逆襲への狼煙
第166話 新たな王①
汚らしい人間の手から、私を救ってくださったエディ様。
エディ様が助けてくださったあの時。
私は物から人になることができました。
身寄りのない私を、側に置いてくださったエディ様。
獣人の私を、人間と同じように扱ってくださったエディ様。
取り柄のない私を、戦えるようにしてくださったエディ様。
エディ様は、私にとっての全て。
エディ様は、私にとって神よりも尊い存在。
私は、エディ様に全てを捧げることを誓いました。
エディ様のためなら、何だってやる覚悟があります。
エディ様のためなら、他の全てを犠牲にする覚悟があります。
エディ様のお側に仕えることが出来なくても。
エディ様が私のことなど忘れてしまっても。
私は、エディ様のためにできることを全てやると決めました。
ただ……。
エディ様の尊敬するアレスさんが死ぬきっかけを作り、エディ様を家畜のように扱う四魔貴族スサ。
その配下に過ぎない将軍クラスの魔族でさえ、私には倒せません。
しかし、エディ様を救うには、彼女たちを倒すことが必須です。
仮に私の跳躍でエディ様と共にその場は逃れることができたとしても、きっと追い続けられ、いつかは逃げられなくなる日が来るでしょう。
だから私は、己を磨き、仲間を集め、四魔貴族スサを倒さなければなりません。
例えそれがどれだけ無謀な願いだとしても。
そのための最初のピースが今、目の前でもがき苦しんでいます。
最強の獣である獅子の獣人。
魔力がなくとも、並の相手であれば魔力が使える騎士や魔術師すら倒してしまう恐るべき存在。
もしそんな存在が魔力を使えるようになれば。
間違いなく強力な戦力になるでしょう。
もちろん失敗する可能性のほうが高いのは間違いありません。
魔力が使える種族である人間でさえ七割は廃人になるか死ぬ方法。
それを魔力が使えない存在であるはずの獣人に施すのですから。
でも、これは彼女の望みでもあります。
強くなりたい彼女。
強い仲間が欲しい私。
お互い利害は一致しています。
……彼女が払う対価があまりに大きく、成功する可能性が恐ろしく低いというだけで。
自分が経験したことがあるからこそ分かる激痛。
これで気が狂ったり死んだりするならそれまででしょう。
もし無事生き残ったならば、例え魔力が使えるようにならずとも使いようはあります。
彼女が生き残ることだけを祈り、私は待ちました。
しばらくして、彼女の叫び声が止まり、彼女が前のめりに倒れ伏しまします。
私はしゃがみ込んで彼女の顔を覗き込みました。
顔を見ただけでは、彼女が魔力を使えるようになったか分かりません。
でも、答えはすぐに分かりました。
ーーゾクッーー
背筋を冷たい何かが通ります。
動物としての、か弱いウサギとしての本能が告げます。
今すぐ逃げろ、と。
自然界でライオンに遭遇したウサギに残された選択肢は、一つ。
一目散に逃げることのみ。
今、私は、そんな動物としてのウサギの気持ちが分かりました。
絶対的強者を前にした際の、命の危機。
生物としての絶対的な差。
そんな何かを私は彼女から感じました。
「……気分はどうですか?」
私は彼女に尋ねます。
「……くくくっ。はははっ!」
高らかに声を上げて笑う彼女。
「最高だ! 身体中痛いが、そんなことはどうでもいい。これが魔力か!」
獅子の獣人は立ち上がり、私を見ます。
その目に見据えられるだけで、本能的に逃げ出しそうになる体を、意志の力で抑えて、私は彼女の視線を受けました。
「君……いや、ご主人。ご主人に力を示せば、仲間を助けに行ってもいいんだよな?」
獅子の獣人はその獰猛な目に暗い光を灯し、私に尋ねました。
私は彼女を見定めます。
魔力量はまだ私の方が多いようです。
ただ、その身から発せられるオーラは強者のもの。
自分が勝つことを信じて疑わない自信に満ち溢れた姿。
その姿は、四魔貴族スサを思い出させます。
私の目に間違いはなかったという思いと、彼女を前にした恐怖。
その二つの感情を隠し、私は笑顔を作りました。
「はい。貴女が私の想像を超えてくれれば」
私の言葉を聞いた獅子の獣人はニイッと獰猛な笑みを浮かべます。
「ご主人。本気で行くけど、契約を使って約束を反故にしたりしないでくれよ?」
私は頷きます。
「もちろんです」
次の瞬間、獅子の獣人は私に飛びかかってきました。
目にも止まらぬ速さでの跳躍。
たった一度の跳躍で距離を詰めると、勢いそのままに、爪を振り下ろしてきます。
ーーブォンッーー
空気を切り裂く鈍い音が目の前を過ぎました。
反射的に後ろへ跳んで回避する私に、もう片方の腕で爪を振り下ろす獅子の獣人。
ーードンッ!ーー
避けきれなかった私は、魔法障壁でその攻撃を受け止めます。
とてつもなく重い攻撃。
たった一度の素手での攻撃で、私の魔法障壁がひび割れてしまいました。
それを見た私は、思わず問いかけてしまいます。
「貴女、もともと魔力を使えたんじゃないんですか?」
あまりにも淀みのない攻撃。
とても初めて魔力を使ったとは思えません。
これが戦闘に特化した肉食獣と草食獣の差なのでしょうか。
少なくとも私は、魔力を使い慣らすことができるまで、数日かかりました。
そんな私の声が聞こえていないかのように、自分の爪を見つめながらニヤッと笑う彼女。
「ハハッ。これが魔力か。最高だ」
高揚する彼女。
まるで魔力に酔っているかのように。
確かに魔力が使えるようになり、彼女の戦闘能力は飛躍的に上昇しています。
その潜在能力は、私が本能的に恐怖を感じるほどです。
でも、だからといってこのまま敗れるわけにはいきません。
急激に強くなったとはいえ、彼女の実力は四魔貴族には遠く及ばないでしょうし、彼女の仲間を襲っているこの国の傭兵にすら劣るでしょう。
同胞として。
主人として。
私がそれを教えなければなりません。
「ご主人。これで私の力は分かってくれたよな?」
自信たっぷりに、勝ち誇った顔でそう告げる彼女。
そんな彼女に、私は答えます。
「はい。よく分かりました。やはり貴女の仲間を助け出すには力不足です」
私の言葉に、ピクリと反応する彼女。
「ご主人。私は貴女以上の力を示した。今は冗談を聞いている暇はない。さっさと許可を」
どちらが主人が分からないような威圧感で彼女は、私に返事を迫ってきます。
そんな彼女に対し、私は首を傾げて返事しました。
「私以上? やはり、相手の力を見抜けない程度の力しかないじゃないですか」
私の言葉にカチンときた様子の彼女。
「……そこまで言うならご主人の力を示してみろ」
私は真顔で答えます。
「……怪我しても知りませんよ」
私の言葉に戦死の目をした彼女が答えます。
「臨むところだ」
私は彼女に笑顔を向けると、エディ様以外で唯一心を許した人間、ローザさんの二つ名を唱えました。
『閃光』
私の足元で爆発する魔力。
その名の通り、閃光を残して飛び出した私は、獅子の獣人の跳躍を遥かに超えた速度で彼女の眼前に迫ります。
爆発によって蹴り出した勢いそのままに、腹部へ回し蹴りを打ち込もうとした私。
通常なら視界に捉えることすら困難な速度の私の攻撃に対し、なんと彼女は、しっかり腕で防御の姿勢を取ります。
私は、そんな彼女に感嘆の思いを抱くと同時に、頭の中で、言葉を唱えます。
『雷光』
私の敬愛するご主人様から授けられた特別な技。
腹部へ向けられていた軌道は、私が記憶させた軌道へ無理やり変えられ、その足先は彼女の顎を掠めます。
生物としてあり得ない動きに、全く反応できない彼女。
私の蹴りは、彼女の脳を揺らし、そして彼女は仰向けにバタンと倒れました。
白目を向いて倒れる彼女を見ながら、私は汗を拭います。
エディ様やローザさんとの特訓のおかげで、今回はなんとか勝てましたが、初めて魔力を使った戦闘に臨んだはずの彼女の能力には、驚くばかりです。
私が彼女に抜かれるのは時間の問題でしょう。
私は、脳震盪によって気絶している彼女に、なんとか使えるようになっていた初級の回復魔法を施します。
起き上がった彼女は、一瞬状況が掴めずボーッとした表情をした後、私に気絶させられたことに気付き、下を向きます。
「……ご主人との力の差はよく分かった。確かに私はまだ、力不足なのだろう。だが……」
彼女は両膝をつき、地面に額を擦り付けて懇願してきます。
「それでも仲間を助けに行かせてほしい。奴隷のくせに我儘を言える立場でないのは理解している。それでも、ぜひ助けたい者がいるんだ」
私は考えました。
今、彼女の仲間たちを包囲しているであろう戦力は強大です。
圧倒的な数だけでなく、個人の能力でも私以上の者が何人かいることを確認していました。
それをたった二人でどうにかするなど余りにも無謀な話です。
ただ、なりふり構わず私なんかのために頭を下げる百獣の王の獣人の姿に、何も思わないでいるのは、私には無理でした。
一方で、なるべく早く、できる限りの戦力を連れてエディ様を助けに行くという目標についても、一歩も譲る気はありませんでした。
ただ、いかに潜在能力が高いとはいえ、この獅子の獣人一人では、戦力として心許ないのも事実。
私は、彼女に対して提案します。
これは、彼女への同情ではなく、あくまで戦力を増強するためだと自分に言い聞かせながら。
私にとって一番大切なのはエディ様を助け出すこと。
それは何があっても変わりません。
「助けるのは三人まで。そして、その三人には私の奴隷になってもらい、私の大切な方を助けるのに協力していただきます。その条件なら手伝いましょう」
私の言葉に、獅子の獣人は、目に涙を浮かべながら顔を上げる。
「ありがとうございます。助け出せた暁には、命をかけて貴女へ尽くします」
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