第204話 英雄⑧

 リン先生のお父様。

 宮廷魔道士筆頭『光弾』の名前の由来となった最上級魔法。


 その代名詞とも呼ぶべき魔法は、本家以上の威力をもってシャラを襲った。


 魔力を込めた目でも追いきれない超速の光弾は、空間を歪めるほどのエネルギーを撒き散らしながら、シャラの上半身を吹き飛ばした。


 あまりにも呆気ないシャラの最期。


 恨みも憎しみも、全てを吹き飛ばすかのように、リン先生の魔法は、電磁波の余韻だけを残して遥か彼方へと消えていった。


 下半身だけとなったシャラを呆然と眺める私に、リン先生が話しかける。


「ごめんなさい。お母様の仇、ご自分の手で討ちたかったですよね……」


 申し訳なさそうな顔をしてそう言うリン先生に、私は笑顔を返す。


「いいえ。私一人では、アイツに弄ばれた後、殺されるだけでした。助けていただき、ありがとうございました。ただ……」


 私はそう言って、わざと怒った顔をして頬を膨らませる。


「魔力が残ってるなら、私には教えてくださってもよかったのでは? おかげで、最低な思いをしながら死ぬのかと思ってました」


 そんな私の顔を見て、リン先生は苦笑いを浮かべる。


「私の故郷では、敵を欺くには味方から、と言う言葉があるんです。隙を突くために利用させてもらいました。それに、それを言うならレナさんも同じですよね? シャラとの戦いの時まで、私にも力を隠していたじゃないですか。まさか、将軍並の魔力を持った相手と、ここまで戦えるとは思ってませんでした」


 そう言って私を褒めようとするリン先生を見て、私の気持ちは暗くなる。


「でも私は、あの魔族に敵いませんでした。強くなったつもりでも、やっぱり私はダメなんです。リン先生やエディには遠く及ばないんです」


 私の言葉を聞いたリン先生は、珍しく少し不機嫌そうな顔をした。


「レナさん。それは私に対する嫌味ですか? レナさんと同い年くらいの時、私は将軍どころか二回級下の旅団長相手でも勝てるか怪しい程度の実力しかありませんでした。それに……」


 リン先生はそう話しながら、上半身の消し飛んだシャラの下半身を見る。


「将軍とまともに戦える人間なんて、世界にどれだけいると思ってるんですか? 神国の聖女様や、帝国の剣帝たちのような規格外の英雄だけですよ。レナさん。貴女は、自信をもって誇ってもいいだけの力を持ってます。私は先生として、こんなに嬉しいことはありません」


 リン先生の言葉に、それでも私は首を横に振る。


「それでも私は、一人じゃアイツを倒せませんでした。及ばない力なら、例え並の人間よりは強くても、私にとっては意味がありません」


 私はリン先生の目を真っ直ぐに見る。


「私が弱いせいで、お父様もお母様も守れなかった。それにエディだって。ローザもヒナも、私が強ければ守れたはずなんです」


 どこまでも卑屈な私に、リン先生は優しく笑いかける。


「それを言うなら私も同じです。私はお母様の命を犠牲にドラゴン相手に生き延び、お父様の命を犠牲に今回蘇りました。私が強ければ二人とも死ぬことはなかったでしょう。そして、何よりも大切なエディさんを奪われることもありませんでした」


 リン先生は少しだけ悲しそうな笑顔をした後、もう一度微笑む。


「それでも私とレナさんで、将軍クラスの魔族を倒すことができました。戦いようによっては四魔貴族とも戦えるかもしれません」


 リン先生は私の手を握る。


「私はエディさんを助けに行きます。さっきの戦いで、レナさんの実力は見極めさせていただきました。今のレナさんとなら、奇跡を起こせるかもしれません」


 リン先生はそう言った後、厳しい目をする。


「ただ、これから先は死と隣り合わせの茨の道です。無事エディさんを救える可能性よりも、返り討ちに遭って、こちらが殺される可能性の方が遥かに高いでしょう」


 リン先生はそこまで言って言葉を切ると、私の目をまっすぐに見ながら質問する。


「それでも一緒に来てくれますか?」


 リン先生からの真摯な誘い。

 尊敬する人から認めてもらえた、嬉しい誘い。


 私みたいな最低な人間でも役に立てるのだろうか。

 尊敬する人と一緒に、大事な人を救いに行ってもいいのだろうか。


 いや。

 行くしかない。


 行く権利なんかなくても。

 相手に拒まれたとしても。


 私はエディを助けに行く。


 私がやったエディの母親殺しは、法律上は犯罪じゃなくても、人として許されることではない。

 命を賭けてエディを救いに行ったところで、その罪が消えるわけじゃない。


 それでも私は、エディを救いに行く。


 ……だって私は、エディのことが好きだから。


 相手にされていなくても。

 一生結ばれることはなくても。


 好きになってしまったのだから。


「行きます。一緒に行かせてください」


 私の言葉を聞いたリン先生は嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます、レナさん。同じ人を好きになった者同士、一緒に頑張りましょう。もし助け出せたとしても、お互いエディさんには選ばれないかもしれませんが」


 リン先生の言葉に、私は笑顔を返す。

 心の底からの微笑みを返す。


「はい、頑張りましょう。例え選ばれなくたって助けられれば十分です」


 私の返事を聞いたリン先生は、満足そうな顔をする。


「それでは今後の方針を立てましょう。私たちには二つの選択肢があります。一つ目はこのまますぐにエディさんとミホちゃ……魔王の後を追うこと。もちろんそれが一番早いのですが、問題がいくつかあります」


 リン先生はそう言って厳しい顔をする。


「一つは、二人だけで魔王の配下を倒さなければならないこと。魔王の下にはナギとナミという四魔貴族が常にいて、その二人を倒さなければ近寄れないと言います。そしてもっと大きな問題があります」


 リン先生はさらに厳しい顔をして私の目を覗き込む。


「私たちがいなくなれば、この国は滅ぶということです」


 私はリン先生の言葉に驚いてしまう。

 このまま魔王を追った際の厳しさは理解できるが、私たちがいなくなることで国が滅ぶ理由は見当がつかない。


 そんな私へ説明するかのように、リン先生が言葉を続ける。


「先ほどスサの配下が多く殺されました。スサは短気です。私たちが殺したわけではないとはいえ、配下を殺され怒り狂ったスサはこの国の人間を殺し尽くす可能性が高いでしょう」


 スサを見ていた時間は短いはずだったが、なぜかスサのことをよく知っているかのようにそう断言するリン先生。

 でも、不思議とリン先生が言っていることが間違っているとは思えなかった。


 私は考える。


 エディのことは今すぐ助けに行きたい。

 あの恐怖の象徴のような存在の側には、一秒でもエディを置いておきたくない。


 でも、現実的に、リン先生と私だけで四魔貴族二人を倒して、魔王まで倒して、エディを連れ戻すのは戦力としては絶望的だ。


 そして、スサの手によって滅ぶであろうこの国。

 お父様が守ろうとしたこの国。


 その国を見捨てて行くのも、心苦しさがあった。


 リン先生は考え込む私に優しく語りかける。


「そこで二つ目の選択肢です。この国で有志を募り、スサを倒す。そして、その有志たちとともにエディさんを奪還する。この二つが私の思いつく選択肢です」


 私は目を瞑って再度考える。


 リン先生は私へ選択を委ねていた。

 リン先生としては、国よりエディをとりたいだろう。


 一度は命を捨ててまでエディを助けようとしたのだ。

 国よりエディを取るのは間違いない。


 私はどうなんだろう。


 エディを一番に考えると決めた。

 その考えに従うなら国を見捨てるのが正しい選択だろう。


 四魔貴族スサを倒すのは間違いなく容易ではない。


 それに、仮にスサを倒すのを手伝ってくれる有志がいたとしよう。

 その後エディという、他の人にとってはただの子供に過ぎない相手を助けるために、さらに二人の四魔貴族と、それより遥かに強い魔王相手に戦ってくれる人が、果たしているのだろうか?


 私は考えた末に答えを出す。


「スサを倒してからエディを助けに行きましょう」


 私の決断に対し、リン先生は冷静に質問する。


「……その判断の理由を教えていただいても?」


 リン先生の問いに、私は自分の思いを素直に答える。


「魔王は、きっとエディをすぐには殺しはしません。良くも悪くも彼のことを愛していたようですから。ただ、いつまで経ってもエディが魔王のことを愛さなければ殺される可能性はあります。時間的猶予があるのであれば、ほんの僅かでも勝率を上げてから挑むべきだと考えます」


 リン先生は、気持ちを読み取りづらい表情のまま、再度質問してくる。


「その結果、魔王の手でエディさんが汚されても? エディさんが魔王のことを愛してしまうかもしれないとしても?」


 私は即答する。


「はい。どんなに汚されても、私はエディのことを愛します。エディが魔王に惚れたとしても、相手がカレンから魔王になるだけです。もとより不利な戦いは承知ですから」


 リン先生は、私の回答に対して何も言わないまま、続けて質問する。


「ただでさえ魔王と四魔貴族二人とその配下を倒さなければならないのに、四魔貴族をさらに一人相手して、誰も一緒に戦ってくれなかったならどうするのです? ただ単純に戦う相手が増えるだけになるかもしれませんよ?」


 その問いにも私は即答する。


「そんなことはありません。この国には、私なんかより心も技も鍛えられた戦士が大勢います。爪と牙を研いでいるはずの彼らが、必ず共に戦ってくれるでしょう」


 私の答えを聞いたリン先生は、嬉しそうな笑顔を見せる。


「分かりました。レナさんの意思を尊重しましょう。その代わり、レナさんにお願いがあります」


 リン先生の言葉に私は頷く。


「分かりました。私にできることなら何でもしましょう」


 頷く私を見たリン先生もまた、コクリと頷く。


「レナさんには英雄になっていただきます。この国を救い、四魔貴族を倒す英雄に」


 突然のリン先生の言葉に、私は驚く。


「私が……ですか?」


 私は自分が凡人であるのを理解している。


 お父様ほどの強さもカリスマ性もなく、エディのような才能も心の強さもない。

 それどころか、目の前のリン先生にも、私は大きく劣った存在だ。


 そんな私が英雄になどなれるわけがない。


「申し訳ございませんが、そのお願いは無理です。私は、ただの凡人です。同年代のエディより遥かに劣った存在であることはリン先生もよくご存知だと思います。私は、私にできることしかできません」


 拒絶した私に対し、リン先生は首を横に振る。


「レナさん。貴女だからなれるのです。失敗を繰り返し、自分に何が足りないかを知り、それでもなお、前を向き立ち上がろうと足掻き続ける貴女だからこそ」


 何と嬉しい言葉だろう。

 私の上辺だけでなく、私の本質を見た上での言葉。


 どこまでその期待に応えられるか分からない。

 自分なんかが英雄になるなんておこがましいとも思う。


 でも、私の本質を知ってなお初めてかけられた期待に、私は全力で応えたいと思った。


「私は英雄の器ではありません。でも、エディを救うために、国を救うために英雄になる必要があると言うのなら、なれるよう努力します」


 私の言葉に、真面目な顔で頷くリン先生。


「大丈夫です。レナさんならなれます。本物の英雄を見てきた私が保証します」


 リン先生はそう言うと、突然魔力を練り始めた。


「今から、私の魔法で王都中に貴女の声を届けます。敵も味方も貴女の声を聞き、行動を起こすでしょう。貴女の想いと言葉で、国を動かしてください。それが最初の戦いです」


 私は慌てて首を横に振る。


「ま、待ってください。まだ心の準備もできてないですし、今すぐでは伝えるべき言葉も整理できません」


 そんな私に対し、今度はリン先生が首を横に振る。


「頭で考えた言葉はいりません。思いの丈を思いのままに語ってください」


 リン先生はそう言うと、私の返事を待たずに、王都中に声を届けるべく、その魔力を魔法に変えた。


 私は覚悟を決める。

 これが私の戦いの第一歩だ。

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