第210話 大賢者④
スサの魔力がさらに高まる。
私に対しては、魔力を隠すことに意味がなくなったと考えたのだろう。
ただ、強大な魔力を前にしても、私に恐怖はなかった。
……もっと強大な存在を知ってしまっていたから。
その存在、ミホちゃんに比べれば、スサは子供のようなものだった。
ミホちゃんを前にした絶望に比べたら、スサはまだ、戦いようのある存在だった。
とはいえ、私より遥かに強いのは間違いない。
スサを中心に渦巻く魔力が風を帯びる。
瞬く間に暴風となるスサの魔力。
ただその場で。
押さえていた魔力を隠すのをやめただけで。
辺りはまるで、巨大な台風か竜巻に襲われたかのような暴風となった。
こちらも魔力を体に流して耐えなければ、吹き飛ばされてしまうだろう暴風の中、私は頭をフル回転させて打開策を練る。
魔族は生物としてのスペックが人間とは異なる。
魔力も。
身体能力も。
耐久力も。
回復力も。
戦闘に関係するほぼ全ての能力が、人間より高い。
そして、魔族は魔法を唱えるのに呪文の詠唱を必要としない。
魔法使いにとってこのアドバンテージは絶大だ。
魔力量だけは将軍に近づいた私も、その他の能力は一般の人間並。
多くの魔法を呪文詠唱なしに唱えられることだけが、唯一の救いだ。
私は、魔法に頼った戦いをするしかない。
自分より魔力量の多い相手へ、魔法だけを武器に戦わなければならない。
ただ、人間が魔族より優れている点もいくつかはある。
まず、人間は複数の属性の魔法が使えること。
魔族は基本的に一つの属性しか魔法が使えない。
その他の属性も使えなくはないが、その威力も精度も、得意属性に比べれば著しく落ちる。
そして、その得意属性は瞳の色を見れば分かった。
スサの瞳は濃い緑色。
そして、周りの暴風からも、彼女の得意属性が風であることは明らかだ。
こちらは、相手が風以外の魔法はほとんど使えないことを前提に戦術を選べる。
もう一つは、魔法式による魔力の効率的な運用だ。
科学の応用により組み立てられた魔法式は、ただ闇雲に魔力を込めたものより高い威力を示す。
まず私は、属性による利点を活かすべく考えた。
ゲームのように、必ずしも一方向での有利不利はないが、それでも、風を防ぐ手段を考えることはできる。
私は前に向けた右手に魔力を流す。
圧倒的不利な状況ではあるが、絶対に勝てない絶望的な状況ではない。
私はそう自分に言い聞かせながら、頭の中で魔法式を組み上げる。
スサの周囲を取り巻く暴風の前では、炎はかき消され、水は弾き飛ばされるだろう。
私の右手の後ろに、光のレールが走る。
『雷公!』
まずはフル出力ではなく、以前と同じくらいの魔力量で作成した光弾でスサを攻撃した。
それを見たスサはすぐさま幾重もの空気の壁を作る。
減衰していく光弾は、それでも空気の壁を全て突き破り、スサへ到達した。
……でも。
光弾がスサの胸に触れる瞬間。
スサの体内から発せられる膨大な魔力により、その攻撃はほぼ無効化された。
風の壁を破っても、膨大な魔力による最後の壁を突破しなければならないことを、改めて認識する私。
「クククッ。少しだけ痛いな。今のがお前の自信の根拠か? その程度だったら、この間別のやつも使っていたぞ」
侮り混じりに笑うスサに、私も笑顔を返す。
「そんなわけないですよ。今のはただの挨拶です。貴女を葬る手段は別に用意しているので楽しみにしていてください」
そう言いながら私は別の魔方式を組み立てる。
物理的な攻撃は、予想通り風の障壁に阻まれて大きく減衰された。
そして、どれだけ減衰されるかは、この目でしっかりと観察した。
次に試すのは決まっている。
空には既に分厚い雲が集まり、ゴロゴロと鳴り始めていた。
私が編み出した最上級魔法。
右手を前に出しながら、その呪文を唱える。
『火雷(ほのいかづち)!』
雷鳴を轟かせながら高電圧の雷がスサを襲う。
ーードゴーンッーー
空気を震わせ、大音響を撒き散らしながら落ちてくる雷は、真っ直ぐスサへ向かっていった。
……スサに当たる直前まで。
スサに当たるはずだった雷は、スサに当たる直前に四方へばらけた。
普通に見ていれば、雷がスサを避けたようにしか見えない。
何も知らなければ、スサが起こした奇跡にしか見えないだろう。
でも、特別な目を持つ私にはそのタネが分かった。
真空による電気の遮断。
電気は真空中を伝わらない。
その法則を利用した、分厚い真空の壁による電気に対する絶対防御。
私はスサの行ったことを見て、改めてスサの脅威を見直す。
スサは風や空気しか使えない。
その代わり、風や空気に対する知識は下手をすると元の世界の現代知識を持つ私以上なのかもしれない。
科学知識によるものか経験によるものかは分からないが、スサは己の能力に対して、完全な理解をし、それを最大限活かせるように戦っている。
私はこの一連の攻撃でスサを倒せると思うほど、自惚れてはいない。
あくまでスサの力を見極めるための攻撃だった。
ただ、その結果が、想定していた最悪の結果だっただけだ。
スサを倒すには、空気の壁を突破してなお、威力が維持できる強力な攻撃を行うか、風や空気の特性を知り尽くしたスサの想定を超える攻撃を行うしかない。
その攻撃の候補の一つは全力での『雷公』。
試す価値はあるが、大量の魔力を消費するこの魔法を、試し撃ちするほど魔力の余裕はない。
だから私は考えなければならなかった。
限られた魔力で、幾重もの空気の壁や、真空の壁、そしてその先にある大量の魔力による防御をも突破できるだけの攻撃を。
「なかなかいい攻撃だ。だが、雷は私には通じない。ネタ切れならこちらからいくぞ」
スサはそう言うと、振り上げた右手をただ振り下ろした。
音もなく生まれた真空の刃が、私へ迫る。
私は半身だけ避けて、それを回避した。
「なるほど。なぜかは分からないが、やはり私の攻撃が見えているようだな。だったら……」
スサが両手に魔力を込めて振りかぶる。
「見えていても避けられないようにするまで」
私を襲う無数の真空の刃。
スサはひたすら手を振り、私へ向かって魔法を飛ばす。
無造作な一撃一撃が、最上級魔法並の威力を秘めている。
しかも時折、さらに大量の魔力を乗せた攻撃が混ざっており、魔法障壁で受け止めるわけにもいかない。
もし強い方の攻撃に合わせて魔法障壁を張り続ければ、あっという間に私の魔力は枯渇するだろう。
私は、『観察者』の称号の力による目と、魔力による身体強化で、攻撃を避け続けるしかない。
魔力量は相手が圧倒的に上。
そして、手を振るだけでいい相手に対し、私は全身を動かして攻撃を回避し続けるしかない。
魔力も体力も、このままいけば先に尽きるのは私の方だろう。
正直、このまま真空の刃を放ち続けていれば、勝つのはスサに違いない。
だから私は、一時的に魔力が損になることを承知で魔法障壁を張って相手の攻撃を防ぎながら、余裕ぶった笑みを浮かべる。
そんな私を見たスサは怪訝そうな顔をして手を止める。
「お前はこのまま切り刻まれて死を待つのみだ。何がおかしい」
スサは強い。
でも、それは魔力量や、知識、技術の話だ。
簡単な挑発に乗った先程の状況を思い出すに、心の強さは十分ではない。
そこに付け入る隙を見出した。
だからこそスサは今手を止め、私の言葉に耳を傾けようとしている。
「いえ。四魔貴族の攻撃って思ったより地味だな、と思いまして。人間でも使えるような攻撃を何発も放ってくるだけで、この程度じゃ魔王の座が千年も揺るがないのは仕方ないかな、と」
私の言葉に、スサの顔が見る見る憤怒の色に包まれていくのが分かった。
私はさらに煽る。
「この程度ならアレス様を恐れていたのも仕方ないですね」
プツンと、何かが切れる音がしたのが聞こえた気がした。
「……家畜が。お前の挑発に乗ってやろう」
スサが攻撃の手を止め、魔力を高めだした。
吹き荒れるような暴風はぴたりと止み、空気が静止する。
嵐の前の静けさ。
まさにその言葉を彷彿させる状況。
これまでとは比べ物にならない魔力がスサの体から発せられるのを感じる。
この魔力が爆発する時、辺りは今までに経験したことのない規模の嵐に包まれるだろう。
それは間違いなかった。
そんなスサに呼応するように私も全力で魔力を練る。
これまでの私からすると考えられないほど大量の魔力。
それでもスサの十分の一にも満たないだろう。
そんな私の魔力を見て鼻で笑うスサ。
「人間にしては多いが、大口叩いてその程度か。それならナツヒの方がまだ魔力が多いぞ?」
私は余裕を取り戻したスサへ笑い返す。
「魔力量だけでしか相手の強さを測れないなんて気の毒ですね。魔力量なんて少なくても、それ以上の強さがあることを教えてあげます。まあ、ここで消える貴女は、その学びが活かすことはできないでしょうが」
私の言葉に再び怒りを隠さないスサ。
「減らず口を。消し飛ぶがいい」
スサの右手へ魔力が圧縮されていく。
膨大な魔力が一点に集中し、今にも弾けそうになる。
そして……。
ーーボンッ!ーー
弾き出されたのは圧縮された空気の砲弾。
渦巻く空気が巨大な砲弾となり、私を襲う。
広範囲に及ぶ砲弾を回避するのは困難だ。
嵐のような攻撃を想定していた私は、予想外の攻撃に対し、やむを得ず魔法障壁で防御する。
周りの草木を根こそぎ削り取りながら、空気の砲弾は通り過ぎていった。
確かに、真空の刃よりは派手さのある攻撃だが、これなら十分耐えられる。
そう思って前を向いた私と、スサの目が合った。
攻撃を防がれているにもかかわらず不敵に笑うスサ。
「終わりだ」
空気の砲弾が通り過ぎた後、右手よりさらに膨大な魔力が込められた左手が私の方へ向けられる。
渦巻く魔力が空気を纏い、天まで届く強力な竜巻となる。
上級魔法の『飛廉』とは比較にすらならない濃密な魔力。
その渦は、自然の竜巻とは比べ物にならないほど強力なものだ。
もしこの攻撃を受ければ、魔法障壁ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
これが四魔貴族の本気。
絶体絶命の危機。
……でも。
これは私が待ち望んだ魔法だった。
私は魔力を練る。
今の私の魔力。
それを全て絞り出す。
私の注ぎ込む魔力が少なければ、この作戦は失敗だ。
私はスサの放った竜巻に、吹き飛ばされ、二目と見られない姿での最期となるだろう。
死ぬのは怖い。
一度味わったからこそ、その恐怖は体に刻まれている。
その絶望感は、心を蝕んでいる。
それでも、私は右手を前に出す。
エディさんを助け出すまで。
私は死なないし、諦めない。
私は目を大きく開き、スサの放った強力な竜巻の、魔力の流れを見極める。
少しでも見誤れば、それで全てが終わってしまうだろう。
竜巻が近づくにつれ、強風が私を襲う。
立っているのもままならなくなる。
でも、体を地面に固定するために使うような魔力の余裕はない。
前魔力を右手に集中し、私はタイミングを見極める。
……そして。
今にも竜巻は飲み込まれそうになったその時。
私は魔法を放った。
『炎帝(えんてい)』
私が放った魔法は、すぐ目の前に現れる。
……目の前の竜巻の中に。
炎はスサの竜巻を飲み込み、あっという間にスサの竜巻を赤く染める。
空気を送り込むことで炎は勢いを増す。
そんな子供でも知っている知識を活かしたこの魔法。
もちろん、炎が弱ければ風でかき消される。
スサの魔力に比べれば、私の炎なんて比較にならないほど弱い。
でも、その風をうまく炎を増す勢いに活かすことができれば。
スサの魔力を利用し、自分の魔力の限界を超えた、強力な炎の竜巻を起こすことができるはずだった。
私は、勢いを増す人為的な火災旋風へ、魔力を送り続ける。
私は見ていた。
スサが放った竜巻は、スサの制御を離れている。
私へ向い、まっすぐ進み始めたタイミングで、スサは手を下げていたからだ。
本来、スサがやったことは手抜きでもなければ、失敗でもない。
際限なく魔力を注ぎ続ければ竜巻は拡大し続け、それはスサ本人すらも飲み込むだろう。
拡大しすぎないよう制御し続けながら放つことも可能だろうが、普通ならそれは魔力の無駄でしかない。
通常なら、一度相手に向かって放ってしまえば、その後も制御する必要などないからだ。
放たれた魔法の向きを変えるには、魔法に込められた魔力以上の力が必要であり、四魔貴族が放った魔法を捻じ曲げるだけの魔力を持った存在など、魔王であるミホちゃん以外に存在しないから。
でも、制御を奪うのではなく、その魔法を利用して己の魔法を強化するだけなら。
私が放った魔法は、スサの竜巻を餌にどんどん巨大化していき、天まで届く真っ赤な渦となった。
そしてその渦は、元々の竜巻より大きくなり、私はその炎の竜巻の制御を手に入れる。
スサが制御を手放さなければ。
スサがもっと魔力を注ぎ込んでいたら。
私の魔力が弱く、風で炎がかき消されていたら。
きっと今頃私はスサの竜巻によって天まで巻き上げられ、再び死を迎え入れるところだっただろう。
でも、そうはならなかった。
今、私の右手は、四魔貴族の放った魔法を飲み込み巨大化した、強力な炎の竜巻の制御を手にしている。
スサの鉄壁の防御を破る手段を、私は考えていた。
物理攻撃である全力の『雷公』では、風の壁を破ってスサへ通じるか不透明だった。
雷は真空の壁で無力化される。
風ではスサには到底敵わない。
水や土や氷も、物理攻撃同様、風の壁に阻まれるだろう。
一方、炎の場合、真空であっても、熱は伝播する。
そして何より、うまく利用できれば、風は炎の敵ではない。
スサの魔法を、文字通り追い風に自分の魔法を強化する。
そんな賭けにも近い攻撃。
成功したのは、私には特殊な目があって、魔力の流れが見えたからこそ。
それでも、私は賭けに勝った。
スサの竜巻を完全に吸収した私の炎の竜巻は、その矛先をスサへと向ける。
私の知恵と魔力と称号の力を総動員したその魔法が、スサを襲った。
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