第111話 太陽の国の魔族⑥
目にも見えない速さの攻撃を繰り出す、ローザさん。
慌てて張った魔法障壁を貫き、そのまま首元までもを貫こうとしてその剣先を、敵のリーダーは、魔力を込めた右腕を犠牲にすることで防ぎました。
ーーパキンッーー
首元スレスレで止まった剣を、右腕に突き刺したまま強引に振ることで、根元から折る敵のリーダー。
さらには、空いた左手で、風の魔法を繰り出そうとしています。
それを見たローザさんは、再度足元を魔力で光らせると、後ろへ飛んで回避しました。
「食事に過ぎない雑魚が……」
右腕に刺さったままの折れた剣先を引き抜きながら、敵のリーダーは、不快そうにローザさんを睨みます。
「その雑魚に、お前の仲間はみんなやられたがな」
そう言って後ろに目をやるローザさんの視線の先を見ると、首から血を流して生き絶えた男性と、頭部が粉砕して生き絶えた男性の無残な姿がありました。
思わず目を背けたくなるその二人の遺体を作り出したのは、人間の二人なのでしょう。
「クソが……」
悔しそうに呟く敵のリーダーに対し、こちらは四人。
人間二人も、大隊長から中隊長クラスの魔族を倒せるほどの手練れ。
加えて敵のリーダーは、右手を負傷していて、まともに戦えない状態です。
形勢は一気にこちらへ傾きました。
「降参しろ。そうすれば命までは奪わない」
シャクネちゃんが敵のリーダーにそう告げます。
そんなシャクネちゃんの言葉に対し、敵のリーダーは鼻で笑います。
「スサ様に捧げる大事な食材を奪われ、優秀な戦力である部下を全員殺され、このままのこのこと帰れるか。帰ったところで、スサ様に殺されるだけだ」
そんな敵のリーダーの言葉に、私たち四人は返す言葉がありません。
「左手一本でもお前たちなど蹴散らせる……と言いたいところだが、まさか『魔王殺し』が実在するとはな。噂には聞いていたが、素人のフリしてエゲツない事をしてくれる」
敵のリーダーは、私の魔法の正体に気付いたようです。
それでも、敵のリーダーは再度体に魔力を込めます。
「死ぬ時は戦って死ぬ。だが、ただでは死なない。一人くらいは道連れに死んでやる。死にたい奴からかかってくるがいい!」
敵のリーダーの命を賭けた言葉に怯んでしまった私とは対照的に、シャクネちゃんは即座に攻撃を加えます。
「いいから黙って死になさい。『灼熱』!」
シャクネちゃんの右手から放たれる、ゴウッという燃え盛る炎に対し、敵のリーダーは風の魔法で対処します。
「効かぬわ!」
近くにいた私たちまで吹き飛んでしまいそうなほど強力な風が、シャクネちゃんの炎をかき消します。
魔法対魔法の戦いでは、個々の魔力で劣るこちらが不利。
私は、魔法で敵のリーダーの体に負荷をかけつつ、人間のオスに向かって叫びます。
「ニンゲン! 敵を上段から攻撃してください!」
ローザさんは、剣が折れているため、反応できません。
代わりに、オスの方が答えます。
「お、おう」
急に呼ばれて一瞬驚いた人間のオスでしたが、剣を上段に構えると、すぐに引き締まった顔になります。
整った顔とは言い難いですが、真剣になった顔はそれなりに様になっているな、と思いつつ、私は人間のオスへ魔法をかける準備をします。
「今です!」
私の声に頷く人間のオス。
『豪腕』
人間のオスはそう叫びながら、驚くべきことに大隊長レベルの魔力を剣へ込めました。
小隊長クラスの魔力しか持たないにもかかわらず、二階級上の相手に匹敵する魔力を攻撃に込める技術は、素直に凄いと思いますが、相手はさらに格上の連隊長レベル。
このままでは通用しません。
相手の動きは私の魔法で制限しているので、飛び退いて回避はできないと思いますが、このレベルの攻撃なら、残った左腕に魔力を込める事で受け切ってしまうでしょう。
そこで私の出番です。
右手は相手の動きを止めるために魔法を使っているので自由がききませんが、左手は空いています。
私は左手を伸ばして人間のオスの攻撃に干渉し、振り下ろす瞬間、その攻撃の重さを数倍に格上げしました。
唸りを上げて敵のリーダーを襲う人間のオスの攻撃。
ーーズサッ、グシャッーー
人間のオスの攻撃は、敵のリーダーの腕を切り落とした後、そのままの勢いで顔面を叩き割りました。
潰れた顔から血を撒き散らしながらも、踏み止まろうとする敵のリーダーに、シャクネちゃんがトドメとばかりに魔法を撃ち込みます。
『灼熱』
魔法障壁を張る間も無く、燃え上がる敵のリーダーの体。
熱さのためにのたうち回る敵のリーダーは、しばらくの間動き続けていましたが、数分後、ようやく動かなくなりました。
シャクネちゃんが魔力の供給をやめると、その場には、真っ黒な炭と化した、敵のリーダーの遺体が残ります。
吐き気を催す私に対し、人間のオスが軽く背中を叩きながら話しかけます。
「吐いている暇はねえ。こんだけ派手な戦いをすれば、魔力を嗅ぎつけた他の魔族どもが、集まってくるかもしれない。一刻も早くこの場を去るべきだ」
人間のオスの言葉に頷くシャクネちゃん。
「ニンゲンの言うことを聞くのは癪だが、確かにこの場に止まるべきではないだろう」
シャクネちゃんはそう言うと、人間の二人の方へ目を向けます。
「これから我々の領地へ引き上げる。お前たちもついて来い」
シャクネちゃんの言葉に、ローザさんが質問を返します。
「お前たちの目的は何だ? 少なくともこの魔族たちの仲間というわけではなさそうだが、目的次第ではお前たちも敵ということになる」
ローザさんの言うことはもっともです。
その質問に対し、シャクネちゃんは毅然として答えます。
「私たちは、私たちの上官の命に従ったまで。お前たちを連れ帰った後、お前たちがどういう処遇になるかは、私たちも知らない」
シャクネちゃんの回答を聞いたローザさんは、シャクネちゃんではなく、私の方を向きます。
「本当か?」
突き刺すような目線に、私はドキリとしましたが、リッカ様の言葉を思い返します。
勝手に食事にするためだと思い込んでいましたが、確かに明確に食べるためと言われた記憶はありません。
食材を取ってこい、と言われただけでその食材を料理したり、食べるとは言ってなかったはずです。
私はこくこくと頷きます。
「た、確かにリッカ様からは、何のためか聞かされていません」
私の反応をじっと見た後、ローザさんは視線をシャクネちゃんへ戻します。
「嘘ではないようだな。ただ、助けてもらったのは感謝するが、私たちがお前たちに付いて行く理由はない」
確かにその通りだ、と思う私。
でも、シャクネちゃんは違うようです。
「私たちに付いて来なかったとして、お前たちは魔族の領地にたった二人で取り残されることになる。当然、スサの手下どもにも追われるだろうし、お前たちのような魔力の高い人間は、他の魔族にとっても格好の獲物だ。その点、少なくとも私たちの上官のもとに着くまでは、私たちがお前たちを保護する。安全な経路も知っているし、お前たちにとっても悪い話ではないはずだ」
シャクネちゃんの説明をじっと聞いていたローザさんは、厳しい視線のまま、シャクネちゃんに言葉を返します。
「……それでも嫌だと言ったら?」
シャクネちゃんも厳しい視線を返し、返事をします。
「力づくでも連れて行く。仮に私たちから逃げられたとしても、私たちと戦えば無傷で済まないのは先ほどの戦いで分かっただろう? 手負いの状態でスサの追っ手や、腹を空かせた魔族から逃げ切れると思うなら、相手をしてやろう」
シャクネちゃんの言葉に、ローザさんは、ふっと力を抜き、肩をすくめます。
「お前たちの言葉に従うしかないようだな。だが、お前たちの上官とやらが、私たちを食うのが目的だったら、その時は逃げるぞ」
ローザさんの言葉に、シャクネちゃんは頷きます。
「私たちへの命令は、お前たちを連れて行くところまで。その後のことは関与しない」
その答えを聞いたローザさんは、納得した表情を見せた後、もう一人の人間の方を向きます。
「貴方もそれでいいか?」
もう一人の人間も頷きます。
「それ以外に選択肢はないだろ。正体不明の魔法を使う嬢ちゃんに、炎の嬢ちゃん。炎の嬢ちゃんが言う通り、こいつら二人相手に無傷で勝つのは無理だ。こいつらより間違いなく強いだろう上官ってやつから逃げられるかどうかは別の話だが、そこは運に任せるしかないだろう」
人間二人が納得してくれたことで、私はほっと胸をなでおろします。
二人の実力はさっきの戦いで見ています。
大隊長から中隊長クラスの魔族二人を撃ち倒し、連隊長クラスの魔族に、私の魔法の補助があったとはいえ、一撃を加えた実力は並ではありません。
魔力量以上の実力を秘めたこの人間相手に戦うのは、私たちにとっても楽なことではないでしょう。
「それなら追っ手が来ないうちにさっさとこの場を離れよう。しばらくは全力で駆けたいから、遅れずに付いてくるように」
シャクネちゃんの言葉に頷いた私たちは、体に魔力を込め、全力でその場を離れました。
来た道を折り返すだけでしたが、道が分かっている分、来た時よりは短く感じました。
かなりの速度で走っているつもりでしたが、当然のように人間二人も付いてきます。
無事、スサの領地とテラ様の領地の境を越えたところで、私たちはスピードを落としました。
人間二人は肩で息をしていましたが、魔族の中でもそれなりの魔力を持っている私たちに付いてくることができただけでも、驚くべきことだと言えるでしょう。
戦闘力だけでなく、その他の能力も、並ではないようです。
こうして私たちは、初めての任務を無事達成することができました。
初めて人が死ぬ現場に立ち会い、いまだに動揺を抑えることはできないながらも……
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