終章

第229話 決戦前日

 私は悩んでいた。


 女神様の力によってこの世界に来てから、私は賢者と呼ばれる存在になった。

 私が乗り移る前の方の努力のおかげで、人間に使えるほとんど全ての魔法を使えた。


 それに加えて、称号という女神様に与えられた特別な力。

 私の称号である『時間管理者』は、大量の魔力と引き換えに、時を止めたり戻したりすることができる、反則的な力だ。


 子供のころに夢見たファンタジーの世界。

 そこで手にした、人間として最高レベルの力。


 ガリ勉。

 マジメ過ぎ。


 そう言われて面白みのなかった元の世界での私。


 そんな私は、私以上に勉強ができるのに、運動もできて、友達も多くて、性格も良くて、誰にでも優しく、みんなから慕われている、そんな完璧超人であるミホちゃんという子に憧れていた。


 元の世界では、憧れるだけで自分がそうなることは諦めていたが、異世界に来たことで、全てがリセットされたと思った私は、自分を変えることにした。

 ミホちゃんのような人間になろうと。


 魔王を殺すのが目的だと女神様は言っていたが、そんな大それたことに命を賭けるよりは、私は私の憧れる自分になりたかった。


 仮に魔王を倒して元の世界戻っても、待っているのはつまらない人生で、神様の力を借りてまで叶えたい願いも欲望もない。


 元の体の持ち主の人には悪いけど、新たに与えられた人生を、私は私の望むようにやり直そうと思っていた。


 ……でも、そうはいかなかった。


 私の人生は、私だけのものではなかった。

 運命は自分で切り開くものではなかった。


 神様の手にかかれば、人間の運命なんてゲームのようなもので、簡単に変えられる。

 自分のものだと思っていた人生に、簡単に介入される……






「賢者様。お客様がお越しです」


 私が王城の禁書庫で、魔術の研究をしていると、禁書庫の番をしている兵士がそう告げた。


「もう。様付けはいらないって言ってるのに。私にお客様なんて誰ですか?」


 私の問いに、兵士は少し緊張した面持ちで答える。


「十二貴族グライン様です」


 兵士の言葉を聞いた私は、顔を引き締める。


「……お通ししてください」


 兵士と入れ替わるように入って来たのは、眼鏡をかけた神経質そうな男性だった。


「要件は分かるな?」


 一言そう言った男性の言葉に、私は自分の表情が曇るのが分かる。


 魔王を倒すための協力の要請。


 それが彼の来た目的だ。


 元の世界では政治家の息子だった彼。

 その血筋の成せる技なのかは分からないが、こちらの世界に移ったクラスメイトたちをまとめ上げ、魔王を倒すためのリーダー的な存在になっていた。


「何度もお伝えしましたが、お断りします。魔王は同じクラスメイトのミホちゃん。自分のためにクラスメイトを殺すことなんてできません。……それに」


 私は、こちらの世界に来たクラスメイトたちの所業を思い返す。


 地位や力を利用し、好き放題に過ごす彼ら。


 こちらの世界の人たちから搾取し、凌辱する彼らと共に戦うことなんてできない。


「貴方たちみたいな、己の欲望のためだけに生きる最低な人たちと、一緒に戦いたくありません」


 彼らへの敵意を示す言葉。

 私なりの最大限の抵抗だった。


 だが、そんな私に対して、眼鏡の十二貴族グラインはいやらしい笑みを返す。


「クククッ。だが、お前のお友達のレイカは俺たちのもとへ来たぞ」


 グラインの言葉に、私は動揺する。


「レイカちゃんが?」


 レイカちゃんは、隠キャだった私の数少ない友達だ。

 敬虔なキリスト教徒だった彼女はこちらでは大神官となっていた。


 彼女が、非道を行うグラインたちの仲間になるとは思えない。


「ああ。俺たちの仲間にならなかったら、この国の罪なき民を一万人ほど殺すと言ったら、喜んで仲間になるとさ」


 私はグラインを睨みつける。


「……外道!」


 そんな私の言葉にも、グラインは笑う。


「なんとでも言え。お前はどうすれば言うことを聞く? 民を殺せばいいのか? それとも、お前の大事な友達を、称号の力で凌辱すると脅せばいいか? まあ、お前自身を犯してやるって手もあるが」


 私は奥歯を噛みして怒りを抑える。


 私には、力がない。

 人間としての最高峰の力と称号の力もあるが、それは相手も同じだ。

 そして相手は何十人もいる。


 私には、一人でこの男たちを全員倒してレイカちゃんを助け出し、この国の民たちをも守る力はない。


 結局、私はこの世界に来ても何も変われない。


 誰よりも優れ、誰にでも優しく、誰からも慕われる。

 そんなミホちゃんみたいな存在にはなれなかった。


 この最低な男たちの道具として、民を虐げる彼らに加担し、憧れの存在であるミホちゃんを殺す手伝いをするしかない。


「……約束して。レイカちゃんには、貴方も貴方の仲間たちにも指一本触れさせないで」


 私の言葉に、ニヤッと笑うグライン。


「もちろんだ。お前が俺の言うことに従えばな」


 ……そうして、私は悪に加担することとなった。






「まさか貴女がミホさんを殺すのに、加担するとは思いませんでしたわ」


 王都のはずれの砦で、風に当たりながら外を見ていた私に、レイカちゃんが話しかけて来た。


 ミホちゃんとの決戦の日まで、私とレイカちゃんは、王都周辺の警備に当てられることになった。

 彼らの非人道的な行為を目にしなくて済むのはありがたかったから、私はそれを受け入れた。


 ……結局、自分の眼が届かないだけで、誰かが苦しんでいるのは変わらないのに。


「レイカちゃんはレイカちゃんらしいよね。見ず知らずの民の命を守るために、メガネくんたちに味方するなんて」


 私の言葉に、表情を曇らせるレイカちゃん。


「でも、私は彼らの悪事を止められません。そして私は、人の命を天秤にかけ、多くを救うために、一人を殺します。もう私には、神に祈る資格はありません。……まあ、もともとこちらの世界の最低な女神には祈る価値もありませんが」


 俯くレイカちゃんに、私は声をかける。


「神様が見捨てても、私は知ってるよ。レイカちゃんが誰よりも優しくて、誰よりもみんなのことを思ってる人だって」


 私が憧れた人はミホちゃん以外にもう一人いる。

 それがレイカちゃんだ。


 神を信じるレイカちゃんは、正直クラスから若干浮いていた。

 だからこそ隠キャの私なんかと友達になった。


 自分のことより他人のこと。

 誰が見てなくても正しいことをしようとする。


 確かに、そんなレイカちゃんと一緒に過ごすのは少し息苦しいと感じることもあるのかもしれない。

 それでも、自分を貫くレイカちゃんは尊敬できるし、大好きだった。


「ありがとうございます。マナさんにそう言っていただけると少しだけ救われます」


 レイカちゃんが笑顔になったことで、私の方こそ少しだけ救われる。


「それでもやっぱり、メガネくんたちの蛮行は止めたいですし、ミホさんを殺したくはないですね」


 怒りを全面に出さないために、私とレイカちゃんは、グラインのことをあえて可愛らしくメガネくんと呼ぶことにしていた。


 それでも、彼らに対する怒りはなお治らない。

 ……自分たちの無力に対する怒りも。


「せめて、ミホちゃんを倒すことでの願いは、この世界に暮らす人々の幸せにしよう」


 私の言葉に、レイカちゃんは、控えめな笑顔を返す。


「そうですわね。私とマナさん、二人分の願いなら、少しはこの世界の人々の助けになると信じたいところです」


 そんな話をしていた私たちの元へ、砦の魔導師の一人が慌てて駆け寄ってくる。


「賢者様! 大神官様! 恐ろしい速度で王都へ迫ってくる巨大な魔力反応がございます!」


 その言葉を聞いた私とレイカちゃんは、二人で目を合わせて頷くと、その魔力が向かってくる方へ、急いで向かった。


 ……その相手がミホちゃんだったと知るのは数ヶ月先になる。





「よくやった、と言うべきなんだろうな」


 巨大なドラゴンとドラゴン以上に強大な魔族を数ヶ月足止めした私とレイカちゃんは、ハルちゃんの称号の力で、グラインのもとへ飛ばされた。


 そこは場所がどこかも分からない森の中だった。

 王城にいると思っていたグラインが、外にいることに驚いたが、それ以上に驚くことがあった。


 ハルちゃんから、私たちが足止めしていた相手が魔王であるミホちゃんであったことを知らされたのだ。


「これも女神様の計算のうちだろう。だが、お前たち二人の魔力がほとんど底をついたせいで、俺の計画は狂った」


 グラインはそう言うと、不機嫌さを隠そうともせずに、私とレイカちゃんの顔を交互に見る。


「魔力が枯渇して、称号の力を満足に使えないお前たちは足手纏いだ。魔王の餌にされても困るから、後方で控えていろ」


 話の見えない私とレイカちゃん。

 そんな私たちにハルちゃんが捕捉する。


「明日が魔王との決戦日よ。神国の軍も来るし、女神様までもが来る。私たちも総力を上げて魔王と戦う予定」


 魔王を足止めしている間にそんな事態になっていたことに驚く私とレイカちゃん。


「俺は明日の準備で忙しいからその二人については任せる」


 グラインはそう言うと、私たち三人を残してこの場を離れた。


「……ハルちゃん、本当に明日ミホちゃんを殺しちゃうの?」


 私の問いかけに、ハルちゃんは少しだけ止まった後、頷く。


「そうよ。しかも、ただ殺すだけじゃない。女神様が千年待たされたことに対しての鬱憤を晴らすために、満足いくまで痛めつけ、クラスのケダモノたちが、欲望のままに凌辱した後で残虐に殺すらしいわ」


 私はハルちゃんへ詰め寄る。


「ハルちゃんはそれでいいの? 同じクラスメイトなんだよ」


 ハルちゃんは表情を変えずに答える。


「よくないよ。でも、私にはどうすることもできない。逆らっても勝てないし、下手したら、ケダモノたちの性欲の捌け口が私になるだけかもしれない。私にできるのは、自分が役に立つと示し続けることで、自分の身を守り、魔王を倒したおこぼれで自分の願いを叶えることだけ」


 ハルちゃんが言うことは分かる。


 結局、私も自分の命を賭けてまで彼らを止めようとはしていない。

 人のことは全く言えないのだ。


「何万人もの兵士に、何十人もの称号持ち。そこに女神様まで来たら、私に何ができるっていうの? それとも、貴女なら何かできるっていうの?」


 ハルちゃんの言葉に、私は何も言い返せない。


「グライン様と聖女様の間で、明日のことは綿密に計画されている。あらゆる事態に備えて、明日魔王を殺す準備が整えられている。例え何が起きても、魔王が死ぬのは揺るぎない」


 ハルちゃんはそう言うと、私たち二人を連れて、『旅行者』の称号の力を使った。


 着いた先は、いくつかのテントが並んだ辺鄙なところだった。


「貴女たちはそこで待機してて。きっと何をするまでもなく、戦いは終わるから。元クラスメイトが、痛ぶられ、凌辱され、ボロボロになって殺されるのを見たくなかったら、ここにずっといることね」


 ハルちゃんはそれだけ言い残すと、再び称号の力で、この場から消えた。


 ハルちゃんが言う通り、戦力はこちらが圧倒的で、グラインがずっと前からこの日の計画を立てていたことも知っている。


 彼から信用されていない私が知っているのは断片的な計画のみだ。


 西の神国の聖女と手を組んだことは知っている。


 何百年もの時を生きていると言われている得体の知れない存在。

 魔族だけでなく、全ての亜人の排除をうたう過激な信仰を持つ宗教の長である彼女がまともであるはずがない。


 そして、何十人もの称号持ち。


 私が知っているのは、『旅行者』のハルちゃんと『聖職者』のレイカちゃん。

 人の運命を操作し未来も見通す『占星術士』に、人を強制的に操る『傀儡士』も聞いたことがある。

 あとは、能力に任せてこちらの世界の女性たちを玩具にしている、『魔女狩り』のキモデブや、『催眠術士』と『貴公子』のような人間のクズたち。


 グラインは絶対に自分の称号は明かさないし、他の多くの元クラスメイトたちも自分の称号を隠していた。

 そして、作戦の詳細も教えてもらえていない。


 ただ、こちらが負けるようなことはないだろう。

 称号の力というのはそれだけ強力だ。


 それでも願わずにはいられない。


 私が憧れた素晴らしい女性の最後が、無惨なものにならないことを。

 願わくば、どこからか救世主が現れて、ミホちゃんを救ってくれることを。

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