第161話 魔王⑦

ーードンッーー


 いわゆるレールガンによって放たれ、プラズマ化した光弾は、ヨミへ届くことなく、地面に叩きつけられた。

 おそらくヨミの魔法によるものだろう。


「魔王様。敵を殲滅したことに対する褒美としては、些か乱暴ではございませんか」


 顔色一つ変えずにそう言葉を発するヨミ。


 私はそんなヨミへ笑顔を返す。


「そうかしら? もっと激しいものを選ぶべきだったと反省しているところよ」


 私とは対照的に、無表情で質問を投げかけてくるヨミ。


「……いつから気付きました?」


 私は少しだけ考えた後、質問に答える。


「何となく怪しいと思ったのは、貴女が大規模な攻撃魔法を使わないことに気付いた時だから、数十年前かしら。力を隠してるんじゃないか、ってね。確信に変わったのはつい先程、貴女が『月読』を使った時。それで分かったわ。……だってこの世界の人は衛星の概念も知らないし、当然、隕石の軌道計算なんてできるわけがないから」


 私は真っ直ぐにヨミの目を見ながら質問する。


「貴女、私と同じ世界から来た、女神もどきの手先でしょう?」


 私は質問しながらも、いつ戦闘に入っても大丈夫なように、臨戦態勢を維持しつつヨミの様子を伺う。


「……私は別にあの女の言うことなんて聞こうとは思っていないし、叶えたい願いなども特にない。貴女が良い為政者なら行動を起こすつもりはなかった」


 ヨミは私の目を真っ直ぐに見据えながら言葉を続ける。


「私は、力を持つ者がその力を正しく使わないのが許せないだけ。己が想い人と結ばれんがために、罪のない人間を大量に喰らい、仲間であるはずの魔族を虐殺する貴女を、私は許せない」


 私は、ヨミへ疑問を投げかける。


「私を倒すために、大量の人間の命を何とも思わない女神もどきは許していいのかしら?」


 ヨミは首を横に振る。


「貴女を倒したら次はあの女だ。この世の悪は、私が滅ぼす」


 私は思い返す。

 元の世界で人間だった頃の記憶を。


 一人の生徒がいた。

 正義感の塊のような少女が。


 警察官を父親に持つその少女は、剣道を極めていた。


 その実力は抜きん出ていて、高校一年生にしてインターハイで上位に食い込むほどだった。

 学業も優秀で、ユーキくんや私ほどではないが、学年でもトップクラス。

 まさに文武両道を地で行く優秀な生徒だったが、問題点が一つあった。


 その融通の効かない正義感だ。


 彼女には親しい友達はいなかった。


 どんな小さな不正も許さない彼女と付き合うのは、普通の人間には苦行でしかなかったからだ。


 部員にセクハラを行った剣道部の顧問を、竹刀で半殺しにした事件が、さらに拍車をかけた。

 相手に非がある話なので退学にはならなかったが、行きすぎた正義感は、時として悪より厄介だ。


 その日から、周りの人たちは、彼女を腫物のように扱った。


 ユーキくんのために、他のあらゆる犠牲を厭わない私も、周りからすると迷惑なのは否定しない。


 だが、己の正義のため、たった今、一万人分の命を背負った相手を簡単に屠ってしまった彼女もまた、迷惑な存在であるに違いなかった。


 私は愛に全てを捧げ、彼女は正義に全てを捧げている。

 捧げているものが違うだけで、彼女と私は同類なのかもしれない。


「それなら仕方ないわね。貴女の正義、理解したわ。でも、私はユーキくんのために、今ここで敗れるわけにはいかないの」


 私がそう伝えると、彼女は食べ終わったばかりの、聖女と名乗った人間の装備から剣を拾う。


「貴女が素直に殺されてくれるとは思っていない。だから、機会を伺っていた。残念ながら、私と貴女の間には絶望的な力の差があったから」


 ヨミは、女神もどきの加護が宿った剣へ魔力を通す。


「貴女と戦うために満たすべき条件は厳しかった」


 ヨミはそう話ながら、一歩間合いを詰める。


「一対一で戦うため、四魔貴族の護衛がない状況を作ること。魔力量の差を詰めるため、大量の質の良い食事を食べること。大規模魔術を防ぐため、近距離での戦いに持ち込むこと」


 ヨミはもう一歩間合いを詰めたところで止まる。


「今日、ようやくその条件を満たせた。魔力量の差はまだ埋め尽くせないが、近距離で短時間なら、私の土俵で戦える」


 ヨミは青眼に剣を構えた。

 そんなヨミに対し、私も土魔法で剣を構築し、同じく青眼に構える。


「私の称号は『剣士』。ある一定の距離以内にいる相手に、手にした武器と己の肉体以外での戦闘を禁じるだけの能力だ。だが……」


 ヨミはニヤッと笑う。


「私にとっては、これ以上望むことのないほど素晴らしい能力だ」


 不敵な表情のヨミ。


 もちろん元の世界でなら、全国トップレベルの剣士に剣で戦いなど挑まない。


 だが、私もこの世界で数百年、己の戦闘技術は磨いてきた。

 その中心は魔法だが、近接戦闘も鍛えていないわけではない。

 あらゆるケースで戦えるよう、備えてはいる。


「正義のために、貴女を討つ」


「愛のために、貴女を倒すわ」


 向かい合った私たちは、それぞれに戦う理由を述べた。


「参る」


 ヨミはそう告げると、一歩で間合いを詰め、超速の突きを繰り出した。


 身体能力の限界を超えた速さの突き。


 恐らくは、重力魔法で重力の向きを変え、こちらに落ちながら放たれたものだろう。

 剣士だから剣の実力のみで挑んでくるといった、可愛らしさは全くない攻撃。


 さっきの言葉を聞けば、普通は魔法など使わないと思う。

 彼女の言葉が正なら、おそらく『剣士』の能力発動前に魔法を使ったのだろう。


 正義を名乗っているくせに、勝つためには手段を選ばないようだ。


 持てる全てを出し尽くした上で挑んでくる姿勢は嫌いではなかったが、だからといって素直に負けてあげるほど、私はお人好しではなかった。


 緊急避難として、大量の魔力を込めた分厚い魔法障壁を張る。


 彼女の称号の制約下では魔法障壁すら使えないことも考えていたが、その心配はなさそうだ。


ーードンッ!!!ーー


 まるで隕石でも受け止めたかのような衝撃を、魔法障壁が受ける。


 かなり頑丈に設定したはずの魔法障壁が、一撃で砕け散った。

 その事実に少しだけ驚いた私に、ヨミは怒涛の剣撃を浴びせる。


 剣で受けるという選択肢もあったが、私は選ばなかった。


 ヨミが持つのは女神もどきの加護が施された剣。

 もし私が彼女の剣を身に受けると、その部位を自ら切り落としてから回復しなければならない。

 ヨミの場合は、私の攻撃を受けても、そのまま回復に移ればいい。


 その差は大きかった。

 剣で受けてしまうと、万が一傷を負った際に、もう一度自ら傷をつけ、それから回復を行うという動作が必要で、こちらの方がリスクが大きすぎる。


 ただ、魔法障壁にも問題はある。


 魔力の効率、簡単にいうと燃費が悪い。

 攻撃側はインパクトの瞬間だけ魔力を込めればいいのに対し、防御側は常に全方位へ十分な魔力を注がなければならない。


 それでも私の方が先に魔力が底をつくとは思えなかったが、ヨミが何も考えずに消耗戦を仕掛けてくるとは考えづらかった。


 何か秘策があると考えて然るべきだろう。


 このままでは、私から反撃もできないし、ヨミの秘策も分からない。


 私は一旦距離を取り、攻勢に出ることにした。


 魔法障壁を維持したまま後ろへ飛ぶ私を、ヨミは追撃してこない。

 距離を確保し、魔法障壁へ回していた魔力を剣へ回し、剣へ魔力を込めた時だった。


 この時を待っていたとばかりに、呪文を唱えるヨミ。


『地皇!』


 ずしりという負荷が、全身へかかる。


 つい先程、聖女を名乗る人間を殺した際の魔法。


 先ほどの言葉に騙されたが、称号による能力のオンオフは自在にできるのだろう。

 自分だけが一方的に魔法が使える近接戦闘。


 非常に厄介な能力だ。


 ブラフに上手くのせられてしまった私。


 条件は相手が圧倒的に有利だ。


 もちろん、私はこの魔法で潰れることはないし、身動きが取れなくなることはない。


 だが、多少動きは鈍る。

 その多少が、実力者同士の戦いでは大きく影響する。


 すかさず自分をこちらへ落とすことで距離を詰めてくるヨミ。


 その勢いのまま放たれた突きを、私は辛うじて受ける。


 だが、一連の動作の中で放たれた二連撃目の突きを、私は受けきれずに、腕を少しだけ切られる。


 大した傷ではないが、女神もどきの加護のせいで、すぐには傷が塞がらない。


 彼女が人間を食べることで魔力を増した後でも、スピードも攻撃力も私の方が遥かに上のはずだった。


 百倍の差が、今この時だけは十倍差くらいにはなっているかもしれない。

 それでも、十倍は開きがある。


 だが、そのことを踏まえた上で、私の動きを誘導し、虚をついてくるヨミの攻撃に、私は遅れをとってしまっていた。


 私の、一手、二手先を読むヨミの戦い方は、想像を超えたものだった。


 致命傷は避けているものの、私の体への傷が増えていく。


 私には奢りがあった。

 たとえ近接戦闘になっても、己が負けるはずのないという奢りが。


 例え剣の腕が劣っていても、圧倒的な魔力量の差と、身体能力の差で、どうにでもなると。


 ヨミの魔力量は、瞬間的に嵩上げされているとはいえ、未だ私の十分の一にも満たない。

 それでも私に傷を与えるだけの攻撃力が彼女にはある。


 まさか能力値が十分の一以下のもの相手にここまで追い詰められるとは。


 このまま致命傷を避けながらヨミの魔力切れを待つという選択肢もあるにはある。

 だが、私がこのままヨミの攻撃を避け続けられる保証はないし、先ほども考えた通り、ヨミが更なる隠し球を持っている可能性もあった。


 その選択肢は、命を賭けるにはリスクが高すぎる。


 魔法を放てれば、この局面を挽回できるかもしれないが、当然ヨミの称号は、私へそんな許可を与えてはくれない。

 怒涛の剣撃と称号による効果が、私に剣で戦う以外の選択肢を与えないように押し寄せる。


 全ての能力が百倍になる大魔王の称号がなければ、とっくの昔に詰んでいただろう。


 私は、ここまで私を追い詰めたヨミに、心の中で称賛を送りつつ、この戦いへ終止符を打つことにした。


「跪け」


 私の言葉に、急に剣を止め、片膝をつくヨミ。


 何が起きたか分からず、酷く動揺した様子で私を見上げるヨミ。

 その銀色の瞳には、疑問と恐怖が渦巻いていた。


「フフフッ。貴女の強さには驚いたわ。私が舐めてたっていうのもあるけど、今この瞬間、近接戦闘においては、貴女の方が私より上ね。貴女を倒すには、余裕など見せずに、遠距離から強力な魔法を打ち込むべきだった」


 私は、今にも飛びかかってきそうなヨミへ告げる。


「この魔王たる私を追い詰めた唯一の者として、貴女には称賛を送るわ」


 私はそう言ってヨミへ微笑みかけながら、頭を撫でてやる。


「……私に何をした?」


 当然の疑問を口にするヨミ。

 私は笑顔を崩さずにヨミの質問へ答える。


「教えてあげるから黙って聞きなさい。百年前、貴女を私の配下にしただけよ。配下が王の命令に従うのは当然でしょう? そうなるよう、名前で貴女を縛ったの」


 私がそう告げた瞬間、すぐに名前を放棄しようとするヨミ。

 ……だが、口をパクパクと動かしても、言葉が出てこない。


「フフフッ。おかしな子。黙って聞きなさいと命じられたんだから、喋れるわけないじゃない」


 私は、ヨミの顎に手をかけ、グイッと上へ向ける。


「さて。私の命を脅かした貴女を、これからどうしようかしら」


 私は、この後に及んでも私を睨みつけるヨミの目を見ながら、言葉を続ける。


「貴女の大好きな剣で細切れになるまで切り刻んであげてもいいし、食事用に飼ってる人間のオスたちの性処理要員として、発狂するまで飼ってあげてもいいわ」


 怒りで顔を真っ赤にしながら私を睨み続けるヨミに、私は、あらためて笑顔を向ける。


「でも、私はそんなことはしない。私を殺しうるほどの戦力。捨てるには惜しいわ。ユーキくんと私の幸せのため、貴女には力になって欲しいの」


 私はヨミの手を取って、私の考えを伝える。


「貴女の問題点は、正義なんていう、よく分からないもののために、全てを賭けているところだわ。その全てを賭けるものを、正義なんかじゃなくてユーキくんと私の愛に変えたら、貴女は私の配下として最高の戦力になる」


 私の言葉に、激しく首を横に振るヨミ。


 ……そんなことをするなら殺せとでも言わんかぎりに。


「大丈夫。変えられた後は、正義のことなんてどうでも良くなってるから。それと、ユーキくんがこの世界に来るまでは自由を与えてあげる。この国の東は何もないから、そこを貴女の領土にして、好きに治めるといいわ」


 私はしゃがんで、目線の高さをヨミに合わせる。


「名前の放棄と私への攻撃は許さないけど、最後に言いたいことがあれば聞いてあげる」


 私の言葉により、話ができるようになったヨミが私を睨みつけながら口を開く。


「私を殺せ。お前の言いなりになり、くだらない愛のために誰かを犠牲にするような人生はごめんだ」


 私は笑顔のままヨミに伝える。


「残念だけど、それは無理。愛の素晴らしさが分からないなんて、寂しい人生を送ってきたのね。これからユーキくんが来るまで、たっぷり時間はある。私がゆっくり愛について教えてあげるわ。だから貴女は、貴女の正義を忘れて私の愛に全てを捧げなさい」


 私の言葉に、ヨミは血の涙を流しながら、心で抵抗していたが、それも長続きはしなかった。


 すぐに血の涙は止まり、ヨミの目の光がすっと暗くなる。

 私は、試しに聞いてみた。


「貴女にとって一番大事なものは?」


 私の問いに、ヨミは暗い瞳で、まっすぐ私を見ながら答える。


「魔王様とユーキ様が結ばれ、幸せになること。そして、その愛が永遠に続くことです」


「……フッ、フフフッ。アハハッ」


 私は笑いが止まらなかった。


 私は、最大の危機を脱し、そして、私を倒しうる可能性まで秘めた最強の剣を手に入れた。


 もう、ユーキくんと私の愛を遮るものはない。

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