第110話 太陽の国の魔族⑤

 これで死ぬんだ。


 ……そう思った時、後ろから声が聞こえてきました。


「戦いの最中に、ぼけっとすんじゃねえ!」


 声と同時に、大量の魔力が込められた剣が、唸りを上げて相手の剣に襲いかかりました。


ーーガキンッ!ーー


 切り結んだ剣は、総量では格上の魔力を持っているはずの相手二人を、後ろへ弾き飛ばしました。


 ダメージは与えられていないものの、格上二人を吹き飛ばすほどの強力な攻撃を繰り出したのは、人間のオスの方でした。

 メスが魔族と変わらぬ容姿なのに対し、オスの方はそんなに整った外見ではなかったし、魔力も劣っていたため、実力も大したことがないのでは、と思っていました。

 でも、今の攻撃を見る限りでは、魔力量以上の実力がありそうです。


 魔族同士の場合、魔力の量が実力の大部分を占めますが、人間の場合は必ずしもそうではないのかもしれません。


「おい、巨乳のねーちゃん!」


 巨乳のねーちゃんというのは私のことでしょうか。

 シャクネちゃんもローザさんも胸の大きさは慎ましかったので、きっと私のことなのでしょう。


「な、何でしょうか?」


 私は、これまで気にしてませんでしたが指摘されて恥ずかしくなり、動くたびに揺れる胸を押さえながら、返事をします。


「戦う気がないなら邪魔だからどけ。血を見ただけで戦意を喪失するような足手まといはいらない」


 人間のオスの言葉に、私は返す言葉がありません。

 初めて目の当たりにする人の死に、私は動揺していました。


 人間のオスの言うことはもっともです。

 このままだと邪魔になるので、私は下がった方がいいかもしれません。


 そう思った私が、後ろに下がろうとすると、シャクネちゃんが物凄い形相で人間のオスを睨みます。


「おい、ニンゲン。その子はこの戦いの要だ。その子を侮辱するな。これ以上その子を侮辱するなら、お前を食べることで、私の血肉とするぞ」


 怒りのために、その赤い瞳をさらに真っ赤に燃やすシャクネちゃん。

 こんなに私を信頼し、私のために怒ってくれるシャクネちゃんの前で、無様な姿を見せるわけには行きません。

 私が侮られるのは構いませんが、シャクネちゃんの見る目がないと思われるのは嫌です。


 私は頰に着いた血を手でぬぐい、前を向きます。


「私は……戦えます」


 私の言葉を聞いたシャクネちゃんは小さく微笑んで頷きます。


「ニンゲン。私とこの子は、これから二人で、あのリーダーを倒す。お前たちは、二人で残り二人の相手をしろ」


 シャクネちゃんの言葉を聞いたローザさんは、ちらっと私を見ながら質問します。


「私たちはそれで構わないが、君たちは、あいつの相手をするのに、二人で大丈夫か? あの男だけは、別格の強さだと思うが」


 ローザさんが次に目を向けた先立つのは、百戦錬磨の雰囲気が漂う、格上の相手。

 魔力量も私たちより多いし、戦闘経験も豊富でしょう。


 それでも私は、断言できます。


「大丈夫です。私たちがあの男を倒します」


 なぜならシャクネちゃんと一緒だから。

 シャクネちゃんと一緒なら、私はどれだけでも頑張れます。


 震える膝も、血に動揺した心も、まだ落ち着いてはいません。

 それでも私は戦います。


 シャクネちゃんを嘘つきにするわけには行かないから。

 シャクネちゃんに失望されたくないから。


「シャクネちゃん。『あれ』行くよ」


 私の言葉にシャクネちゃんも頷きます。


「確かに、出し惜しみして勝てる相手じゃないね。分かった」


 敵のリーダーは、私たちの言葉に落ち着いた様子で身構えます。

 滲み出る魔力は一級品。

 緑色の瞳を見るに、使う魔法は風の魔法が中心でしょう。


 そんな相手を前に、シャクネちゃんが全身の魔力を高めます。

 両手両足に炎を纏うシャクネちゃん。


 格上の相手に接近戦を挑むのが、自殺行為に等しいのは、魔族の間では常識です。

 それでも敢えて接近戦の構えを見せるシャクネちゃんに対し、敵のリーダーは、不快感をあらわにします。


「舐められたものだな。魔力量の差をカバーするだけの戦闘技術があるとは思えない。にもかかわらず、格上相手に接近戦を挑むなんて、常識を知らないバカか、相手の力を見抜けないバカだけだ」


 敵のリーダーの言葉はもっともです。

 でもそれは、私の魔法を知らないから。


 私はシャクネちゃんへ右手を、敵のリーダーへ左手を向けます。


「行くよ」

「うん」


 その言葉を合図に、私はシャクネへ魔法をかけます。


 シャクネちゃんは、魔法が発動したのを確認すると、ピョンと飛び上がります。

 軽く飛んだだけに見えたシャクネちゃんは、私の魔法の効果で、上空まで飛び上がりました。

 かなりの高さまで飛んだところで、魔法の向きを変える私。

 私の魔法の効果で、今度は上空から降下し始めるシャクネちゃん。


 灼熱の拳を振りかぶり、敵のリーダー目掛けて、上空から襲いかかります。


 何が起きているか分かっていない様子の敵のリーダー。

 それでも、動揺せずに手に持った剣で防御しようとするのはさすがです。


 私はそんなリーダーの手を、私の魔法で最大限重くしました。


 突然腕が重くなり、反応が少しだけ遅れる敵のリーダー。

 何が起きたか分からない、といった顔をする敵のリーダーに対し、シャクネちゃんの拳が襲いかかりました。


 剣での防御が間に合わなかったため、魔法障壁のみで防御しようとした敵のリーダー。

 ただ、灼熱の炎を纏ったシャクネちゃんの拳は、落下による加速と、私の魔法によって、通常の何倍もの威力があります。


 魔法障壁を破り、敵のリーダーの顔を直撃するシャクネちゃんの拳。


「グワッ……」


 灼熱の炎が、敵のリーダーの頬を焼きます。

 頬を焼かれながらも、なんとか反撃しようと風の魔法を繰り出す敵のリーダー。


 でも、風の魔法は私の魔法に対して、相性が良くありません。


 私は、風の魔法に対して、私の魔法をぶつけます。


ーーブワッーー


 私の魔法によって威力が弱められる、敵のリーダーの魔法。


 そんな風の魔法を切り裂き、シャクネちゃんの蹴りが敵のリーダーの横腹を襲います。


「ゴフッ……」


 シャクネちゃんの蹴りは敵のリーダーを直撃し、その横腹を焼きました。


「……な、何が起きている?」


 焼けた横腹を押さえながら、そう呟く敵のリーダー。


 分からないのも無理はありません。

 私の魔法は特殊です。

 魔族が使える魔法は、シャクネちゃんの炎や、敵のリーダーの風など、自然の力によるものがほとんどです。


 私の魔法も自然に存在するものではあるのですが、私以外に使える人は今現在、世界中のどこにもいません。


 数百年に一人しか使える者の生まれない特異な魔法。


 それが私の魔法です。


 そのことが知られると、色々な厄介ごとに巻き込まれるため、普段は使わず、別の魔法でカモフラージュしています。


 顔と横腹に大火傷を負った敵のリーダーは、それでもなお、反撃の姿勢を見せます。

 今はもう、私の魔法の正体を隠している余裕はありません。


 私は、全力の魔法で、敵のリーダーを攻撃します。


「グッ……」


 私の魔法によって、今、敵のリーダーは、本来の数倍、自分の体を重く感じているはずです。

 周辺の空気も圧力が増しているため、息をすることさえ、楽ではないと思われます。


 そんな状態にもかかわらず、敵のリーダーは、戦意を失うことなく、シャクネちゃんと私を睨みつけてきました。

 通常なら動くことすらままならないはずなのに、さすがは連隊長級の魔力を持つだけあります。


 立ち上がり、シャクネちゃんと私に対して両手を向ける敵のリーダー。

 その魔力が渦巻き、両手へ集中していきます。

 最後の力を振り絞っているのか、その魔力の量と濃度は、先ほど私が軽減し、シャクネちゃんが蹴りで切り裂いた魔法のものとは比較になりません。


 私の魔法の影響下でも、魔力を操るのには制限はないので、肉弾戦ではなく強力な魔法を選んだ相手の対応は、私たちを相手にする場合の、ベストな選択です。

 初見にもかかわらず、正しい対応をしてくるのは、やはり経験の差なのでしょう。


 格上の相手の全力の魔法。

 いくら相性のいい私の魔法でも、今度は完全に減じることはできないでしょう。


 ただ、私たちも、黙って相手の攻撃を待っているわけではありません。


『灼熱』


 シャクネちゃんが燃え盛る炎の魔法を放ちます。


「ちっ……」


 両手に集中させていた魔力を、魔法障壁へ割く敵のリーダー。


 その隙を逃さず、私も拳に魔力を込め、殴りかかります。


 でも……


ーーブンッーー


 私の拳は空を切り、右腕を敵のリーダーに掴まれました。


「フワちゃん!」


 叫ぶシャクネちゃんへ、魔力を込めた左手を向ける敵のリーダー。

 並行して、私の右腕を掴む右手へ力を込めながら、敵のリーダーは、私を睨みつけます。


「変わった魔法を使えるようだが、調子にのるなよ。掴んで仕舞えば、このまま腕を折ることも、魔法で切り裂くこともできる。わざと見せた隙に、まんまと引っかかるとは油断したな」


 私の腕を握る力がどんどん強くなります。


ーーメキッーー


 軋んだ音をあげる私の右腕。


「うっ……」


 このままだとよくないのは私でも分かりました。

 でも、何の対応も思いつきません。


 私を人質に取られ、シャクネちゃんも打つ手がないようです。


 絶体絶命の状況に、これ以上の反撃を諦めかけた時でした。


「油断しているのは、お前も同じだ」


 そんな呟きと同時に、声の聞こえた方向がピカっと光りました。


 光が見えたのとほぼ同時に、少しだけ遅れて言葉が届きます。


『閃光』


 それは、とても眩ゆい輝きと共に、私の横をすり抜けました。

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