第171話 新たな王⑥
リオの合図と同時に飛びかかってきたのはローとルーです。
事前の打ち合わせもなく、息のあった連携で、私を襲う二人。
私は後ろへ跳躍し、それを回避。
けれども二人は、黒い疾風となって、私へまとわりついてきます。
圧倒的なスピード。
しかも相手は二人がかり。
それを私は回避し続けます。
考えてから回避したのでは間に合わないので、本能のままに動いて。
戦闘には不向きなウサギですが、逃げること、避けることに関してはむしろ肉食動物より優れています。
だからといって、避け続けて相手の魔力切れを待つ、なんてことは考えていません。
それでは彼女たちが、心の底から私に従うことはないでしょうから。
ただ勝つのではなく、力の差を見せつけて勝つ。
それが私の勝利条件です。
私へ次々と襲い掛かるローとルーの後ろでは、ミーチャが隙を伺いながらこちらを覗いていました。
右上からのローの左手による攻撃。
後ろへ跳んで回避。
左下からのルーの右足による蹴り。
上へ跳ねて回避。
回避。
回避。
回避。
踊るように。
本能のままに。
避け続ける私。
ローとルーの完璧な連携。
そこに隙を見出すのが難しいのは、傭兵団長との戦いを見ていたので分かっています。
ただ……。
回避を続ける中で、私は敢えてバランスを崩し、よろけます。
それを見たミーチャが飛びかかってきました。
隙を一切見逃さない、野生の虎さながらのミーチャだからこその攻撃。
ワザと作った隙であるとはいえ、これ以上ないタイミングでの攻撃はさすがと言えます。
でも。
だからこそ私は狙っていました。
私の攻撃の要である両脚は、転ばないよう踏ん張るために、地面へ向かって重心が下がっており、すぐには動かせません。
それを見たミーチャは、確実に私を仕留めるため、右手に魔力を集中させています。
見事な状況判断。
思わず感嘆の声を上げたくなりますが、代わりに私は頭の中である単語を呟きました。
『雷光』
体を動かす運動神経に、あらかじめ決めておいた電気信号を流し、記憶させた動きを再現する技。
運動神経なんて言葉も、電気信号による命令で体が動くなんてことも、エディ様に教わらなければ知りませんでした。
この技を使えば、強制的に筋肉を動かし、本来の体の限界を無視した行動ができるなんてことも。
もちろんその分、体に負担はかかりますが、魔力がその負担を軽減するので、丈夫さが取り柄の獣人の体が簡単に壊れることもありません。
ミーチャは、一撃で私を仕留めるため、右手に魔力を集中させ、右手以外の魔力が薄くなっています。
自分もそうだったから分かりますが、魔力を覚えたての者が陥りやすい罠です。
私の体は後ろ向きに倒れながら、その倒れる反動で、右足を振り上げ、後方へバク宙をするように回転しながら、魔力が薄くなったミーチャの顎を捉えました。
全力で蹴ってしまうとミーチャの頭を爆散させてしまいかねないので、軽く顎先を蹴って脳震盪を起こすよう角度と魔力量を調整しながら蹴ります。
ーートンッーー
軽い音を残し、ミーチャの顎先を蹴り抜いた私。
そのまま、崩れたバランスを空中で立て直し、仰向けに倒れるミーチャの横へ着地しました。
動揺し、一瞬動きが止まる二人の狼の獣人を横目に、右足に魔力を込めた私は、ミーチャの顔面を踏み抜くそぶりを見せます。
私をよく知る人なら、貴重な戦力になるかもしれないミーチャを、これ以上傷つけることはないと分かるでしょう。
でも、初対面で、しかも私のことをよく思っていないローは違いました。
何より、ローがミーチャのことを大事に思っていることは、その言動や心臓の音から明らかです。
大切な人を守るため、激昂し、私に襲いかかってくるロー。
ローの攻撃は確かに速く鋭いです。
でも、対処できない速さではありません。
それ単体ではローザさんの突きにはかなり劣ります。
ロー相手に苦戦していたのは、ルーとの連携があったから。
激昂し、連携の崩れたローの攻撃は恐るるに足りません。
その直線的な攻撃をひらりとかわし、鳩尾に左膝を打ち込みました。
ーーゴフッーー
急所への一撃で、うずくまるロー。
残すはルー一人です。
私はルーへゆっくりと視線を向けました。
「……まだやりますか?」
質問する私に、ルーは首を横へ振ります。
「本当の戦いなら死ぬまで戦いますが、今はそうではありませんので。貴女の実力も、自分たちの実力のなさもよく分かりました。できればすぐに、ミーチャと兄の手当てをさせていただけるとありがたいです」
私は、気絶したミーチャと、蹲るローに、自分の魔力を優しく流し込みます。
すぐに起き上がるミーチャとロー。
ローは真っ直ぐ私を見据えます。
「……完敗だ。だが、あんたほどの実力があっても、傭兵団は倒せないのか?」
私は頷きます。
「一人では無理です。でも、皆さんが私に従ってくれるなら、可能性はあります。私に任せていただければ、皆さんなら三日で私なんかより強くなれると思いますから」
そう答えた私を、ミーチャが品定めするように見つめます。
「それならさっさと鍛えてくれ。時間が惜しい」
ミーチャの言葉に、私は首を横に振ります。
「……それはできません。今話した通り、恐らく三日後には皆さんは私より強くなります。そうなった後では、皆さんは私の言うことなど聞いてくれないでしょう。だから、私と奴隷契約を結んでください。結んでいただけるなら、私の知る全ての知識で、皆さんを強くしましょう」
奴隷契約というのは、自分の全てを明け渡すに近い行為です。
魔力を使えなかったリオとは違い、既に魔力が使えるようになっている今の三人が素直に従ってくれる可能性は、低いかもしれないと考えていました。
きっと三人なら、私などから何かを教わらずとも、いずれは強くなれるでしょうから。
彼女たちにとっての問題は残された時間だけ。
すぐに強くならなければ彼女たちの身も危ないのは、彼女たちも承知しています。
彼女たちが、どう判断するかは運任せでした。
最悪、リオと私だけでこの国を逃げ出すのも選択肢に入れなければなりません。
「私は君の奴隷になろう。このままでは勝てないのは分かった。すぐにでも仲間を助けに行きたいが、その前に私自身が敗れ、奴の玩具にされてしまっては意味がない。あの女と組むのだけはどうしても嫌ではあるが、我儘にを言える立場ではないからな。そこは全て解決した後、個人的に復讐することにしよう」
そんなことを考えていた私の不安を吹き飛ばすように、ミーチャがそう答えました。
「悔しいがそれしかないな。三人がかりであそこまでやられちまった後で、それでも俺たちだけで勝つと言えるほど、バカじゃねえ」
ローもそれに続きます。
「私も、自分の力のなさを痛感しました。約束は守ります」
ルーもそう言って私を見ます。
自分から提案した話ではありますが、いざ受け入れられると疑問が浮かびます。
なぜ、見ず知らずの私の奴隷なんかになれるのか。
虎と狼という、誇り高い肉食獣の獣人が、ウサギなんかの下につくことを許容できるのか。
「本当にいいんですか? 実は騙そうとしてるかもしれませんよ?」
私の言葉に、三人は顔を見合わせて笑います。
「それなら仕方ない。あんたの強さは本物だ。戦いの苦手なウサギのあんたがそこまで強くなるには、想像を絶する鍛錬が必要だったはずだ。大切な人のためにそこまで頑張るあんたが悪いやつなら、大人しく騙されるしかない」
恐ろしく短絡的で、お人好しすぎる獣人たち。
だから人間の罠にかかり、搾取され、犯され、ゴミのように扱われそうになる。
そんな彼女たちを自分の目的のために利用する私にとっては、彼女たちのその短絡さは願ったり叶ったりです。
だからこそせめて。
彼女たちを鍛えて。
魔力が使える人間にも負けない力を身につけさせて。
エディ様を助けた後は、彼女たちの目的を果たさせてあげたい。
私はエディ様に教えていただいた全てを彼女たちに教えることにしました。
自分の目的を果たすために。
少しでも彼女たちに報いるために。
私が彼女たちに教えたことはシンプルです。
魔力の強化方法。
魔力の使い方。
簡単な魔法。
たった三日しかないので、どれも付け焼き刃にならざるを得ません。
ただ、魔力の強化については、短期間で効果的な方法があります。
拷問に近い苦痛を与えること。
精神が壊れるリスクと背中合わせですが、短期間で強くなる一番の近道はこれです。
私の人生は、とても恵まれていたとは言い難いですが、リオたちの人生もまた、厳しいものだったことは四人の目を見れば分かります。
ぬくぬくとした人生を送ってきた者たちとは瞳の強さが違うからです。
一番大人しく見えるルーですら、生半可な人間とは比べ物にならない目をしていました。
きっと四人なら乗り越えられるでしょう。
私が課すのは、魔力のアップのための拷問。
普通の人なら間違いなく気が狂う拷問。
気がふれるギリギリを狙い。
後遺症が残らないギリギリを狙い。
拷問を課す私。
限界まで精神と肉体を傷つけているにもかかわらず、四人は耐えてくれました。
エディ様がそうしていたように、私は自身が彼女たちの模範になるよう、自分に一番厳しく負荷をかけたのも少しは効果があったのかもしれません。
もともと、草食獣の私より戦闘向きのリオたち。
魔力量こそまだ私の方が上でしたが、三日目には、一対一でも勝てるか自信がなくなるくらい、彼女たちは強くなりました。
エディ様の元で、一ヶ月以上鍛えてもらっていた身からすれば悔しくもありますが、全体の底上げができたことは喜ぶべきことです。
筆舌しがたい苦痛を与える傍ら、自分が持てる知識も全て彼女たちに与えました。
例え魔法は使えなくても、知っていることは武器になりますから。
エディ様のようにうまく教えることはできていないでしょうが、できるだけ分かりやすく、学校で勉強したことなどない四人でも理解できるよう努めました。
豪腕を誇るリオとミーチャ。
疾風のようなローとルー。
それぞれの特性を活かし、うまく連携できれば、例え無勢でも、傭兵団に勝つことも可能でしょう。
あとは、彼女たちの主人である私の差配次第。
責任重大ではあります。
でも、ここで負けているようでは、より強大な四魔貴族の支配から、エディ様を助け出すことはできません。
いずれにしろ、今夜はゆっくり休み、次の日に備えよう。
私はそう考えていました。
……でも、その考えは間違っていました。
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