第221話 逆襲の奴隷③
「……ふざけるな」
俺は二人の女を睨みつける。
「俺にミホを殺せだって? 死んでも断る。今すぐ俺をあの女神もどきの元へ連れて行け。刺し違えてでもミホを救ってみせる」
俺の言葉に、首を横に振る二人。
「できません。女神様だけでなく、称号持ちが何人もいるので絶対に無理です。それに、もしそんなことをされたら、貴女を連れて行った私たちまで殺されますから」
称号。
おそらくこの二人が空間を転移してきたのも、その力によるものだろう。
魔法を超える恐るべき力。
確かにそれは厄介だ。
自らの命惜しさに、拒む気持ちも分からなくはない。
ただのクラスメート相手に、命を賭けられるような人間は、むしろ異常なのかもしれない。
それでも俺は諦められない。
千年己を愛してくれた人が、苦痛の末、凌辱され、残酷に殺されるのを黙って見過ごすことなんてできない。
「リカ。それなら元の予定通り、リカと俺で助けに行くまでだ。勝ち目は薄いが、来てくれるな、リカ?」
俺の言葉に、笑顔で頷くリカ。
「もちろんである」
そんな俺を見て、しばらく黙る二人。
先に口を開いたのは、黒いローブの女性だった。
「今からその龍に連れられて行っても、着く頃に待っているのは、痛ぶられ、凌辱され、ボロボロになったミホちゃんです。ミホちゃんも、そんな姿を貴女に見られたくないでしょう」
この女性の言うことは分かる。
それでも俺は頷けない。
「どんな姿になったミホでも、俺は助け出す。ミホが傷ついていたとしても、一生かけて、俺がその傷を少しでも癒してやる」
俺の言葉を聞き、再びしばらく黙る黒いローブの女性。
「……そこまで覚悟があるなら、一つだけ提案があります」
そう告げる黒いローブの女性。
そんな女性を見て、旅人風のマントを羽織った女性が慌てて止める。
「マナちゃん、それはダメ! 魔王を倒さないと、私たちの願いも叶えられないし、元の世界に戻れないのよ」
なぜ焦って黒いローブの女性の言葉を止めようとしたのかは分からない。
だが、これだけ焦るからには、何かあるのだろう。
「それでも私は無理。ミホちゃんは私の憧れだった。やっぱりあの子を見殺しになんてできないよ。苦しませるよりは死んだ方がマシだと思ったけど、殺さずに済むなら絶対にそっちの方がいい。ミホちゃんを犠牲にして願いを叶えてもらっても。私たちだけ無事に元の世界に戻っても。私は笑って生きてはいけない」
マナと呼ばれた女性は、フードを取って美しい黒髪を晒す。
「私の称号は、『時間管理者』です。大量の魔力と引き換えに、時を止めたり、時を巻き戻すことができます」
強力過ぎる能力に、俺は言葉が出ない。
マナが言っていることが本当だとすると、ではあるが。
「ただ、初めてミホちゃんと会った時に、貯めていた魔力のほとんどを失いました」
マナの言葉を聞き、リカが思い出したように、マナを指さす。
「あっ。この女は、魔王様と我を捕らえた奴である。旦那様。この女の力は本物なのである」
思わぬ証人の言葉に、内心驚きつつも、マナの能力が本物である前提で話を聞く。
「それで? どういった提案だ?」
俺の質問に、マナが答える。
「貴方たち二人の記憶と状態を維持したまま、一日だけなら時を巻き戻せます。その一日で、どうにかしてください」
マナの言葉に、マントを羽織った女性が頭を抱える。
「マナちゃん。そんなことしたら、この子は私たちの仲間たちを殺すかもしれないのよ。ミホちゃんを助ける代わりに他の人たちが殺されたら、マナちゃんが殺したようなものよ」
マントを羽織った女性の言葉に、マナは頷く。
「その通りだと思うよ。でも、自分の欲望のために他人を犠牲にしている以上、あの人たちも、殺される覚悟はあって然るべきだよ。ハルちゃんだって見てたでしょ? あの人たちが自分たちの欲望のためにこの世界で何をしてきたかを」
マナの言葉に、ハルと呼ばれたマントを羽織った女性は下を向く。
「私も自分が正しいかどうかは分からない。でも、もう嫌なの。罪もない人たちが犯されたり殺されたりするのを見るのは、もう無理なの。今度はその相手が、クラスメートなんだよ? 元の世界なら、悪いのはどっちか決まってるでしょ?」
マナの言葉に、ハルは答えられない。
「この子と話して、私は自分の気持ちにちゃんと気付けた。同じ女として。同じクラスメートとして。私はミホちゃんが痛めつけられ、凌辱されて。残酷に殺されるのを黙って見過ごせない。自分には戦う力はほとんどないけど、それでも自分にできることはやりたい」
マナは、そう言うと俺の方を向く。
「今までなんの行動も起こせなかった私を許して欲しいとは言いません。今更だと思われる気持ちも分かります。それでも、ミホちゃんを助けたいと思う気持ちを信じていただけないでしょうか?」
俺はマナの黒い瞳をじっと見つめる。
ミホ以外のクラスの女子と、ほとんど会話したことのない俺は、この子のことをほとんど知らない。
そんな中、今のやり取りだけで、信用できる程、人間関係にはなれていなかった。
黙る俺に、マナは、歯で指を切ると、額に紋様を描き、俺の手を握る。
額を光らせながら、マナが口を開く。
「奴隷契約の魔法です。これで私は貴方の命令に逆らえません。貴方たちが過去に戻ってしまえば、この契約は解かれてしまいますが、今、私を信用してもらう手段としては有効だと思っています」
マナの言葉に、俺は頷く。
「分かった。信用する。でも……」
俺は頭をかきながら言葉を続ける。
「もう少し慎重に行動した方がいいんじゃないか? 俺が実はどうしようもないやつで、この契約を逆手に、例えばその……変なことをしようとか考えたらどうするんだ?」
俺の問いかけに、マナは初めて笑顔を見せる。
「あんなに綺麗なミホちゃんの求愛を断って別の女性への愛を一途に貫く貴方が、そんなことするわけないですよね」
マナの言葉に、俺は反論ができない。
「それに、私は貴方がすずちゃんを助けてくれたのを知っています。元の世界でも、こちらの世界でも。何もできない私と違って、貴方は自分の正義を貫いているのを知っています。そんな貴方だからこそ、お願いするのです」
マナはそう言うと、俺の手を握った。
「この期に及んで自分の命が惜しい私にできるのは、こんなことだけです。女神様や他のクラスメートたちに面と向かって歯向かうことなんてできません。でも、貴方なら何とかできるかもしれないと、そう思います」
マナの言葉に、俺は返すことができない。
俺はそんなに大層な人間ではない。
決意もすぐに揺らぐし、リン先生も結局は殺してしまった。
そんな俺の手を握るマナの手が強くなる。
「虫がいいのは分かってます。私も命を賭けるべきだというのも分かってます。でも、私にはそれができない。今日の聖戦では出番がありませんでしたが、知らなかったとはいえ、貴方に会いに来たミホちゃんを、私は何ヶ月も足止めしました。償いになるとは思いません。それでも、殺されるが怖くて何もできない私の代わりに、ミホちゃんを助けてください」
全ての人間が、他人のために簡単に命を賭けられないのは分かっている。
特に、平和で命のやりとりなどほとんどない元の世界の人間はそうだ。
だから、マナを責めるつもりはない。
むしろ、ここまで協力してくれたことに、心から感謝したい。
俺は自分が優れた人間だとも、正義だとも思わない。
それでも、こんな俺に期待をかけてくれる人がいるなら、応えてあげたい。
それが、一度も母さん以外の誰かが期待をかけてくれることなどなかった元の世界の人間だというのなら尚更だ。
「初めからそのつもりだ。誰の助けがなくても、俺は助けに行くつもりだった。そこに君が、手助けしてくれるんだ。ミホのことは命に代えても絶対に助け出してみせる」
自分に言い聞かせらようにそう答える俺の言葉を聞いて、再び笑顔を浮かべるマナの頬を一筋の涙が流れる。
そんな彼女の頬を指で拭うと、マナが顔を真っ赤にして声を上げた。
「だ、ダメですよ! そんなことしちゃ。誰彼構わずそんなことすると、勘違いする子がいっぱい出てきちゃいます!」
マナの言葉に、俺は反省する。
こちらの世界に来てから感覚が狂っていたが、確かに、元の世界で、こんなことを気軽にやっている男はおかしいかもしれない。
反省を口にしようとする俺を遮るように、マナが口を開く。
「とにかく、過去に戻ってミホちゃんを助けてください。その前に一つ、助けになるかもしれないことをお伝えします。四魔貴族やその配下の有力な魔族たちを始めとするミホちゃんを殺すのに邪魔になりそうな人たちは、称号の力による運命操作で、貴方がいた人間の王国へ集結させられています。その方々の力を得られれば、ミホちゃんを助けやすくなるかもしれません」
マナからの貴重な情報に、俺は再びマナの手を、今度は両手で包むように握り、真っ直ぐに目を見て御礼を述べる。
「ありがとう! その情報だけで十分役に立つ。君がいてくれて、本当によかった!」
俺の言葉を聞いたマナは、なぜかまた顔を赤らめて目を逸らす。
「だから、ダメだって言ってるのに……」
だんだんと小さくなる声でそう言いながら、気を取り直したように、俺とリカを見る。
「それでは、二人を一日前に送ります。二人が未来から来ていることは、過去の私も含めて、女神様サイドにはバレないようにしてください」
俺とリカは揃って頷く。
「一日前の私は、この出来事を知りません。だから、お二人に協力できるかは分かりません。でも、女神様の行動に疑問を持っていて、クラスメートたちの行動を快く思っていないのは間違いないので、最悪の時はうまく使ってください」
俺とリカが再度頷くと、マナも頷いて、魔力を練り始める。
「それでは過去に戻します。一日前のお二人と入れ替わりになりますので、不自然にならないよう気を付けてください」
マナがそう言うと、俺とリカの体が光に包まれる。
「さようなら、お二人とも。お二人の成功を祈っております」
そして、俺とリカは光に飲み込まれた。
意識を取り戻した俺の唇に触れる、柔らかくて甘い感触。
俺はその感触を知っていた。
「えへへ。これが私のファーストキス。千年以上もかかっちゃった」
今まで俺が見たことのある中で最高の笑顔。
それが再び目の前にあった。
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