第五章 周辺国家編
第105話 プロローグ〜元人間の魔族〜
世界は大きく四つに分かれているとされていた。
真ん中に位置するのが人間や亜人たちが住む人間界。
その東に位置するのが魔族の住む魔界。
そのさらに東に位置するのが独特な技術と文化を持つ者が住むとされている未開の地。
そして人間界の西に位置するのが神の住む天界とされている。
魔界と人間界の間に大きな障害はない。
魔物が出現する広大な森はあるが、強大な魔物は、その森にはほとんどいない。
地理上はお互い自由に行き来できる。
だが、人間はわざわざ強力な魔族の住む魔界へ行こうとしないし、魔族はなぜか魔王より、必要以上に人間界へ行くことを禁じられていた。
ここ数百年、必要最低限の食料を狩に赴く魔族か、時折食事を求めるはぐれ魔族が人間界へ訪れる以外、魔族と人間の間で積極的な接触はなかった。
魔族の社会は魔王を頂点とした強固な封建社会だ。
そこでは強さが全てであり、強き者の言うことは絶対だった。
そんな魔界において、千年もの長きに渡り、魔王の座にいる今代の魔王。
歴史上、最も強いとされる魔王の在位は、永遠に続くのではないかと思われた。
だが、そんな状況が突然一変する。
なんと、魔王自らその座を降りると言い出したのだ。
魔王が代わる理由は、通常一つしかない。
より強い魔族が現れた時だ。
それ以外で魔王が代わったことは、歴史上一度もなかった。
魔王は魔族の中で絶対的な存在だ。
魔王になれば、全ての魔族が意のままに動く。
力ある魔族は皆、魔王を目指す。
そのため、魔王をめぐる争いは絶えず行われ、今代の魔王が王座に就くまでは、絶えず魔王が替わっていた。
だが、今代の魔王はあまりにも圧倒的過ぎる存在だったため、ここ数百年、魔王の座をめぐる争いは起きていなかった。
そんな魔王が王座を離れると宣言したことにより、状況は一変する。
野心を抱く魔族たちが、こぞって魔王を目指し出す。
次期魔王となる条件は一つ。
最も強い魔族であること。
今代の魔王に勝る者はいなかったが、先代までの魔王になら引けを取らない実力を持つ者は何人もいた。
その筆頭が、四魔貴族だ。
一人で一国を滅ぼす力を持つ強大な魔族たち。
いずれも、今代の魔王さえいなければ、魔王になってもおかしくない実力の持ち主だった。
魔王の決定方法は、少しだけ複雑だ。
強さを競うために戦って決めるのだが、全員が総当たりで戦うわけにはいかないため、変則的なトーナメント方式が取られていた。
まず、次期魔王を目指す者は、配下を集めなければならない。
その配下たちが、一人の候補者につき、最大六人参加できるバトルロワイヤル方式で、予選を行う。
そのバトルロワイヤルで勝ち残った十六人が、トーナメントを行い、上位四名になったタイミングで、候補者本人が登場する。
強さが全てとはいえ、優秀な配下を集められない者は、王たる資格はない、との判断からこのような方式が取られているようだ。
だが、ルールが制定されたのが少なくとも千年以上前であり、今となっては詳細は定かではない。
このルールのために、必ずしも最も強い者が魔王とならないこともあり、過去は魔王の入れ替わりが頻繁にあったのだ。
千年ぶりの魔王決定戦ということもあり、有力な魔族たちは、嬉々として、自身と配下たちの強化に励んだ。
魔族が強くなるために最も効果的な方法は、人間を食べること。
人間を食べることで、魔族は魔力を強化することができる。
今代の魔王の方針で、人間を食すことは制限されていたが、魔王が退位の意向を示したことで、その制限は破られた。
これまで積極的に人間を攻めることのなかった魔族たちが、一斉に人間を襲い出した。
四魔貴族は、それぞれ領地を持っているのだが、その領地から近い人間の国は悲惨だった。
四魔貴族スサと契約を結んだ王国は、何とか国の体裁を維持していたが、周辺の小さな国の中には、わずか一月で人口が半減した国もあった。
人間を食すことで、より強大な力を持つようになった魔族たち。
そんな魔族の中に、一人の元人間の少女がいた。
その元人間の少女は、女神のような格好をした女の手によって、この世界に連れてこられた。
元の世界で、父親が会社の金を横領した犯罪者だったその元人間の少女は、こちらの世界では人間ですらなく、魔族となった。
女神のような格好をした女からは、当然のごとくこの世界に関する詳細の説明はなく、見捨てられたも同然の元人間の少女。
その元人間の少女は、容姿が整っているはずの魔族の中にあって、醜悪な顔をしていた。
元の世界でも容姿が原因でいじめられることが多かったその少女。
「おい、フランケン!」
少女に対して化け物の名を呼ぶ同級生の男子。
「女子に対してフランケンはないでしょ! せめてカバにしましょう。カバなら可愛いし」
少女を庇うふりをして、結局楽しんでいるだけの女子。
だが、言葉によるイジメなど、イジメと思えないほどに少女に対する扱いは酷かった。
クラスの集合写真には当然のごとく彼女だけ映らない。
「お前が映ると写真が汚れるからどっか行ってろ」
「こら。そんな言い方は失礼でしょ。ここにいていいから、あなたはシャッターを押してね」
行事のパートナーは誰もが嫌がる。
「うげっ。今回は俺が罰ゲームかよ。こいつと二人三脚なんて無理だろ」
「可哀想に。まあ、写真撮られたら、心霊写真でイ◯スタにあげたらいいんじゃない?」
そんな扱いは毎日のこと。
持ち物が、ごみ箱やトイレに捨てられるのも、ほぼ毎日のことだった。
ユーキという少年がイジメのターゲットの中心になるまでは、よくそのような嫌がらせを受けていた。
そしてそれは、異世界で魔族となっても変わらなかった。
醜い魔族となった元人間の少女。
元の世界でのステータスが、いい意味でも悪い意味でも強化されるこの世界。
人間だった頃よりもはるかに醜い容姿となった少女。
物心がつく頃には、親から見放された。
年の近い子供からは、容赦のない言葉を浴びせられた。
見知らぬ大人たちからは、汚物のように扱われた。
実際、肥溜めに落とされたり、唾や小便をかけられることも一度や二度ではなかった。
人間と比べてはるかに長い寿命を持つ魔族。
少女にとって地獄のような時間は、数十年にわたって続いた。
そんな少女に、ある日、転機が訪れる。
いつものように、特に理由なく近所の子供たちから蹴りつけられ、唾を吐きかけられていた少女。
「おい、ブス。今日も相変わらず汚いから、俺のションベンで顔を洗ってやるよ」
リーダー格の少年がそう言ってズボンを下ろそうとしたとき、突如、膨大な魔力を持つ男が少女たちの前に現れた。
その魔力を浴びるだけで、気を失いそうになるほどの圧倒的な存在。
人間と比べて魔力の多い魔族の中でも、別格の存在。
突然現れたその男に対し、少女をいじめていた子供たちは、恐怖のあまり、残らず失禁した。
「どうした? 続けろよ」
子供たちを睨みながらそう言う、膨大な魔力の男。
「う、うわぁー。化け物だ!」
そう叫びながら、覚束ない足取りで逃げていく、少女をいじめていた子供たち。
そんな子供たちを不愉快そうな表情で見送る膨大な魔力の男。
元人間の少女は、なぜその男が少女を助けたのか分からない。
人に助けられるのは人間だった頃も含めて初めてだった。
「……助けていただき、ありがとうございます」
圧倒的な魔力に圧されながらも、少女は礼を言った。
「貴様を助けたわけじゃない」
膨大な魔力の男は、その燃えるような真紅の瞳で、少女を見つめながらそう言った。
「俺は弱いものイジメが許せないだけだ。誇り高き魔族がその力を振るうべきは、強者か敵に対してのみだ。貴様のようなゴミにその力を振るうのは、同じ魔族として許せぬだけだ」
ゴミと罵られた少女。
だが、不快感は感じなかった。
「それでも。結果として、私が助かったのは事実です。助けていただいただけでなく、こんな醜い私に対し、言葉まで交わしていただき、本当にありがとうございます」
そんな少女の言葉にちっ、と舌打ちする膨大な魔力の男。
「魔族にとって容姿など関係ない。魔族は力が全て。貴様が強ければ、例え容姿が醜くとも、あのような仕打ちを受けることはないだろう」
男の言葉はもっともだ。
だが、少女は力もない。
魔力も腕力も低く、戦う力はなかった。
「おっしゃられることはごもっともですが、醜いだけでなく、戦う力もない私には、どうしようもないのです。美しいお顔をお持ちで、膨大な魔力まで備えられた貴方には分からないかもしれませんが」
不遜なことを言っている自覚が、少女にはあった。
殺されても文句は言えないと、少女は分かっていた。
……ただ、人生を諦めていた少女は、ここで殺されも、それはそれでいいのではないかとさえ思っていた。
そんな少女を睨む膨大な魔力の男。
「強くなる努力もせずに、どうしようもないなどと言うな。それに、容姿なんてどうにでもなる」
膨大な魔力の男の言葉に、少女は思わず憤る。
「貴方に何が分かるんですか! 親にも見放されるほど醜い顔に生まれた女が、どんな生活を送るか知らないくせに!」
そんな少女に対し、膨大な魔力の男は冷静に答える。
「知らぬな。だが、仮に醜く生まれたとしても、先ほども言った通り、容姿なんてどうにでもなる」
男はそう言うと、少女の顔を右手で掴んだ。
視界を手で覆われた少女。
少女には、これから起こることが予測できない。
「泣くなよ」
男は少女にそう言いながら、手に魔力を込めた。
ーーゴウッーー
突然燃え上がる少女の顔。
「ギ、ギャァァァァッ!!!」
あまりの熱さに悲鳴をあげる少女。
ただでさえ醜かった少女の顔は焼き爛れて、二目と見れない姿になった。
そんな少女に対し、冷静に言葉をかける膨大な魔力の男。
「顔に魔力を注ぎ、自分で治癒しろ。その際、元の顔ではなく、理想の顔をイメージするがいい」
少女は、なぜそんなことをしなければならないのか、という疑問を持ったが、あまりの痛さに思考する余裕がなく、とりあえず男の言う通りにすることにした。
イメージしたのは、人間だった頃、クラスで一番可愛かった少女。
優しく、勉強もでき、誰からも好かれていたその少女。
美しい容姿の者ばかりの魔族の中でも、美しい部類に入るであろうその少女の顔を思い浮かべながら、元人間の少女は、治癒に努めた。
しばらく経って顔の痛みが治まった少女。
かなりの魔力を消費したが、おそらく顔は治ったはずだ。
そんな少女に、鏡を差し出す、膨大な魔力の男。
少女は鏡を手に取り、自分の顔をのぞいて見る。
そこには、先ほど思い浮かべた少女の顔があった。
「これが……私?」
信じられないものをみた顔をする少女。
「これは貴族にのみ伝わる容姿を変える方法だ。完璧に思い通りにはならないが、それでもある程度理想に近い顔にすることはできる。……だから容姿など気にするなと言っただろう? 一応平民には言ってはならないことになっているから、他言するなよ」
男の言葉は、少女の耳には届いていなかった。
生まれてから数十年、少女の人生をドン底に落としていた容姿の問題が、いとも簡単に解決した。
思い返されるこれまでの辛い人生。
屈辱にまみれた暗い過去。
そんな彼女の人生は今終わった。
少女は男を見つめる。
彼女の人生を変えた神のような存在。
少女は額を地面に擦り付けて頭を下げる。
「ありがとうございます! この御恩、一生忘れません! これから先、私にできることならなんでもいたします!」
そんな少女に対し、男は少し考えた後、少女に告げる。
「俺は強い人間が好きだ。今の魔王様は強すぎるから何百年後になるかは分からないが、次の魔王の座をめぐる戦いの際には、強い配下が必要になる。俺の右腕となれるくらい強くなり、俺を魔王にする手助けをしろ」
男は、特に期待はしていなかったので、半分冗談のつもりでそう言った。
だが、少女はそうは捉えなかった。
「分かりました! 必ず強くなり、貴方を魔王にしてみせます」
少女のあまりにも真剣な言葉に、つい頷いてしまう膨大な魔力の男。
「そ、そうか。楽しみにしているぞ」
そんな男に対し、肝心なことを聞いていないことを思い出した少女。
「失礼ですが、貴方のお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
少女の問いに答える、膨大な魔力の男。
「俺の名はテラ。四魔貴族と呼ばれる者の一人だ」
これが少女と、四魔貴族テラの出会いだった。
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