第158話 魔王④

 魔力を込めた手をシトリの胸へ差し込むと、鳥頭の時と同様、簡単に心臓を取り出すことができた。


 死への恐怖と壮絶な痛みで白目を向いて泡を拭いているシトリが倒れないよう、ナギにシトリを支えてもらいながら、施術を進める。


 鳥頭の時とは違い、シトリを殺してしまわぬよう、魔力で出血を抑えつつ、鳥頭の心臓をシトリの胸へ差し込んだ。


「……!」


 私の命令のせいで声を上げることのできないシトリは、私が手を動かすたびに、声にならない声を上げながら意識を取り戻しては痙攣する。


 魔法によって血管を繋ぎ、しっかり心臓が動き始めたことを確認した後、胸の中を魔力で殺菌し、傷を閉じていく。


 胸の傷が消えたのを確認した後、シトリの様子を伺うと、シトリの八重歯が伸び、瞳の色が変じていく。


 その深い紫色が、何の属性を指すのかは分からないが、魔族になったことはまず間違いないだろう。


 私の推測は合っていたようだ。

 一発で生まれ変われるとは、これ以上臓器をこねくり回されず、シトリは運がいい。


 ゆっくりと瞬きをするシトリへ、私は尋ねる。


「穢れた魔族になった気分はどうかしら?」


 私の言葉に、シトリは涙を浮かべながら、私を睨む。


「……貴女には人間の心はないのですか?」


 私は首を傾げながら答える。


「今更な質問ね。魔族の中の魔族、魔王である私に、どうして人間の心があると思うの?」


 私の言葉に、無言になるシトリ。


 シトリからは一生恨まれるだろうが、これでシトリはもう、人間側にも神の側にも戻れない。

 魔族として生きていくしかない。


 私はシトリから手を離したナギの方を向く。


「幻滅したかしら。これが私よ。今ならまだ、忠誠を解いてあげてもいいけど」


 私の言葉に、ナギはゆっくりと首を横に振る。


「まさか。目的のためには肉親にも手を下し、腹心の体をも作り替える。それでこそ魔王様です」


 ナギの言葉に私は苦笑する。


「それではナギ。貴方にこの子の管理を任せるわ」


 私のお願いに、片膝をついて答えるナギ。


「はっ。立派な魔族となるよう、私がしっかり教育いたします」


 私はナギの言葉に笑顔を返した後、未だ反抗的な目を隠そうとしないシトリへ視線を戻す。


「今日から新たな生を得た貴女に、新しい名前をあげましょう」


 私は、日本の神話を思い返しながら、シトリに新たな名前を与える。


「貴女は今日からナミよ。ナギと共に私の片腕としての働きを期待するわ」


 伊邪那岐(イザナギ)と共に日本の国を産んだ創生の神である伊邪那美(イザナミ)より名前をもらうことにした。


 これから新しい魔族の国を作るのに、この二人の名はピッタリだろう。


 私は世界を作り替える。

 愛する人と幸せに暮らすための世界に。


 だから待っててね、ユーキくん。

 私は、例え千年経っても、間違いなく貴方のことを愛しているから。






 私が魔王になってからの、最初の十年は順調だった。


 有能な二人の補佐、ナギとナミのおかげで、国の体制は、私が望む姿へどんどん変わっていく。


 その間、二回魔王決定の儀は行われたが、私どころか、ナギやナミに勝てる者すら現れず、魔王としての地位は盤石になったかと思っていた。


 だが、物事というのはなかなかうまくいかない。


「魔王様。叛逆です」


 そう淡々と報告したのはナミだった。


「相手は?」


 私は、ごく冷静に質問する。


 絶対的な王というのはどこでも反感を買うものだ。

 むしろ、表立って叛逆してくれた方が、敵の炙り出しができて、ありがたい。


「師団長以上に位置する者を数名含む上位の女性魔族が数十名と、鳥人たちが手を組んでいるようです」


 ナミの言葉に、私は頷く。


「無闇に兵たちを殺されても困るわね。私一人で対処するから、案内なさい」


 私の言葉に、ナミが異議を申し立てる。


「お言葉ですが。魔王様の身に何かあってはなりません。私とナギで対処しましょう」


 ナミの申し出に、私は首を横に振る。


「叛逆者たちの声を直接聞いてみたいの。どうしてもと言うのなら、貴女とナギに限り、後ろに控えておくのを許可するわ」


 少しだけ考えた後、頷くナミ。


「承知いたしました。くれぐれもご無理はなさらぬよう」


 ナミの言葉に、思わず笑ってしまう私。


「まあ、無理をさせてくれるだけの相手なら面白いんだけどね」






 ナギを呼んできたナミに連れられて向かった魔王城の門の外の広場には、兵士たちと対峙する数百人ほどの集団がいた。


「下がれ」


 私が命ずると、兵士たちは、すぐに横へはけていく。


「お前たちが叛逆者か?」


 正面に立った私は、数百人の集団に向かってそう問いかける。


「叛逆ではない。残虐非道な行いをする、王に相応しくない者を排除し、その座に正しい者を付けるだけだ」


 そう声高らかに返答したのは、よく見知った顔だった。


 鳥頭と仲の良かった腹違いの姉だ。


 他に目につくのは、ママへ人間を差し向けた義理の母を始めとした、将軍クラスや師団長クラスの女性の魔族たち。

 あとは、思い返しても嫌悪感しか抱かない、鳥頭とよく似た顔をした多数の鳥人たち。


 私は姉の言葉に答える。


「それは鳥頭の頭を晒したことかしら? 魔族の国ではやらないようだけど、私の母が生まれた人間の国では、敗戦国の王や罪人の首を野晒しにするのは普通のことよ」


 私の言葉に、明らかに怒りの色を隠さない姉と鳥人たち。


 この姉は分かるが、残りの上位魔族たちは、何故この場にいるのだろうか。

 まさか、私が殺した鳥頭の愛人だったというわけでもないだろう。


 そんな私の疑問を察したのか、有能な片腕であるナミが告げる。


「残りの者たちは、恐らく、魔王様に夫や恋人を盗られたと思っている者たちでしょう」


 ナミの言葉に思い当たる節はある。


 確かに、一部の魔族が、妻や恋人を放り出し、私にアプローチしてきているのは事実だ。

 魔族の習性として、強いものに惹かれるのは仕方ないから、特に気に留めてもいなかったが、捨てられる方はたまったものではないだろう。


 もちろん、ユーキくんという生涯の伴侶がいる私は、他の男のことなど、見向きもしていないが。


 私は呆れて女性たちを見渡す。


「貴女たちの男になんてかけらも興味はないわ。あの子たちが勝手に私に惚れただけ。そもそも、貴女たちの男が私に惚れるのは、貴女たちに魅力がないからでしょう? 魔族なら、強くなるか、それが無理なら女として他の魅力を磨くかどちらかにしなさい。貴女たちに魅力がないのを私のせいにしないでくれるかしら?」


 私の言葉に、さらに怒りの炎を燃やす女たち。

 私は、ママを死へ追いやった義母へ視線を向ける。


「それで、貴女は誰を私に盗られたの? まさかお父様が私に惚れたということはないでしょうから、愛人でもいたのかしら?」


 義母は私を睨みつける。


「穢らわしい半人間が。私の大切な息子をたぶらかしておいて、何を。私の息子がお前のような半人間に惚れるわけがない。お前が得意の奇妙な魔法で息子に何かしたに決まっている」


 言いがかりもいいところだ。


 確かに、兄弟の一人から言い寄られていたが、私は無視している。

 鳥頭のように心臓を抉って頭を晒していないだけ、感謝されてもいいはずだ。


 とはいえ、近親相姦の愚も分からない馬鹿な息子の親は、そういえばこいつだったな、と私は内心納得する。

 親が馬鹿なら子も馬鹿になっても仕方ない。


「残念ながら、貴女の息子には異性としての魅力をかけらも感じないわ。弱いし、芯がないし、私が惚れる要素は一つもない。まあ、人間を使って私のママを殺した卑怯な貴女が母親なら、こんな魅力のない息子が育つのも仕方ないのかもしれないけれど」


 私の言葉に、顔を真っ赤にして怒る義母。


「……殺す。こちらにはお前に恨みを持った者がこれだけいる。確かに一対一では勝てないかもしれないけど、これだけの人数を相手に、果たしてお前は勝てるのかな」


 義母の言葉に返事をする気も失せる。


 お兄様との戦いは見ていたはずだから、きっと天照や月詠に対する備は考えているのだろう。


 だが、それだけだ。


 私の魔力は、大魔王の称号により、あの時より格段に上がっている。

 天照や月詠を使うまでもない。


「今謝るのなら、この女以外は生かしてあげる。ただ、歯向かうのなら全員殺すわ」


 私の言葉に、怯む様子のない叛逆者たち。


「死ぬのはお前だ」

「あの人は返してもらう」

「あの方の仇は俺が討つ」


 口々に思いを口にする叛逆者たちに、私はうんざりする。


「ふぅ……」


 私はため息をついて、右手を前に出す。


 もちろん私は、殺生が好きなわけでわない。

 ただ、言って聞かない馬鹿や、実力差も分からない無能に、情けをかけてやるほどお人好しではない。

 ましてや、絶対的存在である魔王へ逆らう魔族なんて、生かしておいても害しかない。


 王として、国の害悪は排除する。


『無間地獄(むけんじごく)』


 私の言葉と共に、猛り狂った炎と、沸騰した銅が叛逆者たちを襲う。


 辺り一面を覆い尽くす炎の海。

 そんな海から鳥人たちが飛んで逃げようとするが、炎がどこまでも追いかけて行き、いたるところで火達磨になった鳥人たちが落ちて転げ回っていた。


 魔族の女たちも、魔法障壁で粘っていたが、時間の問題だ。


 この炎の燃料は、相手の魔力。


 相手の魔力が切れない限り、消えることはない。

 そして、魔力が切れ、魔法障壁が失われた瞬間、煮えたぎった銅で溶けることになる。


 天照や月詠のような派手さはない。


 だが、灼熱の炎を消し去り、大量の沸騰した銅を吹き飛ばす手段のない者にとっては、逃れようのない地獄。

 それがこの魔法だ。


 ナギやナミなら恐らくこの地獄は抜け出せるだろうが、この女たちにはそこまでの実力はないようだった。


 既に数百人いた鳥人たちは、すべて焼き鳥になるか、銅で溶けて消えていた。

 ピーチク鳴いていた鳥人たちが消え、辺りには熱で蠢く空気と、煮えたぎった銅が動く音だけが響く。


 残りの魔族の女たちの魔法障壁も、そろそろ限界を迎えようとしていた。

 鳥人たちが惨たらしく死んでいく様を見ていた魔族の女たちの顔は恐怖で歪み、精神的にも限界を迎えようとしているようだ。


 このまま魔族の女たちが焼けるか溶けるのを待っていてもいい。

 だが、全員が息耐えるまでにはしばらく時間がかかりそうだったので、私は魔法に供給していた魔力を止める。


 炎が消え、銅が固まると、魔族の女たちは、魔力枯渇のために息も絶え絶えになりながら、恐怖に怯えた目で私を見た。


 私は、欠伸をしながら彼女たちへ話しかける。


「退屈すぎて眠くなっちゃったわ。このまま殺してあげてもいいんだけど、思ったより銅で溶けた鳥が少なくて、鳥の死体の片付けが大変だから、できれば死体は増やしたくないのよね。だから、契約魔法で服従を誓うなら特別に生かしてあげる。まだ戦いたい者だけ立って、服従を誓う者は跪きなさい」


 私の言葉に、全員が一斉に跪く。


 そんな彼女たちに近づいた私は、愛より生への執着を見せた女たちを軽蔑しつつ、一人の女性魔族の前に立つ。


「何で跪いてるのかしら? 貴女は別に決まってるじゃない」


 ママを死に追いやった義母。

 もちろん私はこの女を許してなどいない。

 

 私はナミへ目を向ける。


「食事用の人間のオスを十匹くらい集めてきて。この女の気が狂うまでそいつらに犯させなさい」


 私の言葉に義母が憤る。


「ふ、ふざけるな! 誇り高き魔族が人間如きに犯されるなんて。それなら私は死を選ぶ」


 義母の言葉に私は笑う。


「そうなの? それじゃあ条件を変えてあげる。人間の凌辱に一ヶ月耐え切れば貴女は無罪放免。犯されるのが嫌なら、私が考えうる限りの苦痛を与えて殺す。好きな方を選びなさい」


 誇りか生か。

 せいぜい考えればいい。


 私は鬼じゃない。

 どれだけ憎い相手でも、ちゃんと選択肢は与えてあげるし、凌辱に耐えればちゃんと生かしてもあげる。


 王としては甘いかもしれないが、まあ、この女が何度挑んできたところで、私は負けはしない。


 憎悪で満ちた目で私を睨む義母の答えを待ちつつ、私はこれからの国のことを考え始めた。


 今回のような造反が出たのは、私の国の管理がなっていなかったからだ。

 こんな状態では、最愛の人であるユーキくんを、安心して迎え入れることなどできない。


 私は、すぐに目の前の女のことなどどうでも良くなり、抜本的な体制の見直しを含めた、この国の将来のことが頭の大部分を支配していた。


 待っててねユーキくん。


 ユーキくんのために、安全で安心して暮らせる国を作るから。

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