第212話 大賢者⑥

 正直、スサと三人の将軍、そしてその配下が一斉に攻撃してくれば、私たちになす術はない。


 でも、相手は配下を失うのを警戒して、それはしてこない。


 戦術的には間違いなく誤りだ。

 戦力の逐次投入ほど愚かなことはない。


 ただ、魔族側の視点に立てば、やむを得ないことなのかもしれなかった。

 後ろにスサが控えている以上、彼らは絶対に負けないと思っている。

 絶対に負けない戦いで命を落とすのは、無駄死にでしかない。


 こちらとしては、勝つ可能性が少しでも上がる訳であり、ありがたい限りだ。


 そして、一度将軍のみで戦うと決めた以上、スサや彼らの配下が手を出してくる可能性も低かった。


 魔族は一部の例外を除き、誇り高い生き物だ。

 見下すべき存在である人間ごときに、なりふり構わず戦ったりはしないだろう。


 私はそのことを後悔させなければならない。


 もちろん彼らも、本当に危険を感じたら、誇りより勝利を優先する可能性はゼロではなかった。


 そのための備えがノーマンたち。


 ノーマンたちは、スサや三人の将軍相手には心許ないが、配下相手には何とか戦えるだけの力はある。


 状況は厳しいが最悪ではない。


 私がこの三人を倒しさえすれば、希望は残る。

 まだ、やりようがある。

 先は見えずとも、足元の戦いをを一つずつ拾うことはできるかもしれない。


 それだけで。

 私はまだ戦える。


 なす術がなかったあの時とも、全てを諦めたあの時とも違う。


 三人の将軍は、私がスサに本気を出させたと聞いてもなお、三人で戦おうとしてきている。

 それだけの強者であるということだ。


 それでも私は怯まない。

 彼らがどれほど強くても、ミホちゃんより弱いのは間違いないのだから。


「レナさん、勝手に巻き込んですみません」


 私の言葉にレナさんが笑う。


「いいえ。頼ってもらえて嬉しいです。むしろ、呼ばれなかったらどうしようかと思ってました」


 私はそんなレナさんへ一番危険な役を押し付ける。


「レナさんは私のことを気にせず、全力で戦ってください。それを私がサポートします」


 格上三人を前に、たった一人前衛で戦わせる。


 いくら輝く才能に満ち溢れているとはいえ、実戦経験の乏しい年下の少女に課すには重すぎる役目だとは分かっていた。


 でも、エディさんを失ってからのレナさんの瞳から、私は悟っていた。

 『観察者』の称号は何も告げていなくとも、私の本能が告げていた。


 彼女が本当の英雄への一歩を踏み出していることを。


 だから私は英雄の卵たる彼女を信頼して戦う。

 この戦いで彼女には真の英雄になってもらう。


 それが唯一の勝機だから。


 私は称号の力を駆使して相手の能力を測る。


 筋力のバランスから、己の肉体を武器にしているであろうナツヒ。

 隙のない視線から、戦術を練り、仲間のサポートもこなすであろうイア。

 膨大な魔力と自信に満ちた態度から、強力な魔法で勝負を決めにくるであろうクラム。


 前衛、中衛、後衛のバランスが取れた理想的な三人組だろう。


 スサがこのような事態を想定してこの三人を将軍にしたのか、それともたまたまなのかは分からない。


 ただ、この相手に勝つのが楽ではないのは間違いなかった。

 一対一を三回繰り返すだけなら、もしかすると私一人で勝てるかもしれないが、三人で連携を取られたら間違いなく一人では勝てない。


 どうせなら先程の会話のように、仲が悪くて連携が取れなければいいのだが、臨戦態勢に入った相手からは、仲の悪さは全く感じられなかった。


 伝わってくるのは、長年連れ添った鉄の絆で結ばれたチームワーク。

 戦う前からそんな雰囲気を感じさせる彼ら。


 対する私とレナさんも、それなりに長い付き合いではあるが、恐らく数百年単位で連れ添っているであろう魔族とは、長さという観点では比べるべくもなかった。


 でも、付き合いの長さと連携の深さは必ずしもイコールではない。

 それを私たちは証明する。


 先手必勝。


 相手が本領を発揮する前に倒し切る。


『飛廉(ひれん)!』


 私の両手から放たれた二つの竜巻が、三人の将軍を襲う。


 もちろん、この期に及んで上級魔法が将軍に通用すると思うほど私は愚かではない。


 中衛のイアが土の壁を作り、竜巻を防ぐ。


 防がれるのは想定済。


 そして、私の意図を汲んだレナさんは、竜巻の影に隠れて三人の将軍の真横へ迫る。


『劫火(ごうか)!』


 レナさんを追いかけるように放った私の魔法は、敵ではなく、天へ掲げられたレナさんの剣へと向かう。


 先程のレナさんの戦いは見ていた。


 最上級魔法での魔法剣。


 レナさんは一人で魔法と剣での戦闘を両方こなしていたが、魔法を私が担当すれば、レナさんは魔力を全て肉体へまわすことができるのではないか。


 私の魔法が剣に宿るのを見たレナさんは、その意図を汲み取り、剣へまわしていた魔力を全て身体強化へまわす。


 イアが作った土の壁の横から迫るレナさん。


 三人の将軍は、すぐにレナさんの存在に気付くが、壁を作るのに意識を割いていたイアの反応が一瞬だけ遅れる。

 それに気付いたレナさんは、迷うことなくイアへ向かって剣を振り下ろす。


 灼熱の炎を身に纏った刀身はしかし、イアへ届くことはない。


 クラムが水の魔法で炎を和らげ、ナツヒが魔力で強化した右腕で受ける。

 息がぴったりの連携に私は舌打ちしたくなるのを堪えた。


 剣に纏った魔法が弱まったレナさん。

 このままでは敵の懐へ踏み込んだレナさんが危ない。


 敵ももちろん、この隙を見逃さなかった。


 手の空いているイアが土の壁への魔力供給をやめ、レナさんへ向かって右手を向ける。


 威力より速度優先で動こうとするイアへ、私もまた速度優先で魔法を放つ。


『水天(すいてん)!』


 龍を象った水が大きな口を開けてイアを飲み込もうとする。


 水場が近くになく、空気が湿気を帯びていないときの水の魔法は、魔力効率が悪いから、普段なら使わない。

 でも、土の魔法を飲み込むには水が有効だ。

 私は、効率度外視で攻撃を加えた。


 『水天』は上級魔法ではあるが、水場が近くにない場所で無詠唱で放つのは、それなりに難易度が高い。

 その為、最上級魔法である『劫火』との併用は本来難しい。


 でも、魔法剣に留めている『劫火』は、魔力を注ぎ込み続ける以外に、思考が必要なかった。

 これは大きな発見だ。


 剣の使えない私は、魔法の併用は様々な観点で試みていたが、魔法剣については試したことがなかった。

 魔法剣と魔法の併用が比較的容易なものだとすると、戦術の幅は格段に広がる。


 私の攻撃を察知したイアは、レナさんへ向けていた右手を私の方へ向け、舌打ちしながら魔法障壁を張った。

 水に弱い土の魔法による壁ではなく、魔法障壁を張ったのはさすがだが、魔法に比べて魔法障壁は魔力効率が悪い。


 もっとも、無理に水の魔法を使い、かつ魔力の絶対量の少ない私の方が、不利は大きかったが。


 ただ、不利を被ってでも、イアの手を封じたのは大きい。


 一瞬だが、一人が無効化された状況を見逃さず、レナさんが後ろへ跳びながら魔法を放つ。


『窮奇(きゅうき)!』


 こちらも無詠唱で放たれた風の牙がイアを襲う。


 二対一で戦っていたなら、レナさんと私の連携でイアを倒せていたかもしれない。

 でも、残念ながら現状は違う。


「ふんっ!」


 ナツヒが右足で一閃すると、レナさんが放った魔法は霧散した。


「食らうがいい」


 そう言いながら、クラムもすかさずレナさんへ魔法を放つ。


 レーザービームのような高圧の水の射出。

 その攻撃を、レナさんはエディさん直伝の魔法で回避する。


『雷光』


 後ろへ跳んでいたレナさんの体が、突然大きく左へ倒れ、本来不可避だったはずのクラムの攻撃をギリギリ避けた。


 クラムから放たれた高圧の水は、地味な見た目からは考えられないほどの威力で、レナさんの後方の壁に、いとも容易く穴を穿つ。


 僅か数瞬の攻防だったが、相手の連携は完璧。

 私の目を持ってしても隙を見出せない。


「一軍を預かる将がこんなに連携できるほど訓練していたなんて、魔族の軍は暇なんですね」


 たまらずこぼした皮肉も、苦しいものになる。


「ウチらの仮想敵は他の四魔貴族。四魔貴族を相手にするのに必要なのは軍としての力じゃなくて、スサ様以外の戦力でどれだけ四魔貴族と戦えるかだからね」


 詳しく説明してくれるイアをクラムが睨む。


「イア! 敵に対してベラベラ内情を話すんじゃない」


 四魔貴族と相対する為の力を、見下しているはずの私たち相手に使ってもらえるのは、光栄な限りだが、全く嬉しくなかった。


 話をしている間も次の戦術を練るが、連携の取れた隙のない強者相手の戦闘ほど厄介なものはない。


 だから私は目的を切り替える。


 私は両手をレナさんへ向けた。


 今の戦力では恐らく勝てない。

 だったら戦力を底上げすればいい。


 まずはレナさんの剣を纏う炎への魔力の供給をやめ、魔法剣を掛け直す。


『火雷』


 空に立ち込める暗雲から、一筋の雷がレナさんの剣へ降り注ぐ。

 炎ではクラムの魔法と相性が悪すぎる。


 雷はイアの魔法と相性が悪くなるが、かき消されることはない。


 そして、もう一つ。

 私は左手を通じて私の魔力をレナさんへ送る。


 サクリファイスを通じて、他人へ魔力を送る感覚は学んだ。

 その応用だ。


 私は長い間、レナさんを見てきた。

 深さはともかく、長さだけならエディさん以上に見てきた。


 レナさんの体の魔力の流れは、はっきりと分かる。

 だからこそ、私は自らの魔力でレナさんを強化することができる。


 レナさんの魔力がどんどん高まり、将軍に近しいレベルへ達していく。


 次の瞬間、レナさんは足元で魔力を爆発させてイアへと斬りかかった。

 閃光を残して飛びかかってきたレナさんを、ナツヒが反応して撃退しようとするが、横薙ぎに薙ぐレナさんの攻撃を受けきれずに弾き飛ばされる。


 勢いそのままにイアへ斬りかかるレナさんへ、今度はクラムが高圧の水を発射した。


 そんな超速の攻撃を、空中でくるりと躱しながら、レナさんはイアの首元へ剣を振り下ろすべく、剣を振り上げる。


 でも、イアも無能ではない。


 地面から無数の土の槍を生み出し、レナさんを迎撃する。

 私はレナさんの剣への魔力供給をやめ、無詠唱で魔法を放つ。


『水天!』


 龍を象った水が、イアの生み出した土の槍を飲み込む。


 私が魔力供給をやめた魔法剣に、自身で魔力を供給しながら、レナさんが剣を振り下ろそうとした。


 だが……。


ーーゴウッーー


 クラムの右手から大量の水が発射され、レナさんが押し流される。


 殺傷力を持たない純粋な水。

 だからこそ、短い予備動作で大量に発生させることができていた。


 レナさんと距離を取るためだけに放たれた魔法。

 イアを守るために放たれたと一瞬だけ思った後、私は自らの浅慮に気付く。


 しまった!


 慌ててレナさんの元へ行こうとする私の前を、クラムとイアの二人が塞ぐ。


 孤立した私を見てクラムが笑みを浮かべた。


「見事だ、ニンゲン。数百年鍛えた我らの連携を凌駕する連携。素直に感服に値する」


 私は、頭をフル回転させながら、なんとか笑みを浮かべて答える。


「お褒めに預かり光栄です。更なる高みをお見せしたいので、あちらへ行ってもよろしいでしょうか?」


 私の言葉に、先程までほとんど表情を動かさなかったのが嘘のように、クラムがニヤリと笑みを浮かべた。


「このままお前たちが連携したまま戦えば、正直なところ勝敗の行方は分からない。負けるつもりはもちろんないが、必ず勝てるとも言い切れない。だが……」


 クラムは勝ち誇ったように言葉を続ける。


「あの子供は、一人ではナツヒに一歩及ばない。お前も、一対一なら私と同等の力を持つのだろうが、イアと私、二人を相手にするほどの力はない」


 的確すぎるクラムの言葉に、私は何も言い返せない。

 私の状況判断も、クラムの言葉と同じだった。


「そんなお前に提案だ」


 クラムの言葉に私は首を傾げる。

 ほぼ勝ちが見えているクラムたちから何の提案があるというのだろうか。


「私の子を産め。誰とも知れない男に動物のように種付けられ、死ぬまで食用の子を産み続けるより、まともな生活を送れるよう保証しよう」


 予想の斜め上をいく提案に、私は驚く。


「……えーと。魔族になら私より魅力的な女性はいくらでもいるんじゃないですか? それこそお隣にいる方の方が綺麗でスタイルもいいですし。それにさっきの貴方の視線を見る限り、貴方、スサに惚れてるでしょう?」


 私の言葉にクラムはため息をつく。


「スサ様に惚れるなど恐れ多い。確かにあの方ほど強く美しい女性は魔王様以外にいないが、あの方は私などは選ばない。だから我が子はスサ様以外に生ませるしかない。容姿は最低限整っていればいい。そしてお前はニンゲンにもかかわらず、及第点をやれる程度には整っている。魔族の異性を選ぶ基準は強さだ。お前はニンゲンという劣った種族にもかかわらず、私と同程度の強さを持っている」


 私はそれでも理解できない。


「強さで選ぶなら同じ将軍のお二人でもいいのでは? わざわざ人間の私を選ばなくてもいいのでは?」


 私の言葉を聞いたクラムは笑みを浮かべる。


「お前が言うのはもっともだ。だが、私には夢があった。千年君臨し続けた魔王様を越えると言う夢が。だが、どれだけ私が強くなろうとも、魔王様はさらに強くなり続ける。これではいつまで経っても追いつけない。だから私は、我が子に夢を託すことにした」


 クラムはそう言うと、私の下腹部に視線を向けた。


「魔王様は先代の魔王様と人間とのハーフだ。私が想う相手は別にいるから、お前は妾にしか出来ないが、人間相手であれば浮気にもならない。そして、将軍並の力を持ったお前との子を作れば、魔王様に匹敵する才に恵まれた子が生まれる可能性がある!」


 私はクラムの言葉に思わずため息が出る。


「ふーっ……。情けないですね。魔族の将軍まで上り詰めながら、そんな情けない男の子供なんて産みたくないです」


 私の言葉に、クラムの表情が怒りに満ちた。


「私はこれから貴方を倒し、スサを倒し、そして魔王を倒して、その人の子供を産みたいと思っている人を助けにいきます。残念ながら貴方程度の男の子供は産めません」


 私の言葉に絶句するクラムを見て、イアが声を上げて笑う。


「だっさ! ニンゲンに告ってフラれる将軍なんて、歴史上クラムしかいないっしょ。終わったらみんなに言いふらそっかな」


 そんなイアをキッと睨むと、その胸ぐらを握り、掴み上げるクラム。


「……黙れ。お前から殺すぞ?」


 首を掴まれながらプルプルと首を横に振ろうとするイア。


「じょ、冗談じゃん。余計なこと考えずにさっさとコイツを倒して、ナツヒの助けに行こうよ。あんまり時間かけすぎると、スサ様に後で怒られるよ」


 イアの言葉に舌打ちしながら、視線を私へ向けるクラム。

 クラムは怒りを隠さないまま、私を睨みつけた。


「私を倒し、スサ様を倒し、魔王様を倒す? 笑わせるな。お前はここで私に倒され、繁殖用の家畜として飼われることになる。私の誘いを受けなかったことを後悔するがいい」


 そして、魔族の将軍との第二ラウンドがスタートした。

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