第160話 魔王⑥
「また人間どもが攻めてきました」
いつものように報告するナギ。
数年に一度の定例行事。
女神もどきの信者たちの国と、私たちの国との間に緩衝として設置しようとしている国は、未だ建国中で、その目的は果たせていない。
だが、ナギとナミや、彼らの三人の子がいる限り、人間など恐るるに足らなかった。
私の出る幕すらない。
だが、ナギたちが会敵するまでに、毎回幾らかの犠牲が出ているのも間違いなかった。
ユーキくんと私の国を支えてくれる民たちの死は、見逃せる問題ではない。
「今回の被害は?」
私の問いかけに深刻そうな顔を見せるナギ。
「一般兵が二百名以上殺されました。何より、スサの配下の将軍が一人倒されております」
ナギの報告に、私は少しだけ驚く。
これまで、将軍クラスの魔族に対抗できる人間はいなかった。
女神もどきの加護をもってしても、なんとか旅団長レベルと戦うのが精一杯だったはずだ。
それが二階級も上の将軍を倒すなんて……。
殺された将軍は私が名前を与えた者だった。
少なからぬ衝撃を受ける。
今までで一番の被害に、私は自分でも気付かないうちに冷静さをなくし、人間に対する憤りを覚えていた。
「私がいくわ」
私の言葉に慌てるナギ。
「い、いけません! 今回は将軍すら倒す強敵。御身に何かあれば、この国は終わりです」
そんなナギへ私は微笑みかける。
「大丈夫。どんな相手だろうと、私が負けることはないわ。それより、大事な貴方たちに何かある方が心配よ」
将軍を倒せるとなると、ナギたちでも万が一があるかもしれない。
私の言葉に、ナギの後ろから反論する声が上がった。
「お言葉ですが。我々は魔王様を守るための存在。そんな我々が敗れる前に、魔王様自らが立たれてしまうと、我々の存在意義がなくなります」
銀色の瞳で私を真っ直ぐに見据えながら、そう言葉を発したのはヨミだった。
「将軍に毛が生えた程度の実力しかないくせによく言うわね。意見をするなら貴方のお兄さんや妹に勝てるようになってからにしてもらえないかしら?」
ヨミは三人の兄妹の中では一番弱かった。
魔力量も多いし、肉弾戦における戦闘技術も高いので、将軍クラスよりは強かったが、強力な魔法を使うテラやスサには一歩劣る、というのが世間の彼女への評価だった。
侮辱と取られても仕方ない、私の突き放すような言葉に、ヨミは冷静さを失わず、言葉を返す。
「魔王様のお言葉はごもっともでございます。ただ、今の魔王様は配下を失われ、平静とは申し上げづらい状況かと。我々はあくまで魔王様の盾。盾が傷つくのを防ぐために、御身が傷を受けては本末転倒でございます」
ここまでストレートに、私へものを言う者は、この国にはいなかった。
ナギやナミですら、もっと気を遣った物言いをする。
ただ、確かに私はらしくもなく平静さを欠いていた。
あまりに変化のない生活と、ユーキくんと会えないもどかしさが、いつの間にか私から、いつもの自分を奪っていたらしい。
ヨミは言葉を続ける。
「父母と兄、それと妹の四人で、四魔貴族体制は成り立ちます。例え私が敗れたところで、国への影響は小さいでしょう。ぜひ私に、人間を討つ役目を果たさせてください」
私は考える。
確かにヨミが死んでも、ユーキくんと私の国への影響は比較的少ない。
ヨミに戦わせてみて、ダメなら私が戦えばいいだけかもしれない。
「許可しましょう。その代わり、もし敗れるようなことがあれば、この国を出て行きなさい。私の配下に弱卒はいらないわ」
ヨミは首を横に振る。
「いえ。敗れた時は死ぬ時です。負けて生恥を晒すつもりはございません。死体となった身でこの国を出るのは難しいので、ご容赦ください」
ヨミの言葉に、私は思わず笑みを浮かべてしまう。
「いいでしょう。私が直々に見届けてあげる。存分に戦いなさい」
私の言葉を聞いたヨミは頭を下げる。
「ありがとうございます。必ずや敵を打ち滅ぼしてご覧に入れましょう」
人間の国と魔族の国の国境沿いの森を大規模に燃やし、人間は攻めてきていた。
一万人を超える、これまでにない規模の数の人間。
その人間たちが地平を覆うように対陣していた。
その様は圧巻ですらあった。
いくら実力に開きがあるとはいえ、数の力は馬鹿にできない。
「これだけの数、一人で相手できるのかしら?」
私の前で、人間を見渡すように立つヨミ。
一対一万。
一騎当千の者でも十人必要な戦力差。
大規模魔法を使えるテラやスサならともかく、ヨミには難しいと思える戦場で、それでもヨミは笑みを浮かべていた。
「もちろんです」
ヨミはそう言うと、右手を天に掲げた。
「魔王様がかつて伝説の王戦にて使ったという魔法を拝借します」
ヨミの右手から大量の魔力が宇宙(そら)に向かっていく。
遠く離れた場所にいた敵の人間たちも、その異変に気付いたようで、慌て始めているのが遠目にも分かる。
空を見上げると、大気の摩擦で、燃えながら落下してくる物体が見えた。
『月読(ツクヨミ)』
自らの名前の元となった、私の母国の神の名を、ヨミが唱える。
ーーゴーッ……ーー
空気を切り裂きながら迫る大質量の流星が、眼前の人間たちの頭上へ迫る。
ーーカッ、ドドドドドドッ!ーー
かなり近づいたところで、小さく分裂した流星は、雨のように人間たちへ降り注ぐ。
人間たちが気づいた時にはすでに遅い。
ほぼ全ての人間たちが、跡形もなく消えていた。
あまりにも呆気ない結末。
「伝え聞いた魔王様の魔法に少しだけ手を加えました。大質量の隕石では、大きな窪みができてしまい、地形への影響が大きいので」
平然と告げるヨミは、流星雨が降り注いだ跡地へ目を向ける。
「まだ生き残りがいるようですね。残りも始末してまいります」
そう言って人間へ近づいていくヨミの後ろに、私はそっとついていく。
僅か数人しか残っていない人間たちは、ヨミを睨みつけながら、言葉を発する。
「今の魔法……。お前が魔王か?」
一万人の仲間が、たった一発の魔法でほぼ殱滅されたというのに、戦意を失わないままでいる人間に、私は警戒しながらも後ろから様子を伺う。
「答えてやる義理はない。魔法で潰されて死ぬか、剣で斬られて死ぬか、好きな方を選べ」
ヨミの言葉に笑みを浮かべる人間。
ママを思い出させる美しい容姿をした先頭の若い女性が答える。
「何を言う? 死ぬのはお前だ」
目の前にいる先頭の人間からは、連隊長程度の魔力しか感じない。
残りの人間たちも中隊長からよくて大隊長程度だ。
ヨミが負ける要素はかけらも見当たらなかった。
「力の差も分からぬ愚か者め。あの世で反省するがいい」
ヨミがそう言って右手を前に向けた時だった。
「力の差が分からないのはお前だ」
人間が言葉を発すると同時に、膨大な魔力が先頭の人間から発せられた。
あまりに強い魔力に、ヨミの表情から余裕が消える。
その魔力量は人間の限界をはるかに超え、私を除けば魔族でもトップクラスであるヨミよりも大きかった。
かつて私が魔王の座をかけて戦った兄よりも多いその魔力は、私がこれまで出会ったどの相手より多いことになる。
「な、なぜ人間にそのような魔力が……」
ヨミの言葉に人間は笑う。
「フフフッ。お前が殺した同胞たちの魔力だ。死の危険を感じた際、死ぬ前に神の秘術を用いることで、その魔力を聖女たる私へ譲渡することになっていたのだ」
あの女神もどきの考えることはどこまでも汚い。
己の命を犠牲にして魔力を他者へ託す魔法『サクリファイス』。
この場へ臨んだ人間たちは、初めから犠牲になることが決まっていたのだろう。
「分不相応な魔力をその身に宿したとて、お前も死ぬことになるぞ?」
ヨミの言葉に、聖女を名乗る人間は笑みを崩さない。
「魔王を倒せるなら本望だ。世界の平和の為、喜んでこの身を捧げよう」
聖女を名乗る人間の目からは理性を感じなかった。
狂気に染まった目。
信仰により、思考力が止まっているのだろう。
ヨミは、腰の剣を抜き、身構える。
「フフフッ。お前たちの将軍は、百人分の命で倒せた。今回は一万人。お前はあの将軍の百倍強いのかな?」
聖女を名乗る人間の言葉には答えず、ヨミは片手で剣を構える。
「やはり愚かだな、人間よ。勝敗を決めるのは魔力の量だけではない」
ヨミは、空いた左手を人間へ向けた。
ヨミの体から、瞬間的に爆発的な魔力が発せられる。
『地皇(ちこう)』
その瞬間、地へ縫い付けられたように這いつくばる聖女を名乗る人間。
側から見ていると、何の変化もないのに、聖女を名乗る人間は身動きが取れない。
聖女を名乗る者以外は、そもそもこの魔法で圧死したようで、すでに生きている気配がなかった。
「私とお前の魔力量を考えると、お前はすぐに動けるようになるだろう。さらに、今、私は他の魔法も使えないし、剣に魔力を込め続ける余裕すらない」
そう言いながら、人間へ近づいていくヨミ。
「な、何だ、この魔法は?」
人間の質問には答えず、歩み続けるヨミ。
「お前に言っても理解はできない。人間は重力という概念をまだ知らないだろうから」
ヨミの言葉を理解できなかったらしい人間は、質問するのを諦め、地へ這いつくばりながらも魔法障壁を張る。
人間のもとへたどり着いたヨミは、剣にこちらも爆発的な魔力を込めると、人間が展開していた魔法障壁を砕く。
「これで、私の魔力はほぼなくなった。でも、勝つのは私だ」
ヨミはそう言うと、膝と手を地面につき、地面へうつ伏せになった人間の首筋へ、その口を寄せる。
「お前の敗因は、お前が人間であり、私が魔族であること」
そしてヨミは、その鋭い牙を、身動きの取れない人間の首筋へ突き立てた。
聖女と呼ばれた人間の膨大な魔力が、ヨミへと移っていくのが分かる。
ーークチャクチャクチャ……ーー
その膨大な魔力が尽き、聖女だった者が服と血の跡だけを残して消えるのに、かかった時間は僅か数分だった。
残りの圧死した人間も己の魔力としたヨミは、口元の血を拭いながら私の元へ戻ってくる。
私はそんなヨミへと右手を向けた。
『雷公(らいこう)』
光のレールを用いた電磁誘導による光弾がヨミへ向かって放たれた。
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