第213話 大賢者⑦

一人で将軍二人を相手にした後、四魔貴族を倒して、魔王の手から大切な人を取り戻す。


 そんなこと、英雄譚に出てくる勇者でもなければ無理だろう。


 そして、残念なことに、この世界では、英雄譚の中ですら、魔王どころか四魔貴族を倒した者すら存在しなかった。

 自分のことだけ考えるなら、この青い瞳の魔族のものになった方が良かったのかもしれない。


 元の世界なら、トップレベルのモデルや俳優になれるくらい容姿は整っているし、魔族の将軍なら、生活の質も悪くないはずだ。


 だけど私は、そんな人生選べない。


 たとえ死んでも。

 何度死んでも。


 私はエディさん以外選べない。


 どこまでも愚かで。

 どこまでも自分のことしか考えない。


 それが私。


 だからこそ私は強くなければならない。

 結果を出し続けなければならない。


 それができなくなった時が、私の死ぬ時だから。


 今もし頷いていたら、私だけでなく、もっと多くの人が救えたかもしれない。

 クラムに取り入り、うまく操ることで、この国を今よりマシな状態にできたかもしれない。


 でも、私はそれを選ばなかった。


 私の目的を。

 私の願いを叶えるため。


 私はそれを選ばなかった。


 魔王と四魔貴族に次ぐ、この世界の絶対的強者である将軍。

 そんな将軍を二人も相手にして、一人で戦おうとする愚者。

 それが私。


 ……ただ。


 賢くなくても。

 愚かだとしても。


 私は戦う。


 相手は百戦錬磨の将軍二人。


 魔法主体で戦う私としては、近接戦闘が得意だと思われるナツヒを私に当ててくれた方がありがたかった。

 距離をとって魔法で攻め続けるだけでいいからだ。

 同じ遠中距離を得意とする二人相手では、同じ土俵で戦うしかない。


 自分より魔力量の多い二人相手に、魔法戦を挑む。

 しかもスサを倒すため、余力を残しておかなければならない。


 そんな絶望的な状況にも、私は悲嘆はしていなかった。


 こんな状況は慣れっこ。

 厳しい状況なんて今更。

 先程から全く状況は改善せず、むしろ悪化しているかもしれない。


 それでも私は、足りない頭で最善を考え続け、劣った実力でどうにか状況をひっくり返す策を捻り出そうとする。


 状況が変わっても、初めから最後までやることは変わらない。

 考えるだけ考えて、自分にできる最善を尽くす。


「食らうがい!」


 先手はクラム。


 高圧で発射された水が私を襲う。

 単純で地味な攻撃だが、威力は破壊的だ。


 込められた魔力と勢いを私の目で観察した結果、魔法障壁で防御したとしても、難なく貫通するだけの威力を秘めている。

 回避一択の恐ろしい攻撃だ。


 そして、私が回避したところへ、地面から土の槍が生えてくる。


 単純だが効果的な連携。

 私の目が魔力の流れを捉えていなければ、死角からの攻撃に、私は串刺しにされていただろう。


 将軍二人の研ぎ澄まされた連携を回避した私を、イアが驚いたように見る。


「うーん。今のをどうやって躱したんだろう? クラムの誘いにはぶっちゃけびっくりしたけど、確かにニンゲンじゃなければウチもスカウトしたいくらいだわ」


 イアの言葉にクラムも頷きながら右手を前に差し出す。


「ああ。だが、味方にならなかった以上は敵だ。殺さなければどんな状態でもいい。確実に捕まえるぞ」


 そう言い放ったクラムは魔力を練る。


「まあ、これだけ実力あれば殺すつもりでもそう簡単に死なないっしょ」


 イアもそう言いながら魔力を練り始めた。


 二人とも好き勝手言ってくれる。

 魔力量の差は明確で、こちらはうまく回避できずに一撃でも受ければ、それで終わりかねない。


 私には才はない。


 でも。

 だからこそ。


 今の私がある。


 右手を前に出した私の後ろに、巨大な光のレールが伸びた。


『雷公!』


 全力の魔力を込めた光弾が、プラズマ化しながらイアを襲う。


 攻撃に用いようとしていた魔力を、すぐに防御へまわすイアとクラム。


 クラムは、高圧の水を光弾へぶつけ、イアは高密度の壁で光弾を防ぐ。


 レールの角度から光弾の向きを捉え、それにぶつけるクラムの神技と、物質の原子配置まで変え、恐ろしく強度の高い壁を作るイア。

 二人の合わせ技の前に、私のとっておきの一つは、完璧に封殺される。


 私の攻撃を防いだことに安堵の様子すら見せず、すぐに魔力を練り、右手を私に向けるイア。


 これまでの戦いから、イアはサポートや防御の能力は高いが、攻撃力はそこまでないと判断していた。

 もちろん油断できるほど弱くはないが、クラムやナツヒに比べれば劣る、と。


 ……そして、それが私の油断だった。


 次の瞬間、私の足元の地面が大きく割れ、私は地の底へ向かってと落下する。


 突然の事態に、私は風の魔法を駆使して宙へ舞う。

 もし私が空を飛ぶ魔法が使えなければ今の魔法で終わっていた。


 でも、空へ浮かんだところで、結果は大きくは変わらない。


 地の底から飛び出した私へ、クラムの高圧の水がレーザービームのように襲う。


『雷公!』


 全力ではないが、それなりに魔力を込めた光弾でなんとかそれを迎撃する私。

 称号の力に頼って目が強化できていなければ、ピンポイントで迎撃もできていなかっただろう。

 特別な目のおかげで、私の防御はイージス艦並に硬い。


 ただ、そんなイージス艦も、自然の脅威の前ではなす術がないことがある。


 イアが、巨大な岩を無数に宙へ浮かべる。

 そして、クラムが小さな湖を浮かべているのかと思うほどの大量の水を作り出した。


 クラムが右手を私の方へ振り下ろすと同時に、大量の水がイアの岩を飲み込み、土石流となって私を襲う。


ーーゴーッッ!ーー


 私にとって一番苦しいのは、魔力量の差を活かした物量攻撃だ。

 二人がかりの敵に、魔力量の許すまま大規模魔術で攻撃されると、私には打つ手がない。


 そしてその点で、この土石流のような攻撃は私相手には非常に効果的と言わざるを得なかった。


 濁流に飲み込まれた岩は、一つ一つが殺人的な威力を持っている。

 一撃でも受ければ、例え魔法障壁を張っていても大きな影響を受けるのは間違いない。


 全ての岩を受け止め続ければ、あっという間に私の魔力は枯渇するだろう。


 濁流に飲み込まれた私は、私一人を覆うには少し大きめな球状の空気の壁を作り、まずは水による窒息を防ぐ。


 そして、空気の壁の中へ飛び込んでくる岩を、避け続けた。

 土石流の中で飛ぶように流れてくる岩を避けるなんて、普通は無理だ。

 でも、私には『観察者』の称号がある。

 水の流れから、いつどこにどれほどの大きさの岩が流れてくるか推測できた。


 魔法障壁は張らず、空気の壁の中へ飛び込んでくる岩のみを迎撃する。


 もちろん、予測は完璧ではないし、迎撃も岩の大きさによってはうまくいかない。


 時間経過とともに、砕いた岩の破片や、目測の誤り等により、私の体には傷が増えていく。

 その都度回復しながら迎撃していたが、消費する魔力は、魔法障壁を張るよりは、遥かに少なくて済んでいた。


 それなりの時間が経過したところで、濁流が止む。


 私の後ろの街並みを飲み込んだ濁流。

 私は、おそらく壊滅的な被害を受けているであろう街並みを、振り返る余裕すらない。


 魔力消費は少なく抑えられたが、一瞬も気を抜けない集中力維持のため、精神は著しく摩耗していた。


「へえ。今のを魔法障壁なしで受けるなんて、ウチには無理だわ」


 称賛の言葉とは裏腹に、口元にはうすら寒い笑みを浮かべてイアがそう言った。


「それなら、どこまで耐えれるか根比べといきましょうか」


 私の表情から限界が近いことを察したイアが、クラムへ次の攻撃を促す。


「土から岩を作るだけの楽な作業とは違って、水のないところで大量の水を作り出すのはしんどいのだが」


 愚痴を言いながらも、イアの注文通り再度大量の水を生み出すクラム。


ーーゴーッッ!ーー


 次の瞬間、再度、巨大な土石流が再度私を襲う。


 私は先程と同じく、魔法障壁は張らずに、迎撃する体制を取る。

 ただ、先程のようにうまくはいかない。

 打ち損じが多く、体にぶつかる岩の破片が多くなる。


 致命傷こそ負わないものの、かなりの破片が私の体にぶつかる。

 その怪我を回復するために治癒の魔法を使い、その結果迎撃の余裕がなくなり、さらに傷が増えるという悪循環。


 それでも魔法障壁を張り続けるよりは魔力効率はいいため、迎撃し続けるしかない私。


 二度目の濁流が止んだ時、私が身に纏っていた服はボロボロになっていた。

 血の染み込んだボロ布を身に纏った私を見て、イアが笑う。


「ずいぶん色っぽくなったじゃん」


 そんなイアの軽口に気の利いた返しを出来る程、私は余裕がなかった。


 魔力にはまだ余裕がある。

 でも、精神的には余裕がなくなってきていた。


 僅かなミスが死に直結する状況で、極限まで集中力を維持する。

 その難しさを痛感していた。


 このままの状況を繰り返せば、先に魔力が枯渇するのは二人の将軍の方だろう。

 ただ、それまでにあと何回この繰り返しを行えばいいかは分からない。


 先の見えない状況に、心が折れそうだった。


 それでも、私は気力を振り絞る。

 気持ちの問題だけで勝ちが拾えるなら、絶対に折れるわけにはいかない。


 次の攻撃に備えて、私が身構えた時だった。


「そろそろ頃合いね。それじゃあウチ、あっちの方に行ってくるから。すぐ終わると思うけど、それまで死なないでね」


 イアはそう言うと、足場の土を高速で隆起させ、その勢いで飛び上がり、ナツヒと戦うレナさんの方へと空を駆けて行った。


 それを見た瞬間、私は致命的な失策に気付く。


 慌ててレナさんの方へ向かおうとする私の前に、クラムが立ち塞がる。


「私との戦いの最中にどこへ行く?」


 私は下唇を噛んで、勝ち誇った笑みを浮かべるクラムを睨みつける。


 クラムたちは、初めからレナさんから倒すつもりだったのだ。

 クラムとイアの二人掛かりでも、私を倒すのは確実ではないと判断した二人は、私を弱らせた後、イアとナツヒの二人掛かりでレナさんを倒すつもりなのだ。


 レナさんには、私のサポートなしに将軍二人と戦う力はない。

 そして、私と実力の拮抗しているクラムが足止めしている間にレナさんを倒した二人が、クラムと合流。

 三人がかりで私を倒すというわけだ。


 もし初めから私とクラムが一騎打ちをしていれば、私が勝つ可能性もあった。

 何と効果的な作戦なんだろう。


 さらに絶望的な状況。

 私はそれでも諦めない。


「勝ったつもりになっているところ申し訳ありませんが、貴方たちの作戦の前提は、貴方が私の足止めをすることですよね。残念ですがその前提、覆させてもらいます」


 私はありったけの魔力を振り絞り、短期決戦でクラムを倒すべく、右手を前に出す。


「悪いが、君には私の時間稼ぎに付き合ってもらう」


 クラムはそう言うと、自分ごと私の周りを巨大な水の渦で閉じ込めた。


「この魔法は私の制御を離れた。私を殺しても数十分はこのまま渦巻き続ける。制御を奪うのも手だが、周りの水蒸気を自動で吸収し続けるこの魔法の制御を奪うには、かなりの魔力が必要だ。制御を奪ったがいいが、魔力が枯渇して私に倒されなければいいな」


 平然と言うクラムを睨みつける以外、私には何もできない。


 残念ながら、詰んでいる。


 私にできることは、二つ。


 万が一にも満たないレナさんが勝つという可能性に賭けて、クラムに倒されないことだけを考えて粘るのが一つ。

 もう一つは、仮にレナさんが敗れても、三対一という最悪の事態になるのを避けるべく、目の前のクラムだけでも倒しておくことだろう。


 他人に頼るより、自分を信じ、クラムだけでも倒そうと覚悟を決めた時だった。


ーーピキピキピキッーー


 巨大な水の渦が凍りついた。


「……えっ?」


 何が起きたか分からないクラムと私が、それぞれお互いが何かしたのではないかと顔色を伺っていると、今度は氷の渦が急に溶け、大量の水が滝のように地面に落ちる。


 渦の向こうに現れたのは、二人の女性だった。


 元の世界のミホちゃんに瓜二つの綺麗な女性と、金髪に真紅の瞳をした妖艶な体付きの美しい女性。


 初めて会ったはずの真紅の瞳の女性が、私に声をかける。


「久しぶりだな、リン。手伝ってやろうか?」


 初めて会ったはずのその女性は、かつて私が愛する人を託したその時と変わらぬ瞳で、微笑んだ。


 私はそんな女性へ笑顔を返す。


「そうしていただけると助かります、カレンさん」

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