第231話 刀神①

 王国の東に位置する魔族の国よりさらに東。


 その国で生まれたとされる『刀』という片刄の剣を用いた剣術。

 その剣術を極めた者のことを『刀神』と呼ぶ。


 初代刀神は、言葉通り本当に神だったと言われる由緒ある剣術。

 だが、ダインがその剣術を受け継ぐ頃には、刀を用いる剣士は、己と己の父親しか、王国にはいなかった。


 この剣術が王国に伝わってから数百年。


 鋼を何度も折って作る必要のある、奇跡のような鍛治の技術がなければ作れない刀。

 その技術を持つ鍛治の技は絶え、新しい刀は生まれなくなった。


 才ある者は王国の正統とされる剣術を教える『剣聖』のもとへ流れ、高レベルな相手と切磋琢磨し研鑽を行うことすら難しい。


 刀神の剣は斜陽にあった。


 それでも剣の腕を磨き続ける父。

 数百年継がれてきたその技の全てを息子であるダインへ、余すことなく伝えようとする父。


 ダインもまた、刀神の剣の全てを学ぼうと、全霊を尽くした。


 物心つく前から、全ての時間を費やして剣を振り、技を磨いた。

 父を相手に毎日模擬戦を繰り返し、十を数える頃には、日に一度は父から一本を奪えるようになった。

 さらに腕を磨き、十五を迎える前に、父に敗れることもほとんどなくなった。


 そして、成人を迎えた日。

 ダインは何十代目か分からない刀神となった。


 父はダインへ告げる。


「『刀神』は私の代で終わりにするつもりだった。だが、才あるお前が生まれて、私はこの剣をお前に伝えずにはいられなかった。剣ばかりに生きて家庭を顧みなかったがために、妻にも捨てられ、私には何も残っていない」


 父は遠い目をしながら言葉を続ける。


「私の全てを、刀神の剣の全てをお前には伝えた。だが、お前には剣を続けることを強制はしない。剣の道を極めるもよし。後進に剣を伝えるもよし。剣を置いて幸せな家庭を築くもよし。私のエゴでここまで付き合わせたが、あとは好きに生きるがいい」


 父の言葉を受けたダインは王国に二振りしか無くなった刀を腰に付ける。


「俺は父さんと違って誰かに剣を教えるつもりも、子を育てるつもりもない。ただこの剣で、自分が最強の剣士であると証明したい」


 ダインは父はそう告げると、刀だけを持って家を飛び出し、放浪の旅に出た。


 強者の噂を聞いては手合わせを行い、そのことごとくで勝利した。


 王国でも。

 帝国でも。

 商国でも。

 神国でも。


 剣士と名乗る者で、ダインより剣の腕が立つ者はいなかった。


 二十年ほど大陸を放浪した後、王国に戻ったダインは、自分の実力を確信し、大陸で最も強い剣士だと言われる『剣聖』へ挑むことにした。

 『剣聖』に勝てば、己が最強の剣士だ。


 そう考えたダインは、『剣聖』のもとへ向かう途中で、一人の青年と出会う。


「『刀神』ダイン殿とお見受けする。ぜひ一度手合わせ願いたい」


 諸国を巡るうちに、いつしか名前が広まっていた『刀神』。


 『剣聖』との戦いはいつでもできる。

 最強の剣士を目指す以上、戦いを拒むわけにはいかない。


「いいだろう。但し、命の保証はしかねる。死んでも後悔するなよ」


 質のいい服を着たどこかの貴族の御坊ちゃまにしか見えない青年へ、ダインは告げた。

 ダインの言葉に、青年は不敵に笑う。


「もちろんです。ただ、それはお互い様ですよ」


 口だけは達者だと思いながら、ダインは刀を抜いた。


 ある程度の実力になれば、相手のおおよその強さは分かる。


 目の前の青年が弱者ではないのは間違いなかった。

 魔力量においては、明らかにダインより上だ。


 それでも、ダインは負ける気はなかった。

 それだけの自負がダインにはあった。


 だが……


ーーガキィンッ!!ーー


 一合剣を合わせただけで、その考えが吹き飛ぶ。


 王国に多い正統派の剣筋。

 なんの変哲もない一撃。


 その一撃に凝縮されたセンスの塊に、ダインは驚きを隠せない。


 魔力量は相手が上。

 腕力も相手が上。

 そしておそらく才能も相手が上。


 ダインは認識を改める。


 相手を、世間知らずの御坊ちゃまから、『剣聖』並の強敵として。


「……名前を聞こう」


 ダインの言葉に、青年はにいっと笑う。


「アレスです」


 ダインはその名を胸に刻み、刀を鞘に収めた。


「何を……」


 ダインが戦いを放棄したと見做したアレスは、一瞬気を抜き、そしてその一瞬が戦局を大きく動かす。


 刀と鞘に魔力を流し、魔力の力も借りて、刀が高速で鞘を走る。


 居合。


 王国の剣術には、剣を鞘に収めた状態から、そのまま攻撃するという概念はない。


 ほとんどの初見の相手は、何が起きたかも分からないまま斬られてしまうその神速の斬撃が、アレスを襲う。


 アレスにも、ダインの攻撃が見えていたわけではない。


 だが、ダインが刀の柄を持った瞬間、寒気を感じ、反射的に全力の魔力障壁を張る。


ーーパリンッーー


 その魔力障壁をいとも容易く破り、ダインの斬撃がアレスを襲う。


 ただ、魔力障壁で僅かに速度が遅くなったことで、アレスに一瞬の猶予が生まれた。

 その猶予を見逃さずに、アレスは後ろへ回避しつつ、刀が迫る腹部を魔力で強化した。


 ダインの刀はアレスの腹部を軽く抉り、血を撒き散らす。


 致命傷を与えられなかったことに驚くこともなく、ダインは刀を返すと、二の太刀でアレスの首を狙う。


 剣や魔力障壁での防御が間に合わないと判断したアレスは、凝縮した魔力の塊を、魔法へと昇華させる間もないまま、ダインへぶつける。


 魔力は、魔力そのものでは物理的な攻撃力は持たないが、高濃度の魔力は、精神へ影響を与えることができる。


 ほんの一瞬だけ怯んだダインへ、アレスは剣を振り下ろす。

 だが、すぐに立ち直ったダインはアレスの剣を弾き飛ばした。


 腕力も魔力も上であるはずの己の剣を弾き飛ばすダインの腕に感嘆しつつも、アレスは諦めない。


『風槍!』


 呪文を省略した初級魔法。


 普通の魔法使いの攻撃なら無視できるレベルの攻撃だが、人間としてトップレベルの魔力を持つアレスの場合は異なる。


 殺傷力を持った風の槍を、ダインは舌打ちしつつも斬り落とす。


 そのままダインが追撃しようとした次の瞬間、アレスの魔力が跳ね上がる。


 何かしらの魔法を使ったとしか思えない急激な変化。

 恐ろしい魔力を秘めた剣撃が、ダインの居合いにも迫る速度で、ダインを襲う。


 ダインは後ろへ飛んでそれをなんとか回避するが、強大な魔力を秘めたままのアレスへ、追撃に移ることができない。


 そんなダインを見たアレスは、なぜか魔力を元に戻すと剣を置いて両手を上げる。


「……すみません。つい熱くなってしまい、剣の勝負で魔法ばかりか、一族秘伝の秘術まで使ってしまいました。この勝負私の負けです」


 その言葉を聞いたダインは、これまでの自分の全てが否定されるのを感じた。


 アレスの言葉に愕然としたダインは、彼にしては珍しく感情的になる。


「ふざけるな! 何が私の負けだ! お前はあと一太刀か二太刀で、俺の首を飛ばせた。勝負の世界で魔法を使うのも、一族秘伝の秘術とやらを使うのも当たり前の話だ。今の勝負、間違い無くこちらの負けだ」


 ダインの言葉に、首を横に振るアレス。


「いいえ。私は自惚れていました。魔法の実力も剣の実力も王国一であると。まずは『刀神』である貴方を剣で倒し、次は『剣聖』を倒そうと」


 そこまで言うと、アレスはやけにスッキリとした顔で、ダインへ告げる。


「でも、それは違いました。魔力量の差があってなお、貴方の剣は私の上を行っていた。もしかするとあと十年、私が剣だけに生きれば、いつかは今の貴方に追いつけるかもしれない。でも、十年後、老いた貴方にたとえ勝ったとしても、それは私の方が上である証明にはならない。今、貴方に勝てなかった私は、剣士としては貴方より弱い」


 それでも納得しないダイン。


「剣だけの実力が上でも、戦場で合えば死ぬのはこちらだ。試合のためだけの強さに意味はない」


 すると、アレスが再度首を横に振る。


「いいえ。意味はあります。だって、最強の剣士ってカッコいいじゃないですか。男なら誰だって憧れます」


 アレスのあまりに子供じみた言葉に、呆気に取られるダイン。


「そうだ! よかったら私の家に食客として来ませんか。私の剣の訓練の相手がいなくて困っていたのです」


 剣士としての最強に意味を見出せなくなり、『剣聖』と戦う意思が薄れていたダインは押しの強いアレスの言葉に引っ張られ、アレスの屋敷で暮らすことになった。


 たまにアレスと戦いながら、ダインは強さを追求した。


 剣士としての最強ではなく、魔力が圧倒的に上の相手や、魔法を使いながら戦う相手にでも負けない、本物の最強を目指して。


 老いによって身体能力の衰えを感じるようになってもそれは変わらない。

 アレスから、娘に剣を教えるよう頼まれても、刀神の剣は自分の代で最後にすると決めていたし、己を研鑽する時間を奪われたく無くて、それを断った。


 自身では、総合的な戦闘能力でアレスに及ぶことはないと、頭では分かっていた。

 それでも、剣のみでアレスを倒すことを目標に、ダインは研鑽を続けた。


 だが、己の肉体に衰えを感じ、引退するか迷い始めた頃、アレスの娘と魔族を討伐しに行った先で、ダインは信じられないものを見た。


 圧倒的な才能。

 もしかすると、剣のみでアルスを倒しうるかもしれない存在。


 魔族の奴隷だった少年に夢を見たダインは、子も作らず、弟子も取らないと決めていた考えを覆し、自分が認めた才能へ、全てを託すことを決める。


 自分の全てを少年へ伝えたダインは、あとはゆっくり余生を過ごしつつ、死を迎えるのを待つのみだと思っていた。


 ……あの日、十二貴族たちが襲ってくるまでは。

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