第108話 太陽の国の魔族③
翌朝、宿を訪れた案内役の魔族と共に、シャクネちゃんと私は宿を出ました。
「お前たちが侵入したことがバレないよう、街道は使わない。山道からスサの領地に入り、三時間程魔力を込めて走る」
案内役の若い男の魔族が、そう告げました。
頷く私に対し、シャクネちゃんが首を傾げます。
「どうした?」
質問する案内役の魔族に、シャクネちゃんが尋ねます。
「貴方の魔力は私たちと比べてもそんなに変わらないと思います。わざわざ私たちを使わなくても、貴方が対応したらよかったんじゃないでしょうか? もしくは、貴方も襲撃に参加いただければ、成功率も上がると思うのですが」
シャクネちゃんの質問に、一拍だけ呼吸を置いて案内役の魔族は答えます。
「俺はスサの国に長年入り込み、そこで情報を得る仕事をしている。万が一にも迂闊に正体をバラすわけにはいかないから、行動が制限されている」
いわゆるスパイというやつでしょうか。
百年生きてきて、本物のスパイに会うのは初めてだったので、なんだかドキドキします。
「そういうことなら分かりました」
シャクネちゃんはなんだかまだ納得がいかないようでしたが、とりあえず頷きました。
「それでは出発する」
案内役の魔族はそう言うと、私たちを先導して走り出しました。
並の魔族ならついていけないくらいのスピードで走る案内役の魔族。
シャクネちゃんも私も、メイドとして、それなりに体を鍛えているので、なんとかついていくことができました。
山道を猛スピードで走るのは、簡単なことではありませんでしたが、通いとはいえ、メイドならそれくらいできて当たり前です。
どんな状況にも対応できるよう、鍛えておくのはメイドの勤めですので。
それから約三時間後、案内役の魔族は走るのをやめました。
着いたのは、道から少し離れた岩の影。
そこで案内役の魔族は告げます。
「ここで獲物を待ち伏せする。あと一時間程で到着する馬車に獲物は乗っている。警護は四人付いているが、魔力は大したことがない。お前たち二人なら、簡単に倒せるはずだ」
案内役の魔族の言葉をそのまま受け入れる私に対し、シャクネちゃんは質問します。
「最上級の食材を運搬するのに、警護がそんなに頼りないと言うことがあり得るのですか?」
言われてみればそうだな、と思い、私も案内役の魔族の方を向きました。
そんな私たちに対し、案内役の魔族は少し不機嫌そうに答えます。
「そんなことは俺は知らない。スサの領地では盗賊は死罪だから、ほとんど出ない。自分の領地内ということで、油断しているんじゃないか」
そう答える案内役の魔族に対し、シャクネちゃんは納得していない様子ではありましたが、それ以上追求はしませんでした。
「それでは俺はこの場を去る。この道を誰かが通ることはほとんどないから、見間違いはないはずだ。警護の生死は問わないが、食材は生きたまま持ち帰るように。来るとき通った道をちゃんと引き返してくるんだぞ」
案内役の魔族の言葉に、シャクネちゃんと私は頷きます。
「それと、お前たちは丸腰のようだから、一応この剣を渡しておく。そいつは、もちろん戦いに使ってもいいが、もし万が一強奪に失敗した時の自害用でもある。テラ様やリッカ様の関与がバレたら問題だ。お前たちが拷問に耐えられるとは思わないから、失敗したら、捕まる前に自害しろ」
案内役の魔族はそう言うと、静かにその場を去りました。
その場に残されたシャクネちゃんと私は、自害用と言って渡された剣を手に、岩陰に隠れながら、向かい合いました。
お互い暗い表情でしばらく下を向いていましたが、シャクネちゃんが先に口を開きます。
「……今回の作戦は、この剣のことも含めてなんだか引っかかるわ。だからと言って放棄するわけにはいかないけど、食材を襲う時には念のために気をつけていきましょう」
シャクネちゃんの言葉に、私はこくこくと頷きます。
それからシャクネちゃんと私は、無言で岩陰に隠れながら、道の様子を伺いました。
それから約一時間後、一台の馬車が通りかかりました。
私は集中し、魔力を感知します。
馬車から感じられる魔力は六つ。
四つの魔力は大したことがなく、二つの魔力はシャクネちゃんや私ほどではないにしろ、それなりに強いものでした。
ただ、その二つの魔力からは、これまであったどの魔族とも違う、異質な印象を受けました。
これが食材の魔力なのでしょう。
食材の魔力は、魔族に比べるとカスみたいなものだと聞いていました。
異質なのはともかく、強さで言えば、並の魔族には負けないレベルです。
さすがは極上といったところでしょうか。
「あの馬車で間違いなさそうね」
シャクネちゃんの問いかけに、私は頷きました。
シャクネちゃんも私と同じように、魔力を感知したようです。
「警護の魔力は本当に大したことないわね。これなら食材たちの方が脅威に思えるくらいだわ」
シャクネちゃんの言葉を聞いて、私は何か引っかかりました。
でも、その引っかかりについて考える間もなく、シャクネちゃんは私に声をかけます。
「それじゃあ馬車が遠くに行かないうちに、そろそろ準備しよっか。魔力を高めて、いつでも戦える状態にしてね」
そう言うなり、魔力を練るシャクネちゃん。
私も慌てて魔力を練ります。
十分魔力が高まったところで、シャクネちゃんが言います。
「よし、行こう」
私とシャクネちゃんはそのまま並んで走り、馬車の前に立ち塞がりました。
馬車は私たちの襲撃が分かっていたかのように静かに止まりました。
すると、馬車から、食材の護衛と思しき四人の男性たちが出てきました。
四人からはやはり大した魔力を感じません。
これなら簡単に任務を終えられそうです。
無言で私たちの前に立つ四人に対し、シャクネちゃんが告げます。
「中の食材を渡しなさい。素直に渡すなら貴方たちに危害は加えないわ」
そんなシャクネちゃんに対し、失笑する四人の男性たち。
「な、何がおかしいの!」
少しだけ動揺して声を上げるシャクネちゃん。
やれやれ、と言った様子で返事をしたのは、四年の男性の中で、一番体の大きな男性でした。
「お前たち、中の食材が誰のものか分かっているのか?」
男性の問いかけに対し、シャクネちゃんが頷きます。
「ええ。スサ……様に献上される極上の食材でしょ?」
それを聞いた男性は、クククッと声に出して笑います。
「お前たち余所者だな。スサ様のものに手を出せば、命はないっていうのは領民なら誰でも知っている」
そんな男性に対してシャクネちゃんは言い返します。
「捕まらなければいいだけでしょ。貴方たちに私たちが捕まえられるとは思えない」
それを聞いた四人は、全員がお腹を抱えて笑い出しました。
「お前たち、本気で言ってるのか。隠れているのに魔力も隠せない。不意打ちもせずに姿を見せる。何より、歴戦の戦士や兵士から感じる強者のオーラがない。何を思って人様の領地まで食材を奪いに来たのか知らないが、世間知らずのお嬢様たちに、何ができるんだ?」
一番体の大きな男性は、そう言って私たちの顔を見比べます。
「俺も、子供を殺すのは心苦しい。今なら見逃してやる。さっさとお家に帰ることだな」
私たちもできることならそうしたいのですが、手ぶらで帰れば、リッカ様に何をされるか分かりません。
「帰るわけないでしょ。逃げるのは貴方たちよ。私たちとの魔力差が分からないわけじゃないでしょ? 食材より魔力の低い貴方たちが、私たちに敵うわけないじゃない」
シャクネちゃんの言葉を聞いた私は、違和感の正体に気付きました。
食材の護衛をするのに、食材より弱い魔族を任務に付けるなんてことがあり得るでしょうか。
案の定、シャクネちゃんの言葉を聞いた四人の男性たちはくすくすと笑い始めます。
「お前たち馬鹿だろ? 食材を守る護衛が、食材より弱いわけがないだろ」
小柄な男性の言葉に、シャクネちゃんもはっとします。
「どこの誰かは知らないが、こんなマヌケがスサ様の食材に手を出そうとするなんてな。まあ、人間どもの技術もマヌケ相手には役に立つっことか」
小柄な男性はそう言うと、ジワリと体から魔力を発しました。
仄暗い魔力が滲み出て来ます。
人間の技術というのは、魔力を隠す技術なのでしょうか。
魔力は、意識して発せずとも、自然と体から溢れて来ます。
その溢れ出る魔力の量を感じることで、相手の魔力量は大体分かります。
でも、自然と溢れ出てしまう魔力を意図的に抑えられたとしたら、相手の魔力量を知るすべはありません。
その魔族に倣うかのように、残りの三人もジワリと魔力を滲み出させます。
三人の魔力はシャクネちゃんと私に比べると少し劣るように感じますが、それでもかなりの量がありそうです。
ただ、シャクネちゃんと私が戦闘素人であるのに対し、相手は間違いなく、戦闘経験がありそうで、歴戦の強者という感じです。
そして何より、リーダーと思われる大柄な男性は、魔力の量も私たちより多そうでした。
隣に立つシャクネちゃんの顔を見ると、こめかみから汗が流れています。
「もう一度だけ言う。逃げるなら追わない。だが、戦うなら容赦しないし、命の保証はしない」
私は考えます。
戦えば負ける可能性の方が高そうです。
でも、逃げて帰った場合は、どうなるでしょうか。
リッカ様に関する悪い噂を思い出します。
リッカ様は、役立たずに厳しいということで有名です。
戦闘で弱腰な姿勢を見せただけで部下を処刑した話や、命令に従わなかった部下の手足を氷漬けにして砕いた話は、テラ様の領地では、誰もが知る話です。
戦っても戦わなくても死ぬ危険があるのなら、生き残る可能性が高い方にかけるしかない、というのがない頭で考えた私の結論でした。
リッカ様を相手にした場合、シャクネちゃんと私じゃ、どうあがいても勝ち目はゼロです。
対して、目の前に立つ四人は、可能性という意味では、付け入る隙があるかもしれない、というのが私の見立てでした。
たとえその可能性が限りなくゼロに近くても、ゼロじゃないなら賭けるしかないのが、今の私たちが置かれた現実です。
シャクネちゃんも同じ結論に至ったようで、覚悟を決めた顔で私の方を向き、そして頷きました。
そんな私たちの表情を見た、一番魔力の高い大柄な男性が、厳しい目で言います。
「馬鹿どもが。あの世で後悔するがいい」
男性の言葉に、シャクネちゃんと私が身構え、まさに戦闘が始まろうとしたその時でした。
「そこの女性二人。私たちが手を貸そうか?」
凛とした女性の声が、馬車の中から聞こえて来たのは。
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