第227話 逆襲の奴隷⑨

 剣聖は怒りを隠そうともせずに告げる。


「こいつら魔族が俺たち王国の人間にどんな仕打ちをしたかは知ってるよな? そんな魔族を倒すどころか、一緒に手を組んで魔王を助けにいくなんて、冗談にも程がある」


 剣聖の言葉はもっともだ。


 王国での魔族の仕打ちは知っている。

 俺も目の前で、二人の何の罪もない人間が魔族に食べられる現場を目撃した。

 その時は憤り、その魔族たちをすぐさま殺そうとした。


 だから剣聖に対して、説得力ある言葉を返すことなんてできない。


 俺は見ず知らずの数え切れない王国民より、たった一人、千年己を愛してくれた人の命を優先した。


 剣聖やダイン師匠、それにこの場にいる大勢の王国騎士や魔導士たち。


 彼らからしてみれば、スサとその配下は倒すべき敵であり、それに与する俺たちも、彼らの敵に違いない。


 彼らとは戦いたくない。

 彼らは国と民のために命を賭けられる素晴らしい人間たちだ。


 ……でも、俺の中の優先順位では、ミホの方が上に来る。


 もし彼らが俺たちを行かせてくれないなら、俺は彼らと戦うしかない。

 俺に直接剣を向けなくても、貴重な戦力であるスサやその配下へ剣を向けるというのなら、俺はスサたちを守るため、剣を抜かなければならない。


 俺が自分の中で覚悟を決めている中で、先に口を開いたのは、またもや意外な人物であるスサだった。


「お前たち何を言っている? 私たちがこの国のニンゲンたちにした仕打ち? 私たちはちゃんと約定に従って行動している」


 スサの言葉に対し、その場にいる人間たちは一部は憤り、一部は首を傾げた。


「私たちにとってニンゲンは貴重な食糧だ。無闇矢鱈と食えば、すぐにニンゲンはいなくなり、結局は食糧不足で魔族も滅ぶ。だから、ニンゲンを食すために、我々魔族は厳格なルールを自らに課している」


 スサの言葉に、魔族たちはうんうんと頷く。


「平時においては、ある限定的な場所のみにニンゲンを狩って良い場所を規定し、そこに入ってきた人間しか狩らない。それ以外は、然るべき対価を払い、ニンゲンたち自らが売ってきた人間と、我々魔族に剣を向けてきた人間しか食わない」


 そう断言するスサ。


「今は王選を控えた時期ではあるが、それでも、この国を治める治世者たちとの約束を超えた量は食べていない。もちろん、ルールに従わない魔族がいるのは知っているが、それはニンゲン社会における犯罪者と同じく、法の下に裁きを与えている。全部を捕捉できていない事実があるのは否定できないし、恥ずべきことだが、ニンゲンも全ての犯罪者を捌き切れていないであろう?」


 スサはさらに言葉を続ける。


「今現在私の支配下にあるこの国でも、私は配下へルールを守らせている。テラ兄との王選に備えて力を蓄える必要があったから、期間限定で通常より多くの人間を必要としたのは間違いない。だから、囚人や死期が近い者等を集めるようこの国の治世者たちへ指示しようとしたが、それに対し、人間の数の管理は任せればいいからとルールを提示してきたのは、十二貴族とかいう者どもだ」


 この場にいる人間たちは一同黙ってスサの言葉を聞く。


「週に一度一人なら好きにニンゲンを食べていいと言ってきたのはその十二貴族とかいう奴らだ。私たちも無闇にニンゲンを食べるつもりはないが、約定の下、ニンゲンたちが自ら申し出たことを、否定してやる義理はない。それでもなお、我らを許せないというのなら、剣を抜け。私たちも、約束を守ったにもかかわらず恨まれる謂れはない。今ここで返り討ちにして食ってやる」


 スサの言葉にどう対応していいか困っている様子の人間たち。

 そこへレナが口を開く。


「私も母を魔族に殺され、父もこの間このスサの前で殺された。魔族を恨む気持ちがないと言えば嘘になる。でも、魔族全てが悪ではないのも間違いない。スサが言う通り、スサはルールを守っているのだとすると、最も悪いのは本当に魔族なのだろうか?」


 レナの言葉に、その場にいる人間たちの目に火が灯る。


「確かに、被食者と捕食者である以上、完全に魔族と相いれることはないかもしれない。でも、今すぐに殺すべきは、魔族という存在そのものなのだろうか?」


 レナは、俺の知らない力強い背中で言葉を続ける。


「ルールを守らず無制限に人を狩る魔族は、悪だ。これは魔族のルールに照らすまでもなく殺す。だが、それと同等に憎むべき者たちがいる」


 レナはよく響く声でそう言いながら、王城を剣で指す。


「王国の民を売り、勝手に作ったルールで必要以上に国民を殺し、その責任を全て魔族に押し付け、のうのうと生きている者たちだ。父を陥れ、国民を絶望の底に落とし、自らの欲望のみを叶えようとする、十人の十二貴族とその仲間たち。それらこそが、元凶であると私は考える」


 レナは剣聖を含む王国と戦士たちへ、剣を向ける。


「魔族とはいずれ何らかの決着をつけなければならないかもしれない。だが、今は共通の敵を持ち、共闘可能だと私は考える。敵の敵は味方とまでは言わない。だが、全ての元凶である十二貴族たちを討つのに、貴重な戦力であるのは間違いない。国を陥れた元凶より、それでも魔族の方が憎いという者もいるだろう。だが、真に国を想うなら、まず先に排除すべきものから排除しなくてはならないのではないか?」


 レナの言葉で、剣聖たちの気持ちが変わっていくのが分かる。


 しばらく見ない間に、レナは間違いなく成長していた。

 その力だけでなく、人としての器が王の気質を纏っていた。

 父親であるアレスですら見抜けなかった資質が花開こうとしていた。


「みんなに魔族と一緒に戦って欲しいとは言わない。でも、私たちがこの国を売った売国奴たちを倒しに行くことの邪魔はしないで欲しい。どうしても魔族が許せないというのなら、売国奴たちを倒した後、勝手に戦ってくれればいい」


 レナの言葉に反論する者はいなかった。


 そんな中、剣聖が声を上げる。


「お前の主張は分かった。だが、全てを信用できるほど、お前のことも魔族のことも俺は知らない。だから、条件を出す。……俺も連れて行け」


 剣聖の言葉を聞いたダイン師匠も頷く。


「私も連れて行ってもらいたい。アレス様を殺した元凶を生かしておくわけにはいかない」


 二人の言葉に、俺は迷う。


 二人とも人間として最高峰の力と技を持っている人物だ。


 でも、これから先の相手は、そんな二人をもってしても、格上と言わざるを得ない相手だ。


 少なくとも将軍並みの力を持つ者しか連れていかないと考えていた俺にとって、二人は力不足というしかなかった。


 そんな俺の心を読んだかのように、ダイン師匠が俺に笑顔を向ける。


「私たちの力不足が心配かな? 確かに今の私の実力は、間違いなくエディ殿の足元にも及ばない。それでも、私にも意地がある。あの十二貴族たちに襲われた日から、私も何もしていなかっだけではない。連れて行けないというのなら、無理矢理にでもついて行くしかない」


 ダイン師匠はそう言うと、腰にした刀に手をかける。


 そこまで覚悟してくれた師に、力不足だから置いていくなどと言う程、俺は恩知らずでも、身の程知らずでもない。


「分かりました。相手はあまりにも強力なため、俺たちも含めて、全員が無事でいられる可能性は低いです。それでも来てくださるお二人の意思は尊重させていただきます。ぜひ一緒に戦わせてください」


 俺の言葉を聞いた剣聖が笑う。


「ああ。この爺さんが言った通り、ダメだと言われても無理矢理にでもついてくがな。ただまあ、強くなるとは思ってたが、まさか一ヶ月でここまでとは。さすがにちょっと驚きだ」


 剣聖の言葉に、俺は俯く。


「俺の今の力はズルです。そこにいる龍の血を飲んで得た力です。自分の努力で得たものではありません」


 そんな俺の言葉を聞き、人の姿となって布を身に纏ったリカが、顔を顰める。


「旦那様。それは聞き捨てならぬ。我が血の力を得るのには、百に一つの確率に命を賭ける覚悟と、血に耐えられる体と心。それに、我が血を与えてもいいと思える人物であることが必須である。確かに旦那様には、我が血の力を模した魔術を使えるという有利な点があったが、その魔術を使える旦那様が、森に隠遁していたはずの我とたまたま出会うなど、もはや運を通り越した運命だ。運命によって得た力をズルなどと言っては、あの女神もどきではない本物の神も臍を曲げてしまうのである」


 俺はリカに対し、素直に謝る。


「そうだな、リカ。ありがとう。リカに選ばれたことを誇りに思うよ」


 俺の言葉を聞いたリカは胸を張る。


「そうである。我は、価値も魅力もない男に、何千年も守り続けた純潔を捧げたりしないのである!」


 その言葉を聞いた全員の目が俺に寄せられる。


「いや、純潔を捧げたっていっても、みんなが思うような感じじゃなくて……」


 言い訳しようとした俺の背中を、剣聖が力強く叩く。


「よっ、色男! そんなガキの時分からやるじゃねぇか。英雄色を好むとはいうが、まだ毛も生え揃ってるから怪しいってのに、英雄はガキの頃から英雄なんだな」


 ニヤニヤ笑う剣聖へ違うと言っても、めんどくさい事にしかならなそうなので、俺は弁解するのを諦めた。


「時間がないので今後の方針を話したい」


 突然話を変えた俺に文句が出るかと思ったが、みな表情を切り替えて、真剣な目で俺を見る。


「敵は俺たちが攻めてくることを想定していない。明日、ミホ……魔王を罠に嵌めるつもりでいて、今は間違いなく油断している。俺たちはその隙を突く」


 俺はそう言って周りを見渡す。


「みんな戦って消耗しているようだから、今日一晩休んで、明日、こちらから攻撃を仕掛ける。俺たちが敵の罠に気付いていることは知られたくないから、魔王は連れないで行く」


 俺の言葉に、カレンが質問する。


「敵は魔王様より強いんだろ? 弱気なことを言うつもりはないが、魔王様を連れずに行って勝てるのか?」


 もっともな質問に俺は答える。


「敵が魔王を超える力を出すためには条件がある。目標は敵がその力を出す前に倒すこと。それができない場合は、出来るだけ敵の主力を減らすのが次善の策だ。主力さえ削っておけば、多少力が上の相手でも、魔王が簡単に負けることはないと考えている」


 俺はリカへ告げる。


「だから、リカは戦闘が始まったらミホを呼びに行ってほしい。リカがミホを連れて戻るまでに、女神もどきを宿すことになる女を倒せたらよし。もし倒せていなければ、万全な状態のミホとリカの二人にも手伝ってもらって、女神もどきを倒そう。それまでに、俺たちで敵の主力は潰せるだけ潰しておく」


 俺の言葉を聞いたリカが頷く。


「心得た!」


 リカの返事に対し頷いた俺は、リカ以外のみんなの方を向く。


「戦いの場は、王国と西の神国の間にある平原。敵が、魔王へ罠を仕掛けるのが夕食どきだから、夕方前には準備を整えるはず。朝ここを出発すれば、昼過ぎには着くはずだがら、敵の準備が整う前に仕掛ける」


 そう言った後、俺はこの場にいる人たちの顔を見渡す。


「敵は強大だ。半端な実力で行っても死ぬだけだ。だから全員来てくれとは言わない。命を賭ける覚悟と、四魔貴族並の強さの敵と戦っても生き残れる可能性があるだけの実力を持った者だけ一緒に来て欲しい。ついて来てくれる者は、明日に備えて今日はゆっくり休んでくれ」


 頷くみんなの顔を見た後、俺は最後に言葉をかける。


「魔王を助けることと、この国にこんな惨状をもたらした元凶を倒すこと。目的は違うが、明日だけは皆手を取り合って戦って欲しい。明後日には敵同士となり、互いに相容れない者だとしても、明日だけは、互いに命を預けあう関係であって欲しい」


 自分自身、スサに対して思うところがないわけではない。


 だが、互いにわだかまりを持ったまま戦えるほど、女神もどきや十二貴族たちは、甘い敵ではない。


 全員から反論がないことを確認した後、俺は告げる。


「決戦は明日! 各々最善を尽くして戦おう!」


 こうして、謀らずもこの世界の命運を決める戦いの準備が整った。

 あとは、万全を尽くすのみだ。

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