第214話 大賢者⑧
私が絶体絶命の危機を救われたことは、過去二回ある。
その二回は、いずれもエディさんが助けてくれた。
……そして。
三回目は今。
助けに来てくれたのは、そのエディさんとの恋愛を争うライバルだった。
目の前に立つその相手は、私の大好きな人が惚れてしまうのも仕方ないと思ってしまうほど、強く美しい姿をしていた。
この世界で最も強く、この世界で最も美しいはずの、ミホちゃんの姿と重なるほどに。
久しぶりに会ったカレンさんは、大人の女性の姿になっていた。
この姿になるためにどれだけの人間を食べたのだろうか。
人間を食べることに抵抗を覚えていた彼女が、人間を口にしたのはきっと、エディさんのためだろう。
私もエディさんのために、数多くの人をこの手にかけた。
彼女を非難する資格はない。
今はただ、強力な援軍の到着に感謝するのみ。
後ろに控える元の世界のミホちゃんにそっくりな女性の存在も、今は置いておくことにする。
「カレンさん。助けに来ていただいている中で申し訳ありませんが、私のことよりあちらのレナさんを助けていただけませんか? 私は一人でもなんとかなりますが、レナさんは一人で将軍二人を相手にしています。そう長く持つとは思えません」
私の言葉を聞いたカレンさんは、忌々しそうな顔をしながら答える。
「俺としてはあのクソガキは死んでもらっても構わないんだが、一応別のやつらが助けに行っている。リンほどじゃないだろうが、人間にしてはそれなりに使える。すぐにやられはしないだろう」
そう言って視線を向けた先には、細剣を手にした細身の女性と、大剣を手にした大柄な男性がいた。
「それじゃあまず、こいつから片付けようか。こいつも将軍みたいだが、俺の後ろにいる雪女もテラのところの将軍だ。リンと俺と雪女。三人がかりなら余裕で勝てるだろ」
カレンさんの言葉に、クラムの顔から余裕が消える。
私一人でも互角に戦える相手に、将軍と将軍に匹敵する強さを持った魔族が手を貸してくれれば、こちらが負ける未来は見えない。
……そう思った時だった。
「羽虫が次から次にワラワラと……。クラム、下がれ。この身の程知らずどもには、私が直接手を下す。お前はアルスの娘でも相手にしてろ」
いつの間にか四魔貴族スサの姿がクラムの横にあった。
気配すら感じさせずに現れた四魔貴族に、私たち三人は揃って身構える。
「……畏まりました」
即答したクラムが急ぎでその場を離れると、仁王立ちしたスサだけが私たちの前に残った。
目の前に立つスサは静かに見えた。
ただ、その静かさが、まさに嵐の前の静けさだということは、この場にいる全員が分かっていた。
スサは、私ではなく、私の横に立つ二人の魔族に視線を向けながら口を開く。
「お前はテラ兄の配下の将軍だな? 王選を前にこの場に来るとは、テラ兄は了承してるのか?」
スサの問いかけに、ミホちゃんによく似た女性が答える。
「王選は開催されないわ。ここで私が貴女を倒すから。貴女を倒して私が四魔貴族になり、テラ様が魔王となる」
ミホちゃんによく似た女性の言葉を聞いたスサは露骨に顔を顰める。
「身の程知らずが。その程度の魔力でどうにかできる程、四魔貴族の壁は低くないことを教えてやる。だが、その前に……」
そう言ったスサの魔力が急激に高まる。
そしてその視線は、私たちを取り囲むように立っているノーマンが連れてきた人間たちに向けられた。
「ニンゲンだけなら遊んでやろうと思っていたが、魔族が絡んでくるなら話は別だ。まずは邪魔な羽虫を減らしてやる」
スサの右手に、今にも弾けそうなほど膨大な魔力が宿っている。
正直、戦力にはならないが、命をかけてこの場に来てくれた人間たちを、無駄に死なせるのは偲びない。
でも、今まさに放たれようとしているスサの魔法を止める手段が私にはなかった。
彼らには申し訳ないが、その命を諦めようとしたその時だった。
……彼方で魔力の爆発が起き、上空から迫る流星のような煌めきが目に入ったのは。
ミサイルのように飛んでくる煌めく流星は、魔法を放つ寸前のスサを捉える。
「ちっ」
舌打ちをしたスサは、攻撃に用いようとしていた魔力を、そのまま防御にまわす。
ーードンッ!ーー
まるで隕石が落ちてきたかのような衝撃を伴って、流星はスサの右手にぶつかる。
ビリビリと空気を震わせるような衝撃波を撒き散らした後、流星は、後ろ向きにくるりと回転しながら、私たちの横へ降り立つ。
「うーん……。全くの無傷というのは少しへこみますね……」
呟く少女は、真っ白い肌に長い耳を携えた獣人。
エディさんがこちらの世界で私を助けてくれた時、隣にいた少女。
少女は私の方へ視線を向ける。
「お久しぶりです、リンさん」
四魔貴族を前に笑顔でそう挨拶する少女は、アレスさんが死んで私たちと別れた時より、間違いなく成長していた。
「ところで、エディ様はどちらですか? スサに食べられたっていうわけじゃないですよね?」
獣人の少女ヒナさんの言葉に、私は返事を迷う。
「俺もそれを聞きたかった。エディの性格なら、リンへ四魔貴族を押し付けて逃げるなんてことはないだろうし」
カレンさんも同様に、疑問の声を私へぶつけた。
隠しておけることでもないので、私は正直に答える。
「エディさんは、魔王に連れ去られました。魔王は力づくてエディさんを自分のものにするつもりです。私も何とか命を賭けて止めようとしたのですが、力及ばずで……。本当に申し訳ございません」
私の言葉に、カレンさんは怒ったり諦めたりするどころか、声をあげて笑う。
「魔王様か。千年純潔を貫いた魔王様がエディを自分のものにしたいとは。俺の見る目は間違いなかったってことだな」
私の言葉を聞いたにもかかわらず、そう言えるカレンさんに、私は驚く。
「カレンさんはエディさんのことを愛しているんですよね? そして、魔王の力もよく知っている。それなのに、なぜ笑えるんですか?」
私の問いに、カレンさんはさも当然のような答える。
「エディは最高の男だ。最高の男のパートナーになるには、最高の女にならなければならない。最高の女とは、私が知る限り、最も強く美しい魔王様に他ならない。ただ、それなら俺も、魔王様を超える女になるだけだ」
カレンさんの言葉に、私は空いた口が塞がらない。
魔王を超える?
あの恐怖と力の象徴のような異次元の存在を?
「俺は、それがどれだけ難しいことかはよく分かっているつもりだ。でも、それを理由に諦められるほど、俺のエディへの気持ちは軽くない。エディは俺の全て。エディと一緒にいるためなら、俺は俺の限界を超えなければならない」
カレンさんはそう言うと、目の前にいるスサへ視線を向ける。
「そのために、まずは四魔貴族を倒す。それができなきゃ魔王様どころじゃないからな」
なんて前向きな女性なんだろう。
表面的な強さではない、心の強さ。
エディさんが惚れてしまうのもよく分かる。
でも、私だって負けるわけにはいかない。
「そうですね。まずは倒しましょう、四魔貴族を」
私の言葉に、カレンさんは満足そうな顔を見せる。
ヒナさんも頷いていた。
「不意打ちを避けるために、将軍たちの配下の魔族を排除したいのですが、どなたかそちらへ行ってもらえますか?」
私の依頼に、カレンさんとヒナさんが揃って首を横に振る。
「あっちの方にも手を打ってある。まあ、実戦不足のあの二人には荷が重いかもしれないが、なんとかなるだろ」
「私の仲間も向かってきています。あの人たちに任せておけば、きっと大丈夫です」
カレンさんとヒナさんが、揃ってそう言った。
「それじゃあ私たちは、スサを倒すのに専念しましょう」
私はそう言って、カレンさん、ヒナさん、そしてミホちゃんによく似た女性を順に、称号の力で見る。
カレンさんの魔力量は師団長と将軍の間くらい。
ヒナさんは旅団長と師団長の間くらい。
どちらも戦力としては十分だ。
そして、ミホちゃんによく似た女性。
魔力量は当然将軍並だが、気になったのは、彼女の出身。
やはりと言うべきかもしれないが、出身地は異世界となっていた。
私は彼女へ呼びかける。
「将軍さん」
私の呼びかけにミホちゃんによく似た女性は答える。
「リッカよ」
そう答えるリッカさんへ私は尋ねる。
「リッカさん。貴女はミホちゃんを知っていますね」
私の言葉に、リッカさんは目を見開く。
「……そう。貴女も同じなのね。でも、話は後。まずはスサを倒しましょう」
リッカさんの言葉に私は頷く。
「そうですね」
私は頼もしい女性たちの顔を順に見る。
「スサは風の魔法に加えて、水の魔法も使えます。気をつけてください」
私の言葉に頷く三人。
先頭に立つのはカレンさん。
燃えるような瞳は力強く、私たちに力を与えてくれる。
その斜め後ろに立つのはヒナさん。
その細い体には似つかわしくない、強い想いが満ちているのが伝わってくる。
最後に私の横に立つリッカさん。
将軍に相応しい魔力を持つ彼女は、恐らく私と同じ世界から来た転生者で、聞きたいことは山ほどあるが、今はスサを倒すという共通の目的を持った心強い味方だ。
目の前に立つスサは相変わらず膨大な魔力を振り撒き、強大な存在であるのは間違いない。
でも、共に立つ三人のおかげで、不思議と恐怖は感じなかった。
「前にいるウサギさんと貴女。貴女たちの実力が分からないんだけど、四魔貴族に喧嘩を売ろうと思うくらいには強いと思っていいのかしら?」
隣に立つリッカさんがそう尋ねる。
「ヒナさんの実力は正直よく分かりません。ただ、先程の一撃を見る限り、それなりに戦えるんだと思います。もう少しだけ見れば、実力は把握できると思います。私に関しては、先程この場を離れた将軍クラムと同じくらいだと思ってください」
私の言葉に、リッカさんが苦笑する。
「筆頭将軍と同じくらい? 史上最強の人間アレスと同じくらい強いってことよ?」
リッカさんの言葉に、私も苦笑する。
「確かにそうなりますね。でも、近接戦闘は無理ですが、中長距離に徹すれば、アレス様とも五分以上に戦えると思います」
私の言葉に、リッカさんは真顔で頷く。
「それならその前提で戦うわ。もう少し貴女のことを知りたいところだけど、そんな時間はないみたい」
リッカさんの言葉に、視線を前へ向けると、スサが魔力の満ちた右手をこちらへ向けているところだった。
「来るぞ!」
カレンさんが叫ぶと同時に、スサの手から魔法が放たれた。
襲い来るのは、クラムのものと同じ、レーザービームのように放たれた高圧の水。
クラムと違うのは、それが一本ではなく、何十本も放たれたこと。
回避は困難。
受ければ魔力の消費が激しい厄介な攻撃。
私一人であれば対処に困るこの攻撃も、今は大丈夫。
『六花(りっか)』
リッカさんが自分の名前を冠する呪文を呟くと、先頭に立つカレンさんとヒナさんの前に巨大で分厚い氷の花が咲いた。
ーードドドドッーー
マシンガンのように突き刺さるスサの攻撃。
でも、一発として、リッカさんの氷の花を貫けない。
込められた魔力量はスサの魔法の方が間違いなく多いはずなのに、完全にシャットアウトするリッカさんに私は驚く。
「水が厚い氷を通る間に冷気で凍らせただけよ。水以外の魔法ならこうはいかないわ。風の魔法相手なら防げないから、余計なことは考えずに貴女も備えなさい」
リッカさんが話し終わらないうちに、スサが両手を振る。
巧妙に魔力を隠した見えない風の刃。
私のような特殊な目がなければ、初見で回避は難しい。
私はスサが放った不可視の風の刃へ、同じく風の魔法をぶつける。
『窮奇!』
私の両手から放たれた二つの風の牙が、スサの風の刃にぶつかる。
無造作に放たれただけのスサの攻撃に、私の放った上級魔法は簡単に押し負けるが、初めから押し勝つのが目的ではない。
同じ風の魔法でも、私の魔法は魔力によってその軌道が見える。
私の魔法とぶつかったことで、スサの魔法の位置がカレンさんとヒナさんに伝わった。
ーーヒュンッ、ヒュンッーー
襲い来る風の刃を、カレンさんとヒナさんは難なく躱す。
まだ、スサは全く本気ではない。
小手調を何とか凌いだだけだ。
でも、こちらの三人の実力は本物だった。
将軍のリッカさんはもちろんのこと、一度魔法をぶつけただけで、見えない魔法の軌道を読み、難なく躱したカレンさんとヒナさんも。
この三人が一緒なら、四魔貴族相手でも十分戦える。
攻撃を防がれたスサが、次なる攻撃に移ろうと魔力を高めようとしていた。
でも、この中で一番戦い慣れているであろうリッカさんがそんな隙は与えない。
『六花!』
巨大な氷の花がスサを閉じ込めたかに見えた。
ーーズザザザッーー
そんな淡い希望を打ち砕き、スサの風の魔法によって、リッカさんの氷の花は細切れに刻まれる。
『紅蓮!』
すかさずカレンさんが、その名の通り紅蓮に燃え盛る炎を放つ。
ーージュウッーー
しかしその炎も、スサが自身の周囲を水の渦で覆うことで防がれる。
将軍と将軍に準ずる魔族の魔法を何なく防ぐスサ。
「闇雲に戦っても勝てないわね。風と水の魔法による守りを掻い潜り、さっきのウサギさんの攻撃を上回る攻撃を撃ち込まないといけないわ。さすが何百年も誰も倒せない四魔貴族ね。貴女、何か策はあるかしら?」
リッカさんの言葉に、私は考える。
一つは、スサの魔法を上回る威力の攻撃を加えることだが、こちらの戦力でそれは難しい。
もう一つは、リッカさんの言葉通り、風と水の魔法を掻い潜って攻撃を加えることだ。
鉄壁にも思えるスサの防御。
それでも、私たちには、攻撃する以外の選択肢はない。
だって私はこれから、スサなんかとは比べ物にならないほど強大な相手から、大事な人を奪い返さなければならないのだから。
「ヒナさん、聞こえますか?」
ヒナさんの耳がいいのは、アレスさんを助けた時にエディさんから聞いている。
スサに聞こえないよう、呟いた私の言葉に、ヒナさんが耳を倒して答えた。
「作戦を伝えます。スサに攻撃を加える作戦を」
通用するかは分からない。
それでも私は考え、そして力の限り戦う。
それが私にできる唯一のことだから。
だから待っててエディさん。
この最高の仲間たちとともに、必ずあなたを助けに行くから。
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