第121話 商人の国の獣人④

 作戦の前日、私は主要なメンバーを、アマンダが用意してくれた隠れ家に集めた。

 隠れ家はアマンダが抱える倉庫街にある倉庫の一つで、今は作戦のために空にしてもらっていた。


 薄暗い倉庫の中で私は、二十名ほど集まった同士へ告げる。


「今日はよく集まってくれた。いよいよ明日が作戦の決行日だ。今回の作戦は皆も理解している通り、獣人排斥派の首長二人を殺す本隊と、街で暴れて陽動を行う別働隊で行う。ここに集まってもらったのは、本隊のメンバーと別働隊のリーダーを務めてもらう予定のメンバーだ」


 私はそこまで話した後、私が声をかけていないはずのメンバーが二人いることに気付き、その二人へ順に視線を向ける。


 一人目は真ん中に位置してこちらを真っ直ぐ見据えている可愛らしい狼の獣人だ。


「ルー。なぜここにいるの? ルーにはこの作戦に参加しないように言ったはずだけど」


 どこからか作戦が漏れ、この場に参加したいと言ったルーには、そう伝えていた。

 そんな私を、ルーは睨みつけるように見る。


「私も、ミーチャの役に立ちたいと言ったはずだよ。だからこの作戦に参加する。そのためにずっと鍛えてきたの。絶対に役に立つわ」


 ルーの能力に、疑問の余地はない。

 役に立つのは間違いないだろう。

 だが、妹のように可愛がってきたルーが、死ぬかもしれないことが、個人的に嫌なだけだった。


 ただ、今はそんなこと口にはできない。

 全軍を率いる私が、私情で貴重な戦力を拒めば、全体の士気に関わる。


 内心歯ぎしりしつつ、ルーの参加を認める。


「分かった。ルーの意思を尊重する。でも、戦闘中は私の指示に従うこと。命令違反は全体を危機に陥れかねないから」


 私の言葉にルーが片膝をついて答える。


「もちろんです。参加するからには、ミーチャの指示に必ず従います」


 今更もう仕方がないから、ルーは安全な位置に配置すればいい。

 それより問題なのは、一番後ろで壁にもたれているウサギの獣人だった。


 この場にいるのは、獣人の中でも特に精鋭揃いだ。


 一騎当千とまではいかないにしても、魔力を持たない人間なら、一人で数十人、数百人と倒せる者たちだ。


 熊や豹、チーターにハイエナといった肉食獣。

 草食だが怪力を持ったゾウやサイ。


 これらの獣人たちは、いずれも主戦力になることは間違いない。


 だが、後ろにいたのはそのいずれでもない、最弱に近い種族の獣人だった。


「で、あなたは誰?」


 私は静かにこちらを見ているその獣人へ尋ねる。

 私の質問には熊の獣人リラクが答える。


「悪い、ミーチャ。こいつが必ず役に立つから連れて行け、と言って聞かないから、とりあえずこの場に連れてきた。扱いについてはお前に任せる」


 無責任なことを言うリラクに、内心舌打ちしつつ、私は改めてそのウサギの獣人を見る。

 私は、今回作戦に参加する予定の全ての獣人の顔を覚えている。

 この獣人はその中にはいなかった。


 だが、いつまでもこの獣人に時間をとられるわけにはいかない。


「そのウサギの獣人の扱いは後で決める。まずは明日の作戦についてだ。本体と別働隊それぞれに明日の作戦の動きを説明する」






 各隊それぞれへの説明を終えた後、私は一人残った見知らぬ獣人へ話しかける。

 商国側のスパイの可能性もゼロではない。

 最悪の場合、この場で始末することも視野に入れながら、私はウサギの獣人へ問いかけた。


「それで貴女は誰なの?」


 私の質問に、ウサギの獣人は冷静に答える。


「私は先日、王国から避難してきた者です」


 王国では、人間が魔族の隷属下に置かれ、一部が魔族の食料となっていると聞いている。

 その関係で、人間の奴隷だった多数の獣人が自由の身となり、王国よりは生きていく条件のいい商国へ流れているのは事実だった。


「そうか。せっかく逃げて来られたのに、なぜわざわざ戦いに身を置く? 見た所、戦いに向いているとは思えないが」


 先にも述べた通り、今回戦いに臨むのは肉食獣の獣人や、草食でも戦闘向きの獣人ばかりだ。

 現状に不満を持つ獣人は、もちろん他にも多数いるが、戦闘向きでない者は、参加しても役に立たないし、無駄に命を散らすだけだ。


「確かに、私は腕力も強くなければ、鋭い爪や牙もありません。ですが、耳の良さと脚力には自信があります。必ずお役に立てるでしょう」


 私は首を横に振る。


「私にもウサギの獣人の知り合いは何人かいる。確かに人より多少耳はいいし、元気に飛び跳ねる脚力もあるだろう。だが、戦闘に役立つほどではないのは、よく知っている」


 私は目の前に立つ獣人の長い耳や、すらっと長い脚を見る。


 ウサギの獣人は、人間に人気だ。

 ……玩具として。


 愛くるしさを感じる整った容姿。

 そして、動物のウサギから引き継いだ旺盛な性欲。


 薬を投じてその性欲を刺激してやれば、従順な愛玩動物の出来上がりだ。

 商国においても、数ある獣人の中で、最も人間からの扱いの酷い種族の一つである。


 より獣人の扱いの酷い王国では、想像を絶する扱いを受けてきたのだろう。

 だからこそ、国は違えど、人間に復讐するチャンスを求めているのかもしれない。


「気持ちは嬉しいが、戦いには連れて行けない。私たちの作戦が成功した後、幸せに生きていく獣人も必要だ。むしろ、私たちはそのために戦いに臨む。今まで辛い思いをしてきたのだろうから、君には幸せになってもらいたい」


 私の言葉を聞いたウサギの獣人は、フーッと溜息をつく。


「貴女は人を見る目がないんですね。私は絶対に役に立ちます。それを見抜けないようではリーダーは務まりませんよ」


 ウサギの獣人の言葉に、私はムッとする。


「なんと言われようと、役立たずを連れていくわけにはいかない。この作戦には、商国の獣人の未来がかかっている」


 私の言葉を聞いたウサギの獣人はふっと笑う。


「役立たずとは酷い言われようです。私は先ほども言いましたが、耳がいいんです。何なら、さっきのメンバーの皆さんが、今貴女のことをどう話しているか教えてあげましょうか?」


 ウサギの獣人の言葉を、私をバカにした発言だととらえた私は、思わず我を忘れ、ウサギの獣人を威嚇する。


「グルルルルッ」


 虎とウサギ。


 虎に睨まれたウサギは、恐怖で硬直するか、飛ぶように逃げるしかないはずだった。

 だが、目の前のウサギの獣人は、怯むどころか、逆に私を真っ直ぐに見据えていた。


「可哀想な方。人を見る目もなく、力でしか相手を従えることができないと考えている」


 その言葉を聞いた私は、ウサギの獣人に近づくと、右手でその細い首に爪をかけた。


「人間の前に殺されたくなければ今直ぐにこの場を去れ。私は口の利き方を知らない見ず知らずの相手を、いつまでも喋らせておくほど気が長くない」


 絶体絶命であるはずのウサギの獣人は、それでも怯えた様子すらなく、肩をすくめる。


「人を説得するのって難しいですね……」


 ウサギの獣人は、首から私の爪を外すと、心底残念そうな顔をする。


「対人関係の経験が少ないものですから、ご容赦ください。ただ、一つだけ忠告を。身近な人でも無条件で信用するのはやめた方がいいですよ。少なくともあの人は……」


 なおも話を続けようとするウサギの獣人に、私は怒鳴りつける。


「いいから黙れ! 私の仲間に信用できない奴はいない! 見ず知らずのお前が私の仲間を侮辱するな!」


 私は怒りのあまり、全身の毛が逆立つのを感じた。


 そんな私を見たウサギの獣人は今度こそ、話すのを諦めた。


「分かりました。それでは私はこの場を離れます。同じ獣人として御武運を祈ります」


 ウサギの獣人はそれだけ言うと、この場を去っていった。







「クソッ」


 一人残された私は、目の前にあった机を蹴る。


ーーバキッーー


 机は真っ二つに割れた。


 自分がリーダーの器ではないことは分かっていた。

 腕力が強いだけで、人を見る目がないことも、人を率いる人徳もないことは、誰より自分が分かっていた。


 分かっていたはずなのに、人にそれを指摘されるのは耐えられなかった。


 分かっていたからこそリオを誘ったのに。

 リオにリーダーを、王を引き受けて欲しかったのに。


 ……私なんかとは違って、王にふさわしい器を持ったリオに。


 だが、器じゃなくても、リーダーになってしまった以上、役目は全うしなければならない。


 人を無条件で信用するな?


 今回の作戦に参加するメンバーは、全員私が直接会って話をして決めた。

 全員が獣人の扱いに憂いを感じ、命を懸けてでも獣人の社会を変えたいと願うメンバーだ。


 そんな彼らを疑うなんてこと、私にはできない。


 何一つ持っていないリーダーだけど、仲間を信じる気持ちだけは誰にも負けない。

 リーダーとして、その気持ちだけは持っている。


 ウサギの獣人が、なぜあんなことを言ったのかは分からない。

 思わず腹を立ててしまったが、悪意があるようには見えなかった。


 だが、初めて会った見ず知らずの他人より、私は直接自分で選んだ仲間を信じる。


ーーコンコンーー


 私がウサギの獣人の言葉を振り返っていると、扉の外からノックする音が聞こえてきた。


「……どうぞ」


ーーギーッ……ーー


 ゆっくりと扉を開いて入ってきたのはルーだった。


「……ミーチャ、怖い顔してる」


 ルーの言葉に、頰がこわばっているのを感じた私は、頬を緩める。


「ごめわね、ルー。明日のことを考えてた」


 私はルーに嘘をつく。

 ダメなリーダーの私だけど、ルーの前では頼れる存在でいたかった。


「大丈夫だよ。ミーチャにはルーがついてるから」


 ルーはそう言うと、私をギュッと抱きしめてくれた。


「ミーチャは、人間に弄ばれそうになったルーを助けてくれた。ルーを助けようとして殺されそうになってたローも一緒に助けてくれた。その時からミーチャはルーのヒーローだよ。誰がなんと言おうと、世界一頼りになるヒーローだよ」


 ルーの言葉に、私は思わず泣きそうになる。

 張り詰めていた心の隙に、ルーの言葉が染み渡る。


 だが、泣いてはダメだ。

 ルーの前では、絶対に泣いてはダメだ。


 ルーは明日、私と同じ本隊のメンバーとすることにした。

 危険な役目ではあるが、同じ隊のメンバーなら、私の判断で逃すことができる。

 仲間に優劣をつけるつもりはないが、まだ若いルーを死なせたくはなかった。


 リオが腑抜けてしまっている以上、ルーには、私が死んだ後の獣人の社会を担ってもらわなければならない。


「明日はルーも命を懸けて戦うから、一緒に人間を倒そうね!」


 元気にそう言うルーに、私は笑顔で嘘をつく。


「うん。一緒に頑張ろう」


 ……ルーに命を懸けさせる気なんてないくせに。

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