第122話 商人の国の獣人⑤

 翌日の午後、私たちはアマンダの倉庫街に集まっていた。


「今日はこの辺り一帯を休みにしておいたから、人目につくことはないわ」


 アマンダの言葉通り、普段は多くの作業者が行き来している倉庫街に、今は私たち以外の姿はなかった。


 集まったのは五百名を超える仲間たち。

 いずれも頑丈な体を持った屈強な者たちばかりだ。


 もしこの世界に魔力などというものがなければ、この仲間たちだけで国を落とすこともできるだろう。


 だが、たらればを言っても仕方ない。


 目指すのは国の陥落ではない。

 獣人の地位を貶めている元凶を倒し、獣人の地位を、少なくとも他の亜人並に回復する。

 それが目的だ。


 倉庫街に集まった全員が私を見ている。

 私は荷が積み上げられた上に立つ。


 太陽が私の背を照らし、私の影が、集まった仲間たちにかかる。


「みんな、今日はよく集まってくれた」


 私は話をしながら、全体を見渡す。

 これだけの大人数が全員黙り、その視線を静かに私へ向けている。


 ここでの私の言葉は重要だ。

 私の言葉次第で士気が大きく左右されるからだ。

 緊張で背中を汗が流れる。


「我々獣人は今日まで虐げられてきた。殴られ、犯され、搾取されてきた」


 シーンと静まり返った仲間たち。

 全員が私の言葉に耳を傾けてくれている。


「私の実の両親は、物心がつく前に人間たちに殺された。育ての親のような存在だった先代の王と王妃も、人間たちに殺された」


 私と同じように親を殺された者たちだろうか。

 それとも、先代の王と王妃に世話になった者たちだろうか。


 すすり泣く者や、怒りを瞳に宿す者が多数いる。


「私たちはこのまま生きていくこともできる。人間に家畜のように飼われながら、獣のように生きていくこともできる」


 私は息を大きく吸う。


「だが、それでいいのか?」


 語気を強めてそう言った後、私は全員を見渡した。


「私は嫌だ。自分がそのように生きるのは嫌だ。何より、子や孫たちに、同じような屈辱にまみれた生き方をさせるのが嫌だ」


 私は拳を握りしめる。


「この場にいる者の大半は今日、死ぬだろう。だが、意味のない死ではない。獣人の未来を変える偉大な死だ。獣人の未来のため、私と一緒に死んで欲しい」


ーーオーッ!ーー


 私の言葉に呼応するように、歓声が巻き起こる。


 今、私は仲間たちに呪いをかけた。

 仲間たちを死へ誘う呪いだ。


 だが、これで士気は十分高まった。


 人間の兵は強力だ。

 傭兵団も自警団も、その主力は皆、魔力が使える。

 魔力が使える者を相手にして、互角以上に戦える者は、この中に数えるほどしかいない。

 そのメンバーも、傭兵団の団長クラスや、自警団の隊長クラスには歯が立たない。


 全面衝突なら勝ち目はほぼない。

 勝利条件は、隙を突いて獣人排斥派の二人の首長を倒すこと。


「それでは、本隊の者は前へ集まれ。それ以外の者は、各隊のリーダーに従い、それぞれの目的地を目指すように」


 私はそう告げると、最後にもう一度大きく息を吸った。


「最後に諸君らの健闘を祈る! 獣人の未来に幸あらんことを!」


ーーオーッ!ーー


 再び歓声が湧くこの場で、一人薄気味悪い笑みを浮かべて私を見ている者がいた。


 この場に立ち会ってくれていた、私たちの協力者アマンダだ。


「よくまわる舌ね。仲間を死地に追いやろうというのに」


 アマンダの言葉に、私は胸をグサリと刺されながらも、冷静に返す。


「それが私の役目だ。地獄に堕ちることは覚悟している。その代わり、死んでも私は役目を果たす」


 私の言葉を聞いたアマンダは口が裂けんばかりにニヤリと笑う。


「偽りの王にもかかわらず、本当によくやってくれたわ、貴女は。この短期間でこんなにたくさんの仲間を集め、言葉一つでこれだけ士気を上げられる。ここで死んでしまうのがもったいないくらい」


 ここで、という言葉が気にかかったが、その言葉の意味を、今回の作戦で、という意味に捉えた私は、言葉を返す。


「偽りなのは分かっている。だが、偽りであるからこそ、本物に近づくべく、最善を尽くすべく行動しているつもりだ。私が死ねば、きっと本物の王が目を覚ましてくれるはず。だから私が死んでも、獣人の未来に影響はない」


 私の言葉を聞いたアマンダはクククッと笑う。


「……何がおかしい?」


 私を小馬鹿にしたように笑うアマンダへ、少しだけ威圧するように尋ねる。


「何がおかしいって、全部よ、全部。獣が人間様に逆らおうなんて考えるところも。獣人に未来があるなんて考えるところも。おかしくてお腹がよじれそう」


 本当に腹を抱えて笑うアマンダを睨みながら、私は問い詰める。


「お前、何を言っている? 私たちに賭けたから、お前は協力してくれているんじゃないのか?」


 私の言葉に目を丸くするアマンダ。


「協力? 協力ね。……フフフッ」


 アマンダはまたもや笑い出す。


「獣って本当に頭が悪いのね。貴女たちの穴だらけの作戦に協力なんてするわけないじゃない。私が話したのは全部嘘。この後貴女たちが手に取るつもりになっている武器なんてここには置いてない。貴女たちの手なんか借りなくても、私はこの国で十分な基盤を築けている」


 アマンダの言葉の意味が分からない。

 分かりたくない。


「……それなら、何のために協力するふりを?」


 私は自分で考えるのを放棄し、アマンダへ直接尋ねる。


「スカスカの貴女の頭でも、もう分かってるくせに。貴女たち獣人を嵌めるためよ」


 アマンダがそう言って右手を上げると、私たち獣人を取り囲むように、二千人は超えるであろう人間の兵がその姿を現した。


「最近、王国から流れてくる獣人が多いでしょう? 商国の自警団が、叛逆する可能性のある獣の処理をしたいって言うから協力してあげたの。魅力的な金額を提示してくれたし」


 アマンダはそう言うと、親指と人差し指で輪っかを作り、お金を表すジェスチャーを示す。


「それに、最近活きのいい獣人を求めるお客様が多いのよね。単純に労働力が欲しい方。獣姦好きの変態さん。壊れにくい実験台が欲しい拷問付きの貴族様。最近は、人間だけじゃなくて獣人も食べてみたいなんていう魔族からの需要もそれなりにあるわね」


 アマンダはまるで私などいないかのように、ベラベラと話し出す。


「今回の作戦では、捕まえた獣人は、私の所有物にしていいことになってるの。これだけの獣人、いくらになるか計算するのが楽しみだわ。ありがとう、私のためにこんなに集めてくれて」


 そう言って頭を下げるアマンダへ、私は腕を振り下ろす。


「貴様っ!!!」


 魔力を持たない人間なんて真っ二つに斬り裂けるはずの私の爪は、アマンダへ触れることなく受け止められる。


ーーガキンッーー


 気配なく現れた男は、私の攻撃を難なく受け止める。


「あら、残念だったわね。でも、護衛もなしにこんなこと話すわけないでしょう? やっぱり頭が弱いのかしら?」


 アマンダの言葉に逆上しそうになる私。


 だが、私の攻撃を受け止めた相手は明らかに手練れだ。

 おそらく、傭兵団の団長クラスだろう。

 獣人にわずかに残る獣の本能が警鐘を鳴らす。

 

「貴女にはこんなにたくさんの商品を用意してもらったし、殺さないであげる。外見も悪くないし、見たところ処女みたいだし、私が知る中で一番の変態さんへ売ってあげるわ。きっと獣人の未来なんてどうでもよくなるくらいの快楽を与えてくれるでしょう」


 私の見極めが甘かった。

 アマンダが信用できないのは分かっていたが、アマンダにはどう転んでも利益しかない作戦だったため、疑う気持ちが欠けていた。

 よくよく考えれば、それ以上の利益がある話があれば、この女は裏切るに決まっていたのに。


 だが、今はそのことを後悔しているような時間はない。


 作戦は中止。

 あとは、この絶体絶命の状況から、どれだけの仲間を逃すことができるか、だ。


 同様が広がりつつある仲間に対し、私は声を張り上げる。


「みんな聞け! 協力関係にあった人間の裏切りにより、敵に包囲された。私が血路を開く。私の後に続くもよし。

各自で隙を見て逃げ出すもよし。各々の判断で窮地を脱してくれ!」


 そんな私の言葉を間近で聞き、なぜか呆れたような顔をするアマンダ。


「貴女やっぱり頭が悪いのね。ここまでやっておいて、私が貴女たちに逃げ道を残すようなヘマをすると思う?」


 アマンダはそう言うと、左手を上げた。


「おやすみなさい」


 次の瞬間、強烈な睡魔が私を襲った。

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