第170話 新たな王⑤
「助けてもらったのには礼を言う。魔力を使えるようにしてもらったのにも感謝だ。だが、ミーチャたちを嵌めた女商人と組む気はないし、初めて会ったばかりのあんたの目的に従う気もない」
そう言葉を続けるロー。
言葉には発していませんが、恐らく同じ思いの虎の獣人ミーチャと、狼の獣人ルー。
威圧感に呑まれそうな私を助けてくれたのはリオでした。
「みんな顔が怖いにゃん。まずは助かったことを喜んで欲しいにゃん」
リオの言葉に、まずはルーの表情が緩みます。
「確かにそうですね。まずは感謝を。貴女がいなければ、私はローに犯されて、その後は結局、あの男の餌食になっていたでしょう。約束なんて守る相手じゃなさそうでしたから。その点は感謝です」
そこまで笑顔で話した後、ルーの表情が急に厳しくなります。
「でも、ローが話した通り、あの女商人はどうしても許せません。そして、貴女の目的にも従えません。捕まった仲間たちの救出。それが最優先です。その後なら先程の約束通り、貴女の奴隷になります。私たちが約束したのは奴隷になることだけ。貴女の目的に従うことも、今すぐ奴隷になるかどうかも約束はしていません。でも、まずはあの男に捕まらないよう、すぐにこの場を離れましょう」
ルーの提案を聞いた私は、思わず笑ってしまいます。
「ふふふっ」
そんな私を見たルーが憤ります。
「な、何がおかしいんですか!」
私は笑うのを止め、耳を動かします。
「貴女は人間を舐めすぎです。せっかく手に入れた獲物を逃すわけないじゃないですか。周りはあの傭兵団の手下が包囲しています。仮に包囲から逃げ出せてもすぐに追手が来るでしょう。貴女たちが自由を得るには、私と一緒にあの傭兵団を倒すしかありません」
そんな私とルーのやりとりに、ミーチャが口を挟みます。
「……嫌だと言ったら?」
ミーチャの問いかけに、私は答えます。
「私とリオだけでこの場を離れます。二人だけなら、追っ手を振り切って逃げる手段を、私は持っていますから。貴女たちを助けたのは、リオがどうしても助けたいと言ったからです。私の目的に協力していただけるなら、私も引き続き貴女たちを助けますが、そうでないなら用はありません」
私の返事を聞いたミーチャは、今度はリオを見据えます。
「……リオは仲間を救おうとは思わないのか? 私が愚かな為に無様に作戦に失敗し、そのせいで捕まってしまった哀れな同胞を、助けたいとは思わないのか?」
ミーチャの質問に、リオは答えます。
「残念ながら、私たちだけではそれは無理にゃ。魔力さえ使えるようになれば、私は誰にも負けなくなると思っていたにゃ。でも私は、そこにいるウサギの獣人であるご主人にすら勝てなかったにゃ」
リオは私の方を見ます。
「私は自分の力を過信するのはやめたにゃ。このままでは人間を倒し、仲間を救うのは無理にゃ。だから私はご主人を信じ、ご主人の指示に従うにゃ。あの女商人は今すぐ私も噛み殺してやりたいけど、好き嫌いだけで判断はできないにゃ。ご主人は、ご主人の大切な人を助け出したら、仲間を助けに行ってもいいと言ってくれたにゃ」
リオは顔を引き締めます。
「今のままではどの道仲間は救えない。でも、ご主人に従えばきっと強くなり、いずれ仲間を救うことができる」
リオはそう言うと笑顔を作りました。
「ご主人は私に魔力という奇跡を与えてくれたにゃ。次の奇跡も信じてみたいにゃ」
リオが私に向けてくれた笑顔には、打算はなく、心の底から私を信じてくれていることが分かりました。
リオは、今度はミーチャたちの方へ視線を向けます。
「私は心の底から望んでいた魔力が使えるようにしてもらって。しかも変態人間の奴隷になりそうだったところを助けてもらって。ご主人には感謝しても感謝仕切れないにゃ。ミーチャたちは違うのにゃ?」
「それは……」
リオからの問いかけに押し黙るミーチャたち。
「私は契約魔法でご主人の奴隷になったにゃ。だからご主人の言うことには何でも従うにゃ。でも、みんなはまだ奴隷じゃにゃい。どうするか考えて欲しいにゃ」
思いもかけないリオの言葉に、私も次の言葉を発せなくなってしまいました。
リオを助けたのも。
リオに魔力を与えたのも。
全ては自分のためなのに。
「リオが言っていることは分かる。それでも私……」
リオの言葉はミーチャたちにも届いているようではありました。
それでもなお、私に従うことをよしとしないミーチャたち。
こんな時、エディ様ならどうするでしょうか。
人間の天敵であり、人間を下に見ているはずの魔族も。
誰にも媚びそうにない気高い女騎士も。
そして、人間なんて嫌悪と恐怖の対象でしかなかった獣人である私も。
みんなエディ様に惹かれ、エディ様の為なら命を捨てることすら厭わないようになりました。
エディ様が魅力的な男性だから?
それもあるかもしれません。
でもきっと、エディ様が女性だったとしても、きっとそれは変わらないはずです。
エディ様という人が人として魅力的だから。
私も含めた皆んながついてきているのでしょう。
私には、エディ様のような人としての魅力はありません。
そんな私がどうすればミーチャたち三人の信頼を得られるのか。
どうすれば彼女たちに声を届けることができるのでしょうか。
私にできることは限られています。
口下手な私では、言葉による説得は無理でしょう。
人付き合いをしてこなかった私では、感情に訴えるのも無理でしょう。
私は考えます。
エディ様ならどうするか。
自分なんかより強く、誇り高い、王の器を持った相手を、どうすれば思い通りに動かすことができるのか。
いくら考えても、馬鹿な私ではまともな案が浮かびません。
私は、難しく考えるのをやめ、シンプルに行くことにします。
私はエディ様のようにはなれません。
獣人らしく、本能のままに動くのみ。
私は賭けに出ることにしました。
「皆さん、仲間を助けたい気持ちは分かりました。でも、何度も言いますが、それは無理です。魔力が使えるようになろうが、貴女たちは弱いから」
私の言葉に、せっかくリオが緩めてくれた空気が変わり、ピンと張り詰めるのを感じます。
か弱い草食動物に過ぎない私の今の発言は、彼女たち肉食獣の頂点にいる獣人にとっては侮辱以外の何ものでもないでしょう。
怒気を孕んだ視線に、怯みそうになる気持ちを奮い立たせて、私は言葉を続けます。
「勝負で決めましょう。三対一で貴女たちが勝てば、貴女たちが強くなるのをお手伝いし、すぐに貴女たちの仲間を助けにいきましょう。奴隷になる約束も反故にしてもらって結構です。その代わり、私が勝てば、すぐに奴隷になってもらいます。そして、先に私の大切な方を助けに行きます。私の大切な方を助けに行く過程で、貴女たちは十分な強さをしっかりも身につけ、私の目的が終わってから、仲間を助けに行ってください」
私の言葉に、ミーチャやローだけでなく、おとなしそうなルーまで憤慨しているのが分かりました。
「ご主人。さすがに三人を舐め過ぎにゃ。私が助太刀するにゃん」
リオの提案はもっともです。
ミーチャたちもおそらくそれを受け入れるでしょう。
でもそれじゃダメです。
勝負には勝てても、ミーチャたちが私に心から従うことはないに違いありません。
圧倒的な力を見せて、彼女たちに私を、リーダーだと認めさせる。
それが私の考えた解決策でした。
「一人で大丈夫です。リオは三人の心配をしてあげてください」
挑発と捉えられても仕方ない発言。
案の定、三人の怒りは今にも爆発寸前でした。
「戦闘不能になるか、参ったと言ったら負け。ルールはそれだけです。加減はしますが、三日後戦力になっていただかないといけませんので、大怪我はしないように頑張ってくださいね」
私の言葉に、ついに我慢しきれなくなったローが口を開きます。
「加減なんていらねえ。あんたこそ、その綺麗なお顔と体が、傷だらけになっても知らないからな」
ローの言葉に私は笑顔で返します。
「ご安心ください。かすり傷ひとつ受けずに私が勝ちますから」
私は一通り彼らへの挑発を終えて、ふっと一息吐きます。
身体能力は彼らの方が上。
戦闘経験も彼らの方が上。
魔力量は私の方が多いですが、それも三対一の不利を余裕で挽回できるほどの差ではありません。
魔力を用いた戦闘への慣れ、という点でも、ほぼ優位性がないことは、先ほどの戦いでよく分かりました。
どう考えても私が不利。
まともに戦ったら、私が勝つはずがない。
普通はそう思うでしょう。
リオが助太刀しようとし、ミーチャたちが舐められていると憤慨するのももっともです。
……でも。
だからこそ意味があります。
ここで勝てば、ミーチャたちも間違いなく私へ一目置くはず。
強い者に従う。
それが獣人としての本能ですから。
「リオ、合図を」
私の声に、身構えるミーチャたち三人。
リオが右手をあげます。
「始め!」
そして、群れのリーダーを決める戦いが始まりました。
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