第172話 新たな王⑦
「皆さん、臨戦態勢をとり、家から外に出てください」
私はリオたち四人へ、そうお願いしました。
四人は静かに頷くと、素直に私の指示に従い、家の外へ出ます。
ーーズザザザザッーー
外に出た瞬間降り注ぐ、魔法の矢。
ーーガガガガガッーー
私たちはそれを魔法障壁で防ぎました。
周りを取り囲む数十人の人間たち。
その中の一人が前に歩み出ます。
「やはり気付かれたか。気付かないようなら外から魔法の矢を降り注いでやったのに」
見覚えのある声と顔。
同じような状況。
エディ様とレナ。
三人で彷徨っていた際に、戦った男。
「ウサギのお嬢さん。今度は跳んで逃げないでくれよ」
そう話す男は、王国で『軍師』と呼ばれていた二つ名持ちの魔導師。
「王国の二つ名持ちの魔導師様がこのようなところで何を?」
私の問いかけに笑みを浮かべながら答える『軍師』。
「お嬢さんのご主人様のおかげで、王国を追い出されたのさ。おかげで、魔族の家畜にならずに済んだから、結果的にはお礼を言うべきなのかな」
私は、臨戦態勢をとりながら平静を装って尋ねます。
「質問の答えになっていませんね。私たちは明日、大事な戦いを控えておりまして。お礼を言うべきだと思うなら、言葉はいりませんのでご帰宅願えませんか?」
私の言葉に、声を上げて笑う『軍師』。
「はははっ」
笑った後、『軍師』の顔が急に真剣なものになります。
「……その戦いに行かせないために我々がいると言ったら?」
やはり人間の考えることは汚い。
この人たちが私たちを倒せればよし。
倒せなくても疲れや負傷で明日の戦いを不利にさせようということでしょう。
アマンダの心音から大丈夫だと思っていましたが、勘違いだったようです。
百戦錬磨の商人は心音すらごまかせるのでしょうか。
私は身構えながら返事をします。
「せっかく魔族に食べられずに済んだところかわいそうですが、ここで死んでもらいます」
私の言葉を聞いた『軍師』は再び笑います。
「ご主人様の後ろで小さくなっていたお嬢さんが言うようになったもんだ。口だけじゃないところを見せてもらおう」
『軍師』がそう言って左手を振り下ろした瞬間、私たちめがけて放たれる複数の風の槍。
私は、それを受けずに、半身になって避けると、離れていた敵に向かって跳躍します。
そんな私を待っていたかのように放たれる多数の魔法の矢。
それすらも私は受けません。
ーーズドドドッーー
二つの魔法障壁が矢を防ぎます。
私の両脇へ寄り添うように追いついてきたローとルーが張った障壁が。
見たところ、敵の中に二つ名持ちレベルの人間はいません。
鍛え上げられた精鋭であるのは間違いないでしょうが、連携さえ崩してしまえば、私たちが負けることはないと考えました。
そうであれば、連携の要を崩してしまえばいい。
敵の攻撃の指示は、全て『軍師』と呼ばれる男が出しているように見えます。
だからまずは『軍師』を叩く。
『軍師』の指揮のおかげか、敵の一糸乱れぬ攻撃は目を見張るものがありました。
初めて戦った時の私なら、跳躍する間も無く倒されていたでしょう。
あの時の私は、十分に戦う力を持っていませんでした。
でも、今は違います。
私自身、二つ名持ちの騎士にも負けない力を身につけましたし、何より、心強い仲間がいます。
『軍師』まで目前に迫った私に対し、窮地に立ったはずの『軍師』が笑みを浮かべます。
「かかったな」
私へ向けられる無数の手。
ローとルーは、両脇から切りかかってきた敵への対処のために、私から少し離れた距離にいました。
『氷槍!』
左右から私へ向かって放たれる無数の氷の槍。
味方から突出した形になっていた私は、両手で魔法障壁を張り、それを防ぐしかありません。
ーーズドドドッーー
私の動きが止まったのを見た、別の一団が、剣に魔力を込めて切りかかってきます。
雷光による緊急脱出。
空いている足での攻撃。
どちらを選んだとしても、さらに後ろに控えている一団により、その直後の隙を突かれてしまうでしょう。
だから私はどちらも選びません。
ーードゴッ!ーー
大きく後ろに離れていたはずのリオとミーチャ。
二人が一瞬で私の前に現れ、それぞれ一振りで攻撃してきた人間たちを吹き飛ばします。
ローザさんの『閃光』もどき。
流石に三日ではローザさんほど使いこなせていませんが、元々の身体能力が高い二人には、それでも十分でした。
私は一対一で『軍師』と対峙します。
四人の仲間がお膳立てしてくれた状況。
目の前の『軍師』は、二つ名持ちだけあってそれなりの魔力は持っているようですが、私の方が魔力量は多そうです。
ただ、『軍師』は余裕を崩しません。
そんな『軍師』が右手をパッと上げます。
『飛廉!』
遠巻きに見ていた魔導師たちが、私めがけて同時に魔法を放ちます。
遮蔽物がない場所での、複数魔導師による風の上級魔法。
その威力は最上級魔法に近い威力を誇るでしょう。
でも大丈夫。
この魔法の防ぎ方は、エディ様が見せてくれました。
私たちが生きている空間には空気というものがあり、その密度は場所によって異なることをエディ様は教えてくれました。
その気圧と言われる密度の違いで風が生じ、空気が流れると。
私は魔力で気圧を調整し、暴威を振るい渦を巻く風の上級魔法たちを、私とは別の方向へ誘導します。
今は離れ離れでも。
エディ様の教えは私の中で生きている。
その事実を改めて実感した私は、敵の要である『軍師』を倒すべく、私の一番の武器である右足へ魔力を込めます。
追い詰められたはずの『軍師』。
でも、その表情は、歓喜の笑みに包まれていました。
「想像以上だ。まさかここまで一方的とは……」
そう呟いた『軍師』は、両手を上げます。
「我々の完敗だ。降参しよう」
あまりにもあっさりした『軍師』の態度に、私は彼が私たちを騙そうとしてないか不安になり、耳に魔力を込めて、彼の感情を探りました。
心音を聞く限りでは、嘘はついておらず、なぜか本当に嬉しそうです。
私には、不意打ちに失敗して敗れたのに、敗れた方が喜ぶ理由がわかりません。
そんな私の疑問に答えるように、『軍師』は言葉を続けます。
「君たちの力を試させてもらった。ウサギのお嬢さんの実力は知っていたが、残りの四人がたった三日でどこまで強くなれるのかをね。そして、その力は私の想像を超えていた」
『軍師』は、そう言うと私たちの顔を見渡します。
「君たちに提案がある。今すぐこの国を離れたまえ。明日の戦いは仕組まれている。商国中の有力な傭兵団が集められているからな。あの女は、君たちに勝たせる気など、さらさらない」
『軍師』の言葉を聞いた私は、己の浅はかさに、思わず頭を抱えてしまいそうになります。
リオやミーチャの一連の出来事から、アマンダが、リスクを背負わず確実な利益を狙う女だということは分かっていたはずなのに。
心音を絶対的に信じ、都合の良い解釈で、せっかく集めた貴重な戦力ごと無駄にしてしまうところでした。
「仲間たちのことなら心配するな。既に君たちが助け出した獣人たちは保護しているし、残りの獣人たちも可能な限り私の仲間に保護させよう」
耳に魔力を込めて心音を聞き続けていますが、嘘は言っていないようです。
だからこそ私は分かりませんでした。
私たちを助けることで、彼らに何のメリットがあるのか。
エディ様のように、慈悲の心で手を差し伸べてくれているわけではないのは間違いないでしょうから。
案の定、『軍師』はこう続けます。
「その代わり頼みがある。王国を。私たちの国を、必ず救ってくれ」
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