第112話 太陽の国の魔族⑦

 テラ様の領地到着後、私たちは、昨晩シャクネちゃんと私が泊まった宿で、リッカ様からの連絡を待ちます。


 待っている間、無言でいるのも空気が悪くなるので、私たちは人間二人と会話することにしました。


「人間ってもっと醜くて弱いのかと思ってましたが、貴方たちは強いんですね。それに、オスの方はともかく、メスのローザさんは魔族と比べても綺麗ですし、イメージと全然違いました」


 私はとりあえず、人間に対する感想を素直に話しました。

 私の言葉に対し、ローザさんが不快そうな顔をします。


「とりあえず、オスとかメスとかいうのはやめてほしい。こっちのむさ苦しい方にもアルベルトという名が一応ある」


 人間の言葉に、私とシャクネちゃんは顔を合わせた後、頷きます。


「分かりました。ローザさん、アルベルトさん」


 私がそう言うと、ローザさんは笑顔を見せます。


「こっちのアルベルトと私は、王国では二つ名というものを与えられた、それなりの実力者ということになっている。一般的な人間は、お前たちの認識通り、魔族に比べれば貧弱だ。外見に関しては、アルベルトを見て分かる通り、確かに魔族に比べれば整ってはいないのかもしれないな」


 ローザさんの言葉を聞いたアルベルトさんがムッとした様子で口を挟みます。


「おい! 誰の外見が整っていないって? これでも置屋の姉ちゃんたちからは、男らしいって評判なんだぞ!」


 そんなアルベルトさんの言葉を聞いたローザさんは、侮蔑するような視線をアルベルトさんに送った後、アルベルトさんを無視して言葉を続けます。


「ところで君たちは何なんだ? 見たところ、兵士には見えないが……」


 ローザさんからの質問に、私は正直に答えます。


「シャクネちゃんと私は、テラ様のメイドです」


「メイド……?」


 私の答えを聞いたローザさんとアルベルトさんは、顔を合わせて、一瞬固まりました。


「魔族は、ただのメイドがここまでの力を持っているのか?」


 アルベルトさんは真顔で質問します。


「うーん。テラ様のところの通いのメイドの中では、シャクネちゃんと私が一番だと思いますが、住込みのメイドのお姉様方は、殆どが私たちより強いと思います」


 私の答えに唖然とするローザさんとアルベルトさん。

 

「ただのメイドがここまで強いなら、人間が魔族に勝つなんて夢のまた夢だな……」


 そう俯きながら呟くアルベルトさん。

 私は、そんなアルベルトさんを励まそうと、自分が魔族なのも忘れてフォローの言葉をかけます。


「で、でも、アレスとかいう人間は、四魔貴族の方々には及ばないものの、魔族の将軍クラスの実力があると聞きましたよ!」


 私の言葉を聞いて、なぜかますます落ち込むアルベルトさんと、それにつられて俯くローザさん。


「……アレス様は亡くなられた。そのせいで我らの王国は四魔貴族スサへ食材を供給する牧場となり、アルベルトと私がここに連れられてくることになった」


 ローザさんの言葉にいたたまれなくなった私は、これ以上私が話を振ると、空気が悪くなるだけだと思い、涙目でシャクネちゃんへ助けを求める。

 意思が通じたのか、シャクネちゃんは小さく頷くと口を開きます。


「それでお前たちは、仮にリッカ様のご厚意で魔族の領域から逃げられたとして、その後どうするつもりだ? 国に帰ってもまた食材として出荷されるだけじゃないのか?」


 より空気を悪くしそうなシャクネちゃんの問いに、確かになぁ、と言って頭をかくアルベルトさんと、険しい目をより険しくするローザさん。

 ローザさんは怒りを露わにしながらシャクネちゃんの問いに返事を返します。


「アレス様を陥れて殺した十二貴族を全員殺す。その原因を作ったスサも殺す。それにあいつも……」


 言葉だけで人を殺してしまいそうな勢いでそう話すローザさん。


 人間の十二貴族は、魔族で言うなら大隊長から連隊長クラスの魔力があると聞いたことがあります。

 そして、スサに至ってはテラ様に並ぶ四魔貴族です。

 この人間たちはそれなりに強いとはいえ、小隊長から中隊長クラスの魔力しかなく、同じ人間の十二貴族はともかく、スサには敵うわけがありません。


 私が何と返事すればいいか考えていると、シャクネちゃんが、ズバッと切り裂くようにローザさんへ言葉を投げつけます。


「それは無理。お前が倒せるのはせいぜい大隊長程度だ。先ほど連隊長クラスの相手を倒せたのも、フワちゃんの援護があったおかげだし」


 そんなシャクネちゃんに対し、明らかにムッとしたローザさんは、拳を握って身を乗り出します。


「そんなことは分かっている。たとえ死んだとしても私は……」


 激昂しそうなローザさんに対し、アルベルトさんが右手で制します。


「まあまあ。ローザだって炎の嬢ちゃんが言ってることが正しいのは分かってるだろ? 復讐したい気持ちは分かるが、このまま無策で挑むのは、ただの自殺だ」


 アルベルトの言葉に、ローザさんは悔しそうに奥歯を噛み締めながら、下を向きます。


「それよりフワちゃんだっけ。君の魔法は何なんだ? さっきの敵のリーダーの動きは鈍くなるし、俺の攻撃はびっくりするくらい重くなった。『魔王殺し』と言われていた気がするが……」


 アルベルトさんの言葉に、私は本当のことを言うか悩みます。


 私は生まれてから約百年間、魔族の仲間に対しても、自分の魔法が何なのか、ひた隠しにしてきました。


 私の魔法の正体を知っているのは、家族とシャクネちゃんを除けば、魔王様も含め、両手の指の数にも満たないでしょう。

 私の魔法の正体が知られたら、悪用されるのは間違いないですから。


 それを、会ったばかりの、しかも人間に話すなんてもってのほかです。

 ただ、命の危険があった先ほどは、隠しもせずに魔法を使ってしまいました。

 誤魔化すのは難しいでしょう。


 仮にこの人間たちが自分の国へ帰った後、私の魔法のことを吹聴されてしまうと、どこで誰に伝わり、利用されることになるか分かりません。

 

 でも、頭の悪い私では、どうするのが正解か分からず、シャクネちゃんへ視線で助けを求めました。


 そんな私の思いを汲み取ってくれたシャクネちゃんが口を開こうとしたその時でした。


「……待たせたわね」


 突然聞こえてきたその声に、四人全員が一斉に振り向きます。


 振り向いた瞬間、私たちを襲う、凍えそうなほど冷たい魔力。

 私たちが倒した、スサの部下の連隊長クラスと比べても、桁違いに強い魔力。

 本来冷たさなど感じないはずの魔力に冷たさを感じ、立っているだけで凍死してしまうのではないかと、錯覚してしまうほどの圧力。


 これほどの強力な魔力が自分に向けられるのは、生まれてからの百年で、初めての出来事でした。

 そんな魔力を感じた人間二匹が、条件反射のように体へ魔力を込めます。


「さすが極上と言われる食材だけあって、人間にしてはなかなかの魔力ね。反応も悪くない」


 魔力の持ち主であるリッカ様は、そう言うと、すっと歩いてローザさんの元まで行きます。

 そして、顎に手を当て、クイッと顎をあげると、舌なめずりをしました。


 蛇に睨まれた蛙のように、全く身動きを取れないローザさん。


 そんなローザさんをしばらく見つめた後、リッカ様は魔力を弱めました。


「そう緊張しなくていいわ。今すぐ食べようってわけじゃないし」


 魔力の圧から解放された人間二匹は、なおも体に魔力を込めたまま、警戒を解かずにシャクネちゃんと私の方を向きます。


 視線を受けたシャクネちゃんが口を開きます。


「リッカ様のご指示通り、無事人間を連れてまいりました。この後、この人間たちはどのような扱いにすればよろしいでしょうか?」


 まるでその質問が来るのが分かっていたかのように、リッカ様はニヤッと微笑みます。


「食材の使い道なんて、食べること以外に何かあるの?」


 その言葉を聞いた人間二匹は、再度パッと身構えます。


 確かに私も、人間の使い道なんて、食べる以外にないと思っていました。

 でも、一緒に戦って、ほんの少しだけど一緒に話してみて、ただの食材とは思えなくなっていました。


 私は、勇気を振り絞ってリッカ様の方を向きました。


「リ、リッカ様」


「……何かしら?」


 私に向けられるリッカ様の冷たい目。

 口元には軽く笑みを浮かべていましたが、その目を見るだけで、私の背筋は凍ったようになります。


「この人間たちは、それなりに魔力が高く、驚くべきことに大隊長レベルの戦闘力を持っています。食べる以外でも役に立つことがあるのではないでしょうか」


 私の言葉を聞いたリッカ様は、ジッと私を見つめます。

 寒いのに、背筋を汗が流れます。


 しばらく見つめた後、急に笑顔になるリッカ様。


「その通り。この二人は、人間の中ではかなりの実力者よ。ねえ、『閃光』のローザさんに、『剛腕』のアルベルトさん」


 リッカ様の言葉に驚いた表情を見せる人間二匹。


「なぜ我々の名を……」


 ローザさんの疑問に、リッカ様は笑顔のまま答えます。


「ふふふ。なぜかしらね。アレスの救出に失敗し、仲間に裏切られ、スサの食事になる予定だったローザさん」


 全てを見透かしたようなリッカ様の笑顔と言葉に、ローザさんの顔が青ざます。


 そんなローザさんの頬をぺろりと舐めるリッカ様。


「可愛いわね、貴女。いろんな意味で食べたくなっちゃうわ」


 そう言いながら、ローザさんの胸に手を伸ばそうとするリッカ様。


 そんなリッカ様へ、シャクネちゃんが声をかけました。


「リ、リッカ様。恐れながら質問申し上げますが、私とフワは任務達成ということでよろしかったでしょうか?」


 ローザさんを弄ぼうとしていたリッカ様は、少し残念そうな顔をしながらシャクネちゃんの方に視線を向けます。


「そうね。ファーストミッションはクリア。次はセカンドミッションに移らせてもらうわ」


 そんなリッカ様の発言にシャクネちゃんは食ってかかります。


「次があるなんて聞いていません! せめてフワだけでも解放してください」


 シャクネちゃんの言葉に、不快そうな顔をするリッカ様。


「貴女、私に意見できる立場だとでも思ってるの?」


 辺りを覆っていたリッカ様の魔力がまたその濃度を強め、鳥肌が立つほどの冷気を感じます。


 それでも質問の姿勢を変えないシャクネちゃん。


「そのような立場にないことは重々承知です。その上で、フワだけは任務から外してほしいというのは、単なるお願いです。私がフワの分まで働きますので」


 シャクネちゃんの言葉に、お腹を抱えて笑うリッカ様。


「貴女がフワさんの代わりになる? 面白い冗談ね」


 一通り笑った後、真顔になるリッカ様。


「次の任務にはフワさんとそこの人間二人が不可欠。貴女はいてもいなくても一緒だわ」


 リッカ様はそう言うと、シャクネちゃんを無視し、私と人間二匹の方へ視線を向けました。


「あなたたちにお願いがあるの。もしこのお願いを聞いてくれたら、フワさんにもフワさんの家族にも手は出さないし、テラ様のお近くに行けるよう私が推薦してあげるわ。人間二人は、魔族の領地から安全に抜け出せるよう、私がサポートしてあげる。王国に戻るにしろ、他の国に行くにしろ、安全を保証してあげる」


 そんなリッカ様のお願いに、アルベルトさんが返事をします。


「俺たちからすると、願ってもない話だが、そのお願いというのは何だ?」


 アルベルトさんの質問に、笑顔を作るリッカ様。


「簡単なお願いよ。『名無し』と言われる魔族を殺してほしいの」

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