ばかり連れて、君の称号もボクと同じなのかな? そうだとしても、君より遥かにイケメンであるボクの魅力の方が上だけどね」
男がそう言うと、ふわりとした甘い魔力が辺りを包むのを感じる。
その魔力を浴びた何名かの女性が、フラフラと男の方へ歩み寄っていく。
新しく参戦したフワとシャクネの二人に、獣人の女性たち、それに、スサまでもが男の横に立ち、こちらを見ていた。
「あれ? その子たちには効きが悪いのかな?」
男がそう言うと、俺の横に立っていたカレンたちやリカまでフラフラと歩いていき、こちらにいた女性が全て男の横へ行ってしまう。
俺のそばにいるのは、テラと『剣聖』と『軍師』とローの四名だけになった。
「ふふふっ。これでこの子たちはみんなボクのものだ。後で順番に可愛がってあげるとして、まずは君たちの処分からだ」
男はそう言うと、すぐ隣に来ていたカレンと、その隣にいるスサへ命ずる。
「じゃあキミ。あの白髪の子は殺しちゃダメらしいから他の奴らを殺しちゃって。ああ、でも、あの怖そうなお兄ちゃんにはキミじゃ勝てなそうだから、そこはそっちの子にお願いしようかな」
この男の称号は、恐らく魅了のようなものなのだろう。
この男を倒すしかないのだろうが、この男を守るように立つフワやシャクネ、それに獣人たちが壁となっており、迂闊に攻撃できない。
攻めあぐねている俺に対し、テラが言う。
「スサと戦うのは面倒だ。操られた取り巻きごとあの男を殺す」
そう告げたテラの右手に熱を帯びた魔力が渦巻く。
慌ててテラを止めようとする俺。
だが、それより早く動く者がいた。
ーーズシュッーー
爪によって切り裂かれる魅了使いの男。
「な、なぜ……」
胸から滴る血を手で押さえながら膝をつく男に、爪を赤く濡らしたカレンが吐き捨てるように言う。
「何をしたのか知らないが、俺が惚れた男はエディだけだ。お前のその妙な魔法で、そんな俺を操れるわけがないだろ」
カレンの言葉に、男は表情を歪める。
「……そんな訳がない。ボクの称号は、厳重に精神をプロテクトするか、他の契約魔法で心を縛られていない限り防ぎようがないはずなのに……」
その言葉を聞いたヒナとローザが頭をかく。
「だから私たちには効かなかったんですね。エディ様の奴隷契約で縛られているから」
ヒナの言葉に引き攣った顔を見せながら男がゆっくりとうつ伏せに倒れる。
「そんな……。ヒーローぶって、自分も魔法で女の子の心を縛って奴隷にするなんて……」
そう言ってすぐに倒れて動かなくなった男に、ローザが告げる。
「私たちは自ら望んでエディの奴隷になったんだ。まあ、奴隷らしい命令は一度もされたことがないがな」
もはや届いているか分からない言葉をローザが発した後、周りを見ると、様子がおかしくなっていたスサたちも元に戻っていた。
地に伏す男に軽蔑の目を向けながら、眼鏡の十二貴族が次を告げる。
「使えない奴め。次は豚だ。豚を呼べ!」
男の声に呼ばれて前に出てきたのは、見覚えのある男だった。
「お、お前たち。こ、この前はよくもやってくれたな」
そういって俺たちを見回す豚のような男。
そいつは、リン先生を捕らえて凌辱しようとしていた男だった。
「で、でも許す。こんなに可愛い子たちをたくさん連れてきてくれたからね。ひ、一人残らずぐちゃぐちゃに犯してやる」
そういって下卑た笑みを浮かべる男を見たリン先生が、少し震えるのを見て、俺はリン先生の肩にそっと手を乗せる。
「大丈夫です。もう絶対にリン先生をあんな目には遭わせませんら」
俺の言葉を聞いたリン先生が、笑みを浮かべる。
「はい。信じてます」
そんな俺たちのことなどお構いなしに発動する、豚のような男の称号の力。
俺の体から、魔力が失われるのが分かる。
豚のような男を倒せば、この力は損なわれるのは分かっていたが、もちろんそれは、相手の方がよく分かっている。
目の前にずらりと並ぶ屈強な兵士たち。
例え魔力が失われようとも、普通の兵士に負けるつもりはさらさらなかったが、数は力だ。
こちらの体力が無限ではない以上、多かれ少なかれ消耗させられる。
そして、こちらが消耗したところで、眼鏡の十二貴族を始めとする敵の主戦力や、さらには未だ降臨していない女神もどきとの戦闘になれば、こちらが不利になるのは間違いない。
そうなると、豚貴族をいかに早く排除するかだが、後方に下がり、数多くの兵士が壁のように守る豚貴族を、魔力なしで倒すのは容易くはなさそうだった。
こちらの消耗を抑えながら戦力を絞って戦えば戦いが長引くし、一気に豚貴族を排除しようとするとこちらの主力が消耗する。
決定的ではないが、嫌な手を打ってくる相手に対し、俺が対応を迷っていると、急に笑い声を上げる者がいた。
「にゃはは。私たちがいる戦場で自分たちから魔力を使えなくするなんて、相手は馬鹿かにゃ?」
リオが牙を光らせながら笑う。
「あの豚の獣人を倒せばいいんだな?」
狼の獣人ローが確かめるように言う。
「あんなのと一緒にされるなんて、豚の獣人が怒るよ」
同じく狼の獣人でローの妹ルーが、ローの言葉に苦笑する。
「とにかく、邪魔な人間どもを蹴散らして、あの豚を排除する。なんて簡単な話なんだ」
虎の獣人ミーチャが本当に何でもないことのようにそう言った。
「け、ケモミミちゃんたちも可愛いな。あ、後でモフモフしながら可愛がってあげなきゃ。お、お前たち、加減してあげるんだぞ」
自分を守る兵たちへそう命令する豚貴族。
そんな豚貴族を見て呆れるミーチャ。
「魔力なしで獣人と戦うのに手加減? 面白い冗談だ」
そう呟いた瞬間、跳躍するミーチャ。
そんなミーチャに対して剣を構える兵士たち。
ミーチャに気を取られる兵士たちは気付かない。
地を這い、すぐそばまで近寄っている二つの黒い影に。
ーーズシャッーー
ミーチャを討ち取ろうと先頭に立っていた兵士のうちの二人が、首から地を噴き出して倒れる。
まるで鏡写のように、左右の敵を同時に倒すローとルー。
突然先頭の二人の兵士が倒れたことで、戸惑う兵士たちの元へ、猛虎が舞い降りる。
その拳は一撃で鎧ごと兵士を吹き飛ばし、その蹴りは数人の兵士を薙ぎ倒す。
屈強な兵士たちが、一人の少女に蹂躙されていく。
「私にも暴れさせるにゃ」
いつの間にか、ミーチャの隣に立っていた獅子の獣人リオ。
ーードフッーー
そのふざけた口調とは裏腹に、リオの振るう拳は、一振りごとに兵士たちを吹き飛ばしていく。
屈強な兵士たちが紙人形のように舞う中、四人の獣人が切り開いた道を、ゆっくりと歩んでいく兔の獣人。
白く長い耳を持った美しい細身の女性が、割れた兵士たちによって出来た道を、なんの障害もなく進む様は、神話の中の絵画のようだった。
障害をものともせずにあっという間に豚貴族の元へとたどり着いた兔の獣人ヒナがニッコリと笑う。
「や、やめろ……」
先程までの余裕は吹き飛び、ガクガクと震える豚貴族に対し、ヒナは笑顔を崩さずに話しかける。
「貴方の目を見れば分かります。そして、心臓の音を聞けばもっと良く分かります。貴方は女性を性欲の捌け口にしか思っていません。そして、今までやめてと言った女性の言葉を聞いたこともないでしょう」
ヒナはそのまま右足を後ろへ引く。
「し、死にたくない……」
そう言い残した豚貴族。
ーードギャッーー
魔力を込めれば数百メートルは軽く跳躍するその脚力で、ヒナは右足を振り抜く。
ヒナの三倍の重さはあるであろう豚貴族は、何かが潰れるような鈍い音を残して吹き飛んだ。
「これまで散々女性の心を殺してきたのです。その報いは受けて当然です」
鞠のように何度か弾んだ後、数十メートル先で豚貴族は止まり、動かなくなる。
それと同時に、身体に魔力が戻るのを感じた。
魔力が完全に戻るのを確認した俺は、聖女を名乗る女と眼鏡の十二貴族を見る。
「頼りの称号の力も大したことなさそうだが、諦めたらどうだ? 正面から戦ってやってもいいが、お互い無駄な血を流すことになるだけだぞ。今降伏するなら、お前たちの命は俺がなんとか救ってやる」
俺の言葉を聞いた眼鏡の十二貴族は顔を歪め、反対に聖女を名乗る女はその口元に笑みを浮かべた。
「降伏? なぜ圧倒的に有利な私たちが降伏しなければならないのです」
聖女を名乗る女は眼鏡の十二貴族の方を向く。
「私が使うように言ったのは、あんなハズレの称号ではありません」
聖女を名乗る女はそう言うと、僧侶のような格好をした男の方に視線を向け、微笑む。
「さあ、貴方の出番です。遊びはここまでにして、神に歯向かう愚か者たちに天罰を与えましょう」
聖女を名乗る女は、天使のような顔で悪魔のような笑顔を浮かべながらそう告げた。
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