第136話 亡国の奴隷④
「エディさん。これからどうしましょうか?」
俺に尋ねてくるリン先生。
もちろん、俺には何か計画があるわけではない。
リン先生のために戦うことだけは決意したが、今後については無計画だった。
俺は少しだけ考えてリン先生に返事する。
「今、スサはこの国に不在です。とりあえず、この国の統治を任されている将軍クラスの魔族でも倒しに行きましょうか」
深い考えがあったわけではない。
ただ、今この国にいる一番強い者を倒せば、何かが変わるような、そんな淡い期待があっただけだ。
俺の言葉を聞いたリン先生は、一瞬驚いた顔を見せた後、ぷっ、と笑い出す。
「将軍クラスの魔族でも、って簡単に言いますけど、人間で言えばアレス様と同じかそれより強いくらいですよ。単純な実力なら私やエディさんレベルの人間が十人はいないと勝負にはなりません」
いつもと変わらない反応を示してくれたリン先生に、少しだけほっとしつつ、俺は言葉を返す。
「俺はともかく、リン先生ならいい勝負ができるんじゃないですか? 短い時間ならアレス様とも一対一でも渡り合っていましたし」
俺の言葉に、リン先生は首を横に振る。
「いいえ。あの時の私の力は、あの時限定の反則技です。もうあの力は使えません。それに、あの時のアレス様は、敵に操られていたので、本気と比べるとかなり劣っていました。今の私は、エディさんと同じくらいの強さです」
俺は、内心リン先生の力をあてにしていた自分を恥じる。
リン先生を守ると言いながら、心のどこかではリン先生を頼りにしていた自分。
これでは何も変わらない。
俺はふと思い出し、首からかけていたネックレスを外す。
「リン先生、こちらを向いてください」
「何でしょうか?」
俺は自分の首から外したネックレスを両手で持つと、リン先生の首にかける。
フワッと香るリン先生の髪の香りにドキッとしつつも、ネックレスをかけ終わった俺は、リン先生の目を見つめる。
「リン先生に借りていたネックレスです。このネックレスのおかげで、俺はここまで生き延びることができました。今度はこのネックレスにリン先生を守ってもらいます」
俺の言葉を聞いたリン先生は慌てて首を横に振る。
「だ、ダメです! それならエディさんが着けてください。生徒を守るのは先生のつとめですから」
そう言って首に手をかけるリン先生の手首を、俺はそっと握った。
「さっきも言いましたが、俺はリン先生を守りたいんです。……命に代えても守りたいんです。俺は今まで、大事な人を誰一人守れませんでした。みんなを失った今の俺にとって、今側にいる一番大事な人はリン先生です。そんな大事な人を、俺に守らせてください」
俺の言葉を聞いたリン先生は、じっと俺を見つめると、瞳に涙を浮かべながら頷く。
「ありがとうございます。……でも、一つだけ約束してください。命をかけるのはダメです。エディさんが死んでしまうのならば、私も死にます」
リン先生の覚悟を持った目に、俺は頭をかく。
「それは困ったな。リン先生が死ぬなら、俺は死ねないじゃないですか」
リン先生は悪戯っぽく微笑む。
「はい。絶対死んだらダメです」
俺も笑顔を作って頷く。
「分かりました。死なずにリン先生を守ります」
俺も笑顔を作り、リン先生へ向ける。
……平気で嘘をつきながら。
死なずにリン先生を守るのはほぼ確実に無理だ。
スサの配下の将軍クラスの魔族率いる魔族の一軍に、十二貴族が率いる人間の軍。
どちらかだけでも絶望的なのに、その両方を相手にしなければならない。
俺はリン先生を生かすためにはどうしたらいいかだけを考えながら、スサの配下の将軍クラスの魔族が居を構える、旧王城へ向かった。
「お前たち、何の用だ? この城は将軍ナツヒ様のお住まいだ。家畜であるお前たちが近づいていい場所じゃない。今すぐ料理にされたくなければ、さっさと去れ」
汚物でも見るかのような目で俺たちを見下す、二人の門番の内の一人。
「まあ、去らなければ去らないで、俺たちがお前たちを殺して食べる口実になるから、それはそれで構わないが」
そう言って声を上げて笑うもう一人の門番。
俺には一つだけ懸念があった。
カレンという存在があるから、魔族全てが悪ではないことを知っている。
もし城を守る魔族が、人間を単なる食事だとは思わないカレンみたいな魔族だった時に、躊躇なく殺せるか、という懸念だ。
だが、少なくとも門番二人に対してはそんな心配をしなくていいことに、ある意味安心する。
俺は無言で両手に魔力を込めた。
そんな俺を見た門番の魔族二人が揃って笑う。
「おいおい。家畜風情が俺たち魔族相手に戦えると勘違いしているぞ」
「まあ、その辺りの一般兵でも見て勘違いしたんだろ。同じ魔族でも、俺たち大隊長級の魔族が人間なんかとは比べものにならないほど強いとは知らずに」
ゲラゲラ笑う二人の魔族は、俺の手に込められた魔力の本質を理解していない。
手に込めた魔力はあくまで着火剤。
確かにこの程度の魔力では、二人の魔族に傷すら付けられないだろう。
『雷光』
俺は自ら開発した魔法を小さく唱える。
予備動作なく、体に覚えさせた動きを再現するこの魔法。
脳からの命令も、結局は電気信号だ。
少量の魔力を着火剤として使うことにより、簡単なものであれば、魔力の動きさえも再現できることを、俺は確認できていた。
再現するのは単純な動き。
まずは足に魔力を流し、相手へ近づくため、直線的に動く。
そしてもう一つは、両手から魔力の刃を伸ばし、相手の喉元を斬る動きだ。
相手の身長に合わせて幾パターンかの角度の動きを再現する式を用意してあった。
一定以上の実力者には通じない。
この動きを知っている相手にも通じない。
だが、こちらを舐めてかかってきている油断だらけの格下の魔族相手には、効果は絶大だった。
ーーシュッ、スパッーー
笑いを浮かべたまま首から血を噴きださせる二人の魔族。
「ハハハ……ハッ、えっ?」
何が起きたかも知覚できないまま、盛大に首から血を撒き散らして倒れる二人。
まともに戦っても負ける気はなかったが、これから先、俺は数え切れないほどの敵を相手にしなければならない。
そのためには、魔力も体力も、できる限り温存する必要があった。
血だまりを作りながら物言わぬ屍となっていく二人の魔族に、視線すら向けないリン先生。
「さすがです、エディさん!」
感嘆の声を上げるリン先生。
「でも、アレス様を助けに行った時にはそんな技使えませんでしたよね?」
リン先生の言葉に頭をかく俺。
魔力を伸ばして剣にするのは、元の世界の漫画やアニメではよくある技だ。
俺はその真似をしただけに過ぎない。
魔力は道具にも纏わせられることから、体から離して伸ばすことは可能だとはもともと思っていた。
アレスが死んでからの時間、戦う気力は起きなかったが、だからといって一日中何もせずに俯いているわけにもいかないので、半ば暇つぶしではあるが、密かに一人で試していた。
表立って訓練ができない以上、剣技を磨いたり、魔力の増強を図ったりは難しかったが、新しい技や魔法の開発に時間を費やすことはできる。
この技はその間に身につけたものの一つ。
「引きこもっている間に考えただけです。それに、昔読んだ本の中に同じような技を使っているのを見たことあるので」
俺の言葉を聞いたリン先生は笑顔を作る。
「エディさんには本当にすごいですね。そんなエディさんだからこそ私は……」
リン先生はそこまで話して言葉を切る。
「次が来たようです」
リン先生の言葉の続きは気になるが、俺たちはここへ遊びに来たわけではない。
リン先生の視線の先へ目をやると、大勢の魔族が集まってくるのが見えた。
田舎の学校の校庭よりも広いだろう城の庭を、埋め尽くすかのように溢れてくる魔族。
パッと見たところ、二百人はいるだろうか。
「強そうなのは十人程度。そのうち、私とエディさんと同じくらい強いのは二人。そして……」
リン先生は一番後ろに見える青い目をした魔族を見ながら言葉を続ける。
「私たちより明らかに強い魔族が一人」
ただでさえ量で圧倒されているのに、その上、質も向こうが上とは、絶望的なのもいいところだ。
だが、絶望なら何度も乗り越えてきた。
そして、今の俺は一人じゃない。
それだけで十分に戦える。
「まだこの国を任せられている将軍クラスは出てきていません。ちゃんと魔力も体力も残してくださいね」
青い目の魔族からは、莫大な魔力を感じる。
それよりもまだ強い相手が控えているというのだから、もはや笑えてくる。
「もちろんです。リン先生も疲れたら休んでくださいね。俺が片付けときますから」
俺の言葉を聞いたリン先生は声に出して笑う。
「ふふっ。こんなに先生思いの生徒を持って、私は幸せです」
リン先生は話しながら右手を前に出す。
「それではまずは先生がお手本を見せましょうか」
リン先生はそう言うと、戦いの口火を切る。
『煉獄!』
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