第174話 道中

 エディが待っているはずの王都への道中、リオが口を開く。


「ご主人。ご主人がご主人のご主人と結ばれた後、私もおこぼれに預かりたいんだけどいいかにゃ?」


 突然の質問に、ヒナは首を傾げる。


「おこぼれって何のことですか?」


 そんなヒナに対して、リオはストレートに答えた。


「子種が欲しいにゃ。優秀な子種をもらって強い子供を産んで、未来の獣人の王に育てるにゃ」


 リオのストレートな言葉に、ヒナは顔を赤らめる。


「エ、エディ様が他の女性とそういう関係になるのは、私、嫌なんですが……」


 ヒナの言葉に、今度はリオが首を傾げる。


「何でにゃ? ウサギもライオンも一夫多妻にゃ。もちろんご主人がいるから正妻の座は狙わないにゃ。子種をもらうくらいなら許して欲しいにゃ」


 なおも食い下がるリオ。


「子種をもらうくらいならって……。私はそういう行為はしたことありませんが、愛し合う二人がするものだと認識しています。エディ様と会ったことすらないリオが、エディ様とそういう行為をしたいというのが信じられません」


 そんなリオに対して、どこまでも拒否の姿勢を見せるヒナ。

 恋愛を知ったヒナは、エディを慰めるために自分の身体を捧げようとしたことがあるのは、すっかり忘れたかのようにそう言った。


「私だって経験はにゃいけど、ご主人が認めた男なら間違いないにゃ。私はご主人を信用してるにゃ。それに、人間の男なんて、畑があればすぐに種を撒きたがる生き物にゃ。魅力的な男なら、余計そうにゃ。私を、その種を撒く畑の一つにして欲しいと言っているだけにゃ」


 リオもどこまでも引き下がるつもりはない。

 このままでは決着がつかないと感じたリオはローへ話を振る。


「同じ男のローなら分かるにゃ。ローだって魅力的な畑があればいくらでも種を撒きたくなるにゃ」


 いきなり話を振られたローは、少し焦りながらも答える。


「お、狼は一夫一婦だからな。俺は一人の女性と結ばれたら、その女性だけと生涯を共にする」


 チラチラとミーチャを見ながら答えるロー。

 そんなローに対し、舌打ちするリオ。


「そんなカッコつけても、ミーチャは振り向いてくれないにゃ」


 リオの言葉に、今度は本気で慌てるロー。


「な、な、な、なぜここでミーチャの話が出てくるんだ、リオ」


 ちらりとローの顔を見るミーチャ。

 それを見て、青ざめた顔をするロー。


 思い通りに進まず機嫌の悪かったリオは、面白いおもちゃを見つけたとばかりに、ニヤリと笑う。


「簡単な話にゃ。ローがミーチャのことを……」


 リオの言葉にますます青ざめるローに再度ちらりと視線を送った後、私の方を向くミーチャ。


「ローのことは知らないが、私もご主人の好きな相手には興味があるな。リオと同じく、獣人の未来のためには、強いリーダーが必要だと私も思う。ご主人が認める相手の子種ということであれば、私もぜひ欲しい」


 ミーチャの言葉に、今度は別な意味で顔が青ざめるロー。


「ほら見るにゃん。みんな優秀な子種が欲しいにゃん。だからお情けが欲しいにゃ」


 なおも詰め寄るリオに、ローがめげずに口を挟む。


「ゆ、優秀な子種が欲しいだけなら、俺が強くなればいいんだろ? 俺がご主人のご主人より強くなれば、俺の子種でも構わないはずだ。そうすれば半分人間の血なんか混ぜなくても、強いリーダーが生まれてくる」


 ローの言葉に、リオが胸を隠す。


「こいつエロいにゃ。いろんな今で狼だにゃ」


 リオの態度にローが慌てる。


「違う! 俺はお前になんか興味ない! 俺は……」


 慌てるローを全員がじっと見る。


「俺は何?」


 ルーが面白そうにローの顔を見る。


 顔を真っ赤にしたローは、チラリとミーチャを見た後、そっぽを向く。


「う、うるさい! 何でもねえ!」


 そんなローへ追い討ちをかけるようにミーチャが言葉を投げつける。


「少なくとも今のお前の子を産むのは嫌だな。本当に誰よりも強くなれば考えてもいいが、私は自分より弱い男の子を産むつもりはない」


 ローは涙目になりながら言い返す。


「し、仕方がねえだろ。狼は虎と違って集団で狩りをする。一対一では虎のミーチャの方が強いに決まってる」


 そんなローの言葉を聞いて、ミーチャは心底ガッカリした顔を見せる。


「だからお前はダメなんだ。それを言ったらライオンだって集団で狩りをするが、リオは私と同じくらい強い。そもそもローは、か弱い草食獣のウサギであるご主人にだって勝てないじゃないか」


 ミーチャにぐうの音も出ないほど叩きのめされたローはついに黙る。


 そんなローを見てニヤニヤ笑いながら、ルーがヒナの方を見た。


「でも、強ければ誰でもいい脳筋のリオとは違って、ご主人のご主人は、強い女性なら誰でもいいってわけじゃないんですよね?」


 ルーの言葉にヒナは頷く。


「その通りです。エディ様の想い人であるカレンさんも、強い魔族だったとは聞いていますが、強さだけならエディ様の魔法の師であるリンさんも相当なものだったと思います。リンさんもエディ様に想いを寄せているようでしたが、それでもエディ様は、カレンさんだけを思っていらっしゃるようでした」


 ヒナの言葉に、ルーは考え込む。


「うーん。人間は番を選ぶのに、容姿も重要視するって言うし、そのリンさんは外見が整っていなかったとかですか?」


 ルーの問いかけにヒナは首を横に振る。


「いいえ。リンさんはとても可愛らしい方でした。他にも、強くて凛々しい騎士のローザさんも美しかったですし、エディ様のご主人だったアレスさんの娘のレナも人格はともかく強くて綺麗でした。皆さんエディ様へ好意を寄せいていましたが、それでもエディ様はカレンさん以外へ女性としての興味を示されておりませんでした」


 ヒナの話を聞いたルーは『軍師』の方を向く。


「人間の男は、さっきリオが話した通り、綺麗で、しかも自分に好意を向けている女がいれば、手当たり次第に手を出す生き物だと思ってました。違うんですか?」


 ルーの問いかけに、話を振られると思っていなかった『軍師』は、少し考えながら答える。


「そ、そうだな。ほとんどの人間の男はそうかもしれない。だが、私だって妻以外の女性から誘われても断る。世の中には、愛する人だけを見る人間の男もいるってことだ」


 ルーはさらに尋ねる。


「それでは、そんな男性を振り向かせようと思ったら、どうすればいいんですか?」


 ルーの言葉に『軍師』は深く考える。


「その女性より魅力的になるか、戦略的に落としに行くか、どちらかかな」


 その言葉を聞いたルーはにっこりと笑う。


「後者でいきましょう。ご主人はこれ以上ないくらいとても魅力的ですが、それでもそのカレンさんという魔族の方が、ご主人のご主人にとっては上だったんですよね? それなら別のアプローチで行くしかないです」


 ルーの言葉を聞いた『軍師』は頷く。


「確かにそうかもしれないな。いい戦略を考えることができれば、だが」


 そう返す『軍師』に対して、ルーは厳しい目を向ける。


「何を他人事のように言ってるんですか? 貴方が戦略を考えるに決まってるじゃないですか。その『軍師』という名は飾りですか?」


 ルーの言葉に、『軍師』は困ったそぶりを見せる。


「いや、恋愛は私の専門外なんだが……」


 もっともな発言をする『軍師』を、ルーは逃さない。


「恋愛も戦いです。逃げずに考えてください。貴方が戦略を考え、私たちみんなでそれをサポートする。そうしてご主人がご主人のご主人と結ばれた後は、私たちに子種を分けてもらいましょう。それでみんなウィンウィンです」


 ルーの言葉を聞いたローと『軍師』が顔を見合わせる。


「いや、俺たちにメリットはない気がするんだが……。それにルーも子種が欲しいのか?」


 ローの言葉にルーはローを睨みつける。


「強い獣人のリーダーが産まれる。可愛い妹が、ろくな男のいない狼の獣人以外の子種をもらえる。それがメリットです。私だって強くて素敵な男性の子種が欲しい」


 ルーの言葉に反論できないロー。

 代わりに『軍師』が口を開く。


「やはり私にはメリットがないように感じるが……」


 そんな『軍師』の問いにルーが答える。


「戦闘以外の戦略を立てるという貴重な機会が得られます。カレンさんという強力なライバルを出し抜いてこの恋愛を成就させれば、貴方の経験値が上がることは間違いありません。四魔貴族を倒して平和な世の中が訪れた後も、この経験を活かせば職に困ることもないでしょう」


 ルーの言葉に押し込まれるように『軍師』が呟く。


「うーん……。そんなものなのかな……。ただ、四魔貴族を倒す算段を考える必要もあるんだけどな」


 そんな『軍師』へルーが駄目を押す。


「両方考えてください。貴方はこの中で一番弱いんですから、頭くらいしっかり使ってください」


 グサリと刺さる一言で『軍師』は陥落する。


「それを言われると何も言えないな。とりあえず考えてみる」


 『軍師』の言葉を聞いて勝ち誇った笑みを浮かべるルーへ、肝心のヒナが浮かない顔をする。


「ルーの気持ちはありがたいのですが、私だけ皆さんに助けていただくのは、カレンさんたちに対してずるいのではないでしょうか?」


 そんなヒナへ、ルーはきっぱりとノーを突きつける。


「恋愛は戦争です。戦争にずるいも何もないです。利用できるものは利用し、勝利のために最善を尽くすべきです。私たちがご主人をお助けしたいと思う気持ち。それも含めてご主人の魅力です。全力を尽くさないのは逆に皆さんに失礼です」


 そう言い切るルーへ、ヒナは何も言い返せない。


「私はご主人のおかげで、救われました。ご主人には幸せになって欲しいです。ぜひ全力で応援させてください」


 最後のルーの言葉に、ヒナはついに頷いた。


「ありがとうございます。分かりました。ルーの気持ち、素直に受け取ります。ただ、ぜひ協力していただければと思いますが、子種の話は別です。エディ様は私だけのものです」


 ヒナの言葉を聞いたリオが、獰猛な笑みを浮かべる。


「ご主人には恩があるから、さっきも言った通り正妻の座までは奪わないにゃ。でも、子種すらも分けてもらえないなら、私も黙っていないにゃ」


 爪と牙を光らせながら呟くリオの言葉に、ヒナも微笑む。


「臨むところです。エディ様への想いは誰にも譲れません。受けて立ちましょう」


 先ほどまで自分の気持ちに気付いてすらいなかったヒナ。

 だが、今はその気持ちを隠すことなく、告げていた。


 その様子を見たミーチャとルーは顔を見合わせて、ヒナにバレないように微笑む。

 二人は別にエディの子種など求めていなかった。

 全てはヒナのため。

 自分たちの恩人であるヒナへ、少しでも恩返しするため。

 ヒナが他のライバルたちに負けないよう、気持ちを高めるのが狙いだった。


 返しきれない恩を受けた二人は、ヒナがエディと結ばれることで恩を返そうとしていた。

 ただ、そのためには本人が自分の気持ちに気付き、結ばれるためにやる気を出さなければ無理だった。


 本人がやる気を出した後は、獣人みんなでヒナを後押しする。

 個々での戦いで不利なら、チームで戦うまでだ。


 ルーとミーチャはそう考えていた。


 ……リオは本気で子種が欲しいだけかもしれなかったが。


 ヒナが全員の顔を見渡す。


「ただ、全てはエディ様を助け出せてから。そのためにも訓練の手抜きはしないので、皆さん死なずに付いてきてください」


 ヒナの言葉に全員が揃って頷く。


 王都への道のりはまだ遠い。

 ヒナたち一同は限界まで己を鍛えながらその道を進む。

 その先に希望があると信じて。






「伏せて!」


 そんな希望を打ち砕くかのような、突然のヒナの言葉に全員が伏せる。


 だが、間に合わない。


ーーブシュッーー


 光弾がルーの左肩を撃ち抜く。


 そのまま地面にうつ伏せに倒れるルー。


 ヒナの耳による索敵の外からの攻撃。

 敵の規模も強さも分からない中での緊急事態。


 第二波による攻撃が来る前に、『軍師』が指示を出す。


「ヒナ殿はリオ殿とミーチャ殿を連れて攻撃があった方角へ跳躍。私はこれからルー殿へ回復魔法を施す。ロー殿はその護衛。跳躍先での判断はヒナ殿へ託した。ルー殿を切り捨て、敵との戦闘を優先する場合は、次の策を考えるのでご指示を!」


 急な事態にもかかわらず、すぐさま指示を出す『軍師』に感心つつも、ヒナは返事をする。


「ルーは見捨てません。リオ。ミーチャ。跳躍中と着いた後の防御は二人にお願いします」


 ヒナはそう告げるなり、二人を両手に抱え、空へ飛び上がった。

 その跳躍先に待つのが、楽な戦場ではないに違いないと理解しながら。

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