第205話 英雄⑨
「王都の民に告ぐ! 私は英雄アレスの娘レナ」
自分の声に魔力が乗り、王都中に広がっているのが自分でも分かった。
もう引き返せない。
これからの私の言葉に今後が大きく左右される。
私は魔法に集中するリン先生をチラリと見た後、魔王に攫われた初恋の人を頭の中に浮かべながら言葉を続ける。
「私の父は四魔貴族スサへ挑もうとし、仲間であるはずの十二貴族の裏切りによって殺された。皆もまた、家族、友人、恋人、それぞれ大事な人を奪われ、犯され、そして食べられただろう」
私は目を閉じ思い出す。
お父様が後ろから刺された時の驚きと喪失感を。
お父様を殺すことでスサへ取り入る十二貴族たちへの恨みと憎しみを。
お父様の亡骸を貶めることで生き延びた自分自身への蔑みと怒りを。
私は目を見開き、真っ直ぐと前を見据える。
「だが、それも今日で終わりだ!」
私は、声に想いを込める。
魔族への。
十二貴族への。
そして己への。
鬱憤を晴らすかの如く込める。
「今日私は小賢者リンとともに魔族へ戦いを挑んだ。その結果、今現在、この王都に強力な魔族はほとんどいない。数多くの魔族を倒し、将軍ナツヒをはじめとする数名の魔族が逃げるように王都を去った」
強い魔族のほとんどを倒したのは魔王だし、ナツヒが去ったのも魔王のせいだが、私は嘘は言っていないし、問題はそこではない。
「小賢者リンと私は、二人で将軍クラスの魔族シャラも討ち取った。だが……」
私は少しだけためて、厳しい予測を告げる。
「配下を殺された四魔貴族スサは、すぐに直接この国を訪れるだろう」
私は、少しだけ間を置く。
お父様が殺された日。
目の前に見た四魔貴族スサ。
その魔力は将軍と比べても遥かに多く、その威圧感は、側にいるだけで失禁してしまいそうなほどだ。
でも、私はもう迷わない。
「だが安心して欲しい。スサは私が倒す。亡き父である英雄アレスの名に誓い、娘である私がスサを倒す!」
何とおこがましい宣言だろう。
スサより遥かに弱い将軍クラスの相手ですら一人では倒せなかったのに、こんな大言を壮語するなんて。
それでも私は言葉を紡ぐ。
声に出して。
声高に。
王都中の民へと届くように。
「だが!」
私は言葉を区切る。
「スサは一人で来るわけではない。配下の将軍を連れ、軍を率いてやってくるだろう。私はスサを倒す。だが、さすがに魔族の一軍を相手に、一人で勝てると思うほど愚かではない。だから……」
私は、問いかけるように言葉を続ける。
「私と共に戦って欲しい。力ある者は共に剣を取ろう。力なき者も神に祈り、私たちへ力を与えて欲しい」
私は民の心へ届くよう、言葉に想いを乗せる。
「私たちが敗れれば、もはやスサと争う者は現れないだろう。その時待っているのは、今と同じか、今より過酷な日々だ。魔族の餌になるのに怯える家畜のような生活を送るか。それとも、今すぐ食べられその生を終えるのか。私はそんな生も、そんな最期も嫌だ。私の未来も、王国の行く末も、自らの剣で切り拓く。気高き王都の民よ。貴君らは家畜か?」
私は、私の言葉を聞いているであろう、王都の民一人一人に向かって語りかける。
「私はそうでないと信じている。魔族との戦いは激戦必至だ。多くの者が命を落とすだろう。それでも私は信じている。私の父が守ろうとし、私もまた命を賭けて守りたいと思っている民は、家畜ではなく、人であると。共に戦う戦友であると」
私は、誰にも見えていないのを承知の上で、剣を掲げる。
「共に剣を取る者は、今すぐ王城へ。剣を取れない者は勝利への祈りを。今この時、私は魔族に対し、逆襲の狼煙をあげる。気高き王都の民よ。共に戦おうではないか!」
私は、声の限りそう叫んだ。
私なんかの言葉で、どれだけの人が動いてくれるか分からない。
それでも私は、私にできる最大限の想いを込めて王都の民へ言葉を届けた。
王都の民へ語り終えた私を見て、リン先生は魔法を止める。
高揚が残ったままの私に、リン先生は真面目な顔で話しかけてきた。
「レナさん。正直私は、貴女を見誤っていました」
リン先生の言葉に、私は首を傾げる。
「貴女に話してもらった後、私がサポートして、より戦意を上げるようにするつもりでした。でも……」
リン先生はそこまで言った後、言葉を切って私の目を見る。
私を見るその目は、出来の悪い教え子を見る目ではなく、対等な相手を見る目だった。
私のことを認めてくれるかのような目だった。
「そんな必要がないくらい、想いの込もった素晴らしい言葉でした。正直、剣も魔法も、今はまだエディさんの方が上でしょう。それでも、人を率いる才能は貴女の方が上です。貴女はエディさんにも負けない、自慢の教え子です」
リン先生からの掛け値なしの賛辞。
私はその言葉に、思わず嬉し涙をこぼしそうになる。
私は涙を我慢し、リン先生の目をしっかりと見た。
「リン先生。リン先生のおかげです。リン先生に教えてもらったおかげで、今の私があります。リン先生の教え子の名に恥じぬよう、しっかりと戦いたいと思います」
私の言葉を聞いたリン先生は嬉しそうに笑う。
「頼もしい限りです。先ほどの言葉でどれだけの人が来てくれるかはわかりません。でも、たとえ僅かでも、レナさんの言葉を聞いてこの場に来てくれた人は、きっと力になってくれるでしょう」
私は笑顔で頷く。
「はい!」
……だが、現実はいつもそううまくはいかない。
私たちの味方が駆けつけるより早く、私たちに近づく禍々しい魔力。
将軍クラスのシャラのものに比べても遜色ない、強力な魔力。
感じた覚えのあるその魔力に、リン先生と私は笑みを浮かべるのをやめ、臨戦態勢をとる。
「随分コケにしてくれるな、ニンゲン」
私たち前に立つのは、先ほど魔王に命令されてこの場を去ったナツヒとその配下だった。
私の声は王都中に届いた。
だから当然、敵である魔族にも、王都に残っていれば私の声が聞こえる。
「魔王を怖れて、スサに助けを求めるために、とっくに王都から去ったかと思えば、まだ残っていたの?」
私の言葉に怒りを隠さないナツヒ。
「黙れニンゲン。スサ様へは配下に報告へ行かせた。私は魔王様が去った後、お前のような勘違いした奴が出てこないよう見張るため、戻ってきたのだ」
私はこめかみを流れる汗に気付かないフリをしながらナツヒに笑いかける。
「スサがくるのを待ってた方がいいんじゃない? さっき貴女と同じ将軍のシャラを倒したところよ」
私の言葉に、ますます怒りをあらわにするナツヒ。
「あんな奴と一緒にするな。快楽に身を任せるだけのあいつは、断じて将軍ではないし、もちろん私と同じではない」
そう断じるナツヒから溢れ出る威圧感。
先ほどのシャラとは異なる、本物の将軍。
魔力量はシャラと大きくは変わらないが、その身から溢れる凄みは、シャラとは隔絶したものがあった。
明確に格上の強敵。
でも、将軍相手に苦戦しているようでは、とてもではないが四魔貴族のスサは倒せないし、それよりさらに強い魔王からエディを取り戻すこともできない。
ナツヒが臨戦体制に入るのを見た配下の魔族たちも、魔力を高める。
配下の魔族たちから溢れる魔力は決して雑魚ではない。
魔力量だけなら私と変わらない者もいる。
五名の配下は、いずれも舐めてはかかれない。
人間なら間違いなく二つ名持ち以上。
一月前の私なら、間違いなく勝てなかっただろうし、エディに会う前の私なら、このうちの一人にすら瞬殺されていただろう。
対するこちらは、リン先生と私の二名。
呼びかけたばかりの今は、まだ誰も来てくれていない。
そもそも来てくれるかどうかも分からないのだ。
当てにすべきではないだろう。
狼狽えてしまいたくなるような危機。
……でも、不思議と恐怖はなかった。
リン先生がいるから?
それもゼロではないかもしれない。
……ただ、それだけではなかった。
私は剣を抜き、構える。
この剣の本来の持ち主であるお父様のように。
私は剣に魔力を通す。
同年代でありながら、私より優れた剣技を持つエディのように。
私は愚かだった。
私は最低な人間だった。
でも、今の私は違う。
……いや。
違わねばならない。
「リン先生は配下を。私は将軍ナツヒを討ちます」
私の言葉に目を丸くするリン先生。
「見て分かる通り、あの相手は、さっきの魔族とは比べ物にならないくらい強いですよ」
リン先生の言葉に頷く私。
「はい。だからこそ私が倒します」
私の言葉を聞いたリン先生は頷く。
「分かりました。無理そうならお早めに声をかけてください。エディさんを助けるまで、まだまだ先は長いですから」
私は笑顔を返し、再びナツヒを見据える。
「私は英雄アレスの娘レナ。お前を倒し、スサをも倒し、本物の英雄になる者よ」
私の言葉を聞いたナツヒは、私の発言を馬鹿にするでもなく、怒るでもなく、淡々と名乗る。
「私はスサ様配下の将軍ナツヒ。身の程知らずのニンゲンに、生物としての格の違いを見せつけ、スサ様の食事にしてやろう」
私は、剣に込める魔力を上げる。
ナツヒも同じく、その拳に込める魔力を上げる。
普通に考えれば、私が勝てるはずのない戦い。
でも、私は負ける気はなかった。
今までの私なら戦うことすらしなかっただろう。
でも、今の私は違う。
私が倒れれば、私の言葉を聞いて集まってくるであろう全ての人を裏切ることになる。
リン先生の信頼を。
エディ救出の足掛かりを。
全て失うことになる。
私は宣言する。
「私はこの国の英雄になる。将軍ナツヒ。お前はそのための礎よ」
ナツヒはふっと笑って応える。
「なれるものならなってみろ、ニンゲンよ。そこまで言うならお前の力、試してやろう」
ナツヒの拳を取り巻く魔力が唸りを上げて渦を巻く。
私も、剣に魔法を宿すべく、呪文を唱える。
……そして戦いは始まった。
国を救うための。
エディを救うための。
誇りと人生を賭けた戦いが。
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