第139話 亡国の奴隷⑦
俺は三人の魔族を警戒しつつ、レナの方を向く。
魔族たちも新たに現れた敵を警戒しているのか、手を出してくる様子はない。
「なぜここへ来た? お前は今死ぬわけにはいかないんじゃなかったのか?」
俺の質問にレナは首を横に振る。
「……確かに今戦っても死ぬ確率の方が高いわ。でも、貴方とリン先生が死んでしまったら、たとえ数年後、私がある程度力をつけたとして、きっと四魔貴族は倒せない。それなら貴方たち二人と一緒に今戦った方がまだ確率が高い。それが私が出した結論よ」
レナの言葉には、一定の納得感はある。
だが、俺は頷くわけにはいかない。
「言い分はわかった。でも、お前は帰れ。来ても足手まといになるだけだ」
本当は足手まといだなんて思っていない。
数的不利になっている現状、多少実力は劣るとはいえ、戦力的にはぜひにでも一緒に戦ってほしい。
「ご主人様に向かって随分な言い草ね。貴方に指図される謂れはないわ」
予想通りの回答ではある。
だが、それを受け入れるわけにはいかない。
「お前はこの国に必要な人間だ。ここで死なせるわけにはいかない」
それが嘘偽りない俺の本音だった。
リン先生と俺が死んだ後、この国をどうにかできるのはレナしかいないだろう。
今はまだ幼いが、数年後はどこまで成長するか分からないくらい、レナの才能は優れていた。
自分の命欲しさに、この国の人間すべての未来を奪ってしまうほど、俺はまだ腐ってはいなかった。
だが、俺の言葉にレナは首を横に振り、そして不敵に笑う。
「死ななければいいんでしょう? さっさとこの三人を倒して、その後将軍も倒して、最後にスサも倒せば、何も問題ないわ」
レナの言葉に、俺は思わずキョトンとしてしまう。
レナもこんな大口が叩けるくらいには、人として砕けてきたらしい。
レナの言葉を聞いた俺は、これ以上の説得を諦める。
自分一人ならともかく、リン先生を守るためには、是が非でも欲しい戦力には間違いない。
この際、殺したいほど憎いという俺の感情は一旦置いておく。
「敵は三人。いずれもレナより格上だ。俺とリン先生のどちらかが敵を倒して数的優位を作り出すまで、時間稼ぎをしてほしい。かなり無理を言っているが、できるか?」
今のレナの実力は、魔族でいうなら大隊長クラスだと思われる。
二階級上の魔族を一人で足止めするのは、非常に困難だろう。
レナも素人ではない。
相手の実力は見ただけである程度分かるはずだ。
それでもレナは余裕を崩さない。
「時間稼ぎなんて性に合わないわ。私が先に倒して、珍しく弱腰な私の奴隷を、主人として手伝ってあげる」
先ほどに続き、俺の緊張を解いてくれるかのようなレナの発言に、俺は苦笑する。
「その時は頼む」
俺はレナへそう返すと、魔族たちの方を向く。
未だこちらの様子を伺っている三人の魔族。
炎の魔族も少しは冷静さを取り戻したようだ。
こちらとしては助かるが、魔族たちの方が格上だから一気に攻めてきても良さそうなものだが、敵の師団長クラスはかなり慎重な性格のようだ。
依然として実力差は大きい。
だが、数だけでも同じなら戦いようはある。
「リン先生は炎の魔族、レナは近接戦闘の魔族、俺は師団長と思われるやつを相手にしよう。ちなみにレナの相手は緑の瞳のやつだ。普通の斬撃が最上級魔法並の威力で、一撃でももらったら終わりだ。必ず距離を取って中距離で戦え」
俺の指示に、レナは素直に頷く。
ただ、もう一人のパーティーメンバーであるリン先生が頷かない。
「先ほどは私とエディさんは確かに同じくらいの実力だと言いました。ただ、前言を撤回するようで申し訳ありませんが、戦闘経験に関しては私の方が豊富です。師団長の相手は私がやりましょう」
生徒思いのリン先生が、そのような提案をしてくることは想定していた。
だが、その役目は譲れない。
「おっしゃる通りで、リン先生の方が俺より経験豊富です。だからこそ、俺が師団長を引き受けている間に炎の魔族を倒していただき、レナか俺のサポートをお願いします」
今語った戦略に嘘はない。
だからこそリン先生も否定できない。
「……分かりました。すぐに倒してサポートしますので、それまでくれぐれも命を落とさないようにお願いします」
全く納得はしていないようだったが、渋々と頷くリン先生。
旅団長クラスとの戦いが安全というわけではない。
だが、危険を少しでも減らしてあげたいというのが、俺の本音だ。
「相談は終わったのか?」
冷酷な目をした師団長クラスの魔族が、俺たちへそう質問する。
魔族たちは何かを相談していた様子はない。
慎重派にしても、様子を見過ぎな気がする。
それに慎重だと言うなら戦略を話し合っても良さそうなものだが、全く相談すらしない。
こちらとしてはありがたいが、師団を預かる長として、それはいかがなものだろうか。
魔族の軍の構成は、以前聞いたことがあった。
四魔貴族を頂点に、その下に数人の将軍が存在し、以下師団、旅団、連隊、大隊、中隊、小隊と続いていく。
将軍の実力がアレス並で、十二貴族が旅団長から連隊長くらいとのことだから、師団長はかなりの実力者であるはずだった。
魔族の師団の規模がどのくらいかは分からないが、かなり多くの配下がいるのは間違いないと思われる。
そんな師団を率いる者が、慎重過ぎて手を出してこないなんてことがあるだろうか。
嫌な予感がよぎった。
同じことをリン先生も感じたらしく、俺の顔を見る。
「エディさん、すぐに攻めましょう。もしかするともう時間がないかもしれません」
リン先生の声が聞こえたらしい炎の魔族がクククッと笑う。
「気付くのが遅えんだよ。何もなければ、俺が黙っているわけないだろ」
そんな言葉を発した炎の魔族を、師団長の魔族が睨み付ける。
「……おい。勝手にベラベラ喋るな」
師団長の言葉に、炎の魔族は肩をすくめる。
「もういいじゃないですか。だってもう、みんな揃いましたから」
炎の魔族の言葉に合わせるかのように、強大な魔力反応が俺たちの周囲を囲う。
「さっき中隊長以下を退却させた際に、応援を呼んでおいた」
淡々と話をする師団長。
「もしこれ以上戦って、万が一にも旅団長の二人までを倒されてしまうわけにはいかないからな。配下の仇をこの手で討ってやりたいのは山々だったが、安全を取らせてもらった」
俺たち三人を囲う二十人強の魔族たち。
そのいずれの実力も、魔力量からすると大隊長以上だと思われる。
特に、一番後ろに控える赤眼の魔族は、師団長よりさらに強大な魔力を持っていた。
それこそ、アレスと同じかそれ以上に強大な魔力を。
「ナツヒ様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません。連隊長以下、大切な戦力を失った罰はいくらでも受けます。ただ、これ以上被害を出さないためにも、ご助力願います」
冷酷そうな師団長の言葉に、ナツヒと呼ばれた赤眼の魔族はにいっと笑う。
「殺されたのは弱いからだ。弱いのが悪い。それより、こいつらは例の最強の人間とか言われた奴の娘と後継者だろ?」
将軍ナツヒは冷酷そうな師団長へ尋ねる。
「その通りです。人間ながらそれなりの魔力を持っております」
その言葉を聞いた将軍ナツヒはさらに口元を歪めて笑う。
「大切な配下を何十人も殺されたんだ。こいつらを殺して食っても、スサ様は許してくださるよな?」
将軍ナツヒの言葉に、一瞬驚いた後、冷酷そうな師団長は頷く。
「もちろん許していただけるでしょう。私からもそのように進言いたします」
冷酷そうな師団長の答えに、将軍ナツヒは満足そうに笑った。
「よし。それじゃあ食事の時間と行くか。もう一匹のメスはお前らにも食わしてやる。殺すのは構わないが、血を流し過ぎたり、焼け焦がしたりするんじゃないぞ」
俺たちのことを、狩の獲物としてしか見ていない発言。
だが、その発言もやむを得ないだろう。
彼我の戦力差は歴然。
格上の将軍一人に、師団長が三人。
同格の旅団長が六人に、連隊長と大隊長が七、八人ずつ。
個々の戦力だけ見ると、勝負にもならない。
「エディ。どうにか逃げることだけ考えましょう。最初の三人だけでも厳しかったのに、この戦力差じゃ戦いようはないわ」
レナが俺にそう提案する。
レナの気持ちも分からないではないが、逃げるのも無理だ。
背中を見せた途端に蜂の巣だろう。
絶体絶命。
まさに、その言葉がこれ以上似合う場面も少ないだろう。
「レナさん。逃げる道なんてないです。腹を括りましょう」
そう言うリン先生の顔も強張っていた。
この状況で、リン先生だって余裕があるわけがない。
いくら強くて素晴らしい人だとはいえ、リン先生も死は怖いに違いない。
俺は、小さく震えていたリン先生の手を握る。
「リン先生。リン先生は俺が守ります。仮に万が一があっても、死ぬ時は一緒です」
俺の言葉に、リン先生は驚き、頬を赤らめた後、笑顔になる。
「はい」
もとより死は覚悟の上。
絶望的な逆境なんて今に始まったことじゃない。
俺は刀に魔力を込め、将軍ナツヒへ鋒を向ける。
「勝った気でいるなよ、魔族ども。俺は最強の人間アレスの後継者。そして刀神ダインの弟子で小賢者リンの教え子だ。お前たちに容易く喰われてやるつもりはない!」
勝利条件は敵の全滅。
そして、味方全員の生存。
笑えてくるほど不利な条件だが、やるしかない。
俺は覚悟を決め、刀を握る手に力を込めた。
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