第168話 新たな王③

 私はリオを連れて、声の聞こえた方へ駆けます。


 跳躍するのが一番早いのですが、魔力温存のため、駆けることにしました。


 声が聞こえた場所はそれほど離れていません。

 駆けてもすぐに着くことができるでしょう。






 目的の場所に着いた私たちは、罠を警戒し、そのまますぐに家に突入するのは控え、外から聞き耳を立てることにしました。


「くくくっ。それにしても今回はボロい仕事だった。魔力も使えない雑魚どもを捕まえるだけで、金はたんまり手に入るし、俺好みのメスを二匹も手に入れられた」


 声の主は、ミーチャたちを一網打尽にした傭兵団の団長です。


 商国でも有名な実力派の傭兵団の長。

 その実力は折り紙付きで、正直なところ、私の手には余る相手です。


「二人が目当てならなぜ俺まで連れてきた? まさか俺のケツの穴に興味があるわけでもないだろ?」


 狼の獣人ローの言葉に、傭兵団長は笑い声を上げます。


「くくくっ。お前、このメスに惚れてるんだろ? そんなお前の前で気が狂うまで犯してやろうと思ってな。惚れた相手と実の妹。その二人を目の前で犯されたお前がどんな反応をするか気になったから連れて来た」


 傭兵団長の言葉に、ローが歯軋りする音が聞こえてきます。


「だが、ただ犯すのにも飽きてきたところでな。お前が、惚れたメスの前で、実の妹を犯すというのなら、トラのお嬢ちゃんの方は見逃してやってもいい」


 最低な会話が繰り広げられている室内。


 今すぐにでも助けに行きたいところですが、実力差を考えると、返り討ちに遭う可能性が高そうです。


「リオ。中にいる相手の実力は私たちより上です。残念ですが、救出は断念しましょう」


 そんな私の言葉に首を横に振るリオ。


「ご主人。私より強いご主人の見立てなら間違いはないのだろうにゃ。でも、それはできないにゃ」


 私はリオを睨むように見据えます。


「……それは、私が命令したとしてもですか?」


 リオも真っ直ぐ私の目を見返して答えます。


「ご主人がそんな命令を出さないことを知っているにゃ」


 こちらを見据えて離さないリオの目を見た私は、ため息をつきました。


「ふぅ……。今いる敵は、私たち二人で戦うにはこちらの戦力が不足しています。だから戦力を増やしましょう」


 リオは首を傾げます。


「ご主人。残念ながら魔力を使える獣人は私とご主人だけにゃ。他に誰か連れてきても足手纏いになるだけにゃ」


 私はリオの言葉に笑みを浮かべます。


「分かっています。だから言っているじゃないですか。増やす、と」


 私は未だ飲み込めていない様子のリオに告げます。


「リオはしばらく魔力なしで敵を引き付けてください。その間に私が戦力を増やします」


 私の言葉に、ようやく作戦が分かった様子のリオ。


「……ご主人。本気でやるのにゃ?」


 私は頷きます。


「はい。リオ同様、他の皆さんもきっと、力を欲していると思いますから。死ぬのが怖くて私の提案を拒むような人を、リオも助けようと思ったわけじゃないでしょう?」


 私の言葉に頷くリオ。

 私はそれを確認すると、扉を蹴破り、中へ入りました。


 声の聞こえた部屋まで向かうと、そこには手枷をされ、足を鎖で繋がれた二人の美しい獣人と、葛藤で頭を悩ませる狼の獣人がいました。


 そんな三人から私たち二人の方へ視線の向きを変える男。


「おいおい。今日はなんてついてやがる。俺好みのメスが更に二匹も飛び込んで来るとは。ただまあ、今からお楽しみの時間だから、お前らはそこで待っていろ。後でたっぷり可愛がってやる」


 そんな男へ問答無用で飛びかかるリオ。

 魔力は込めていないので、我を忘れているわけではなさそうです。


「くくくっ。子猫ちゃん。そんなに俺とじゃれあいたいのかい?」


 リオの攻撃を、子供と遊ぶような様子でいなす傭兵団長。

 やはりその実力は圧倒的です。


 私はリオが稼いでくれた時間を無駄にしないよう、三人の獣人へ小声で声をかけます。


「時間がないから単刀直入に。命を賭ける覚悟があるなら、皆さんも魔力を使えるようになる可能性があります。七割の方が死んでしまうか発狂するらしいのと、反抗されると困るので後で私の奴隷になってもらうという条件付きですが、それでも構わない方は、手をこちらへ」


 本当なら奴隷契約を結んでからにしたいところですが、今は時間がありません。


「リオが連れてきてくれた者なら私は信用する。みんなを守る力を得られるかもしれないなら命など」


 虎の獣人ミーチャがまず手を差し伸べてくれました。


「私もミーチャの力になりたい」


 狼の獣人ルーが続いて手を差し出します。


「舐められっぱなしはもうたくさんだ」


 最後に狼の獣人ローが手をこちらへ伸ばしました。


 私は彼女たちの手を順番に握り魔力を流します。


「ああああっ!!!」

「きゃああっ!!!」

「ぐうっっ!!!」


 三者三様の悲鳴を上げ、蹲る三人。


 人間と同じ確率で使えるようになるなら、二人は使い物にならなくても、一人は残るはず。

 一人戦力が増えれば、戦いに活路は見出せます。


 そんな冷酷なことを考えながら三人の様子を見守る私に、リオの相手をしているはずの傭兵団長の声が聞こえました。


「おいおい、ウサギちゃん。人の玩具に何してくれてんだ? 仲間が酷い目に遭う前に殺しに来たのか? そんなふざけたことしてるなら、お前のお友達のこっちの猫ちゃんに、三人分のお楽しみを負担してもらうことになるぞ?」


 傭兵団長に殴られたのか腹部を押さえて地に伏すリオ。


 私はリオに目で合図を送った後、傭兵団長を睨みつける。


「私は殺しに来ました。……貴方をね」


 私はそう告げると、隠していた魔力を全身に流します。


『閃光』


 魔力を使えると相手に知られていない初撃が勝負です。


 私は足元の魔力を爆発させ、跳躍すると、その勢いのまま、渾身の蹴りを傭兵団長のこめかみへ叩き込みます。


 獣人は魔力を使えない。


 その先入観がある相手なら避けられないはずの攻撃。


ーードンッ!ーー


 しかし、傭兵団長は、そんな私の攻撃を魔力を込めた左腕で難なく防ぎました。


 私は中空で体制を整え、今度は逆の足で脇腹を攻撃します。


ーードカッ!ーー


 でも、この二撃目も初撃と同様、左手で難なく防がれました。


 私は蹴りの勢いを、そのまま後方への推進力に変え、傭兵団長から距離を取ります。


 格上なのは分かっていましたが、不意打ちに近いはずの初撃で、全くノーダメージだったのは完全に想定外です。


「いてて。なかなかいい蹴り放つじゃねえか。あの王国のやつから、ウサギの獣人で魔力が使えるやつがいるなんて話聞いてなければ、ヤバかったかも知れねえな」


 なるほど。


 確かに私が魔力を使うところを見た王国人は何人もいます。

 その一人と接点があったということでしょう。


「だがまあ、この程度なら俺の敵じゃない。悪いウサギさんにはお仕置きしなきゃならないな」


 そう言って卑猥な笑みを浮かべる傭兵団長の後ろから、爪を振り下ろすリオ。


ーーガキンッーー


 でも、完全な不意打ちであるその攻撃すらも魔法障壁で防がれます。


「まあ、一匹使えるなら、他のやつが使えてもおかしくないよな」


 振り向きもせずにそう呟く傭兵団長。


 王国では、二つ名持ちの騎士相手でも、私は十分渡り合えました。

 リオもそれに近い実力は持っているはずです。

 つまり、この男が王国の二つ名持ちと比べても、それより強いということでしょう。


 ただ、勝ち目が全くないとは思いません。


 四魔貴族スサには遠く及ばないでしょうし、アレスさんの方がまだ強かったと思います。


 あと一人か二人。

 こちらの戦力を増強できれば。


 そうすれば勝機が見えるはず。


 そう思った私に、強い口調で命ずる声が聞こえます。


「ウサギのねーちゃんは一旦下がれ。リオはそのまま牽制。俺とルーが撹乱するから、リオとミーチャで隙を見て挟撃しろ。ウサギのねーちゃんはトドメを頼む」


 いつの間にか立ち上がった狼の獣人ローの声でした。


 虎の獣人ミーチャと、もう一人の狼の獣人ルーも立ち上がり、手足の鎖を引きちぎると、ローの指示通りに動いています。


 三人から感じるのは紛れもない魔力。

 三人とも魔力が使えるようになるという想像以上の結果に、私は驚きが隠せませんでした。


「……雑魚がワラワラと。魔力が使えるようになったって雑魚は雑魚。大人しく俺のペットになるなら生かしてやる。歯向かうならめちゃくちゃに犯した後、死ぬより辛い苦痛を与えて殺す」


 決まり文句のような脅しをかけてくる傭兵団長。

 もちろん、そんな脅し文句に怯む者は一人もいません。


 私は、右手を傭兵団長に向けます。


『風槍!』


 私が使える数少ない無詠唱魔法で放たれた風の槍が、傭兵団長を襲います。


「ふんっ!」


 傭兵団長は、魔力を込めた大刀で風の槍を断ち切ります。


 もちろん初級魔法が通じる相手だとは思っていません。

 これはあくまで合図。


 その合図を受けたローとルーが傭兵団長へ飛びかかります。


 漆黒の旋風となった二人。


 嵐のような攻撃が傭兵団長を襲います。


 そんな攻撃を大刀一本で受ける傭兵団長。


 その実力は流石です。

 ただ、速度と連携に特化したローとルーの攻撃を全ては捌き切れず、魔法障壁を用いながら防御する傭兵団長。


「軽いっ!」


ーーブォンッーー


 そう叫びながら大刀を振りますが、その大刀で二人を捉えることはできません。


 前後左右に上下。


 自在に飛び回る二人に翻弄される傭兵団長。

 ただ、二人の攻撃も決定打にはなりません。


 傭兵団長の魔法障壁に弾かれ、ヒビ一つ入れることができない状況です。


 ただ、二人は二人だけで戦っているわけではありません。


ーードゴッ!ーー


 傭兵団長がローを叩き斬ろうと少しだけ大ぶりした隙を見逃さず、ミーチャの振り下ろした右腕が傭兵団長の側頭部を狙っって振り下ろされます。


ーーミリッーー


 ほんの僅かですが、音を立ててヒビ割れる傭兵団長の魔法障壁。


「くそがっ!」


ーーブォンッーー


 ミーチャを狙って振り上げられる大刀。

 ミーチャは後ろへ飛ぶことでそれを回避します。


 そして今度は、ミーチャを攻撃することによって生じた隙に、リオが攻撃を加えます。


ーードゴッ!ーー


 袈裟懸けに振り下ろされた右手の爪が、傭兵団長の魔法障壁を捉えます。


ーーミリッーー


 ミーチャの攻撃同様、ほんの少しだけ、音を立ててヒビ割れる魔法障壁。


 この段になって、少しだけ焦り始めたように見える傭兵団長。


 とても魔力を使えるようなって初めての実戦とは思えない三人。

 長年寝食を共にした熟練の兵隊たちのような息のあった連携。


 格上の相手に、これ以上ない活躍を見せてくれています。


 ただ、決定打を与え切れていないのもまた事実です。


 今は優勢ですが、このままの状況が続けば、魔力消費を計算できていないこちらが先に魔力枯渇に陥り、傭兵団長の方が有利になってくるでしょう。


 ローの指示通りに戦うならば、いかに早く私がトドメを刺すことが重要になります。


 レナやローザさんと一緒に己を鍛えていく中で感じましたが、私には彼女たち程の戦闘センスはありません。

 リオやミーチャにも遠く及ばないでしょう。


 それは生まれ持っての才能の差だけでなく、物心ついてからずっと戦いに身を置いてきた彼女たちと、そうでない私の差だと思います。


 でも。


 だからと言って強くなることを諦めたわけではありません。


 エディ様の側にいるには。

 エディ様のお役に立つには。


 強くなることが必須ですから。


 例え草食動物でも。

 これまで喧嘩すらしたことなくても。


 私は強くならなければなりません。


 人の何倍も努力し。

 何を犠牲にしてでも。


 私には新しい発想で技を考えるセンスも、戦いの中で何かを生み出す才能も、何もありません。


 誰かを模倣し、その技を繰り返し反復して、己の技として体に覚え込ませるのみです。


 ローザさんの『閃光』も。

 エディ様の『雷光』も。


 模倣し、反復することで使えるようになりました。


 そしてもう一つ。


 決して器用でない私にも使える技。


 敵であるその方が用いていたのは剣でしたが、私の武器は脚力のみ。

 上段から、全力で魔力を込めて、蹴り叩き落とすだけの技。


 ローとルーが撹乱し、ミーチャとリオが切り開いてくれた隙。


 私はそこを逃さず、軽く跳躍し、中空でくるりと回りながら、全力で魔力を込めた右足を上から振り下ろします。


『剛脚!』

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