第140話 亡国の奴隷⑧

 将軍まで出てきた以上、もはや出し惜しみは必要なくなった。


 敵を全滅できれば俺たちの勝ち。

 負ければ死ぬだけなのは変わらない。


 やることはこれでシンプルになる。

 魔力が切れるまで、初めからフルスロットルで戦うだけだ。


「リン先生! 上級魔法で弾幕をお願いします!」


 俺の意図を察したリン先生は、無詠唱で魔法を放つ。


『煉獄!』


 もちろん、魔族たちもやられるがままになってくれるわけではない。

 魔法障壁を張り、一人の魔族が水の魔法でリン先生の魔法を打ち消す。


 火が消えた瞬間に、次の魔法を放とうとするリン先生。


 そんなリン先生を横目に見ながら、俺はレナに尋ねる。


「レナ。最上級魔法、いけるか?」


 この際、レナへの憎しみはいったん忘れる。

 親の仇だろうと、生きるために使い切る。


「もちろん。リン先生の『火雷(ほのいかづち)』でいいかしら?」


 俺は頷く。


「ああ。頼む」


 そんな俺の傍でリン先生が右手を伸ばす。


『飛廉!』


 リン先生が風の上級魔法を放つのと同時に、今度はレナが呪文を唱え始める。


「天なる豪雷よ。畏れ深き姿を。その猛威を。全てを焼き尽くす炎を。その力を我が前に示し、天に背きし愚かなる者に、報いを与え給え」


 呪文を唱える間にも、リン先生と魔族の魔法の応酬は続いていた。


 魔族たちは後で俺たちを食べるために原型を残そうとしているのか、強力な魔法は放ってこない。

 強力な魔法が来たら来たで対処法は考えていたが、来ないのならばそれに越したことはない。


 呪文を唱え終わったレナが、その右手を魔族たちの方へ向ける。

 すでにあたりは急速に発達した雲により暗くなり、雨風が出始めていた。


『火雷!』


 レナが魔法を放つと同時に、強力な雷が魔族たちの頭上に降り注ぐ。


ーーバチバチッーー


 放電による音が鳴り止まない中、俺は刀へ魔力を流し、敵の中へ突っ込んだ。


 正攻法では間違いなく勝てない。

 それだけ彼我の戦力差は大きい。


 いかに意表を突き、隙を作り出すかが勝負だ。


 実際のところ、最上級魔法を受けても、倒れている魔族は一人もいなかった。

 大隊長クラスだけなら、一人では受け切れないかもしれないが、もっと上位の魔族が魔法障壁でカバーしていた。


 人間側としては虎の子の攻撃であるはずの最上級魔法。

 当然、魔族たちもその攻撃は警戒しているし、防御に力を割くはずだ。


 だからこそ俺は、それを陽動にした。


『閃光』


 その名の通り、閃光を残し、敵に突っ込んだ俺は、魔力で速度を強化した居合で、連隊長クラスの魔族を斬る。


ーーズバッーー


 上方へ魔力障壁を張っていたその魔族は、不意打ちに対応できず、なす術なく胴体と首が分かれる。


 俺はそのままの勢いで、すぐ隣にいたもう一人の連隊長を袈裟懸けに斬った。


 こちらの魔族は、慌てて上方への魔法障壁を解き、防御しようとしたが、俺の方が速かった。


ーーズシャッーー


 斜めに切られた胴体から血が噴き出る。

 致命傷は与えたはずだが、生死を確認する余裕はない。


 刀に込めた魔力の量を増やし、今度は旅団長クラスの魔族に向かって剣を振り上げる。


ーーブンッーー


 だが、俺の刀は空を切った。


「舐めるなよ」


 そう言って放たれた拳が、俺の顔面に迫る。

 危うく首を横に振ってかわしたが、頬をかすり、鋭い痛みが走る。


 これ以上の追撃が困難だと判断した俺は、雷光を使って後ろへ跳躍し、距離を取った。


 新手の敵が、まだこちらの実力を掴みきれないうちに、四、五人は削りたかったところだが、なかなかうまく行かない。


 頬を滴る血を拭う余裕すらなく、俺は次の策に移るべく、刀を構える。

 最上級魔法ですら陽動にしか使えず、ダメージを与えるに至らない以上、もはや打つ手は一つしかない。


 実戦で使ったことのない『とっておき』だ。


 うまく使えるかは分からない。

 うまく使えたところで、将軍クラスの魔族を倒し切れるかも分からない。


 それでも、この手段を使うしかなかった。


「リン先生。実はまだ隠し球があったりはしませんか?」


 俺の質問にリン先生は首を横に振る。


「エディさんが知っている最上級魔法以外はありません」


 俺はレナの方にも顔を向ける。


「レナは?」


 レナも首を横に振る。


「『火雷』以外にはないわ。あと一発は打てると思うけど……」


 俺は二人の答えを聞き、覚悟を決める。


「俺にはあと一つだけ切り札があります。でも、成功しても失敗しても、俺はしばらく戦えなくなります。もし敵を殲滅し切れなかったら、後を頼みます」


 リン先生とレナは俺の言葉に驚きの表情を見せる。


「もし殲滅し切れなかったらって、殲滅できる可能性があるんですか?」


 リン先生の問いに俺は頷く。


「はい。可能性は一割よりもかなり低いですが」


 俺の言葉を聞いたリン先生は険しい顔をする。


「正直言って、目の前にいる相手は、戦力的にこちらより遥かに上です。普通の手段で勝てるとは到底思えません。……エディさんは何を犠牲にしようとしているんですか?」


 俺がこれからやろうとしていることを見透かしているかのようなリン先生の言葉。


 俺は嘘はつかずに答える。


「命は賭けないので大丈夫です」


 そんな俺を睨み付けるかのような視線で見据えるリン先生。

 リン先生からこのような目をされるのは初めてだった。


「命は、ということは、やはり何かを犠牲にするんですね。私は、エディさんの犠牲の上に生き残りたくなんてありません」


 リン先生から初めて受ける否定の言葉。

 だが、俺は引き下がれない。


「お言葉ですがリン先生。今はそんなことを言っている余裕はありません。何かの犠牲なしに、この場は乗り切れないのは、リン先生も分かりますよね?」


 お互い睨み合うように対峙するリン先生と俺。

 そんな俺たち二人に、レナが声を荒げる。


「エディ。今は話をしている余裕はないわ。魔族が手加減をしてくれているうちに、さっさと攻撃しなさい」


 手加減。


 確かに魔族は大規模な攻撃魔法は使ってきていない。

 一斉に魔法を使われたら、こちらはなす術がないにもかかわらず。


 おそらく、強力な魔法で俺たちが跡形もなく消えてしまうと、食事にすることができないからだろう。

 魔族にとって魔力の高い人間を食べることは、仲間が数人倒されるよりも重要なことなのかもしれない。


 魔族たちが方針を変え、一気に俺たちを殲滅しようという気持ちになる前に、ケリをつけなければならない。


 今度は、レナを睨むリン先生。


「レナさんは……エディさんが何かしらの後遺症を残すようなことになってもいいのですか?」


 視線だけで人を殺してしまいそうなリン先生の目を真っ直ぐ見据え、レナが答える。


「どんな状態になろうと、エディのことは生涯私が面倒を見る。それがエディの主人としての私の誓いです」


 レナに面倒を見られるのはごめんだったが、今は否定をしている時間はない。


「リン先生。申し訳ありませんが、俺の自由にさせてください。俺はリン先生を守りたいんです」


 未だ納得しない様子のリン先生だったが、渋々と頷く。


「分かりました。絶対に無理はしないでください」


 不安な表情を浮かべるリン先生に、俺は笑顔を向ける。

 そして、嘘をつく。


「分かりました」


 無理をせずに勝てる相手ではない。

 限界を超えて無理をしなければ、勝機はない。


 俺は、俺が知りうる最も複雑な魔法式を頭に浮かべる。


 成功率は五分五分。

 失敗してもその代償だけは払わなければならない、リスクの高い魔法。


 アレスから受け継いだ十二貴族家に伝わる、一子相伝の魔法。


 身体中に魔力を張り巡らし、まさにその魔法を行使しようとしたその時だった。


ーーポンッーー


 やけに軽い音を立てて、魔族の一人の頭が弾けた。


ーーポンッーー


 続いて弾ける魔族の頭。


ーーポンッーー


ーーポンッーー


ーーポンッーー


 突然の出来事に誰もがその状況を理解できない。


ーーポンッーー


ーーポンッーー


ーーポンッーー


 まるで、何か出し物の演出ように弾けていく魔族たちの頭。


 呆然と見つめる俺たちに対し、魔族たちは恐慌状態だった。


「う、うわぁー!!!」


 隣に立っていた魔族の頭が弾けるのを見て、叫び声を上げる旅団長クラスの魔族。

 分厚い魔法障壁を張り、己の頭を守る。

 それを見た他の魔族たちも、慌てて魔法障壁を張りだした。


 だが……


ーーポンッーー


ーーポンッーー


ーーポンッーー


 鳴り止まない音。


 それなりの実力を持った魔族の魔法障壁を破るのは、最上級魔法でも難しいのは、身をもって経験した。

 今、魔族たちを襲っているのは最上級魔法を遥かに超える恐怖だ。


 対する俺たち三人は、誰一人として魔法障壁を張っていなかった。

 なぜかは分からないが、自分たちは攻撃されないことを理解していた。


 連隊長以下の魔族全員の首から上が弾け飛んだところで、音が鳴り止む。


「エディさん……がやったわけじゃないですよね?」


 リン先生の質問に俺は答える。


「俺じゃありません」


 それじゃあ誰がやったんだ?


 そう思ったところで、声が聞こえた。


 ……酷く背筋が冷たくなる声が。


 声は呟く。


 夜よりも暗く。


 闇よりも深く。


 それなのに歓喜に満ちた声で。


「……やっと見つけた」

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