第107話 太陽の国の魔族②
とりあえずその日は、シャクネちゃんと別れて家に帰った私。
そんな私にママが問いかけます。
「どうしたのフワちゃん。浮かない顔をしてるけど」
心配そうな顔をするママ。
いつもは、困ったことがあればなんでもママに相談していましたが、今回ばかりはそういうわけにはいきません。
「ど、どうもしてないよ、ママ」
慣れない嘘をつく私に対し、少しだけ怪訝そうな顔を見せた後、すぐに表情を崩すママ。
「まあ、貴女も年頃の娘ですからね。深くは聞かないけど、何かあったら何でもママに相談してね」
私の家族は、パパもママも本当に優しい、最高の家族です。
出来の悪い娘である私を見捨てずに、いつも笑顔で尊重してくれます。
私と違って優秀な妹も、私のことを馬鹿にせず、お姉ちゃん、お姉ちゃんと、いつも慕ってくれます。
最高の家族。
私はそんな家族たちに迷惑をかけるわけにはいきません。
敵対している隣国の領主である四魔貴族。
そんな人物に献上される食事の具材を奪うなんて大それたこと、私一人だったら絶対無理です。
私は、魔力は人よりちょっとだけ多いけど、それ以外は全然ダメです。
料理はもちろん、家事は全般的にできませんし、勉強も運動も苦手です。
唯一、魔法だけはそれなりに使えますが、加減が苦手なので、実戦ではうまく使えません。
それに、魔族のくせに人を傷つけるのが怖くて、戦うのが苦手です。
男も女も力が全ての魔族の社会で、そんな私が生きていくのは難しいはずでした。
そんな私が、今もまともに生きていられるのは、家族とシャクネちゃんのおかげです。
シャクネちゃんは物心ついた頃からずっと一緒にいる、最高の友達です。
どんくさい私をいつも支えてくれる彼女。
苦しい時も、悲しい時も、隣にいるのはいつもシャクネちゃんでした。
戦うのが嫌いな私が、今も普通に生きていられるのはシャクネちゃんがいるから。
近所の男の子からいじめられそうになった時も。
森を歩いていて魔物に襲われた時も。
脱走兵に誘拐されそうになった時も。
全部シャクネちゃんが守ってくれました。
強くて綺麗なシャクネちゃん。
シャクネちゃんなら軍に入っても十分やっていけるだろうし、お嫁さんになるにしても、きっと強くて有力な方と結婚できるはず。
それでも、私と一緒にいることを選んでくれているシャクネちゃん。
今回のことも、私一人だったらきっと失敗して、スサに捕まるか殺されるかという結末になるのでしょう。
でも、シャクネちゃんと一緒だから。
今回のような恐ろしい任務でも、少しだけ安心できています。
スサの領地は荒んだ風が吹きすさぶ、恐ろしいところだと聞いています。
そんなところ、本来なら足を踏み入れるのさえ遠慮したいところです。
テラ様のお屋敷で働くことも、私一人だと絶対に無理でした。
就職先が見つからずに困っていた私を、誘ってくれたのがシャクネちゃんでした。
なぜ私なんかが採用になったのかいまだに分かりませんが、奇跡的に採用された私。
でも、どんくさい私はミスばかりしてしまいます。
そんな私を助けてくれるのは、いつもシャクネちゃん。
一緒にメイド長に謝ってくれたり。
終わらなかった掃除を手伝ってくれたり。
朝が苦手な私を毎朝迎えに来てくれたり。
私はシャクネちゃんなしだと、生きていけないかもしれません。
でも、シャクネちゃんさえいれば大丈夫。
シャクネちゃんと一緒なら、何だってできる。
私は自分にそう言い聞かせ、その日は寝ることにしました。
翌朝、いつものように迎えに来てくれたシャクネちゃん。
「おはよう」
そう言って微笑む目の下には、クマができているように見えます。
「昨日はあまり眠れなかったの?」
質問する私に、笑顔のまま首を横に振るシャクネちゃん。
「ううん。スサの治める領地について調べてみたら、ちょっと寝るのが遅くなっちゃったの」
やっぱりシャクネちゃんは頼りになります。
私がぐーぐー寝てる間にも、ちゃんと先のことを考えて、準備しようとしているなんて。
「リッカ様も、シャクネちゃんだけらなら分かるけど、何で私なんか選んだんだろう。私みたいな頭も悪くてどんくさいメイド、私がリッカ様なら選ばないのに」
私の言葉に、シャクネちゃんは再度首を横に振ります。
「そんなことない。フワちゃんは自分で気付いていないだけで、私なんかよりすごいから」
私がシャクネちゃんよりすごいところなんて一つも思いつきませんでしたが、シャクネちゃんがあまりにも真面目な顔で言うので、私は何も言い返せませんでした。
「それより、メイド長にはなんて言って仕事を休ませてもらおうか。急に二人も同時に何日も仕事を休むなんて、許してもらえなそうだけど」
私に意見を求めるシャクネちゃん。
うーんと考え込む私。
「隣の領地に住んでる共通の友達が亡くなって、お葬式に行く、とかじゃダメかな?」
私の言葉に、少し考え込むシャクネちゃん。
「まあ、メイド長は渋い顔するかもしれないけど、それくらいしかないか。本当のこと言ってリッカ様に殺されるわけにはいかないし」
シャクネちゃんの言葉に、自分の顔が暗くなるのを感じる私。
自分で提案しておきながら、隠し事の苦手な私に、嘘なんてつけるか不安になりました。
そんな私の表情の変化に気付き、肩を抱きしめてくるシャクネちゃん。
「大丈夫だよ。バレそうになっても私がフォローするから」
シャクネちゃんの言葉に安心する私。
やっぱり私には、シャクネちゃんがいないとダメです。
「うん! よろしくお願いします!」
自分の顔が自然と笑顔になるのを感じます。
どれだけ大変な任務でも、シャクネちゃんが一緒だというだけで、なんとかなりそうな気がします。
「とりあえず、リッカ様の指示が来るまでは、自分たちの仕事をしっかりやろうね!」
それから二日後のお昼、シャクネちゃんと私は、リッカ様から呼び出しを受けました。
「準備が整ったわ。明日、ターゲットの食材は馬車で移動する。警護は付いているけど、大した魔力は感じないとのことだから、貴女たち二人で対処可能なはずだわ」
リッカ様は私たちにそう告げました。
「襲撃地点までの案内は、現地に潜ませている私の配下が行うから安心して。ただ、案内した後、配下はすぐにその場を去らせるから、帰り道はちゃんと覚えておいてね」
シャクネちゃんと私は頷きます。
「襲撃地点までは、魔力を込めて走れば、テラ様の領地との境から三時間くらい。宿は手配しとくから、今日のうちに領地の境まで移動しておくこと。いいわね?」
シャクネちゃんと私は再度頷きました。
「食材は鮮度が命だから、くれぐれも殺さないこと。それだけ気をつけて頑張って来なさい」
「はい!」
シャクネちゃんと私は揃って返事をし、職場に戻りました。
その日の夜、メイド長から許しを得て休暇をもらったシャクネちゃんと私は、リッカ様が手配した、領地の境近くの宿のダブルベッドの上で、並んで寝ようとしていました。
明日のことを考えて不安になった私はつい、シャクネちゃんの手を握ってしまいます。
そんな私に対して、何も言わずに手を握り返してくれるシャクネちゃん。
私は、百年生きてきた中で、テラ様の領地から出たことがありません。
作戦への不安と、初めて領地を出る不安が重なり、気持ちが落ち込んでいた私を、シャクネちゃんはそっと抱きしめてくれます。
「大丈夫。不安なのは私も同じだから。でも、フワちゃんと一緒なら、どんな困難だって乗り越えられるわ。だから、今日はゆっくり休んで、明日に備えましょう」
シャクネちゃんの言葉を聞いた私は、シャクネちゃんの胸に顔を押し当てるように、ぎゅっと抱きつきました。
先輩のメイドの皆さんの話では、好きな男性に抱かれながら寝ると、すごく安心すると言います。
男性経験のない私にはよく分かりませんか、シャクネちゃんの腕に抱かれた私は、とても安心できました。
これ以上に安心できることなどあるのでしょうか。
シャクネちゃんより一緒にいて安心できる人なんて、この世にいるとは思えません。
シャクネちゃんより私のことを思ってくれる人がいるなんて、全く思えません。
そんなことを考えているうちに、私はうとうとと眠りの中へ落ちていきました。
不安はどこかへ行ってしまい、ぐっすり眠れそうです。
ありがとう、シャクネちゃん……
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