第143話 大好きだよエディさん
エディさん。
エディさんは、私にとっての全てでした。
元の世界にいた時も。
この世界でも。
それは変わりません。
エディさんは、元の世界での私のことなんて覚えていないでしょう。
でも、元の世界でエディさんに助けてもらった時、私の世界は変わりました。
灰色だった世界に、色が生まれました。
エディさんへの恋という華やかな色。
ミホちゃんへの嫉妬という暗い色。
ただ苦痛に耐えるだけだった色のない世界が、大きく変わりました。
エディさんを見ては心が華やぎ、ミホちゃんと仲良くしている姿を見ては心が荒ぶ。
まるで心の中に四季が生まれたかのように、私の世界は色付きました。
こちらの世界に来てから、エディさんと再び出会えるまでの十年間。
エディさんを思わない日はありませんでした。
エディさんと会えなくても、エディさんのことを思うだけで、心が暖かくなりました。
いつか会える日のことを思えば、どんなに辛い訓練でも耐えられました。
会えなかったらどうしよう。
もし亡くなってしまっていたらどうしよう。
そんな不安に駆られることもありました。
だからこそ、エディさんと再び会えた時には、歓喜に震えました。
もう死んでもいいんじゃないかと思えるくらい、本当に嬉しい出来事でした。
でも、ただ会えるだけでも嬉しかったのに、いざ近くにいると、エディさんと結ばれたくなりました。
エディさんの隣には、カレンさんという素晴らしい女性がいるのは分かってましたが、それでも結ばれたいと強く思いました。
世の中に男性はたくさんいても、私がこの身と心を捧げたいと思える男性は一人だけ。
そんなエディさんを諦めることはできませんでした。
エディさんをカレンさんに託し、快楽という名の拷問に晒されていた時も、エディさんのことを思わない日はありませんでした。
そして、再びエディさんに助けられた時には、言葉に表せないくらいの喜びに包まれました。
エディさん。
貴方は私にとってのヒーローです。
白馬の王子様です。
いえ。
そんな程度の低いものではありません。
エディさんは私の神様です。
アレス様が殺され、魔族から子供を作る道具にされた時、私は少しだけ期待してしまいました。
もしかしたらエディさんに抱いてもらえるかもしれない、と。
でも、エディさんは私に手すら触れませんでした。
どこにいるか分からない。
生きているのかどうかさえ分からない。
そんなカレンさんという存在に操を立てるため、命を失うリスクを冒してでも、他の女性には手を出さない。
私だけでなく、ヒナさんも、ローザさんも、まだ発達途中だけどレナさんも。
エディさんの周りの女性は、同じ女性である私から見ても非常に魅力的です。
そんな女性たちに囲まれ、しかもその全員から好意を寄せられても、見向きもしない。
普通の男の人なら無理です。
少なくとも、エディさん以外の殆どの男は、私のことでさえ性的な対象として見てきました。
もしカレンさんではなく私が、エディさんからそのように思われたら。
それほど素敵なことはないです。
……でも、そんなことはあり得ない。
一緒に時を過ごし、一緒に戦う中で、それが分かりました。
エディさんのことならほぼ何でも分かるようになった両目がそれを私に悟らせるからです。
そのことに気付いた私は、カレンさんから私へ、エディさんを振り向かせることを諦めました。
それでも。
結ばれることはできなくても役には立てる。
そう思っていました。
……四魔貴族スサに遭うまでは。
スサに遭い、私は自分がいかに無力かを知りました。
無力で。
役立たずで。
私には存在する意味がない。
エディさんと結ばれることもなく、役にすら立てない人生。
私は全てに絶望し、全てのことを放棄しました。
そして、絶望の中、引きこもっていた私の部屋の扉が開きました。
……私を捕縛し、殺しにきた十二貴族の配下たちの手によって。
「おいおい。かなり上玉じゃねえか。このまま魔族の餌にするのはもったいない。俺たちで楽しんでから連れて行こうぜ」
私を見た瞬間、そう声を上げる男。
エディさん以外の男というのは、女性を犯すことしか考えていないのでしょうか。
毎度変わらない反応に呆れてしまいます。
ただ、生きる目的をなくした私には、抵抗する気力すら起きませんでした。
「……いいですよ。その代わり、この家に住む私以外の人には手を出さないでください」
そう答える私の言葉を聞いた男たちは、声を出して笑う。
「バカじゃねえのか。お前は当然犯すし、お前以外の二人も犯して連れて行く。女だけじゃなく、若い男好きの変態もいるからな」
そう言って下品な笑みを浮かべる男たち。
……その言葉を聞いた瞬間、私の心は蘇りました。
よし。
エディさんにまで害を及ぼそうとするこいつらを、全員殺して、私も死のう。
それが私の生まれた意味だ。
結ばれることができず、今後も役に立てないなら、最期に少しだけでもエディさんのためになろう。
そういう愛の形があってもいいじゃないですか。
結ばれることも役に立たない女でも、それくらい思ってもいいじゃないですか。
追手を全員殺し、自ら投降することでエディさんたちを救おうとした私。
でも、それを阻止したのは他ならぬエディさんでした。
私なんかのことを救おうとしてくれるエディさん。
どこまでいっても優しくカッコいいエディさん。
でも、いくら強くて優しいエディさんでも、スサやその配下たちに勝利することは難しいでしょう。
エディさんまで巻き添えに殺してしまうようなものです。
そんなことはできません。
ただ、意志の強いエディさんは自分の言葉を曲げないでしょう。
それなら私にできることは一つ。
禁書で学んだ魔法です。
お母さんが私に魔力を託してくれたように、命を魔力に変える魔法『サクリファイス』。
そして、体の一部を接することで、魔力をそのまま破壊力に変え、接している発動者の体ごと相手を破壊する『デストラクション』。
『サクリファイス』の魔法式をいじり、自分にも使えるようにした私は、この二つの魔法を組み合わせることで、四魔貴族ですら倒せると考えていました。
この魔法で四魔貴族、もしくは、少なくともこの都市を支配する将軍は倒す。
残りの配下だけであれば、エディさんなら生き延びられる可能性が高いと考えました。
私は自分の命を使い、エディさんを守ることに決めました。
その名の通り、生贄・犠牲を意味する『サクリファイス』。
使った瞬間に私の死は確定します。
でも、エディさんが自由になるなら、私の命なんて安いもの。
そのためにこれまで魔法を学び、魔力を増やしてきたんだと、嬉しくなりました。
結ばれることはできなくても、最期に少しだけでもエディさんの役には立てる。
その事実が、死ぬことによる恐怖を吹き飛ばしてくれました。
将軍の城を攻め、圧倒的な戦力を持つ魔族たちと対峙している間も、私はエディさんのことばかり見てしまいました。
己を限界以上に追い込み、僅かな期間で人間として最高峰の実力を身につけたエディさん。
その戦いぶりは、見ていて惚れ惚れとしました。
その動作一つ一つに意味が隠され、華麗な戦略で戦う様は、物語に出てくる英雄のようでした。
格上の相手にも全く引かずに勇ましく戦う姿は、どんな勇者にも負けないでしょう。
このままずっと見ていたい気持ちが高まりましたが、どれだけエディさんが強く優れていても、多勢に無勢。
いずれ力尽きてしまいます。
名残惜しいけど、そろそろ潮時かな。
四魔貴族という敵は残るけど、このままでは先がないので、せめて将軍だけでも殺しておこう。
……そう思った時、彼女が現れました。
美の女神ですら裸足で逃げ出しそうな圧倒的な美貌を持った彼女。
私は一目見た瞬間、彼女が誰か分かりました。
私の称号『観察者』は、長く見れば見るほど、深く観察すればするほど相手から得られる情報が多くなります。
元の世界で穴が開くほど眺めていたエディさんのことは、次の行動や感情の一部まで読めるほど、多くの情報が得られます。
そして、エディさんに次いで元の世界で見ていたこの女性の情報も、かなり多く得ることができました。
出身は異世界。
強さは神をも超越するレベル。
持つのは恐ろしい称号。
……そして、エディさんに好意を持っている。
『魔王』の称号を持つ彼女は、エディさんを無理やり自分の物にするために現れました。
魔力を隠しているようでしたが、『観察者』の能力を持つ私には、隠している魔力の量がわかりました。
天災級の脅威に思えた四魔貴族スサが可愛く見えるほど、圧倒的な魔力。
一人でこの世界を滅ぼしてしまえるんじゃないかと思うほどの脅威。
それが彼女でした。
私が命を捨てたところで、彼女に勝てる可能性はほぼゼロでしょう。
……それでも。
それでも私は戦わないわけにはいきません。
私が戦わない=エディさんが彼女の玩具になるということですから。
彼女は見下すように私を見ます。
事実、見下されても仕方ない程の実力差が彼女と私の間にはあります。
でも、それは引く理由にはなりません。
エディさんは弱い私たちを助けるために、自分を犠牲にしようとしているようでした。
私の目にはそんなエディさんの考えが見えてしまいます。
ずっと。
エディさんを見てきました。
誰かのために、リスクを考えず行動できるエディさん。
他人のためにいつ死んでもおかしくないそんな彼だからこそ、私は好きになり、助けになりたいと思いました。
そんなエディさんの役に立てるなら、どうして命を惜しむ必要があるでしょうか。
ほぼ間違いなく無駄死にになるでしょう。
でも、エディさんのためになる可能性が、少しでもあるのなら、無駄死にすることさえ、私は厭わない。
『サクリファイス』
この魔法を使った瞬間、私の死は確定しました。
あとは、私だけ死ぬか、彼女も殺して死ぬか、その二択だけです。
体に溢れる魔力。
いまこの瞬間、私の魔力は四魔貴族に迫っていました。
でも……
『雷帝!』
ドラゴンすら倒す魔法が彼女には全く効かない。
『デストラクション!』
全魔力を乗せ、右手を犠牲にして負わせた傷も、一瞬で回復される。
結局予想通り、私の攻撃は無駄に終わりました。
多少魔力を減らせたとは思いますが、人生全て分の魔力を使い果たした私にはもう、何もできませんでした。
「貴女の人生なんて精々数十年でしょう? たかだかその程度の年月を対価にしたところで、私に勝てるとでも?」
「ユーキくんを思うようになって十年? それでよく偉そうに言えたわね。私は、この世界に来てから千年以上、片時も忘れることなくユーキくんのことを思っていたわ」
「多少がんばったのかもしれないけど、所詮、魔力を抑えた状態の私すら倒せない程度の力しかない。貴女にユーキくんの隣にいる資格はないわ」
強さに関しては彼女の言う通り。
私も十年死ぬ気で頑張ったけど、彼女は千年頑張ったんでしょう。
たかだか数十年分の寿命を上乗せしたところで、勝てるわけがなかったのかもしれません。
ただ、エディさんへの想いは別です。
思いの強さは長さじゃない。
千年?
確かに凄いです。
でも。
例え伝わらなくてなくも。
絶対に実らぬ恋でも。
想いの強さは誰にも負けない。
カレンさんにも。
目の前の彼女にも。
……意識が朦朧としてきました。
その間に彼女が魔力を溢れさせてきました。
それを見たエディさんが己を犠牲に彼女へ挑もうとしています。
「……ダメです」
最後の力を振り絞って私は言いました。
「エディさんは生きてください。この人も、何もしなければエディさんだけは殺さないでしょう。何があっても、エディさんにだけは生きてほしい。そうじゃなきゃ、私の命が無駄になっちゃいます」
ずるい言い方です。
でも、そうでもしなきゃエディさんはやめてくれないでしょう。
「これは私の遺言です。絶対に守ってくださいね」
自分でも卑怯だと思います。
でも、それでエディさんが死なずに済むなら、いくらでも卑怯な女になりましょう。
本当は彼女の玩具になんてしたくありませんでした。
死んでもしたくありませんでした。
でも、私の命を賭けても、それは防げませんでした。
だから、次を考えなければなりませんでした。
「生きて。生きて幸せになってください。それが私の願いであり、生きてきた意味です」
これを伝えること。
それまでが私が果たさなければならなかったことです。
これだけ伝えられれば、私の役目は終わり。
あとは自分の思いを胸に秘めて死ぬだけでした。
彼女に多少バラされかけましたが、私の口からはまだ言っていません。
それならエディさんが負担に思うことはないかもしれません。
エディさんに迷惑をかけたくない。
優しいエディさんは、私の死を自分のせいだと思うでしょう。
私が勝手に死んだだけなのに。
私が勝手に、エディさんが彼女の物にならない方が、エディさんのためになると思っただけなのに。
だからこれ以上、エディさんのこれから先の人生に負担をかけるわけにはいかない。
私はただの元クラスメートで家庭教師。
十年以上も片思いしてたかどうかは、私の口からは、はっきりさせないまま死ぬ。
それが最善。
……でも。
心の中だけでは言わせてください。
ずっと前から好きでした。
離れ離れになっている間も、貴女の存在だけが私の支えでした。
死ぬのは辛いけど。
……単なる無駄死にだけど。
エディさんのために少しでも役に立とうとして死ぬことに、後悔はありません。
もしまた生まれ変わっても、私は喜んでその命を、エディさんのために投げ出すでしょう。
好きです、エディさん。
意識が朦朧としてきて、それが頭の中なのか、本当に喋ってしまっているのかも分からなくなってきました。
好きで。
好きで。
大好きで。
たまらなく好きで。
もはやそれ以外のことは、何も考えられません。
でも、死ぬまで、私はエディさんのことだけを考えていたい。
「エディさん。私の大好きなエディさん……」
あれ。
今、口から言っちゃったかな。
もうよく分からない。
結ばれなくてもいいから、生まれ変わってもまた、エディさんに出会えたら……いい……な……
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