第149話 魔王の娘⑤
この体の前の持ち主にとって、ママは全てだった。
自分を虐待する者しかいない世界で、ママだけが味方だった。
自分も弱いにもかかわらず、身を挺して助けてくれるママ。
そんなママが大好きで。
いつか二人で幸せに暮らすのが夢だった。
そのために強くなる。
強くなるためならどんなことでも頑張る。
そう思っていた。
そんな思いを簡単に踏みにじるほど、絶望的な強さの差があることを知っていたのに。
ママと二人でご飯を食べる、数少ない幸せの時間。
そんな時間を土足で踏み荒らし、男たちは現れた。
魔族の国で見る、初めての、食料じゃない人間。
白銀の鎧に身を包んだ男たちは、私とママが暮らす小さな小屋の扉を蹴破って現れた。
五人の男と、いつもママに嫌がらせをする魔王の妻の一人。
その六人が私たちの小屋の中に入ってくる。
「魔族に体を売る淫らな魔女め。神の名の下にお前を裁きに来た」
男の一人がそう叫ぶ。
そんな男を見て怯えるママ。
「おいおい。泣く子も黙る聖女様がビビってんじゃねえぞ」
震えるママにそう怒鳴りつける別の男。
「でもまあ、怯える顔もそそるじゃねえか。さすがは体で魔王を篭絡しただけあるな」
そう言って下卑た笑みを浮かべる別の男。
「とりあえず、魔族に汚されたお前の体を俺たちが清めてやる。その後、きっちり殺してやろう。神の名の下に」
私は意味の分からない言葉を発する男たちを睨みつける。
「ママに指一本でも触れてみろ! 全員殺してやる!」
そんな私を見た男たちは、くっくと笑い出す。
「くくくっ。ガキがいきがりやがって。安心しろ。ママの相手をした後、お前も犯して……間違えた。穢れた血を清めて天に返してやる。まあ待っていろ」
どこの世界も人間の男なんて等しくクズだ。
女性を性欲処理の道具か何かとしか思っていない。
……もちろん、ユーキくんは違うが。
この人間たちを殺すのは簡単だ。
恐らく、私一人でも全員倒せるだろう。
でも、横にいる魔王の妻は違う。
師団長レベルの実力者。
四魔貴族や将軍には劣るものの、魔族でも上位の実力を持っている。
私も、それなりには戦えるようになったつもりではいるが、実戦経験はまだない。
初めての戦いの相手にしては、ハードルが高すぎる。
まだ一言も話してはいないが、この場にいるということは、この女も敵だということだろう。
それでも私は女に一言言いたくなる。
「貴女は同じ魔王様の妻が、人間ごときに辱められても構わないというの? このことを魔王様が知ったらどうなると思うの?」
私の言葉に、不快そうな顔を見せる女。
「同じ? 実験動物と私を一緒にしないで欲しいわ。それでも、お前がいう通り、私が手を出せば魔王様に不敬をなすことになる。でも、なぜか運悪く侵入してきた人間が、犯して殺してしまうのは仕方ないじゃない?」
そう言って、ニヤッと笑う女。
人間はクズだと知っていた。
特に男はクズだと思っていた。
でもどうやら、魔族でも女でも、同じようにクズはクズらしい。
元の世界でも。
この世界でも。
魔族は強さが全て。
だからこそ強さに誇りを持ち、力で全てを解決するのだと思っていた。
でも、どうやらそれは違ったらしい。
「魔族の恥晒しめ。ママが気に入らないなら、自分の手で排除すればいいのに。魔王様が怖くて手が出せないなら手を出すな。こんな姑息な手を使うなんて、貴女も人間と変わらないわ」
私の言葉に顔色一つ変えない女。
「お前こそ、私を攻撃するなら口じゃなくて魔法にしたら? 私相手にそれができればだけど」
トップレベルの魔族である魔王の妻。
これが訓練なら喜んで手合わせを願いたいところだが、残念ながら、そうではない。
負ければ死ぬ。
しかも、ただ死ぬだけではなく、この男たちに、徹底的な辱めを受けた後で無惨に殺されるだろう。
怖い。
これまでの人生も、命を賭けた戦いの場にいたのは間違いない。
だが、実際に命のやり取りをするのは、これが初めてだった。
……でも、やるしかない。
きっとユーキくんなら、こんな状況でも、躊躇うことなく戦うはずだ。
私は覚悟を決め、全身に魔力を込める。
「へえ。さすがに半分魔王様の血が通ってるだけあるわね。私を前にして、戦う意志を失わないなんて、心だけは強いみたい。この女の子供じゃなければ私の配下にしたいくらいだわ」
そう言って子を見る母親のような優しげな目を見せる女。
「でも……」
女の目が汚物を見るようなものに変わる。
「肝心の魔力は全然伴っていない。そんなんじゃやっぱり、魔王様の名が泣くわ」
次の瞬間、突き刺すような魔力が私を襲う。
初めて感じる、自分に向けられた圧倒的な魔力。
子供と大人以上の差が、この女との間にあるのを悟る。
「私も、半分とはいえ、魔王様の血が流れた貴女が、人間ごときに犯されるのを見るのは忍びないわ。降参して、大人しく私に殺されるなら、貴女は綺麗な体のまま殺してあげる。惨めに抵抗するなら、この人間のオスどもに、汚された後で無残に死ぬがいいわ」
私がこの女に勝てる可能性は皆無に近いだろう。
それでも、私には戦わずして死ぬという選択肢はない。
「戦いに絶対はない。後悔するのは貴女のほうになるかもよ」
私の言葉を聞いた女は笑う。
「口だけは立派ね」
女はそう言った後、人間の男たちの方を向く。
「お前たち。少しだけ待ってなさい。くれぐれもこの子供を倒すまでは動いちゃダメよ。下等で汚らわしい人間の醜い生殖行為なんて、見たくはないわ。お楽しみは私が去った後でやること。分かったわね」
男たちは汚らしいもの扱いされたことにムッとしたようではあったが、圧倒的な魔力を持つ女相手に、反論すらできない。
その様子を確認した女は、再び私の方を向く。
「それじゃあ、攻撃してきなさい。私が攻撃するのは、貴女が満足するまで攻撃した後にしてあげるわ」
女は余裕たっぷりにそう言うと、両腕を開いて私を煽る。
女の瞳は茶色。
恐らく、土魔法の使い手のはずだ。
私は、研究の末に効率化した水の魔法を放つ。
ーービュッーー
高圧力で射出した水のレーザーは、人体など簡単に貫通できるはずだった。
だが……
「へえ。魔力量は大隊長程度なのに、魔法の威力は連隊長くらいはあるのね」
魔法障壁で、簡単に魔法をいなしながら、女は独り言のようにそう呟く。
私は続けて、火の魔法を放つ。
ーーゴウッーー
燃え盛る火炎が、女を包む。
「あら。水だけじゃなくて対極にあるはずの炎もこれだけの威力を保てるなんて。なかなかやるのね」
とても炎に包まれているとは思えない涼しげな顔で、女はまたもや呟く。
雷並みの電気で貫いても。
氷の弾丸をマシンガンのように飛ばしても。
真空の刃で切りつけても。
女は顔色一つ変えずに、私の攻撃を受けきった。
いや。
正確には受けてすらいない。
私の攻撃は、女に届くことなく、魔法障壁に遮られた。
「うんうん。向こう見ずにも私に戦いを挑んでくるだけはあるわね。その黒い瞳でどんな魔法を使うのかと思ったけど、これだけの種類の魔法を使える魔族は他にはいないわ」
女は、心の底から感心したように、そう私へ告げる。
「でも、それだけ」
女はニタっと笑う。
「子供のお遊戯としては上出来だわ。でも、魔王様の妻である私への攻撃としては0点ね」
妻という言葉を強調して言いながら、女はチラッとママの方を向いた後、視線を私へ戻す。
「そろそろ飽きてきたし、私の番でもいいかしら?」
くそっ。
私は心の中で毒付きながら、右手を前へ向ける。
ーーゴワッーー
私の右手から放たれた炎の渦が女を襲う。
炎に風を送り込み、酸素の供給を増やすことで炎の勢いを増した。
炎は急激な酸化現象の結果だ。
それは魔法でも変わらない。
風によって送り込まれた酸素との化学反応により、先ほどより遥かに勢いを増した炎。
私はありったけの魔力を炎に送り込む。
しばらく魔力供給を続けた後、炎に包まれた女が消炭になっていることを祈りながら、私は魔力の供給をやめた。
……でも。
消えゆく炎の中からは、無傷の女が現れた。
「今のがとっておきかしら? もしかしたら旅団長クラス並の威力はあるかもしれないわね。正直なところ驚いたわ」
女は改めて感心したような顔で私を見る。
「でも、相手が悪かったわね。私には全く効いてない。もうこれ以上何もないなら、私も暇じゃないし、後ろのけだものたちも待ちきれなそうだし、そろそろ終わりにしてもいいかしら?」
女はそう言うと、私の返事を待たず、右手を私に向けた。
ーービュンッーー
何かが音を立てて通り過ぎ、一瞬後に、私の右腕に激痛が走る。
女が射出した何かが私の腕を貫通したようだった。
あまりの痛みに呻き声を上げる間もなく、次々と見えない何かが私を襲う。
ーービュンッーー
ーービュンッーー
ーービュンッーー
音が聞こえるたびに私は左腕、右脚、左脚と順に貫かれた。
目に見えないスピードで襲ってくる攻撃に、私はなす術がなかった。
魔法障壁は張っていたが、まるで障子でも破くかのように、女の攻撃は私を襲った。
四肢を大きく損傷した私は、操る人を失った人形のように、仰向けに地面に倒れる。
全身を強打し、大きな痛みが身体中を走ったが、両腕両脚はそれ以上の痛みで、今すぐ絶叫したかった。
魔力で回復しようとしたが、先ほどの魔法に何か仕掛けがあったのか、いくら魔力を注いでも、全く良くなる気配が見えなかった。
「これだけやっとけば、いくらひ弱な人間でも大丈夫でしょう? 後は犯すなり殺すなり好きにして」
女はそれだけ言うと、醜く歪んだ笑みを浮かべてママを見た後、部屋を去って行った。
それを見届けた人間の男たちは、卑猥な笑みを浮かべながら、ママと私を見る。
「あの女も犯し……清めてやりたかったが、まあ仕方ない。お前たちはちゃんと今から浄化してやる。ありがたく思え」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます