第159話 魔王⑤
私が魔王になってから百年が経った。
この百年で、国は私が望む盤石な体制となりつつあった。
私に従わない者は徹底的に迫害し、恭順を示す者にも名前と言う縛りを与えた。
今や、魔族の国の一定以上の強者で、私に服従を誓っていない者はほぼいなかった。
魔族だけでなく、それ以外の種族についても同様だ。
私に従う種族には魔族と同等の権利を与え、私に従わない種族については、徹底的に迫害を行った。
従わない種族についてよりストレートに話すと、滅ぼすか、力と尊厳を奪った。
まず、九十年前に私の暗殺を試みた鳥人は、一羽残らず根絶やしにした。
恨みは反乱の元だ。
反乱の元は確実に消し去らなければならない。
その後、鳥人と関係の深かった獣人も、このままでは滅ぼされるとでも思ったのか、一部の者たちが反乱を起こした。
反乱を起こした者は当然全員殺したが、獣人たちの中でも意見が分かれていたことが分かったため、種族として滅ぼすのはやめた。
ただ、二度と反乱を起こせないよう、魔力を持つ者は全員殺した。
一方で、獣人のうち魔力を持つ者は全体の半数くらいだったから、残りの半数は生かしてあげた。
魔力のない獣人は、多少力が強いだけで人間と変わらない。
反乱を起こしても私の敵ではなかったからだ。
殺される側の魔力を持った獣人たちも、私との力の差は分かっていたので、自分たちを犠牲に他の者たちが救われることをしっかり理解して、素直に殺されてくれた。
まあ、殺される者たちが反抗すれば、種族全体を滅ぼすと脅した効果がなかったとは言わないが。
反抗されなかったとはいえ、万を超える獣人たちを、死体の処理に困らないよう、跡形もなく殺し尽くすのはそれなりに骨が折れた。
私だって好きで殺しているわけではない。
私とユーキくんの理想の世界を作るために必要な犠牲だ。
今後は反乱を起こす種族が出ないことを祈るばかりだ。
反乱者はあらかた粛清し終わり、魔族の国は前述の通りそれなりに望む形になった。
だが、全てが思い通りというわけではない。
「魔王様。また人間どもが攻めてまいりました」
ナギの報告を聞く私。
この報告を聞くのは、二年ぶりだ。
人間たちは数年に一度の頻度で、私を殺そうと攻めてくる。
魔族になる前のナミによる暗殺に失敗した女神もどきは、私を殺そうと躍起になっているようだった。
あと数百年後に、元の世界から私とナミ以外の人間たちがくるのを待てないらしい。
もちろん、ただの人間が、私に敵うわけがない。
そもそも初めのうち、攻めてきた人間たちは、私に届く前に配下の魔族たちの食事となっていた。
だが、ここのところは、配下でも人間に倒される者が出始めている。
女神もどきの女がナミに与えたものと同じ、魔族の回復を遅らせる加護を得た剣を用いるようになったからだ。
神を名乗るくせに、下界に干渉し過ぎな女神もどきのせいで、優秀な配下たちが殺されていく。
人間たちは徐々に力をつけており、前回の進攻では、旅団長クラスの配下が殺された。
特に脅威となっているのが『サクリファイス』の魔法だ。
命を犠牲に他人の魔力を強化可能なこの魔法は、魔力量に劣る人間の魔力を一時的に引き上げる。
私はナギへ告げる。
「私が退治してくるわ」
私の言葉に凄い勢いで首を横へ振るナギ。
「いけません! 魔王様に何かあれば、この国は終わりです」
私はため息をつきながら答える。
「この世界に、私に敵う相手はいない。私に何かある可能性は万が一もないわ」
それでも納得しないナギ。
「人間どもは邪神の加護を得ております。魔王様のお力を信じていないわけではありませんが、万が一ということはありえなくはありません」
ナギが言うことも分からなくはなかった。
だが、このままではさらに人間が力をつけ、私とユーキくんの国を支える、大事な配下たちをいたずらに損耗してしまう。
私は少しだけ考え、ナギへ告げる。
「それならこうしましょう。今回は貴方たち配下に任せるわ。ただ、先々に備えては、遥か西にある人間どもの国と、私たちの国の間に、別の人間の国を作る。そうすれば、あの人間どもも容易には私たちの国へ入って来れないはず」
ナギは私の案について、真剣に考えた様子を見せた後、返事をする。
「確かに良い案かもしれません。ただ、普通の人間たちに、邪神の加護を受けた人間たちを止められるでしょうか?」
私はナギの言葉に、笑顔で返す。
「あっちが女神もどきの加護を得ているなら、私も人間たちへ武器を与えるわ。強力な魔法という武器を」
私は魔王になるまでのことを思い返す。
人間の国には、昔私が鍛えた子たちの子孫がいるはず。
その子孫たちなら、それなりに魔力を持っているはずだった。
「確かにそれならいい盾になるかもしれません」
私は頷き、もう一つ案を告げる。
「あとは、こちらの戦力を増強しましょう。貴方とナミ以外は、正直頼りないわ。貴方たち二人くらいの実力を持った者があと何人か欲しい」
私の提案へ頷くナギ。
「確かにおっしゃられる通りです。ですが、質の良い食事には限りがありますし、兵たちには既にこれまでも厳しい訓練を課しているので、すぐに育てるというのは簡単ではないかもしれません」
ナギの言葉に頷く私。
「そう。だから作るのよ」
「作る……とおっしゃいますと?」
私の言葉に首を傾げるナギ。
「言葉通りよ。貴方、子供を作りなさい。貴方の血を引いた子なら、きっと強くなるわ」
私の言葉に再度首を傾げるナギ。
「子供……ですか?」
しばらく考えた後、目を輝かせるナギ。
「も、もしかして魔王様と私の子……ですか?」
私は首を横に振る。
「まさか。貴方も気づいてると思うけど、私には心に決めた人がいる。貴方もまあ、悪くはないけど、私はその人以外に体を許す気はないわ」
私の言葉に、目に見えて肩を落とすナギ。
「そ、そうですよね……。ただ、私も心に決めた人以外と結ばれるつもりはございません」
そう言って真剣な眼差しで私を見るナギの目は、見慣れたものだった。
これまで星の数ほど見てきた私に惚れた男の目。
ナギの気もちは、なんとなくは分かってはいたが、あらためて真剣に好意を向けられると、戸惑ってしまう。
これまで私に言い寄ってきたのは、どうでもいい男たちだった。
性欲に塗れたくだらない男たちか、スペックの低い男たち。
だが、その点ナギは違う。
百年一緒にいたが、ナギは、少なくとも私に感じさせない程度には、私への性欲をしっかり抑えていた。
それに、外見も実力も性格も、この世界の男の中では最高レベルだ。
面白味には欠けるが、夫に選ぶという観点から考えると、ナギは最良と言っても良かった。
あと何百年もユーキくんを待たずとも、ナギを選ぶという選択肢もあるのかもしれない。
……でも、私の心はその選択肢を選べなかった。
合理的な選択をするのなら、ナギを選ぶべきではないか。
理性がそう問いかける一方、心はそれを断固として拒否した。
二百年以上前に、ほんの僅かな間だけ共に過ごしたユーキくん。
その僅かな記憶だけが、今の私の心と体を作っていた。
ユーキくんと結ばれ。
ユーキくんと幸せに過ごすためだけに。
私はこれまで生きてきた。
……私はこれまで殺してきた。
私には、ユーキくん以外の男性と結ばれるという選択肢は残されていなかった。
ナギはいい男だ。
それでも私はユーキくんを選ぶ。
私の人生即ちユーキくんのものだから。
二百年経った今でも、ユーキくんへの想いは変わらない。
例え、世界中を敵に回しても。
世界を犠牲にしてでも。
私はユーキくんを選ぶ。
ユーキくんと一緒にいたい。
私はナギへ微笑みかける。
こんな私を愛してくれたことに感謝を込めて。
……でも私は。
そんな彼の気持ちすら、自らの目的のために利用する。
「ナギ。貴方の気持ちは分かったわ」
私は自分の人差し指を軽く傷つける。
そして、一滴の血が吹き出た指をナギの目の前に出す。
「舐めなさい」
突然の私の行動に戸惑うナギ。
だが、それも一瞬で、まるで魔法にでもかかったかのように、ゆっくりと私の指へ舌を這わせる。
「あっ……」
舌が触れた瞬間、情けない声とともに、恍惚の表情を浮かべ、股間を膨らませるナギ。
私も半分魔族だから分かる。
強い魔力を備えた極上の人間の血は、麻薬に似ている。
恐らく世界一の魔力を持ち、半分人間の私の血は、きっとそれだけで魔族を狂わせる。
私に好意を寄せているとなれば、尚更だ。
私の予想通りの結果を見せるナギ。
信頼する配下のあられもない姿を、私はじっと見つめ、そして優しく耳元で囁く。
「ナミを妻にしなさい。彼女とまぐわう前には、また血を舐めさせてあげる」
理性と快楽の狭間で、表情の揺れるナギ。
だが、すぐにゆっくりと頷く。
魔族でも最高レベルの精神力と誇りを持った男は、快楽に落ちた。
……他ならぬ私の手によって。
ナギとナミの間に子供ができたのはそれから間もなくしてだった。
一人目は、燃えるような瞳を持った男子。
二人目は、魔族でも珍しい銀色の瞳を持った女子。
三人目は、深い緑色の瞳を持った女子。
三人いずれも、強力な魔力を持っていた。
そんな三人へ、私は伊邪那岐(イザナギ)から産まれた三神から名前を借り受けて、その名を授ける。
強大な炎を操れる一人目の男子には、太陽神でもある天照(アマテラス)から二文字借り受け、テラ。
重力を操ることができた二人目の女子には、月読(ツクヨミ)からヨミ。
吹き荒ぶ嵐のように風を操る三人目の女子には、須佐之男(スサノヲ)からスサと、それぞれ名付けた。
百年も経たないうちに、三人は強く成長し、特にテラとスサは、ナギやナミと肩を並べるまでになった。
これで、魔族の国の戦力は大きく拡充された。
例え女神もどきの加護を得た軍勢が相手でも、もはや私抜きで、十二分以上に戦えるだけの戦力が揃ったはずだ。
あとは、女神もどきの手先である人間たちの国と、私たち魔族の国の間に、私の息のかかった人間たちの国を作るだけ。
それについても、ナギに子供を作るよう命じるのと同時に、私が魔法を与えた十二人の人間たちの子や孫たちが、今まさに建国中だった。
これで、私の国の守りは万全になる。
……その時は、そう思っていた。
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