第127話 番外編 クリスマスプレゼント

【ご注意】

 この話は十二貴族も四魔貴族スサも襲ってこなかった世界での話です。

 本編とは関係ございませんのでご了承ください。


※※※※※※※※※※


「カレン。今日は何の日か知ってるか?」


 朝食に行く前、いつものように二人で訓練を行い、汗を流した後で、俺はカレンに尋ねる。


「今日? 特に何の日でもないと思うけど……」


 カレンはその整った顔を少し傾けながら考えるそぶりを見せるが、何も思いつかなかったようだ。


 この世界に来てからもう、数ヶ月が経った。

 元の世界とこの世界では同じ暦を使っており、今日は十二月二十四日。

 そう、クリスマス・イヴだ。


 元の世界で恋人どころか友達すらいなかった俺は、もちろんクリスマス・イヴを元の世界の母さん以外の誰かと過ごしたことなどない。

 母さんも仕事でほとんどいなかったため、一人で過ごすことが多かった。


 そんな俺には、当然クリスマス・イヴへの思い入れなどない。

 思い入れなどないが、せっかく誰かと過ごすチャンスがあるなら、それをあえて見逃すつもりもない。


 もしかするとカレンは魔族だから文化が違い、知らないだけかもしれない。


 そう思った俺は、朝食の場でみんなに聞いてみることにした。





 朝食の場には、アレス、ダイン師匠、リン先生、レナ、それにカレンと俺、関係者全員が揃っていた。

 俺はみんなに尋ねる。


「今日は何の日か知っていますか?」


 俺の質問に、リン先生が目を輝かせて答える。


「クリスマス・イヴに決まっているじゃないですか!」


 リン先生の答えを聞いた俺はホッとする。

 この世界にクリスマスがないわけではなく、カレンが魔族だから知らなかっただけか、と。


 だが他のみんなの顔を見ると様子が違う。


「ダイン、お前は知ってるか?」


 アレスの問いにダイン師匠が首を横に振る。


「いいえ。聞いたことがございません。レナ様は?」


 レナも当然のごとく首を横に振る。


「知らないわ。新しい教会魔法か何かかしら?」


 アレスたちが知らないということは、この世界にクリスマスはなさそうだ。

 だが、そうするとリン先生はなぜ知っているのだろうか。


 みんなが視線をリン先生に向けると、リン先生が慌てて説明しだす。


「きゅ、宮廷にあったの禁書に書いてあったんです! 異国の救世主の誕生日を祝うのがクリスマスで、その前日がクリスマス・イヴだと!」


 リン先生の言葉に、俺を含めみんなが納得する。

 元の世界に繋がりそうなことが書いてある禁書を読んでみたいと思ったが、それはまたの機会にしよう。


 リン先生に話を切り出してもらった俺は、みんなは提案することにする。


「その通りです。その救世主に思い入れはありませんが、クリスマス・イヴには家族でちょとしたパーティーを行うものだそうです。よかったら俺たちもやりませんか」


 少し前の俺なら絶対に行わない提案。

 だが、みんなと平和で暖かい時間を過ごすうちに、俺自身変わってきている。

 その結果がこの提案だ。


「私は賛成です! ぜひやりましょう!」


 リン先生が真っ先に手をあげる。


「俺もエディがやりたいというのなら反対はしない」


 カレンもその提案に賛成のようだ。

 アレスとダイン師匠、それにレナも二人に続いて頷く。


「私たちも幸い今日は予定がない。エディの提案に乗ろう」


 満場一致での回答に、思わず俺は頬が緩む。


「それではやりましょう。みんなにお願いがあるので、それぞれ準備をお願いします」


 俺はカレンへモミの木の手配を。

 アレスとダイン師匠へ七面鳥の手配を。

 リン先生へ飾り付けを。

 レナに料理をお願いした。


 そして俺自身は、クリスマスのメイン人物である彼になりきる為、赤い服と白いつけ髭を探しに出かけることにした。




 夕方、アレスの家に帰ると全てのものが揃っていた。

 ……俺の想像を遥かに超える形で。


「リン先生! 確かに飾り付けをお願いしましたが、何でこの家の周りだけ雪化粧されてるんですか?」


 俺の質問に首をかしげるリン先生。


「えっ? だってクリスマスといえば雪ですよ。ホワイトクリスマスが素敵じゃないですか」


 リン先生が言いたいことは分かる。

 分かるが……


「だからと言って、ホームパーティーのために、見たこともない最上級魔法で天候を操るのはやり過ぎです!」


 リン先生の手から現在進行形で流れ出る強力な魔力を見ながら俺はそう言った。


「えへっ。だってせっかく開発したのに使う機会がなかったものですから」


 そんなことのために、人生で一つ開発すれば天才と言われる最上級魔法を、無駄遣いしないでほしい。


 次に俺はカレンの方を向く。


「確かに俺はカレンにはモミの木をお願いした。でも、何だこれは?」


 俺の質問にカレンは得意げに答える。


「何って、王都周辺の森で一番高い木を運んできた」


 アレスの庭には、樹齢千年は超えていそうな巨大な大木がそびえ立っていた。

 神様でも宿りそうな大木が俺たちを見下ろしている。

 こんな木にどうやって飾りつけをしろと言うのだろうか。


 次に俺はアレスとダイン師匠の方を向く。


「そしてお二人の後ろにいる恐ろしい魔物は何ですか?」


 俺の質問にアレスとダイン師匠は顔を見合わせる。


「何って、エディに頼まれた七面鳥じゃないか。二人掛かりでも倒すのに苦労したよ」


 俺は七つの頭を持った巨大なドラゴンのような鳥を見て頭を抱えたくなる。

 誰がこんな、国一つ滅ぼしそうな魔物の丸焼きを食べたいというのだろうか。


 俺は最後にレナの方を見る。


 庭に置かれた雪よけの屋根付きのテーブルの前に立つレナは、手際よく料理を飾り付けていた。


 目の前に並ぶのは、高級レストランにでもきたかのようなご馳走。

 殺したいほど憎んでいたはずのレナが天使に見えてきた。


「いろいろ手違いがありましたが、レナの料理を食べながら盛り上がりましょう!」


 俺は気持ちを切り替えて、パーティーを楽しむことにした。





 生まれて初めてのパーティーは楽しかった。

 みんなにサンタクロースの話などをして、盛り上がることができた。

 他のインパクトが強すぎて、俺の付け髭や赤い服が霞んでしまったのは若干寂しかったが。

 俺は結果的に大成功したクリスマスパーティーに満足して、ぐっすりと眠る。





 翌朝、俺は右腕が柔らかい何かに包まれているのを感じながら起きる。

 横を向くと、そこには全裸のカレンがいた。

 視線を少しだけ変えると、その豊満な乳房に俺の腕が挟まれているのが見える。


「な、な、な、何してるんだ、カレン!」


 俺の質問にカレンは目をこすりながら答える。


「何って、エディが昨日、いい子にしてる子供にはサンタさんがプレゼントをくれるって言ってたでしょ? だから、私の初めてをプレゼントしようと思って待ってたの」


 カレンの言葉に、俺は顔を真っ赤にしながら答える。


「そ、そんな簡単に初めてをあげるなんて言うな! それにそんなものもらったらいい子じゃなくなる!」


 俺は逃げるようにカレンを残し、部屋を出る。


 そこにはリン先生が待っていた。


「あっ。エディさん。プレゼントを置こうと思ったのにもう起きちゃったんですね。仕方ないので今受け取ってください」


 カレンと鉢合わせさせずによかったと思いつつ、リン先生から渡された、プレゼントとと言うには簡素な紙を見る。


「こ、これは?」


 紙に書かれた内容を見た俺は、リン先生に尋ねる。


「昨日使った最上級魔法の式と呪文、それに使うコツを書いた紙です」


 最上級魔法の式と呪文は、普通、門外不出だ。

 生徒だからということで火雷(ほのいかづち)を教えてもらっただけでもありがたいのに、二つ目まで教えてもらえるなんて……


 俺はリン先生は頭を下げる。


「ありがとうございます! 素直に嬉しいです」


 俺のお礼を聞いたリン先生は、満面の笑みを浮かべる。


「喜んでもらえて何よりです。来年また喜んでもらうために、次の魔法を考えなきゃいけませんね」


 そう言ってスキップでもするように去っていくリン先生。

 教え子のためにここまでしてくれるリン先生は、やはりすごい。

 だが、俺を喜ばせるためだけに最上級魔法を開発するなんて、あまりにも勿体無すぎると思うのは、俺だけだろうか。


 リン先生の後ろ姿を眺めていると、今度はレナが近づいてきた。


「まさかお前までプレゼントをくれるってわけじゃないよな?」


 俺の質問に、レナは真顔で答える。


「……そのまさかよ」


 レナの答えに俺は驚く。


「えっ?」


 奴隷で、しかも魔族と仲良くしている俺のことをレナは嫌っているはずだった。

 そんなレナが何をくれるというのか。


「貴方に自由をあげる。貴方にもあの魔族にも害がないのは分かった。これはお父様とダインにも合意してもらった三人からのプレゼントよ」


 レナはそう言うと、何やら呪文を唱え、そして、俺の額に口づけした。


「これで貴方は自由。どこにでもいけばいいわ。……ただ、同年代のライバルがいなくなるのは成長のためによくないから、ここに残ってくれてもいいけど」


 俺はレナを見ながら、やっと手に入れた自由を噛みしめる。


 素晴らしい人たちに囲まれ、過ごす日々。

 この世界に無理矢理飛ばされ、奴隷として生きることになった時は辛かった。

 母さんが殺された時も憎しみと悲しみで心が潰れそうだった。


 この世界に連れて来た女神もどきを、ひたすら怨んだ。


 でも、今は違う。


 幸せを感じるようになった。


 この世界に連れてきてくれたことに感謝し、本当の女神のように思えるようになった。


 最高の先生。

 最高の師匠。

 人生を変えてくれた恩人。

 少し生意気な同年代のライバル。

 そして、人生を共に過ごすと誓った最愛のパートナー。


 そんな人たちと一緒に過ごす日々は、甘美な夢のようだった。


 俺は神に祈る。


 ……願わくば、この幸せが続くことを。

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