第167話 新たな王②

 私は獅子の獣人に手を差し伸べました。


「お礼を言われるようなことは何もありません。結局私は、数えきれないほどの同胞を見捨て、自分の目的のために貴女を利用するのですから」


 私の言葉に、獅子の獣人は首を横に振ります。


「いいや。ご主人がいなければ、私も、これから助けに向かう三人も、人間の手に落ちてしまったこの店の店員たちも、人間に食い物にされ、惨めに死ぬしかなかった。それをご主人が変えてくれてし、今からも変えてくれる」


 私は、獅子の獣人の目を見つめます。


 この期待に満ちた目に、私は応えなければなりません。

 いつも私たちの期待に応えてくれようとする私の大切なご主人様のように。


「まずはこの店の店員を助けにいきましょう。三人を助けるのはその後です」


 私の言葉に獅子の獣人リオは、疑問の色を浮かべました。


「三人はまだ戦っているかもしれない。最悪殺されるかもしれない。……それに店員たちはもう、人間たちの手に落ちてから一日たった。悔しいが、助けに行ったところで、既に心に傷を負っているだろう。急ぐなら三人からではないか?」


 そう言って首を傾げるリオに、私は首を横に振ります。


「欲深い人間たちは、貴女が選ぶほどの貴重な品物である三人を、簡単に殺すようなことはしないでしょう。それに、大規模戦闘中の今助けに行っても、私たち二人も捕まってしまうだけになります。三人を助けに行くのは、三人が個人の手に渡ってからです」


 私の言葉に、リオは厳しい顔をします。


「……三人のうちの二人は容姿の整った女だ。人間の手に落ちれば、すぐさま慰み者にされてしまうだろう」


 リオの言葉に、私は下を向きます。


「……命と作戦の成功には代えられません。人間がすぐに手を出さないことを祈るしかないでしょう」


 私の言葉に、リオは一瞬獰猛な目をした後、悔しさを押し殺し、頷きました。


「……分かったよ、ご主人」


 もちろん最速で動くし、できることなら慰み者になる前に助けたい。

 でも、その代わりに私やリオが死んでしまっては意味がありません。


 リオは私に質問します。


「店員たちを助けに行くのはいいが、居場所が分からない。ご主人には何かあてがあるのか?」


 私は頷きます。


「以前この店に来た際に声を聞いた方なら……」


 私はそう言った後、耳に魔力を通します。


「魔力を込めて耳を澄ませば、声を拾えます。それで場所は掴めるでしょう」


 リオは私の言葉に驚いた表情をした後、すぐに真剣な顔になりました。


「ココ……猫の獣人の声は拾えるか?」


 リオの問いかけに、私は耳を澄ませます。


 そして……思わず顔をしかめてしまいました。


「拾えましたし、居場所も分かりますが……」


 私の言葉と表情で状況を察したはずにもかかわらず、リオは表情を変えずに返事します。


「……すぐにそこへ向かいたい」


 仮に行く前の肉食獣の目をしたリオはそう言いました。


「分かりました」


 私とリオは、すぐにココと呼ばれた猫の獣人のもとへ向かいました。


 魔力を体に流し、風のように駆ける私とリオ。


 目的地へ近づくにつれ、魔力を込めた私の耳に入る彼女の声は大きくなります。


「や、やめて!」


 泣き叫ぶ猫の獣人の声。


「へへへっ」


ーービシッ!ーー


 そんな声を無視し、下卑た笑いを浮かべながら鞭を振るう中年の男の声と、鞭で打たれる肌の音。


「やっぱり痛ぶりながら犯すなら獣人に限るよな。丈夫で、そう簡単に壊れる心配はないし、魔力がないから反撃や逃げる心配もしなくていい」


ーービシッ!ーー


 再び唸りを上げる鞭の音。


「それに何より、これだけの外見でしかも処女だっていうのに、値段も安い」


ーービシッ!ーー


 再度鞭によって打たれた肌が悲鳴を上げます。


「おいおい、もうへばるなよ。もう少し頑張ったらご褒美をやるから」


ーーカチャカチャッーー


 そう言った後、おそらくベルトを緩めている中年の男。


 聞いているだけで胸糞悪くなる会話。


 人間の男は、エディ様を除き、やはりみんなクズのようです。

 発情期を迎えた動物より始末に負えません。


 貴重な魔力の無駄遣いになるのは分かっていましたが、私は我慢できずに思わずリオを抱き抱えます。


「お、おい、ご主人」


 突然の私の行動に戸惑うリオのことは無視して、私は跳躍します。


 数百メートル跳んで降りたところは、この国ではそれなりに知られた商人の家の前でした。


「なんだお前ら?」


 そう言って歩み寄ってくる門番二人に、蹴りを一閃ずつお見舞いして失神させると、私は戸惑うリオを連れて、屋敷の中へ入りました。


 声は地下の方から聞こえます。


 私が地下の扉を蹴破り、リオと共に中へ入ると、そこには、痛々しく赤黒いアザを全身に負った全裸の猫の獣人と、下半身丸出しの小太りの中年男、それに護衛と思しき二人の傭兵風の男がいました。


 その様子を見た瞬間、私が動くより早く、リオが疾風のように駆けました。


 爪を振りかぶって小太りの中年男を襲うリオの前に、二人の護衛が立ち塞がります。


ーーズサッーー


 彼らが張った魔法障壁を、リオの爪はバターのように切り裂きました。


「なっ……」


 声なき声を上げる二人の護衛を、リオに一拍遅れて飛び出した私が蹴り倒します。


 何が起きたか理解できない小太りの中年男に、リオはツカツカと歩み寄ると、その鋭い爪で、男の下半身に付いた突起物を切り落としました。


「ぎ、ぎゃーっ!」


 悲鳴をあげ、泡を吹いて倒れる男の服で、リオは汚れた爪を拭うと、男には見向きもせずに、傷だらけで震える猫の獣人のもとへ歩いていきます。


 寒さに震える子猫のようにリオを見上げた猫の獣人は、声を上げて泣きながら、いきなりリオに抱きつきました。


「ココ。助けに来るのが遅れて悪かったにゃ。私が来たからにはもう安心にゃ」


「う、うわーん。怖かったよー。あの気持ち悪い男に犯されて、死ぬまで苦しむのかと思ったよー」


 リオはそんなココを抱きしめながら、優しく声をかけます。


「もう大丈夫にゃ。私がついてるにゃん」


 ココを抱きしめながら、リオはココに告げます。


「でも、これから他の子たちも助けに行かないといけないにゃん。ココは私の家に帰っておいて欲しいにゃ」


 ココは涙に潤んだ目で頷き、リオを見上げました。


「お願い、リオ。みんなを助けてあげて」


 リオはとびきりの笑顔で答えます。


「もちろんにゃ。だから少しだけ待っててにゃ」


 部屋の隅にあった服をココへ渡し、その場を離れようとしたリオと私に、股間から血を流した男がいつの間にか立ち上がり、声を荒げます。


「お、お前たち! こんなことしてただで済むと思うなよ! 二人ともグチャグチャに犯した後、地獄の苦しみを与えてやる」


 リオと私は、顔を見合わせます」


「こいつ、うるさいにゃん」


「確かに。正直、こんな人間どうでもよかったのですが、うるさいし、後もめんどくさいので黙らせましょう」


 せっかくの生き残る機会を捨てたバカな男を二度としゃべらなくした後、リオと私は、リオの同僚たちを助けてまわりました。






 ……結果として、ココと同じように無事助けることができたのは三名のみ。

 残りは、犯されすぎて心が壊れたり、再起不能の怪我を負ったり、既に命を失っていたりという、悲惨な結果に終わりました。


 昨日私が動いていれば、この子たちを助けることができたかもしれません。


 涙を流して震え、心を失って虚な目をする獣人の少女たちを見て、私は自分の目的のために彼女たちを犠牲にした自分が酷く浅ましいものに思えました。


 ……それでも。


 私は仮に昨日に戻れたとしても、きっと同じ選択をするでしょう。


 全てはエディ様のため。


 それは何があっても変わりません。


 ……ただ、自分の選択のせいで多くの同胞の未来を奪ってしまった私は、知らずのうちに唇を噛み締めていました。


 そんな私の肩に軽く手を置くリオ。


「ご主人。ご主人のおかげで被害は最小限で済んだにゃ。気にすることはないにゃ」


 いつまでも続けるふざけた語尾は私の気を和らげるためでしょうか。

 そんな気遣いが、余計に私の心を抉りますが、それを口に出すほど、人の気持ちが分からなくはありません。


 でもリオ。


 私には貴女に慰めてもらう資格はありません。

 本当なら助けることができた仲間を、自分の都合で助けなかったのですから。


 貴女を確実に自分の思い通りにするためだけに、犠牲にしたのですから。


 気高く優しい貴女なら、全員を守った後、素直に手助けして欲しいとお願いすれば助けてくれたかもしれません。


 でも、そんな不確実性に賭けられませんでした。

 それは、人を信用し、信頼することができなかった私の弱さなのですから。


「ありがとうございます、リオ」


 私はそんな気持ちを隠してリオの目を見ます。


 だからこそ。

 せめて、リオの望む三人は助けて見せましょう。


「今回の救出が、人間たちに伝わるのは時間の問題です。構えられる前に、貴女が救いたい仲間三名を教えてください。主要な方であれば声を覚えているので、恐らく居場所は分かります」


 私の言葉に、真剣な目へと変わるリオ。


 これから出す名前は、相当重いはずです。

 ……なぜなら、他の仲間を見捨てるのに他なりませんから。


「虎の獣人ミーチャ。狼の獣人ルーとロー。この三人を助け出したいにゃ」


 ミーチャとローは想定通りでした。


 個の力と統率力を考えるとこの二人は外せないでしょうから。

 ただ、ルーについては、少しだけ疑問が残ります。


「ミーチャとローは分かります。でも、ルーを助けるのは私情が入ってませんか?」


 確かに素材として悪くないのは間違いありませんが、たった三人しか選べない中の一人に選ぶほどかと言われたら、私にはそこまでとは思えません。


「確かにご主人が言うことも分かるにゃ。ただ、ミーチャが、自分の後を任せるならルーだと言っていたにゃ。ミーチャが言うなら間違いないにゃ」


 人選についてはリオに一任しました。

 これ以上私が口を挟むことではないでしょう。


「それではその三人を助けにいきましょう。三人とも、声は記憶しているので、話してくれさえすれば見つけられると思います」


 私の言葉にリオは頷きます。


「頼むにゃ、ご主人。ミーチャたちは、絶対になくしちゃいけない存在にゃ」


 リオの言葉に頷きながら、私は耳へ魔力を込めます。


 記憶した声が発せられるのを聞き漏らさないよう、耳を澄ませる私。


 声はすぐに拾えました。


 戦闘が終わってからかなりの時間が経っているのに、なぜか三人同一の場所から。

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